最後の異世界物語りー剣の姫と雷の英雄ー

天沢壱成

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『独姫愁讐篇』

第六章 春雷 〈虚無〉

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 ーー正義のヒーローに、会いたかった。

          2

 「ーーん」

 意識が暗闇の中から浮上する。
 重い瞼を徐々に開けていき、薄く霞む視界と曖昧な自我が辛うじて命があることをサクラ・アカネに教えてくれていた。

 異世界に帰ってきた感覚とは違う。それよりももっと馴染みのある、眠りから目覚めるような多少の重さに似た覚醒で、しかし途端に鋭い痛みが走ってアカネの全てが強引に引き戻された。

 「………っ。いっ、た……ぁ」

 顔を顰め、痛みの発信源を見る。右肩。制服は見事に血で真っ赤、けれど血は止まっているようだ。アカネ史上最大の大怪我ではあるが、呑気にそんなことを言っている場合でもない。

 むしろ、この事実を重く受け止めなければならないのだ。
 右肩の裂傷があるということは、つまり、アレは夢ではなかったということだ。
 ズキリ、と胸が痛んだ。
 怪我なんか、していないのに。
 
 周囲を見回し、怪訝になる。

 「……どこ、ここ」

 そこは、異様な空間だった。
 ドーム状の天蓋を巨大な骨のような岩組が雑な隙間を開けて覆って走る、人体の肋骨じみた天井。夜の色が濃く、星辰の輝きが肋骨天井から漏れてーー吹き抜けになっているから仄かに光を落としている。
 半球状の大広間の壁面には満月を剣で突き刺して嗤う不気味な妖精が描かれていてどこか不気味。
 床には下から単に伸びるように錐状の突起が規則的に生えていて、まるで悪魔を呼ぶ儀式場のような雰囲気だ。

 「ならあたしは、生贄ってところかな……」

 大広間中央、アカネは岩塊で作られた十字架に縛り付けられ、神の子の処刑のような状態に陥ってる。

 「ーー悪魔っていうよりは明るい未来のための生贄だと思うけどな」

 と、どちらも大して意味は変わらないことを言った平坦な声が歪な空間に響く。正面前方、逆U字型の出入り口からコツコツと足音を立てて入ってくる影が一つ。

 エマ・ブルーウィンド。
 金髪の少女が星明かりに照らされて目の前に立った。

 「おはよ、アカネちゃん。気分はどう?」

 「………エマちゃん」

 冷酷な現実が冷たい刃を振りかざしてアカネの心を斬りつける。彼女の自然の笑みが全てを肯定していて、アカネは傷ついた表情で苦くエマの呼ぶしかない。

 最早「ない」とわかっていて、現実だと認めたのに、それでも見苦しく夢であってほしかったと願ってしまう。
 こんなのは、嫌だ、と。

 「………なにか」

 知らず、声が出た。

 「何か、理由があるんだよね?」

 「うん?」

 自分を誤魔化すための、真実を虚実にするためピースを見つけて無実のパズルを完成させるための、足掻くような声。
 言葉自体はなんでもいい。ただ、エマが罪人ではないという確信が得られれば、それだけで。

 「誰かに命令されてるとか、操られてるとかさ。……だって、だって。エマちゃんがこんなことするはずないもん」

 「…………、」

 「エマちゃんは優しくて、少しドジだけど可愛くて、おばあちゃん想いの女の子だもん。何度もあたしを助けてくれたし、あたしのためを思って泣いてくれた」

 「…………、」

 「あたし、嬉しかったんだ。エマちゃんだけは「レイシア」じゃなくて「アカネ」としてのあたしを見ていてくれているって思ったから。だから、エマちゃんは絶対こんなことしない。……だって、だってさ………」

 「…………、」

 「あたしのともだーー」

 「あはははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハはははははははははははははははははははははははハハハハハハハハはハハはハハははハハハハハは!!」


 勇気を振り絞って言ったその貴重な言葉は、人を弄ぶのは楽しいとばかりに嗤う、悪魔のような凶笑に食い尽くされて、誰の耳にも届くことはなかった。
 アカネが呆然とする中、腹を抱えて嗤う悪魔の少女が言う。

 「どこまで馬鹿なのあなたっていう女は!全部、全部、全部!ここに至るまでの全部が嘘だったことくらいいい加減に気づけよ!笑笑笑ww(嗤)!マジデウケルヨオマエ。お願いだから笑わせないでよ、アハハハハハハハハハハ!」

 「………、」

 「状況がわかってない頭がお花畑なあなたに教えてあげる!何でそれに拘ってるのか知らないし興味もないからどうだっていいけど、きっとコレを言えば理想も夢想も泡のようにはじけてきえるだろうからねぇえええええ!!」


 ーーだめ。


 「ハナから「アカネ」なんて知らねーんだよ。アタシの目的は「レイシア」だ!第二王女以外興味なんてないんだよ!!!!!」


 それは決定的であった。
 哄笑している少女が、一番近くにいると感じていたのに突如として世界の果てよりも遠い場所に行ってしまった絶望と喪失が、アカネの心を再現なく蹂躙した。

 真っ暗だった。
 急激な脱力感に襲われ、まっすぐ前を見ることが出来ず、視界は闇一色で。
 心が、おわる。
 治りかけていたモノが壊される痛みは絶大で。
 何にも学習しない愚かで馬鹿な自分に、心底嫌悪した。

 わかっていたはずだ。
 思い知ったはずだった。
 ーー人間は、信用するに値しない生き物だと。

 なのに、過去の惨劇から何にも学ばなかった愚者は一時の感情を優先して安易な救いの道に走ってしまった。

 信頼できる友達だと勝手に思い込んで、とっくの昔にボロボロだった心を委ねて。
 何ともまぁ滑稽なはなしじゃあないか。たった一日の付き合いで心を許し、命を助けられ、自分のために怒ってくれたり泣いてくれただけで歩み寄るなんて。

 この世界も。アカネには優しくなかった。

 信じたいと思い、信じられますようにと願い、信じられると心を許して。そのすべてが悉く握り潰された。

 ハルたちも。
 エマも。
 あたしなんか見ていない。
 何もかもがあたしじゃなかった。

 その絶望がアカネに知りたいもないことを教える。
 ーーそういえば、酒場区域で助けられた時、"幻色石"をまだつけていたのに、エマはアカネの髪色を『銀』だと言っていなかったか?
 仮面の女に襲われた時。あの罪人は殺気も敵意も何もないとハルが言っていたのに、何故あの場面では濃すぎるほどの殺気を感じた?
 例えば、傷を負ってでも助けるという人の良さを際立たせてアカネの心を揺らし、この時のための信用を勝ち取るためにエマ自身が放った殺気で、全て自作自演のフィクションだったのではないか?

 つまり、全てが嘘。
 あの笑顔も涙も怒りも。ーー頬の痛みさえも。

 「どう?わかってくれた?」

 俯くアカネの耳元で、エマが面白そうに囁いた。二人だけの内緒話しをするみたいに。

 「アタシはね、最初からあなたが目的で〈ノア〉に近づいたの。まぁ正直、実際に自分の目で確認するまでは情報筋のことは信じられなかったけど、会ってびっくり。目の前に、あの第二王女がいるんだもん。しかも何でか知らないけど王女は人間不信。これは使えると思ったよね」

 エマは空中に浮かびながらくるくる回って、

 「普通に殺すんじゃつまらない。だからアタシのことを信用させた上で、どん底に落としてから殺そうと決めた。人間不信の女なんて、同調して少し泣いて命懸けたらイチコロだからね」

 「おばあちゃんの、ネックレスは……」

 エマは空中で回るのをやめると清々しい笑顔で親指を立てて、

 「もちろん嘘だぜ☆」

 結局。
 あの時あの瞬間。エマの話しに納得して、探し出したいと思った時からアカネがこうなることは決まっていたのかもしれない。
 弱りきった心が、傷だらけの精神が限界だったからエマを選んで。
 でもそれは間違いで、ただの悪い幻でしかなかった。

 ……じゃあ、どうしろと?
 悉く色んな物を失うアカネに世界は、神様は何を望んでいる?どうせ壊れてなくなるのに、どうして甘い夢を見せる?壊れる瞬間が見たいからか?一六才の女の子が一人ぼっちで暗闇に押し潰されて泣く様が面白いからとでも言うつもりか!?

 そんなのーー死んでいるのと何も変わらない。

 ーー変わらないじゃないか。


          3


 
 「ーーねぇアカネちゃん。正義って、なんだと思う?」

 不意にエマがそう言って、アカネの無気力な瞳が彼女に向く。空色の双眸に映る金髪の少女は、一体どこから持ち出したのか、木製椅子に腰掛けて不敵に笑んでいる。
 ただし、宙に浮いた椅子に、だ。

 「……どういう、意味」

 「だから。正義だよ正義。いるでしょ、悪を懲らしめる正義のヒーロー。正義ってさ、悪を罰するってことなのかな?」

 「………知らない」

 「そりゃそうだ。考えようとしてないもん。……そうだね。じゃあこうすれば真面目に考えてくれるかしらん?」

 「?何をーー」

 気の軽いエマの声に怪訝になった直後、アカネの全身に電流が走った。
 
 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 否。
 電流ではないーー激痛だ。
 エマが晴れ晴れとした笑顔で凶行に出たのだ。
 血が止まっていた右肩の創傷、短剣で貫かれた傷口を広げるように彼女は指を突っ込んでアカネの体でーーアソビハジメタノデアル。

 ぐりぐりと、優しく、撫でるように。それでいてどこまでも悪辣に、愉快げに、恍惚に頬を緩めながらアカネの絶叫を最高の音楽として聴き入る悪魔のように。

 「ああああああああ!い、やっ、あああああ!」
痛みが手加減を知らない。体の内側から無数の刃で刺されているようなどうしようもない痛みが「ねぇねぇ、早く答えてよ。じゃないともっとほじくっちゃうよ、ほらほら」悪戯好きの童のような無邪気で笑う楽しげな声が悍ましくて恐ろしくて「あ、あ、ああああああ!い、やめ、あ、いっつ、ぅあああああああああああああ!」血の匂いが鼻について吐き気を催し、けれどそれを容易に丸飲みする激痛がアカネに『痛み』以外を教えず「あ、今こつって音がしたけど骨に当たったかな?……ありゃりゃ。こりゃ大変だ、血がいっぱい」呑気な口調で真っ暗なことを言う拷問者は、滂沱し血に染まる現実の少女が気を失いかけていることに気づき、ようやく狂気の指を止めた。

 意識が朦朧とし混濁する中、エマが指についた血をぺろりと舐めたのがギリギリ分かった。

 「で。正義ってなんだと思う?」

 最早死の音に聞こえる問いかけだ。
 もうあの『痛み』を味わいたくなくて、アカネは何でもいいからとにかく答えることにした。

 「……人としての、正しい道理、行い」

 辞書に載っているようなことだ。
 エマはうんうん、と頷いて、

 「お手本通りの綺麗な回答で何より。流石は王女様だね。……でも不正解だ」

 最後に途端に冷えた声でエマはアカネの回答を否定した。
 彼女は言う。

 「正義の正体はねーー理不尽だよ」

 妙に確信めいた声色だった。
 何となく、分かる気がした。

 「外面は白くて綺麗だけど、中身は黒くて汚れている。正義という名の理不尽は、助ける相手を選んでる。誰でも彼でも救うご都合主義で採算度外視の本物のバカなんてこの世にはいない。正義のヒーローはみんなを救う?ーーいいや違う。正義は救える人間だけ救うんだ。救えない人間は救わない。救えなかった人間は誰にも教えない」

 「…………、」

 「優先順位ってやつだよ。海で二人溺れてても、いじめっ子、いじめられっ子だったらいじめっ子を救うのがヒーローだよ。……だっていじめっ子なら絶対嘘をついて真実とは逆の事を言って助かるだろうからね。僕はこの人にいじめられてました、この人は溺れたふりをしています。……こういえばあとは狂った善の流れに身を任せればいいだけ。………救われるべき人間が救われない。それが今の世界なんだよ。ねぇ、アカネちゃん。こんなのが、本当に正義って呼べるのかな?」

 誰よりも正義の助けを求めていた人が救われない無情。
 誰よりも正義を信じていた人が正義に裏切られる絶望。

 それは、とても残酷だ。
 そして、否定は出来なかった。
 だって多分、その通りだから。

 「呼べないよね。そんなのは、正義でも何でもない。ただの悪だ」

 「……二人とも、救うべきだったってこと?」

 「違う。いじめっ子を見捨てるべきだった」

 ズレがあった。
 正義の形が歪んでいる気がした。

 「助ける人を選ぶなら。死体を量産するなら。それは正しく悪であるべきだ。善が笑うべきなんだ」

 「それじゃあ……、結局みんなは、助からないじゃない。助ける相手を選ぶ事が理不尽なら、エマちゃんのそれは、正義じゃない……」

 エマはそっと息を吐いて、

 「分かってないな王女様は。アタシはね、正義を元の形に戻すだけ。最初に言ったじゃん。正義って悪を罰することなのかなって。ーーそうなんだよ。
だから悪は全て殺す。正しくある義の下に。選定をして命を選ぶなら、理不尽が善と悪を見極められないなら、アタシが変える。命の価値も分からないこの国に、そのトップに。本当の正義を教えてやるんだよ。」

 「……矛盾、してるよ。エマちゃんの正義は、死ぬべき人が正しく死ぬように手を貸すことなの?」

 「言い方が悪いなぁ。せめて世界を綺麗にするためにゴミを捨てるようなモノって言ってほしいよ」

 ケロリとそう言ってのける彼女は、果たして自身が掲げる正義が歪んでいることに気づいているのか否か。
 選定は、正義ではない。

 「………狂ってるよ」

 正義に陶酔し、本質を見失っている。
 だがそこで、正義の執行者は鼻で笑い、アカネにぐんっと顔を近づけた。
 息がかかる距離で、言う。

 「アタシと同じことを思ってるくせに」
 
 「………な、にを」

 「正義に対して期待なんかしていないでしょ。狂ってるのはアタシじゃない。この世界だ。それを知ってる「目」をしてるよ、あなた。世界を、人を、神を、正義を憎んでる。そうでしょう?」

 鬼人に言われた一言をアカネは思い出す。
 ーーこっち側の「目」。
 アレは、罪人のような殺意と自欲にまみれた「目」というわけでなく、それと同質の暗さを宿らせているという意味か。

 反射的に答えようとした。
 でも言葉は出てこなかった。

 考えようと、意識しないようにしていただけで。
 自分は、世界を恨んでいるのか?憎んでいるのか?
 確かに世界にも人にも神にも正義にも期待なんかしていないけれど、それは憎悪を抱く程だったか?

 パキャン、と音がした。
 手足の拘束の、鎖が外れた音だ。
 エマが短剣で斬り断ったのだ。
 解放された喜びはなく、アカネは地面に転がったまま動かずに自問を繰り返す。

 ーーあたしの心は、そこまで淀んでいたのか?

 「自分を誤魔化すなよ、レイシア」

 温度を感じない、しかし心の中に入り込むような魔声があった。

 「人間不信なんてそうそうなるようなモノじゃない。なりたくてもなれるようなモノじゃない。何かきっかけがあったはずよ。他者が自分のためだけに命を懸けて守ってくれないと信じられないなんていう強欲は普通じゃないもの。だってそれは、死んでからようやく信じるって言ってるのとなにも変わらない。自分のために死んでくれた騎士しか信じないなんて、流石は王女様ね。傲慢だわ。信頼条件が命を差し出すことなんて素敵。……まぁ、あなたのために命を投げ出す人なんているわけないし、だからずっと一人だったわけだしね?」

 「………、」

 違う、とは言えなかった。
 だってそうだ。ハルたちこともエマのことも。信じたい思ったのは命を懸けて、体を張って守ってくれた時だもの。ショックを受けた時も、自分のためではなく「レイシア」のために命を懸けていたのだと知ったからだもの。
 
 他者を信ようしないことは歪んでいる。
 だけど、その信用を置くために強制していたことが命を差し出させることなんて。
 ーーキモチワルイ。

 「そこまで堕ちたら、もうこっち側よ。あなたは自分のために他者に死を強要させる化物なんだし」

 ーーばけもの。

 「ねぇ、レイシア。あなたは本当にアタシが間違っていると思う?正しい人が正しく救われない世界に、価値なんて、真の正義なんてあると思う?」

 ーーしんのせいぎ。

 「人間不信の始まりは何だった?どうして全てに絶望した?あなたの一六年は、全てを肯定できるくらいに美しいモノだったの?」

 ーーちがう。

 「あなたは知ってるはずよ。なにもかも」

 囁く。
 囁く。
 囁く。

 甘く暗く、危険に。

 「思い出して。あなたの怒りを。哀しみを。素直になって。正直になって。ーー自分を一人にしたこんな世界を、あなたは許せるの?ーーいいや」

 嗤う。 
 口を三日月のように裂いて。 
 愉快げに。

 「全ての悲劇の原因である自分を、あなたは許せるの?」

 その瞬間。
 涙と血でぐしゃぐしゃになった少女の顔が苦しそうに歪んだ。
 拭い去れない後悔が服についた汚れのようにジワジワと広がり、目立つように浮き上がってくる。

 そして。

 「ーーハルくんは、死んだわよ」

 「ーーーー、」

 それはアカネを叩きのめすには十分だった。

 「あなたをアタシから取り返そうとして、アタシに殺された。可哀想にね、ハルくん。最期の最後まで結局あなたに信用されることもなく、酷い女のために死ぬなんてさ。ーーまぁでも、あなたとしてはよかったのかな?これでようやくハルくんのことを信じられそうね?クスクス」

 「う、あぉあああああああああああ!!」

 発狂。
 激発。

 喉が潰れるくらい、文字通り血を吐きながら叫んでアカネはエマに殴りかかった。だけど当然アカネの素人感丸出しのパンチなんて当たるわけもなく、ひらりと躱され逆に蹴りを喰らい、少女はみっともなく地面を転がった。

 痛い。
 痛いけど。
 体の痛みじゃなくて。

 「っあ。……はる、はる、ハルぅぅ……!」

 あの少年が、もういない。
 いない。いないのか。いないってなんだ。喋れないってことか。会えないってことか。触らないってことか。笑顔が見れないってことか。

 ーーアカネ!

 「ごめん、ごめんハル!ごめん!うわああああああああああ!」

 こんな悲劇を。
 こんな結末を。
 こんな悪意を。

 望んでいたわけじゃないのに。

 「……これがっっ」

 歯を軋らせる声が出た。
 憤怒と哀しみを混ぜた、激情のひとみ。

 「こんなのがあなたの正義だって言うの!?ハルを殺すことの、どこが正義なのよ!!」

 彼は間違いなく善人だった。
 アカネなんかより、ずっとずっと善人だった。
 なのにエマの正義は、自分を邪魔する全ての者を悪とみなしている。
 だから、殺す。横暴が、暴論が、理不尽がまかり通る狂気の思考。

 故に、アカネの言葉なんて通じるはずなかった。
 彼女はこう言ってきた。

 「?何を言ってるの。ハルくんを殺したのはアカネちゃんでしょう?」

  
 「は、ぁ…………?」

 意味が。
 わからなかった。

 「直接手を下したのはアタシかもしれない。でもさ、そもそもあなたがハルくんたちと出会わなければ、あなたさえいなければこんなことにはなっていないんだよ」

 「ーーーー」

 「あなたがこの世界にいるからみんな死ぬんだ」

 言葉が出なかった。
 代わりに膝から崩れて、胎児のように身を丸めてうずくまった。耳を押さえて全ての音を遮断して、目を閉じて全ての光を拒絶する。
 悪魔の笑い声。
 悪魔の姿。

 ーー違う。
 これは。
 
 ーーお前のせいだ。

 アタシの声で。

 ーーキモチワルイ。

 アタシの姿だ。


 唐突に、何かが切れる音がした。
 ギリギリ保っていた精神の糸が切れた音だったかもしれない。
 全部、アカネのせいだった。
 アカネがハルを殺した。
 アカネがみんなを殺す。
 アカネがみんなを不幸にする。
 
 その通りだ。
 そんな人間に、居場所なんてあるはずない。
 だって、そうだったから。
 だから、あの時も。
 
 ーーアカネがいたから。


 「ーーあなたさえいなければ。みんな幸せだったのにね」

 
     アタシがいなければ……?

  あた し、が
   
           ーーぁ。
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