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零章 いつかのキミへ
『独姫愁讐篇』
しおりを挟む現実はいつも突然だ。
人の感情や状態など気にせず身勝手に傲慢に食い破り、己の掌の上で翻弄し嘲笑う。あるいは現実を「神」と呼ぶのかもしれないが、生憎と紗空あか音は「神様」なんていう無慈悲な存在を信じてはいない。だから現実に起こる全ての喜悲交々は「神」の悪戯などではなく、当事者たちによる選択の連続の結果に過ぎない。
笑うのも泣くのも、憎むのも怒るのも。誰かが死に誰かが生きるのも。悲劇も喜劇も。
全部が自分自身の歩き方によって決定される。
だからこれは、彼女の生き方の、選択の果て。
コレに対して驚愕はあれど、憎悪も恐怖も抱くのは筋違いと言えるだろう。
月から煌々を簒奪した、もしくは月が憧れて真似たと思わせる銀の髪を肩上まで伸ばし、蒼空を一人占めしたあおい空色の双眸。硝子細工のように繊細な、白雪肌の美貌。高校のブレザー制服を着る華奢な身体。目が潰れるほどの、日本人離れした美少女は最寄駅のホームで主観的な時間を奪われていた。
それは、客観的には刹那で、主観的には永遠だった。
「…… 」
時間が静止した世界。
真横に迫るのは確実な「死」の姿をほんの一時手に入れた電車。純粋に人間など潰れた空き缶のように無惨にする鉄の塊が、死神が振るう鎌に見えた。
いつものように学校へ行こうとして、電車を待っていて。途端に背中に軽い衝撃があって、気がつけば彼女の身体はホームに押し出され、線路上の虚空をーー血の感覚を失っていた。
女子高生が線路に投げ出される非現実的な光景に愕然とする人々の中に、異物が一つ。
深くフードを被り、人相が分からない、ローブ姿の謎のヒト。現代には不似合いな、ひどく汚れた格好のヒトが、両手を突き出して立っていた。
誰かに言われるまでもなく、このヒトが犯人だと分かった。それでも特に怒りを覚えたワケではないから、あか音は気にすることなく全てを赦す。
現実はいつも突然だ。
それは「死」であっても例外ではない。自分だけは大丈夫などという確証のない誇大妄想なんぞ通用しない。
だから受け入れる。
脈絡のない唐突な理不尽だとしても、コレが自分に与えられた運命で、選択の結果なら潔く肯定し次の未来に焦がれ、希い、期待しよう。
もうきっと、この世界に救いなんてないと思うから。だから憎悪も恐怖もなく、あるのはひたすらに胸を衝く感謝だけ。
時間の流れが元に戻る気配がして、何故かあか音の『魂』が焦燥に支配された。
なにか。
伝えないと。
戻る前に、言わないと。
そして。
永遠の刹那の隙間に。
選び抜いた言葉は。
「大丈夫」
それしかない思ったから。
誓いのように。宣戦布告のように言い切って。
直後。
ーー死の塊が役目を思い出し、時計の針が一つ動いた。
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