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『独姫愁讐篇』
第四章4 呪い〈虚無〉
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「伏せてろアカネ!エマ!」
突然の大乱闘、否。殺し合いの開幕に呆然となっていたアカネの頭をハルの声が殴りつける。ハッとなってテーブルの下に隠れようした瞬間、罪人の一人がアカネの首を狙い、ナイフが弧を描く。
「ーー!」
一秒でも遅れていたら自分の胴体を離れた位置で眺めることになっていたかもしれない未来にアカネはゾッとなる。
銀の髪が数本舞い、店が壊れる音や悲鳴や怒声が響く中、アカネを狙った罪人が再度彼女の命に指をかける。
「死ねアルテミスぅぅぅうううううう!」
「うるせぇ!!」
刹那、ハルの拳がアカネの絶命を否定した。
見事なまでに顔面にめり込み、脇役らしく罪人の男が冗談みたいに吹っ飛び、壁を大破させて店を後にした。
怒涛の暴嵐、全ての敵がアカネの命を求める狂乱演舞は身を凍らせるには十分だ。昨夜の少数精鋭から切り替えて数の暴力に路線変更したのか。
それほどまでに「レイシア」の首が欲しいのか。何故そこまでして第二王女の首に執着するのか、謎を通り越して怒りすらある。
ただ、相手の狙いを考えている暇は今のアカネにはない。
ハルが近づいてきた罪人の一人を殴って気絶させ、屈んでテーブル下にいるアカネとエマに言った。
「俺たちがコイツらの相手をしとく。その隙にアカネたちは裏口から逃げて店を出ろ!〈ノア〉は街長《ばぁちゃん》が組んだ術式に守られてるから安全だ!あとで必ず俺も行く!」
「ーー!あたしのことなんて放って置いていいよ!それよりも自分の身を守りなよ!」
「アカネが狙われてるんだよ!」
「あたしじゃない!「レイシア」!」
「ーー!まだそんなこと言ってんのかよ!いい加減にしろ、この分からず屋!」
アカネはムキになって、
「そんなことって何!ハルたちにはどうせあたしの気持ちなんて分からないよ!この思わせ振り!」
「わかるワケねぇだろ俺はお前じゃねぇんだから!いつまでも拗ねてんじゃねぇ!このクソガキ!」
「クソガキなのはそっちでしょ!このクソガキ!大体ハルはーー」
「ねぇ今そんなこと言い合ってる場合じゃないでしょ!?」
大乱戦の音が響く中、二人の口論にエマが激怒してストップをかける。
エマはアカネとハルを交互に見て、
「痴話喧嘩なら後にして!状況考えてよ!今大変なことになってるって分かってる!?」
「「分かってないのはコイツだ!」」
「どっちもよバカ!」
互いの顔を指差す二人にエマはほとほと呆れたようだった。
こんなことをしている間にもセイラとユウマは罪人の相手をし、こちらにも罪人が攻め立ててくる。そいつらを何の苦もなく撃破したハルは冷静さを取り戻すように息を吐くと、アカネとエマの襟元を掴んで持ち上げて立ち上がった。
まるで親猫と仔猫のよう。
「「あう?」」
二人がハテナに包まれる。
そして。
「いいからさっさと行け!邪魔!!」
「「はぁぁぁぁぁああああああ!?」」
全然冷静なんて取り戻していなかった。
有無も言わさず二人の少女をハルは裏口方面までぶん投げた。
軽いジェットコースター気分を味わったアカネは若干痛い思いをしながら着地すると、乱暴な手段を選んだハルに文句を言おうとーー、
「ちょっとハル!いきなり何すんーーきゃ!」
「はいはい続きは後々。また逃げますよ!」
大きくなったギンにまた背中に乗せられて、アカネとエマは文句を言う暇もなく乱戦会場を脱出して。
「もう絶対許さないからぁぁぁああああああああああああああああああ!!!!」
アカネの怒りが夜の"アリア"に響き渡った。
***********************
ーー場所が悪いの一言に尽きた。
一人一人の実力は大したことないのに、大胆な動きを封じられる屋内で有象無象が文字通り四方八方から攻めてくるのは正直やり辛く、面倒だった。
それは三人の共通思考で、だから特に話すことも合図を送ることもなく各々は散開し、戦闘の舞台を外へと変更した。
ただしただ闇雲に外へ出たワケじゃない。戦い易い場所へ移動することももちろんあるが、最重要なのはアカネたちの避難場所からなるべく離れることである。一度〈ノア〉に入ってしまえばあとは街長《マスター》の術式が発動し、"アリア"の住民以外の干渉を否定してくれる。
だからそれまで時間を稼ぐ必要もあるわけだ。
ーーセイラ・ハートリクスは本通りとも呼ばれる、本屋がメインで並ぶ葉桜通りを駆けながら一〇人以上の罪人を相手にしている。行き交う人々が小さく悲鳴を上げながら屋内へと避難する。
全員がB級以下であろう罪人共がそれぞれ武器を使って疾走しているセイラの背中を狙う。
剣が、矢が、弾丸が、容赦なく飛来してくるがセイラの顔に焦りはない。
赤髪の美女は目を細めると一瞬にして回避の優先順位を査定。そして迷うことなく急停止して振り返り、一番最初に当たると見極めた弾丸を、瞬時にポケットから出した金貨で躊躇なく全てを撃ち落とす。
その数、実に五発。
今夜の食事代が鉛玉の死を喰らい尽くした。
次に対処したのは雨のように降り注ぐ矢であった。一〇〇本近くはあるだろうか?とりあえず一秒前に弾いた五発の弾丸が狙い通り五本の矢をへし折ったことで残り九五発。
雨は避けられないと誰かが言った。
そうかもしれない。
だが。
矢雨は避けられないとは、誰も言ってない。
セイラはフッと唇を緩め、薔薇のように赤く美しい長い髪を片手で払って一歩、踏み出した。それは、まるで城内で開かれる紳士淑女の嗜み、ダンスのステップのように軽く美しく、そして流麗であった。音楽が流れている。城の荘厳さが視える。赤髪が靡き、セイラが踊るようにステップを踏む度に一本、また一本と矢が彼女の横を通過し掠ることなく石畳に突き刺さる。
一〇〇本程度の矢雨では、彼女に擦り傷一つつけることすら叶わない。
残りの剣は消化試合だった。今更驚きはしないが、降ってきた矢の一本を掴んでいたセイラはそれだけでニ〇本の剣を叩き落とし、迎撃に使用した矢が砕けて役目を終えて風に流されていく。
そしてニ一本目の剣でもって全ての罪人を斬り伏して、セイラはその剣を石畳に突き刺した。
「ーーあと一〇〇人は連れて来い」
汗も傷の一つもなかった。
彼女は、ただ強かった。
***********************
ーーユウマ・ルークは酒場区域のぬめった闇の中で一〇人余りの罪人に囲まれていた。どいつもコイツも殺す気満々ですとばかりの雰囲気に呆れて息を吐きつつ、茶髪に和服の少年は"アリア"の住民たちはつくづく祭り好きだと思って思わず苦笑する。
どの店を見てもユウマと罪人、どちらが勝つかで賭けて大変盛り上がっている。
そして観客たちが話しを終えたタイミングで罪人共が一勢に動いた。囲いの中心にいるユウマへと、正々堂々の言葉すらなく襲いかかってきたのだ。
これだけの人数がいればクソガキ一人なんてすぐに殺せる、とでも思ったのか。下卑た笑みを浮かべる罪人共が心底憐れ。
どうやらコイツらは、烏合というモノを知らないらしい。
一が一〇になったところで、一〇が一〇〇に勝てる道理はない。
まずは真正面から馬鹿正直に突っ込んできた男のナイフを半身になって躱し、鼻面に裏拳を叩き込む。鮮血が仄暗い虚空を彩り、罪人の男が苦鳴し膝をつく。続けて対処したのは左右から来る男女の罪人。
男は棍棒、女は双剣。
どちらから倒すかと一瞬で考え、女を殴るのは趣味じゃないから棍棒男から沈めることにする。
棍棒のリーチを使った突きを屈んで避け、足下がお留守だったので薙ぎ払うように蹴りをお見舞いする。
体勢が崩れた男を一旦無視。双剣女が刃を振るってきたのでそれに対応する。
よく鍛錬された剣さばきを、しかし気楽に躱していくユウマは刺突の繰り出しで前に出した細い腕を絡め取り、軽く関節をキメて双剣の一本落とさせた。
そして女はユウマに誘導されていたことに果たして気づいていたか。
俯瞰してみれば、棍棒の男とユウマを挟み撃ちにしていると気づけたかもしれないが、それはチャンスではなかった。
つまり、どちらも互いの姿が見えない。
先に動いたのは男で、棍棒の一撃が躱したユウマの代わりに女の華奢な腹部にめり込んで脱落。
あとは気にすることなく殴ればいいだけなので気兼ねなく棍棒男を殴り飛ばした。
順番がぎゃくになったなと思いつつ、意識は次に向いている。
頭上、魔力弾を解き放とうとしている二人の男。それから背後から迫る三人の男女。
結末を決める。
解放された二発の魔力弾を両手で受け流し背後へ、二人の罪人の男女が撃沈。残りは右手で拳銃のジェスチャーを形作り、「星弾」三発を命中させる。
そして残りの罪人が気圧されて怯んでいる隙を彼は見逃さない。次々と殴り飛ばし、罪人の一人が被っていたハット帽が宙を舞い、気づいていないと思っているのか、背後からナイフで襲い掛かろうとした男を振り返らずに「星弾」で沈めて。
パサ……っと、ハット帽を悠然と被ったユウマ・ルークに傷はない。
「ま。次頑張れよ」
誰一人として罪人側に賭けている人はいなかった。
賭けが成立していない時点で、結果は既に決まっていたのかもしれない。
***********************
ーーハル・ジークヴルムは霊園区域で罪人共と火花を散らしていた。
哀愁漂う静かな空間が今は騒がしい、追悼祭は明日なのに、この様子だと英霊たちが勘違いして顔を出してしまうかもしれない。
アカネとエマは無事に避難出来たか、セイラとユウマは順調に罪人を倒しているのか。
自分のことより仲間たちのことが気になって仕方がないハルの思考を断ち切るように、墓跡の影から罪人の男が斬りかかってきた。
背後からの奇襲、しかしハルは一歩横に移動するだけで剣の一閃を躱し、相手を確認するまでもなく裏拳の一撃で黙らせる。
そして当然、罪人に仲間意識などあるはずもなく一人が倒れたトコで攻撃が止むことは決してない。実力差も測れない無謀な挑戦者たちは、己の力量を過信していた。
一体今、誰を相手にしているのか分かっていないらしい。一気に勝負を決めようと思ったのだろう、ご丁寧に全員で一勢に襲いかかってきて、一人ずつ相手にする手間が省けたとハルは内心思う。
結果。
全ての殺意が彼に届く前に、雷撃が全方位に解放されて青白い閃光が一際強く暗い霊の園を照らし。
「俺を倒してぇなら。神でも連れて来い」
真六属性《アラ・セスタ》。
雷の神の、その力。
侮れば、痺れるだけでは済まされない。
2
ーーさて。
当然と言えば当然の話になるのだが、B級以下罪人がどれだけ集まろうとハルたちに敵うはずはない。これは小さな虫が獅子に挑むようなモノでハナから同じ土俵には立っておらず、勝ち目なんて塵屑ほどもありはしない。
だから言ってしまえば、無駄な犠牲。
いてもいなくても変わらない有象無象の一人に過ぎなくてーー正直、いやハッキリ言おう。
ーー意味がない。
傷一つ付けることはおろか、体力も魔力も削ることが出来ていない以上、数よりも質で勝負をした方がいいのは火を見るよりも明らかだ。
一度目の襲撃時同様、A級罪人の個人戦力による奇襲の方がハルたちにとってはよっぽど面倒だ。
おそらく、そんなことは敵の方も十分理解しているはずだ。B級以下罪人如きに過度な期待なんて寄せていないはず。ヤツらはA級罪人。一度自分が殺すと決めた相手をみすみす他人に譲るほど利巧な頭を持ち合わせてはいない。
だから。
セイラもユウマも、ハルでさえも。
ーー何かあると警戒した。
例えばの話し、だ。
もし、もし仮に。烏合共は倒される事が前提で送られてきた捨て札だったとしたら、〈ノア〉は見事にヤツらの掌の上で踊らされていたとは言えないか?
「ーー今更気づいても、もう遅ェんだってヨオ」
その、キイキイと鳴くような耳障りな声が"アリア"の中心で響く。
細身で顔色が悪い、けれど自己的な悦と殺意に満ちた男ーーグイル・シコラエ、第A級指定罪人はこの世の全てを「呪い」殺すかのように愉快げに嗤う。
全ては、彼の思惑通りであった。
「さァ。ショータイムだってヨォ」
嗤って、
嗤って、
嗤って。
グイル・シコラエは己の心臓を刃で抉った。
盛大に吐血し、ビチャビチャとグロテスクな音が響き、赤色が花開き、文字通り命が終わる凄絶な激痛が彼を蹂躙して、穿った胸の傷口から赤々とした鮮血がとめどなく溢れて流れ、無機質な石畳を有機過ぎる人間の灯がボタボタ汚す。
それがタイミングであった。
「ゴフっ、ごろボェ!ガハ!……け、ヒヒ。これで……い、いんだろ?」
嗤う。
「殺戮の復讐者《ティーシポネ》」
タイミング、だったのだ。
「せいぜい苦しめ。方舟共……!ケヒヒヒヒ!」
どこまでも満足そうに嗤い、不気味な言葉を残してグイル・シコラエは糸が切れた人形のように倒れ、血の海に沈んだきり動かなくなった。
直後。
"アリア"全域に、赤黒く発光する歪で醜悪な魔法陣が展開された。
***********************
そうして明確極まる異変に、〈ノア〉の面々は眉を寄せて。
「なんだ?」
「あ?」
「これ、は………」
異変に気づくのが圧倒的に遅かった。
ハルとユウマはともかく、倒した罪人がどろりと溶け始めた瞬間にセイラは目を見開き先刻の思考を肯定する。
倒される事が前提。
何が起こるかわからない悪寒が、絶対に良くない事が起こると本能が叫び、咄嗟に離れようとーー、
「ーー十分だよシコラエ。よくやった」
ラプンツェルがどこかでそう言った直後、ドロドロに溶けた罪人共が〈ノア〉の三人を絡めとり、
「「「な」」」
赤黒い液体は浸透していくように三人の内側へ入り込み、同時に心臓を抉られたような激痛が。
「「「あぐぁ!?」」」
ーー三人を襲った。
***********************
そして三人が胸を押さえて膝をついた時、避難途中だったアカネは後ろで小さく何事かを呟いたエマを見ようと首だけを動かし「エマちゃん、何か言った?」トスっ、という軽い衝撃に「え?」頭が疑問に支配されて「………ち?」衝撃の元に目をやれば、短剣が鋭く右肩を貫いていて、赤い液体が制服を、ギンの白銀の毛並みを真紅に染め上げていた。
転瞬。
疑問が消化されて理解が追いつき、頭がスパークするような激痛がアカネを襲った。
「あ、ああ。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」
「あ、アカネ!?」
突然の絶叫、唐突な血臭にギンがすぐさま反応するが、背中から落ちる少女を止められなかった。何度か地面をバウンドして転落し、右肩以外にも生傷を作ったアカネは激痛に呻きながらボヤける視界にその人を捉える。
アカネに近づこうとしたギンを虫でも払うかのように何かをして石壁まで吹き飛ばし、その人は二つ結びにしていた金の髪を解きながら近づいてくる。
「あーキッツイ。ツインテールって、頭痛くなるからイヤなんだよね、あたし。服も動きにくいから大変だったよ」
平然と、まるで何事もなかったかのように、その人は歩み寄ってきて、倒れているアカネの目の前に立った。
激痛で霞んでいた視界が徐々に明確さを、輪郭を取り戻し、ようやくハッキリと像を結んで形を映し出す。
いいや。
取り戻すまでもなく、目の前にいる人物が誰なのか嫌でも分かってしまう。
ズキズキと痛む右肩を押さえながらゆっくりと身を起こし、そして現実の凶悪性を思い知る。
なんで、どうして。
理解ができない。意味がわからない。脈絡も伏線もない。血の匂いが、温かさが、痛みが、容赦なくアカネの心を喰い千切る。
長い金の前髪をかき上げて、後ろ髪は背中にサラリと流し、肌の露出が少なかった服を嫌うように袖部分や太腿部分の布を破って捨て、白く細い腕や脚が外気に触れる。
赤いリボンは手首に巻き、その手にはアカネの血で濡れる短剣が握られている。
「…………なんでッ」
声が震えた。
くしゃりと、顔が歪んだのが分かった。
なんで。
それは彼女に対してか。
それともこの世界に対してか。
やっと心を許せるかもしれないって思えたのに。
助けてくれて、嬉しかったのに。
結局はこうなるのか。
「呪」われていると、つくづく思った。
世界に。
「愛」されていると、つくづく思った。
悲劇に。
手を差し伸べてはくれなかった。
ただ、彼女は何も変わらぬ笑顔で、だけどどこか悍ましく、友好的に、言った。
「第S級指定罪人。識別名・殺戮の復讐者《ティーシポネ》。エマ・ブルーウィンドです。よろしくね、アカネちゃん♡」
最後の異世界物語り
ーー『独姫愁讐篇』
第二幕 〈虚無〉
突然の大乱闘、否。殺し合いの開幕に呆然となっていたアカネの頭をハルの声が殴りつける。ハッとなってテーブルの下に隠れようした瞬間、罪人の一人がアカネの首を狙い、ナイフが弧を描く。
「ーー!」
一秒でも遅れていたら自分の胴体を離れた位置で眺めることになっていたかもしれない未来にアカネはゾッとなる。
銀の髪が数本舞い、店が壊れる音や悲鳴や怒声が響く中、アカネを狙った罪人が再度彼女の命に指をかける。
「死ねアルテミスぅぅぅうううううう!」
「うるせぇ!!」
刹那、ハルの拳がアカネの絶命を否定した。
見事なまでに顔面にめり込み、脇役らしく罪人の男が冗談みたいに吹っ飛び、壁を大破させて店を後にした。
怒涛の暴嵐、全ての敵がアカネの命を求める狂乱演舞は身を凍らせるには十分だ。昨夜の少数精鋭から切り替えて数の暴力に路線変更したのか。
それほどまでに「レイシア」の首が欲しいのか。何故そこまでして第二王女の首に執着するのか、謎を通り越して怒りすらある。
ただ、相手の狙いを考えている暇は今のアカネにはない。
ハルが近づいてきた罪人の一人を殴って気絶させ、屈んでテーブル下にいるアカネとエマに言った。
「俺たちがコイツらの相手をしとく。その隙にアカネたちは裏口から逃げて店を出ろ!〈ノア〉は街長《ばぁちゃん》が組んだ術式に守られてるから安全だ!あとで必ず俺も行く!」
「ーー!あたしのことなんて放って置いていいよ!それよりも自分の身を守りなよ!」
「アカネが狙われてるんだよ!」
「あたしじゃない!「レイシア」!」
「ーー!まだそんなこと言ってんのかよ!いい加減にしろ、この分からず屋!」
アカネはムキになって、
「そんなことって何!ハルたちにはどうせあたしの気持ちなんて分からないよ!この思わせ振り!」
「わかるワケねぇだろ俺はお前じゃねぇんだから!いつまでも拗ねてんじゃねぇ!このクソガキ!」
「クソガキなのはそっちでしょ!このクソガキ!大体ハルはーー」
「ねぇ今そんなこと言い合ってる場合じゃないでしょ!?」
大乱戦の音が響く中、二人の口論にエマが激怒してストップをかける。
エマはアカネとハルを交互に見て、
「痴話喧嘩なら後にして!状況考えてよ!今大変なことになってるって分かってる!?」
「「分かってないのはコイツだ!」」
「どっちもよバカ!」
互いの顔を指差す二人にエマはほとほと呆れたようだった。
こんなことをしている間にもセイラとユウマは罪人の相手をし、こちらにも罪人が攻め立ててくる。そいつらを何の苦もなく撃破したハルは冷静さを取り戻すように息を吐くと、アカネとエマの襟元を掴んで持ち上げて立ち上がった。
まるで親猫と仔猫のよう。
「「あう?」」
二人がハテナに包まれる。
そして。
「いいからさっさと行け!邪魔!!」
「「はぁぁぁぁぁああああああ!?」」
全然冷静なんて取り戻していなかった。
有無も言わさず二人の少女をハルは裏口方面までぶん投げた。
軽いジェットコースター気分を味わったアカネは若干痛い思いをしながら着地すると、乱暴な手段を選んだハルに文句を言おうとーー、
「ちょっとハル!いきなり何すんーーきゃ!」
「はいはい続きは後々。また逃げますよ!」
大きくなったギンにまた背中に乗せられて、アカネとエマは文句を言う暇もなく乱戦会場を脱出して。
「もう絶対許さないからぁぁぁああああああああああああああああああ!!!!」
アカネの怒りが夜の"アリア"に響き渡った。
***********************
ーー場所が悪いの一言に尽きた。
一人一人の実力は大したことないのに、大胆な動きを封じられる屋内で有象無象が文字通り四方八方から攻めてくるのは正直やり辛く、面倒だった。
それは三人の共通思考で、だから特に話すことも合図を送ることもなく各々は散開し、戦闘の舞台を外へと変更した。
ただしただ闇雲に外へ出たワケじゃない。戦い易い場所へ移動することももちろんあるが、最重要なのはアカネたちの避難場所からなるべく離れることである。一度〈ノア〉に入ってしまえばあとは街長《マスター》の術式が発動し、"アリア"の住民以外の干渉を否定してくれる。
だからそれまで時間を稼ぐ必要もあるわけだ。
ーーセイラ・ハートリクスは本通りとも呼ばれる、本屋がメインで並ぶ葉桜通りを駆けながら一〇人以上の罪人を相手にしている。行き交う人々が小さく悲鳴を上げながら屋内へと避難する。
全員がB級以下であろう罪人共がそれぞれ武器を使って疾走しているセイラの背中を狙う。
剣が、矢が、弾丸が、容赦なく飛来してくるがセイラの顔に焦りはない。
赤髪の美女は目を細めると一瞬にして回避の優先順位を査定。そして迷うことなく急停止して振り返り、一番最初に当たると見極めた弾丸を、瞬時にポケットから出した金貨で躊躇なく全てを撃ち落とす。
その数、実に五発。
今夜の食事代が鉛玉の死を喰らい尽くした。
次に対処したのは雨のように降り注ぐ矢であった。一〇〇本近くはあるだろうか?とりあえず一秒前に弾いた五発の弾丸が狙い通り五本の矢をへし折ったことで残り九五発。
雨は避けられないと誰かが言った。
そうかもしれない。
だが。
矢雨は避けられないとは、誰も言ってない。
セイラはフッと唇を緩め、薔薇のように赤く美しい長い髪を片手で払って一歩、踏み出した。それは、まるで城内で開かれる紳士淑女の嗜み、ダンスのステップのように軽く美しく、そして流麗であった。音楽が流れている。城の荘厳さが視える。赤髪が靡き、セイラが踊るようにステップを踏む度に一本、また一本と矢が彼女の横を通過し掠ることなく石畳に突き刺さる。
一〇〇本程度の矢雨では、彼女に擦り傷一つつけることすら叶わない。
残りの剣は消化試合だった。今更驚きはしないが、降ってきた矢の一本を掴んでいたセイラはそれだけでニ〇本の剣を叩き落とし、迎撃に使用した矢が砕けて役目を終えて風に流されていく。
そしてニ一本目の剣でもって全ての罪人を斬り伏して、セイラはその剣を石畳に突き刺した。
「ーーあと一〇〇人は連れて来い」
汗も傷の一つもなかった。
彼女は、ただ強かった。
***********************
ーーユウマ・ルークは酒場区域のぬめった闇の中で一〇人余りの罪人に囲まれていた。どいつもコイツも殺す気満々ですとばかりの雰囲気に呆れて息を吐きつつ、茶髪に和服の少年は"アリア"の住民たちはつくづく祭り好きだと思って思わず苦笑する。
どの店を見てもユウマと罪人、どちらが勝つかで賭けて大変盛り上がっている。
そして観客たちが話しを終えたタイミングで罪人共が一勢に動いた。囲いの中心にいるユウマへと、正々堂々の言葉すらなく襲いかかってきたのだ。
これだけの人数がいればクソガキ一人なんてすぐに殺せる、とでも思ったのか。下卑た笑みを浮かべる罪人共が心底憐れ。
どうやらコイツらは、烏合というモノを知らないらしい。
一が一〇になったところで、一〇が一〇〇に勝てる道理はない。
まずは真正面から馬鹿正直に突っ込んできた男のナイフを半身になって躱し、鼻面に裏拳を叩き込む。鮮血が仄暗い虚空を彩り、罪人の男が苦鳴し膝をつく。続けて対処したのは左右から来る男女の罪人。
男は棍棒、女は双剣。
どちらから倒すかと一瞬で考え、女を殴るのは趣味じゃないから棍棒男から沈めることにする。
棍棒のリーチを使った突きを屈んで避け、足下がお留守だったので薙ぎ払うように蹴りをお見舞いする。
体勢が崩れた男を一旦無視。双剣女が刃を振るってきたのでそれに対応する。
よく鍛錬された剣さばきを、しかし気楽に躱していくユウマは刺突の繰り出しで前に出した細い腕を絡め取り、軽く関節をキメて双剣の一本落とさせた。
そして女はユウマに誘導されていたことに果たして気づいていたか。
俯瞰してみれば、棍棒の男とユウマを挟み撃ちにしていると気づけたかもしれないが、それはチャンスではなかった。
つまり、どちらも互いの姿が見えない。
先に動いたのは男で、棍棒の一撃が躱したユウマの代わりに女の華奢な腹部にめり込んで脱落。
あとは気にすることなく殴ればいいだけなので気兼ねなく棍棒男を殴り飛ばした。
順番がぎゃくになったなと思いつつ、意識は次に向いている。
頭上、魔力弾を解き放とうとしている二人の男。それから背後から迫る三人の男女。
結末を決める。
解放された二発の魔力弾を両手で受け流し背後へ、二人の罪人の男女が撃沈。残りは右手で拳銃のジェスチャーを形作り、「星弾」三発を命中させる。
そして残りの罪人が気圧されて怯んでいる隙を彼は見逃さない。次々と殴り飛ばし、罪人の一人が被っていたハット帽が宙を舞い、気づいていないと思っているのか、背後からナイフで襲い掛かろうとした男を振り返らずに「星弾」で沈めて。
パサ……っと、ハット帽を悠然と被ったユウマ・ルークに傷はない。
「ま。次頑張れよ」
誰一人として罪人側に賭けている人はいなかった。
賭けが成立していない時点で、結果は既に決まっていたのかもしれない。
***********************
ーーハル・ジークヴルムは霊園区域で罪人共と火花を散らしていた。
哀愁漂う静かな空間が今は騒がしい、追悼祭は明日なのに、この様子だと英霊たちが勘違いして顔を出してしまうかもしれない。
アカネとエマは無事に避難出来たか、セイラとユウマは順調に罪人を倒しているのか。
自分のことより仲間たちのことが気になって仕方がないハルの思考を断ち切るように、墓跡の影から罪人の男が斬りかかってきた。
背後からの奇襲、しかしハルは一歩横に移動するだけで剣の一閃を躱し、相手を確認するまでもなく裏拳の一撃で黙らせる。
そして当然、罪人に仲間意識などあるはずもなく一人が倒れたトコで攻撃が止むことは決してない。実力差も測れない無謀な挑戦者たちは、己の力量を過信していた。
一体今、誰を相手にしているのか分かっていないらしい。一気に勝負を決めようと思ったのだろう、ご丁寧に全員で一勢に襲いかかってきて、一人ずつ相手にする手間が省けたとハルは内心思う。
結果。
全ての殺意が彼に届く前に、雷撃が全方位に解放されて青白い閃光が一際強く暗い霊の園を照らし。
「俺を倒してぇなら。神でも連れて来い」
真六属性《アラ・セスタ》。
雷の神の、その力。
侮れば、痺れるだけでは済まされない。
2
ーーさて。
当然と言えば当然の話になるのだが、B級以下罪人がどれだけ集まろうとハルたちに敵うはずはない。これは小さな虫が獅子に挑むようなモノでハナから同じ土俵には立っておらず、勝ち目なんて塵屑ほどもありはしない。
だから言ってしまえば、無駄な犠牲。
いてもいなくても変わらない有象無象の一人に過ぎなくてーー正直、いやハッキリ言おう。
ーー意味がない。
傷一つ付けることはおろか、体力も魔力も削ることが出来ていない以上、数よりも質で勝負をした方がいいのは火を見るよりも明らかだ。
一度目の襲撃時同様、A級罪人の個人戦力による奇襲の方がハルたちにとってはよっぽど面倒だ。
おそらく、そんなことは敵の方も十分理解しているはずだ。B級以下罪人如きに過度な期待なんて寄せていないはず。ヤツらはA級罪人。一度自分が殺すと決めた相手をみすみす他人に譲るほど利巧な頭を持ち合わせてはいない。
だから。
セイラもユウマも、ハルでさえも。
ーー何かあると警戒した。
例えばの話し、だ。
もし、もし仮に。烏合共は倒される事が前提で送られてきた捨て札だったとしたら、〈ノア〉は見事にヤツらの掌の上で踊らされていたとは言えないか?
「ーー今更気づいても、もう遅ェんだってヨオ」
その、キイキイと鳴くような耳障りな声が"アリア"の中心で響く。
細身で顔色が悪い、けれど自己的な悦と殺意に満ちた男ーーグイル・シコラエ、第A級指定罪人はこの世の全てを「呪い」殺すかのように愉快げに嗤う。
全ては、彼の思惑通りであった。
「さァ。ショータイムだってヨォ」
嗤って、
嗤って、
嗤って。
グイル・シコラエは己の心臓を刃で抉った。
盛大に吐血し、ビチャビチャとグロテスクな音が響き、赤色が花開き、文字通り命が終わる凄絶な激痛が彼を蹂躙して、穿った胸の傷口から赤々とした鮮血がとめどなく溢れて流れ、無機質な石畳を有機過ぎる人間の灯がボタボタ汚す。
それがタイミングであった。
「ゴフっ、ごろボェ!ガハ!……け、ヒヒ。これで……い、いんだろ?」
嗤う。
「殺戮の復讐者《ティーシポネ》」
タイミング、だったのだ。
「せいぜい苦しめ。方舟共……!ケヒヒヒヒ!」
どこまでも満足そうに嗤い、不気味な言葉を残してグイル・シコラエは糸が切れた人形のように倒れ、血の海に沈んだきり動かなくなった。
直後。
"アリア"全域に、赤黒く発光する歪で醜悪な魔法陣が展開された。
***********************
そうして明確極まる異変に、〈ノア〉の面々は眉を寄せて。
「なんだ?」
「あ?」
「これ、は………」
異変に気づくのが圧倒的に遅かった。
ハルとユウマはともかく、倒した罪人がどろりと溶け始めた瞬間にセイラは目を見開き先刻の思考を肯定する。
倒される事が前提。
何が起こるかわからない悪寒が、絶対に良くない事が起こると本能が叫び、咄嗟に離れようとーー、
「ーー十分だよシコラエ。よくやった」
ラプンツェルがどこかでそう言った直後、ドロドロに溶けた罪人共が〈ノア〉の三人を絡めとり、
「「「な」」」
赤黒い液体は浸透していくように三人の内側へ入り込み、同時に心臓を抉られたような激痛が。
「「「あぐぁ!?」」」
ーー三人を襲った。
***********************
そして三人が胸を押さえて膝をついた時、避難途中だったアカネは後ろで小さく何事かを呟いたエマを見ようと首だけを動かし「エマちゃん、何か言った?」トスっ、という軽い衝撃に「え?」頭が疑問に支配されて「………ち?」衝撃の元に目をやれば、短剣が鋭く右肩を貫いていて、赤い液体が制服を、ギンの白銀の毛並みを真紅に染め上げていた。
転瞬。
疑問が消化されて理解が追いつき、頭がスパークするような激痛がアカネを襲った。
「あ、ああ。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」
「あ、アカネ!?」
突然の絶叫、唐突な血臭にギンがすぐさま反応するが、背中から落ちる少女を止められなかった。何度か地面をバウンドして転落し、右肩以外にも生傷を作ったアカネは激痛に呻きながらボヤける視界にその人を捉える。
アカネに近づこうとしたギンを虫でも払うかのように何かをして石壁まで吹き飛ばし、その人は二つ結びにしていた金の髪を解きながら近づいてくる。
「あーキッツイ。ツインテールって、頭痛くなるからイヤなんだよね、あたし。服も動きにくいから大変だったよ」
平然と、まるで何事もなかったかのように、その人は歩み寄ってきて、倒れているアカネの目の前に立った。
激痛で霞んでいた視界が徐々に明確さを、輪郭を取り戻し、ようやくハッキリと像を結んで形を映し出す。
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ズキズキと痛む右肩を押さえながらゆっくりと身を起こし、そして現実の凶悪性を思い知る。
なんで、どうして。
理解ができない。意味がわからない。脈絡も伏線もない。血の匂いが、温かさが、痛みが、容赦なくアカネの心を喰い千切る。
長い金の前髪をかき上げて、後ろ髪は背中にサラリと流し、肌の露出が少なかった服を嫌うように袖部分や太腿部分の布を破って捨て、白く細い腕や脚が外気に触れる。
赤いリボンは手首に巻き、その手にはアカネの血で濡れる短剣が握られている。
「…………なんでッ」
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くしゃりと、顔が歪んだのが分かった。
なんで。
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それともこの世界に対してか。
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助けてくれて、嬉しかったのに。
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世界に。
「愛」されていると、つくづく思った。
悲劇に。
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