わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第零章 『精霊たちの憂鬱』

5 テストプレイヤーって何?

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 いつもと変わらない朝。目に飛び込む一面の真っ白な世界。――呆れるほどに、変わり映えがない。

 もう六年になろうかという長い長い入院生活は、オレの心をじわじわと侵食していった。絶望という名の魔物が、絶対無敵の存在としてオレの前に立ちふさがる。抗う術はない。将来への希望も、ない。

 毎日のように襲い来る憂鬱と戦いながらも、朝の検温などを済ませ、朝食を食べ終える。すっかり慣れた。

(大丈夫、今日も昨日と変わらない。まだ、動く)

 震えながらもわずかに動く指を見て、オレは安堵する。

 指先すら動かせなくなれば、VR用のヘッドセットの着脱でさえ、自分の手で行えなくなる。唯一の息抜きである『精霊たちの憂鬱』すら奪われれば、もうオレに生き続ける気力は残らないだろう。

 朝食を終えれば、しばらくはオレ一人の時間だ。早速VRを起動する。

「結果はなんだか微妙になったけれど、あの精霊王を倒し、認められたんだよなぁ」

 沈み込んでいた気分も、昨夜の興奮を思い出し、浮き上がってきた。

 初回ボーナスも、一見ただの何の変哲もないメダルだったけれど、きっと、何か隠された効果があるに違いないはずだと、ポジティブにとらえる。

 オレの心は急いていた。早く検証をしてみたい、と。

『精霊たちの憂鬱』を起動しようとすると、ポーンという音が耳に飛び込んだ。運営からのお知らせだ。




テストプレイヤーへのお誘い

あなたは見事、精霊王に認められました。
精霊王の証を得られるだけの抜群な腕を披露した優秀なプレイヤーとして、あなたには新作VRMMOのテストプレイヤーになる権利が付与されました。
――。




 長ったらしく続くお知らせを、オレは一気に読んだ。

 どうやら、新作ゲームの限定テストプレイヤーへの勧誘のようだ。

 運営から示された条件は、こんな感じだった。

一.卓越した腕を持つプレイヤーであること(ゲーム内でその能力を認められたものだけがもらえる限定アイテムを所有すること)

二.テストプレイ中はログアウトができず、数か月間ログインしっぱなしになること(その間の身体サポート等は運営が責任をもって行う)

三.安全性には十分配慮しており、テストプレイ後も問題なく日常生活に戻れるが、万が一に備え、免責の同意書にサインをすること

四.リアルさを追及するため、痛覚等はより現実に近づけてあること(痛みはキャラクターの高ステータスである程度軽減はされる)

五.ゲーム中で死んだら、死に戻りやデスペナルティなどはなく、ゲームオーバーで現実世界に戻されること(その時点でテストプレイは終了となる)

 ログインしっぱなしという人体実験的な要素が含まれるため、厳しい条件を設定したと運営は言っている。

 さらに、新作VRMMOについて簡単な紹介があった。

『新・精霊たちの憂鬱』――。

〇もう一つの人生を異世界で! キャッチコピーは『ゆりかごから墓場まで、もう一つの君を生きよう!』

〇基本のシステムは安定している現行のものを流用! 完成された環境で思いっきり冒険を楽しめ!

〇新たな世界では、いまだ精霊が存在していない! 君は初めての精霊使いとして、世界に新風を吹き込むのだ!

 と、こんな感じだ。

 現行のゲームから精霊の要素を取り除いた世界に、一人の赤子として生まれて、成長し、死を迎えるその瞬間までをプレイする。一人の人生の完全な追体験ができるゲームのようだ。ある意味で、異世界転生のようなものだろうか。

 最新の時間加速技術を使っており、百年分の時間を数か月程度にまで圧縮すると書かれている。

 オレは考え込んだ。魅力的なお誘いだったからだ。

 一般の人にはなかなか厳しい条件で、果たしてこれでテストプレイヤーに応募する奴なんているのだろうかと思う。特に、数か月の拘束なんて、まともな日常生活を送っている人には不可能だ。

 だが、幸か不幸か、オレにはまったく問題ない。

 条件にある限定アイテムは、昨日入手した。ログインしっぱなしも、現状ベッドから一歩も動けないオレには、大した問題じゃない。もうすでに、完全介護状態になっているんだから。ログアウト時の万が一の事故も、余命いくばくもない状況では、現世にこれといった未練もないから関係ない。

 何より心を惹かれるのは、どこのイギリス労働党のスローガンだっていう、キャッチコピーだった。

 健康な身体で、もう一つの人生を送れる――。

 オレの叶えたくても叶えられなかった願望を、実現しうる手段になる。いてもたってもいられなかった。

 今夜、さっそく両親に相談してみよう。たぶん、ダメだとは言わないはずだ。

 両親は残された時間の少ないオレの望みを、できるだけかなえようとしてくれていた。VRMMOに熱中できているのも、両親の配慮からだった。オレのような末期患者の精神安定に、VRは最高だと常々言っていた主治医も、反対はしないだろう。

 あとは、あいつらがどうするかが気になった。オレと同様にテストプレイヤーの条件を満たしているであろう、三人のパーティーメンバー。

 オレは『精霊たちの憂鬱』にログインしようとした。三人の意見を、聞いてみたかった。

 だが――。

「ログイン、できない?」

 ログインボタンを押しても、システムがいつものような挙動をみせない。

『テストプレイヤー応募期間中は、一時的にログイン制限をかけております。参加・不参加の回答をいただいた時点で、この制限を解除いたします』

 代わりにメッセージが流れてきた。

 テストプレイヤー勧誘に対する回答を済ますまでは、ログインできないらしい。

(これじゃ、ユリナたちと連絡が取れないな。まぁ、あいつらが参加するかどうかにかかわらず、オレの答えはもう決まっているし、仕方がない。あきらめるか……)

『精霊たちの憂鬱』にログインできなかったオレは、一日暇を持て余した。両親と面会のできる夕方になるのが、待ち遠しかった。

 わずかなりともログインをしなかった日は、いったいいつ以来だろうか。サービス開始から三年、検査などがない時間は、ほぼすべてVRMMOに費やしていた。そのせいか、オレは暇のつぶし方をすっかり忘れていた。

(一日って、こんなに長かったっけかな)

 ちらりと窓の外へ目を遣った。あぁ、今は冬だったかと、葉のすっかり落ちた木を見て思う。外出不可の上に、完全空調の病室にいては、季節感など持てるはずもない。わずかに残った葉が、冬の関東平野特有の強いからっ風にあおられ、激しく揺れていた。

 そのまま何をするでもなく、ぼんやりと窓の外を眺めながら、オレは日が落ちるのを待った。



 夕方になると、病室に両親が入ってきた。夕食後の一時、必ず両親のどちらかはオレの元を訪れる。今日は二人ともやってきた。

 オレはさっそくテストプレイヤーの件を説明すると、参加の許可を求めた。

 VRMMO運営からのお知らせを読み終えると、両親は考え込みはじめた。

 すぐに許可がもらえるものと思っていたオレは、予想外の反応に戸惑った。よもや、反対されることはないよなと、不安が頭をもたげてくる。

 しばらく待つと、父は口を開いた。

「もう一つの、人生か……」

「どうしても参加したいんだ。こんなチャンスは、オレが生きている間には、もう二度と訪れないかもしれない」

『生きている間』の言で、両親がわずかに顔をしかめたのにオレは気づいた。不用意な発言は両親を悲しませるだけだと、オレは少し後悔する。気を付けないと。

「悠太の望みは理解しているわ。もちろん、喜んで許可をしてあげたい」

 母は言いにくそうに続ける。

「でもね、数か月間、あなたの意識はそのゲームに取り込まれるのよね」

 母の問いに、オレは頷いた。

 ログアウト不可と言われている以上、その間、外部との接触はできないだろう。

「私たちの懸念している部分は、そこだ」

 父が母の後を続けた。

「お前もわかっているだろうが、残された時間は少ない。私たちはその残された時間を、可能な限り、お前との触れ合いに使いたいと思っている」

「テストプレイヤーに参加したら、その触れ合うための時間を奪われてしまうわ。それが、私たちには悲しいの」

 オレはそこまで深く考えていなかった。両親がオレのために、必死で時間を作ってくれていることはわかっていた。だが、ここまで強く、オレのために時間を使ってくれようとしているとは、正直、思っていなかった。

(まさに、親の心子知らずって所だよなぁ。オレもわりと、薄情な奴だ)

 オレは苦笑いを浮かべた。

 さて、困った。両親の想いを知った以上、強く参加許可をもらおうとは思えなくなった。かといって、せっかくの機会をふいにしたくもない。

 オレ同様に、これ以上かける言葉を見つけられなかったのか、両親も押し黙った。

「――許可してあげても、いいのではないですか?」

 と、不意に病室の入り口から男の声がした。主治医の宮下先生だった。

「現状、悠太君の体調は安定しています。急激な病気の進行はないでしょう」

 先生はそのまま部屋の中へと入り、ベッドサイドに立つ。

「望みをかなえてあげることが、悠太君の心の安定を保つことにつながり、病へと立ち向かう気力も生むでしょう。それに、状態が悪化すれば、すぐさまそのテストプレイを中止させ、治療に専念させますよ」

 先生は両親に微笑んだ。

「しかし……」

 先生の言に、なおも父は渋い顔を浮かべている。だが、

「父さん! 母さん! お願いだ!」

 オレは先生からの援護に勇気づけられて、再度強く頼み込んだ。

「身動きが取れなくなったころから、ずっと思っていたんだ。健康な身体のままだったら、オレはいったいどんな人生を歩めたのだろうかって。いま、そのもう一つの人生を経験できる、千載一遇の機会が、目の前に転がり込んできているんだ。お願いします! やらせてほしい!!」

 もう必死だった。身体が動かせないので、声だけでのアピールにはなっているが、オレの懸命の説得は、きっと二人に届いたはずだ。

「――先生もこうおっしゃっているし、お前の強い気持ちも分かった」

 しばらくの間、じっとオレの顔を見つめていた父が、重い口を開いた。

「あなたの熱意には負けたわ。反対なんて、できるわけないじゃない」

 母は頭を横に振りながら言った。

「悔しいけれど、そのゲームにはあるのよね。私たちがあなたに与えたくても、与えられないものが……。あなたの、一番欲しいものが……」

 オレは気づいた。母の目に涙が浮かんでいることに。

「もう一つの人生を、思う存分楽しんできなさい」

 父はオレに背を向け、ぶっきらぼうにつぶやいた。

「ありがとう、父さん! 母さん!」

 オレは泣いた。目からこぼれ落ちる熱い液体を、しばらく止めることはできなかった。
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