王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】

本丸 ゆう

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第三章 トレヴダール

第五話 モラスの騎士エラン

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 アルマレークの竜騎士達がいなくなってすぐに、僕はテオフィルスがくれた竜騎士の鎧を脱ごうとした。
 セルジン王に僕の半分がアルマレーク人だと、言われたくなかったからだ。
 王の心が離れていくように思えて、身に着けていたくなかった。
 ところが、王が止める。

「それはしばらく装備していた方がいい。イリが気を変える事もありうる。何が起こるか判らないからな」

 屍食鬼が覆う空の境界線に、竜の後姿が遠く見えた。
 引き返してくる様子はないが、確かに用心に越した事はない。
 僕は少し困った顔をして、王を見つめた。
 知りたいのは、いつも彼の心だ。
 王は周りの近衛騎士と話をしていたが、まるで僕の心の動きを読んでいるように振り返る。
 緑色の優しい瞳に、僕が映るのを意識した。

「これで邪魔者は、いなくなったな」

 王はそう言って、僕を抱き寄せる。





 アルマレークの竜騎士達と別れてから半日、国王軍はトレヴダールの《聖なる泉》に到着しようとしていた。
 暗雲のように空を覆う屍食鬼の群れのせいで、地上は薄暗く、木々は立ち枯れ、点在する村も街も無人の廃墟ばかり。

 このトレヴダールは領主の館のすぐ側に、《聖なる泉》が存在する珍しい場所だ。
 アルマレーク共和国があるトルカンディラ山脈の端がエステラーン王国に入り込み、長年の浸食とイルーの大河によって削られた切り立った崖の先端に、トレヴダール城は建っていた。

 辺境の城塞でもないのに、難攻不落の山城と呼ばれ、エステラーン王国中域防衛の拠点とされた。
 その麓に《聖なる泉》が存在した。

 見上げる山城の向こうに、うごめく屍食鬼の姿が目に入る。
 王の魔力のお陰で国王軍が屍食鬼に襲われる事はない。
 それは解ってはいても、僕の心に不安が沸き起こる。
 まるで見透かすように、横を並走していたルディーナ・モラスが、可愛い声で話かけてきた。

「エランがオーリン様の事を気にかけていましたよ。せっかく王の婚約者に戻れたのに、反抗ばかりしているんじゃないかって」

 僕はその言葉に、大いに狼狽えた。
 エランとは、しばらく会っていない。
 王と僕が再度婚約した事を、彼はどう受け止めただろう。
 僕を含めた周り中が、彼の心を踏みにじっていて、胸が痛んだ。

「エランは……、元気?」

 僕には、そう聞く事が精一杯だ。

「ええ、彼の上達ぶりは、群を抜いていますね。元々の素養が、幸いしているんじゃないかしら」
「エランは、武人になるのかと思っていた……」
「彼は呪いを跳ね返して、私の後を継ぐそうですよ」

 僕は目を見開き、ルディーナを見つめた。
 彼女は人形だと王は言っていたが、とてもそうは思えない。

「彼はモラス騎士の長になる。完全なる、魔法使いになりうる存在です」

 僕の知らないエランの未来が語られた事で、彼に置いて行かれた気がしてショックを受けた。

「エランが、魔法使いに? 考えた事なかった」
「《王族》を守る、一番の存在です。不自然な事ではないと思いますわ」

 ルディーナは安心させるように微笑む。

「まもなく《聖なる泉》です、オーリン様。泉の〈門番〉は暗黒に呑まれている可能性が強いですわ。どうか、十分お気をつけて」

 僕は頷き、国王軍の進行方向を見た。
 上空を覆う屍食鬼達とは別に、向かう先に何かが渦巻いて見える。
 暗いそれは、まるでハラルドの放つ黒い渦のように、僕の気分を打ちのめす。

「嫌な、場所がある」
「判りますか? 《聖なる泉》が暗黒に呑まれると、聖域は魔界域の入り口になる」
「魔界域?」
「本当に戦うべき相手は、魔王ではなく彼等なのかもしれません」
「……」

 魔界域……、《聖なる泉》の精も言っていた。
 そんな所に近づきたくないと僕は思う。

「あの中で泉の精を見つけ出し、しるべを受けとる」

 そう口に出しただけで気が滅入り、進める馬足が落ちる。

「……オーリン様、お急ぎを。魔王が来ます!」

 上空の屍食鬼達が激しくうごめくのが、地上からも確認出来た。
 何かが墜落する轟音ごうおんと、振動が不安をあおる。

「竜だ! 竜が墜落したぞ!」

 僕は青ざめた。竜騎士達はまだ近くにいるのだ。

「なぜ、帰らない?」
「帰れないのでしょう。おそらく、魔王の操る水晶玉の魔力に閉じ込められた」
「そんな……」

 竜が水晶玉の魔力の中に長く留まる事は、危険極まりない。

「お急ぎ下さい! オーリン様は導を手に入れる事だけを考えるのです。それがこの状況を打ち破る!」

 僕は半信半疑にルディーナを見つめた。

「泉を復活させるのです! 暗黒を寄せ付けなければ、魔王の魔力が強まる事はないはず、彼等も帰れます」

 僕は頷き、馬に拍車をかけてルディーナと共に前方にいるセルジン国王の元へ向かった。

 気が付くと上空に何騎もの竜と竜騎士が、屍食鬼と戦っていた。
 果敢に火を吐く竜に、燃え上がり墜落する屍食鬼達、だか圧倒的な数に竜がおされているのが見て取れる。
 不安が過ぎる中、王の元へ辿り着いた。

「セルジン!」
「アドランが来る! 早く泉へ。竜騎士に降りるように指示を出した」

 王の言葉の直後に、上空で発光する物体が大きな音と共に打ち上げられた。

「指示に気がつくと良いが……。オリアンナ、泉の精は《王族》を否定している、気をつけよ。抑制の腕輪を外すのだ」
「あ……」

 腕輪は竜騎士の鎧の中にある。
 僕は馬を降り、王の指示で左手の鎧が外され、腕輪をなんとか自分で外した。
 その途端、僕の周りに旋風が巻き起こり、王の長い黒髪をなびかせる。
 僕の周りに人が近づけなくなったため、自分で何とか左手の鎧を装着する。

 上空で竜騎士が、着陸する場所を探しているのが見て取れた。
 王は急ぎ状況を読み、指示を出す。

「エネス、彼等の被害状況を確認し、手当てが必要な者には薬師を向かわせよ。アレイン、トキ、〈七竜の王〉に対する指示はこれまでと変わらぬ。だが、殺すな」

 二人の王の臣下は礼を取る。
 僕はセルジン王が変わってきている事を感じ取った。
 以前はテオフィルスが少しでも僕を連れ去る素振りを見せれば、排除する命令を出していたのだ。
 これで彼等の命の危険は、多少軽減される。
 僕は王に微笑んだ。

「あの男はエステラーン王国を助ける一因を担っている。それが解っただけだ」

 王は僕の微笑みに、冷静にそう答えた。
 あちこちに燃え上がる屍食鬼が落ちてくる中、竜が地上すれすれに飛び去る。
 王と僕は馬に乗り、モラスの騎士がそれに続く。

「アルマレーク人を頼んだぞ、アレイン」
「は!」

 アレインは王の一行から離れ、持ち場へと帰って行く。
 上空の竜が着陸し始めた。

 王は《聖なる泉》へと、馬脚を急がせる。
 泉に渦巻く暗黒に、僕の恐怖は増した。
 近づくにつれ気分が悪くなり、馬にしがみ付きたくなる。
 僕の魔力に馬が影響されないのが不思議だが、自然に馬脚は乱れ遅れがちになった。

「相変わらず、騎乗が下手だな」

 聞き慣れた声が、後ろから聞こえた。

「エラン!」

 僕は振り向き、声の主を確認した。
 赤い髪は短く切られ、王から賜った銀色の額飾りが煌めき映えた。
 ニヤニヤ笑いながら、いつも通りのエランがいた。
 僕の気分の悪さが、吹き飛ぶ。
 馬を彼の馬に横付けさせようとしたが、エランは前方を指差した。

「早く進め、オーリン。陛下に置いて行かれるぞ!」

 どことなく男らしくなったと思った。
 そういえば、彼の誕生日が近い。

「もうすぐ成人だね、エラン。お祝いしよう」
「ああ、全部終わったら、そうしよう」

 エランは僕の馬を追い立てるように、ぴったり後ろに付いた。
 彼が歌うように何かを口ずさんだ途端、僕の気分の悪さが消えた。

「オーリン、ここの〈門番〉は暗黒に呑まれている。〈門番〉が入場を拒否しても、入場しろよ。泉の精を見つけ出すんだ」

 エランの周りから、黒い渦のようなものが吹き出している。
 それは気分を悪くするものではなく、むしろ僕に襲いくる暗黒の渦を、中和する役割を果たしている。

「エランは……、モラスの騎士なんだね」

 彼は微笑む。

「驚くだろ? 僕にこんな能力があるって。つい昨日だよ、モラスの騎士に認められたの。異例の早さだって」

 そう言って嬉しそうに笑い、僕も嬉しくなった。

「かっこいいな、僕もモラスの騎士になりたい!」
「ふふ……、何言ってるんだよ、君は王妃になるんだろ。ほら、陛下が待ってるよ」

 エランの言った通り、セルジン王が馬を下りて待っていた。
 僕達を見つめる王の目は優しい。

「オーリン、〈門番〉に対応するのだ。拒否されても、そのまま入場せよ。後は我等が引き受ける」

 王の前に《聖なる泉》の〈門番〉が、全身に異様な濃さの黒い渦を身にまとい、彫像のように立っていた。
 僕は馬を下り、王の前に顔を強張らせながら立つ。
 あの〈門番〉に近づきたくない。
 恐怖感に身体が震え、足がすくむ。
 王はそんな僕に、優しく言う。

「〈門番〉は任せよ。問題はその後だ、魔界域に入り込んではならぬ。泉の精を見つけ、しるべを受け取る事だけを考えよ、そなたなら出来る」
「……はい」

 僕の周りに旋風が巻き起こり、二人の接触を阻んだ。
 それでも王が側にいるだけで、僕の心は安心感に満たされる。
 僕は微笑んだ。

「セルジン。僕は……、何があっても、あなたを見失わない。たとえ、離ればなれになっても……」
「何を言う。私がそなたを離すと思っているのか? さあ、行って帰って来るのだ。ここで待っているぞ!」

 王はエランに気遣い必要以上の会話を避け、僕に先に進むよう促した。

 僕の旋風に巻き込まれないぐらいの近くに、トキとその部下が配置に付く。
 ルディーナとエランが、僕の後ろについた。
 周りをモラスの騎士達が固める。
 僕は覚悟を決めて、〈門番〉に近づく。
 〈門番〉が恐ろしい大声で言った。

『名を告げよ』
「オリアンナ・ルーネ・ブライデイン」
『入場を拒否する!』

 そう言った瞬間〈門番〉は剣を抜き、トキが素早く剣で受け流す。
 僕は横を通り抜けようとしたが、〈門番〉は思いの外素早く、是が非でも僕を通そうとはしなかった。
 トキとその部下が激しく攻撃し、〈門番〉の動きを封じる。
 その隙に、僕はなんとか入り口と思える場所までたどり着く。

 〈門番〉が黒い渦を増幅させたように感じた、許可なく入り込もうとする者に怒っているのだ。
 モラスの騎士達が、その黒い渦の増幅を抑えていた。
 僕は振り返り、セルジン王を見た。
 王が頷く。
 黒い渦と光が混在する門へと、僕は足を向けた。
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