王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】

本丸 ゆう

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第一章 レント城塞

第三十九話 魔王との対峙

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 血に塗れたテオフィルスの手から、月光石が滑り落ちた。
 彼の着る旅装が屍食鬼の爪に切り裂かれ、下に着ている鎖帷子くさりかたびらに似た防護服が辛うじて彼を守っているが、いずれ倒れ動けなくなるのは時間の問題に見える。
 彼が屍食鬼に殺されてしまう事が、僕にはとても許せない事に思え、咄嗟に内懐から自分の月光石を取り出した。

「テオフィルス、受け取れ!」

 丸腰で戦う彼に、剣を見つけやすくするために、僕は月光石を彼に向けて投げた。
 すると、月光石が飛んだ先にいる屍食鬼が、柔らかい光を恐れるように逃げ始めたのだ。
 テオフィルスの周りから屍食鬼がいなくなり、彼は月光石を拾い上げた。
 僕は呆然と、自分の投げた石を見詰めた。

 あれは、マールさんが持っていた希少石?

 セルジン王が僕の腕を掴み、怒りの表情で睨み付けてくる。

「余計な事を、あの者は葬り去るべきだ! それなのにマールの希少石を渡すとは!」
「申し訳ありません、マールさんの石とは知らずに……。でも、エアリスの恩人は、生かして返すべきです」
「そなたは、誰の味方だ?」 

 王を怒らせたのは何度目だろう、そのうち本当に嫌われてしまうかもしれない、そう思うと苦しくなる。
 でも、父の国人を守らなければ、僕の中の何かが死んでしまう気がするのだ。
 僕は泣きそうになりながら、王に縋り付く。

「もちろん、陛下の味方です、信じて下さい。僕は……、あなたが好きです」

 涙が頬を伝う。
 こんな緊急時に、僕は何を言っているんだろう。
 セルジン王は怒りの表情を緩めて、僕の心を確かめるように僕の頬に手を添え、顔を覗き込む。

「では、私に従うのだ。あの者の処刑命令は出してある。そなたはそれを止めてはならぬ。これは王命だ!」
「…………はい」

 僕がこの館に入るのに、テオフィルスを利用した。
 恐怖に動けなくなる僕を、この館まで連れて来るだけの目的で。
 でも、館の中にいるセルジン王が彼を迎え入れ、魔法を使えない状態にして閉じ込めたのだ。
 僕はアルマレーク人の死なんて望んでない。
 でも、王には逆らえない。

 気が付くと王と僕の周りに、黒い渦が蜷局とぐろを巻くように集まり、視界が利かなくなっていた。

「私から離れるな!」

 僕は《ソムレキアの宝剣》を片手に抱え、もう片方の腕を王の胴に回し、今度は魔力で吹き飛ばされないように、必死に抱き着く。
 黒い渦からやりのような鋭い物が、僕めがけて突き出て殺そうとする。
 王が剣を一払いすると、周りのすべての槍が叩き落とされ消えた。
 すると蜷局の中から人の形をした影が浮き上がり、再び魔王アドランが現れた。
 セルジン王と距離を取りながら、揺れ動く魔力が次の攻撃の形を取り、魔王の背後に現れる。
 それは巨大な屍食鬼の爪のような刃だ。

『そなたは魔力が落ちたな、我が愚弟よ。《王族》が減ったせいか? あの馬鹿なドゥラスが死んだせいか?』
「ドゥラスほど優れた《王族》はいない! 私より王に相応しい存在だった。だから、兄上が殺したのだ。私は兄上、あなたを許さない!」

 セルジン王の周りから、凄まじい怒りを伴なった魔力が湧き起こる。
 暗い思念の入り混じったそれは、魔王の放つ黒い渦にとてもよく似て、僕の気力を蝕む。
 僕は王にしがみ付く事が出来なくなった。

「陛下……」

 手が放れる寸でのところで、王が僕の腕を掴む。
 その隙に魔王の背後の巨大な刃が、鎌首をもたげ王に襲い来る。
 王の前に透明な盾が現れ、刃を弾いた。

「兄上の、思い通りにはさせない!」



 テオフィルスは王太子の投げた不思議な月光石を使って、自分の月光石と剣を探し当てた。
 マシーナが剣で屍食鬼を切り付けながら、彼の元までたどり着く。

[若君! 大丈夫ですか? ああ、酷い、血塗れじゃないですか]
[早くここを出よう。館全体に王の結界が張ってあるから、竜の魔法が使えないし、 傷も治せない]
[逃げましょう。もう手がかりは掴んだのです、早く!]

 襲い来る屍食鬼と戦いながら二人は、血路を開こうと必死になる。
 幸い王太子の月光石のおかげで、屍食鬼が集団で襲ってくる事がなくなり、移動は前より容易くなった。

[若君、竜の乗り場があります。早く来て下され!]

 随行者の老トムニが、隠されていた竜騎士の脱出口を見つけ出す。
 テオフィルスが視線を向けた瞬間、月光石に照らされて見慣れた物が目に飛び込んできた。
 竜と指輪の紋章――――フィンゼル家の紋章旗だ。
 そして横に並ぶ王冠と聖鳥の紋章旗は、謁見の際に目にしたエステラーン王国ブライデイン王家のもの。
 急に止まった彼に、マシーナが警告する。

[若君、早く!]
[…………]

 テオフィルスの心に、何かが引っかかった。
 あきらかに惨劇があったこの館に、自国の紋章旗がなぜ今も残されているのだろう。
 敵対している自分達とは裏腹に、その紋章旗は愛の象徴のように国という概念を超えて存在していた。 
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