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第一章 孤児院の少女
3 孤児院のご厄介になりますわ
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昼食を終えると、エマに連れられ、アリツェはスラム街方面へと向かった。
エマに手を引かれながら、かつて領館の教育係から教わったグリューンの概要と、エマから食事中に教えられた下層市民街やスラム街外縁の様子について、頭で反芻した。
プリンツ子爵領の領都グリューンは、フェイシア王国内の典型的な地方都市で、城壁内に一万の領民を抱えている。
プリンツ子爵家がグリューン周辺の統治を始めたのは三代前からで、比較的新興の貴族家だ。王都を挟んで王国の反対側の国境を統治している、プリンツ辺境伯家からの分家にあたる。
国境を接しているヤゲル王国は、フェイシア王国の古くからの友邦で、国境の守りに力を注ぐ必要がなかった。このため、フェイシア王家はプリンツ辺境伯家に、仮想敵国のバイアー帝国とのいざこざの解決に尽力した褒美として、分家の創設を認た。そのうえで、その分家であるプリンツ子爵家に、王国直轄領だったグリューン周辺の統治権を与え、今の態勢となった。
ヤゲル王国とは非常に交易が活発だった。街門から領館へと通ずる中央通りは、そのヤゲルの商人たちを中心に大勢の商人でにぎわい、露店がびっしりと通りの両脇を占めている。
領館の周辺には、領政に携わる官僚の屋敷が立ち並ぶ閑静な住宅街が広がり、その周囲に比較的裕福な市民が住んでいた。貧しい市民は、城壁の傍にスラムを形成しており、領政の悩みの種になっている。エマの自宅は、富裕層街とスラム街との中間にあたる下層市民街にあった。
エマが言うには、スラム街の一部を除き、グリューンの治安はよいらしい。ヤゲル王国との順調な交易で、多額の税金が領政府に入り込み、領政が安定しているかららしい。子爵家の私邸費はひっ迫していたが、官僚がうまく立ち回っているのか、その困窮が領の予算に影響を及ぼしている様子はないようだ。
アリツェは歩きながら、教えてもらったグリューンの街について、何度も何度も内容を思い浮かべなおし、記憶に定着させようと試みた。自らの身を守るためには、下町の状況もある程度きちんと把握しておかなければならない。孤児院生活ともなれば、一人でそういった場所に出向く機会もあるに違いないから。
領館の人間に見つからないよう、アリツェたちは中央通りを避けた。脇道へそれたとはいえ、人通りもそれなりにある中を、縫うようにして先へ先へと進む。
しばらく無言で歩き続け、下層市民街を抜けようかという場所までやって来たその時、ふと、路地裏から犬のものらしき鳴き声が聞こえてきた。
普段なら気にも留めないが、アリツェはこの時、なぜだか妙に胸に引っ掛かりを覚えた。
「あの、エマ様……。少し、お待ちになっていただけませんか?」
アリツェはその場で立ち止まり、鳴き声のするほうへ顔を向けた。
「ん? どうしたんだい?」
「いえ、少し……。犬の鳴き声が気になりまして。理由はわからないのですが、何やらわたくしを呼んでいるように聞こえるのです」
不思議な感覚だった。脳の中へ直接鳴き声が響いてくる、妙な違和感。このまま無視をすれば、一生後悔をしそうな、言葉では言い表せない焦燥感。ずっと昔から、それこそ、アリツェが生まれる前から、供に『あった』と思える、懐かしく、いとおしい感覚。
(いったいなんですの、この感覚は……。わたくし、頭がおかしくなってしまいましたの?)
路地裏へ向かって一歩踏み出したところで、突然アリツェの目の前に黒い毛玉が飛び出してきた。
「きゃっ」
胸の中に飛び込んできた黒い毛玉――黒い毛並みの子犬だった――を慌てて抱くと、アリツェはその子犬に、何やら既視感を覚えた。
初めて見るはずの子犬……。
だが、胸の内から沸き起こるどこか懐かしい感覚。はるか昔、ともに歩いた記憶。
……ありえなかった。両親が動物嫌いだったため、アリツェはペットを飼った記憶がない。しかし――。
「あの、エマ様。孤児院に、この子も一緒に連れていきたいのですけれど、かまわないでしょうか?」
この子犬と一緒にいたい。
なぜだか無性に込み上げてくる感情に、アリツェは戸惑った。だが、この感情を無視してはいけないと、アリツェは同時に確信もする。絶対に連れて行かなければダメだ、と。
アリツェの唐突な提案に、エマは目を大きく見開いた。
「突然なんだい。その犬っころが、どうかしたのかい? まぁ別に、孤児院に連れていっても大丈夫だとは思うよ。精霊教は、動物愛護にも力を入れているし、予算もわりと余裕があるって話だから」
アリツェは安心して、抱きかかえている子犬の頭を撫でた。子犬もうれしそうに鳴き声を上げ、眼を閉じている。
不思議な絆を感じたアリツェは、この子犬を飼おうと決心をしていた。もし孤児院で断られても、陰でこっそり、世話をするつもりだった。
「せっかくですし、名前を付けますわ。――そうね、あなたの名はペス。ペスにいたしましょう!」
名に反応をして、ペスはぴくっと体を震わると、甘えたような声で鳴いた。
「ウフフッ、気に入っていただけたようですわね」
笑みを浮かべながら、アリツェはペスの黒々と輝く瞳を見つめた。
その後、道中何事もなく、無事に孤児院に着いた。
エマが老年の男性と話し込みはじめた。孤児院の院長だという。
肩にかかる程度まで伸ばされた白髪に、豊かに蓄えられた口ひげを持つが、きつい印象は受けない。柔和な笑顔を浮かべており、やさしいおじいさんといった雰囲気だ。ゆったりとした白を基調としたローブを身にまとっている身体は、痩身といえよう。
エマが院長に事情を説明している間、アリツェは敷地内のちいさな庭で、二人の会話をそれとなく耳に入れながら、ペスと遊んだ。
「あの子が領主様の娘さんですか。そして、複雑な事情がおありになる、と」
「あぁ、不憫な娘でねぇ。私が預かるとあの子に危険が及びそうなので、どうかお願いできませんか? ついでに、あの黒い犬っころも」
「少女一人と子犬一匹くらいは、問題ありません。あなたのお話ですと、あの娘は学もあるようですし、他の孤児の先生役になってくれれば、こちらとしても助かります」
「よかったぁ……。ではあの娘、アリツェを呼びますね」
呼ばれたことに気づいたアリツェは、木の枝を咥えて遊んでいるペスを呼び、一緒にエマの元へ戻った。
「あなたがアリツェ、そして子犬のペスですね」
院長が、穏やかな中にも、値踏みをするような視線を送ってきた。頭から足元に向かって、ゆっくりと視線を落としていく。
と、院長の目が、アリツェの胸元で止まった。
「あなた、そのペンダントは……。もしや?」
院長は驚愕の表情を浮かべた。
「ペンダント、見せてはいただけないでしょうか?」
院長の申し出に、アリツェは迷った。
エマの紹介だし、人もよさそうに見えるとはいえ、初対面の人間だ。大事なペンダントを、しかも、世間では忌避されている『龍』が彫り込んであるペンダントを、素直に見せることに抵抗があった。
どうしたものかと、アリツェは何度もぱちぱちと瞬きをしながら、視線を院長とペンダントとの間で行ったり来たりさせる。
しばらくの間、出来の悪い振り子人形のように首を前後に動かしていると、見かねたのか、エマが助けに入った。
「アリツェ、その意匠が気になっているのかい? 安心していいよ。精霊教のご神体がね、実は、『龍』なんだ」
驚いた。世界最大宗教の世界再生教では、『龍』は忌み嫌われた存在である。その『龍』を、あえてご神体に据えているとは。
「それでしたら、どうぞ、ご覧あそばせ」
おずおずとペンダントを院長に示した。
「すばらしいですっ! まさしく、神々しいまでの『精霊王』様の御姿!」
院長はペンダントをつかむと、舐めるように見ている。
『精霊王』――。
聞きなれない言葉だった。そもそも、『精霊』とは何だろう。精霊教の宗教名にもなっている『精霊』……。
「せいれい……? とは何ですの」
アリツェが問うと、院長はうれしそうに「いい質問です」と、笑った。
「『精霊』とは、この世界のありとあらゆるものの根源となるエネルギーと考えられているんです。今から十年ほど前、初めて、この『精霊』と呼ぶべき不可思議なエネルギーが見出されました。同時多発的に、たくさんの赤子の中に、ね。私たちは、このエネルギー――霊素と呼んでいるのですが――こそが、次代を創る原動力になると睨んでいます」
院長は力説する。興奮のためか、やや顔が赤らんでいた。
「素養を持った子供たちが何らかの物体に触れた時、ごくまれに、その物体に不可思議な力が発現するのです。残念ながら、現れる力の種類や発動条件はいまだに不明なのですが、もしこの力が、適切な管理の下で適切に使われれば、世界の常識をひっくり返すような素晴らしい道具や技術が開発されるのではないかと、期待を膨らませています」
院長は身振り手振りを交え、現れる力の具体例を挙げた。院長の話が興味深く、アリツェは聞き洩らさないよう意識を集中した。
何の役に立つのかわからない力もあるが、中には、炎を纏わせ湯を沸かしたり、空っぽのカメに真水を注いだりといった便利なものもあるようだ。
「私たちが孤児院を開き、教育を行っているのも、こういった精霊の素養持ちの子供たちを、適切に導くためなのですよ」
たしかに、自分自身の能力に気づかず無意識に精霊の力を発現させれば、危険極まりない。きちんとした教育を受けられる中・上流層ならいざしらず、下流層で才能のある人間が、そういった教育を受ける機会を持てなかった場合の結果を考えると……。
「見たところ、アリツェさんにも精霊の素養がおありのようです。そして、なぜかその子犬にも、不思議と強い精霊の力を感じます。霊素の強い犬だなんて、今まで聞いたことはないのですが……」
アリツェの脇でおとなしくお座りをしているペスを見て、院長は首を傾げた。
「精霊の素養を持った子供の保護という目的からも、アリツェさんとペスには、ぜひとも私たちの孤児院に滞在してもらいたいと思っています」
院長は右手を差し出した。ちらりと表情を窺えば、嬉しそうに相好を崩している。
アリツェもほおを緩め、院長のごつごつとした手を、しっかりと握り返した。
「不束者ですが、よろしくお願いいたしますわ」
握手を解いたあと、アリツェはワンピースの裾をつまみ、深々と一礼をした。
捨てる神あれば拾う神あり。アリツェとペスは、こうして精霊教の孤児院に厄介になることとなった。
エマに手を引かれながら、かつて領館の教育係から教わったグリューンの概要と、エマから食事中に教えられた下層市民街やスラム街外縁の様子について、頭で反芻した。
プリンツ子爵領の領都グリューンは、フェイシア王国内の典型的な地方都市で、城壁内に一万の領民を抱えている。
プリンツ子爵家がグリューン周辺の統治を始めたのは三代前からで、比較的新興の貴族家だ。王都を挟んで王国の反対側の国境を統治している、プリンツ辺境伯家からの分家にあたる。
国境を接しているヤゲル王国は、フェイシア王国の古くからの友邦で、国境の守りに力を注ぐ必要がなかった。このため、フェイシア王家はプリンツ辺境伯家に、仮想敵国のバイアー帝国とのいざこざの解決に尽力した褒美として、分家の創設を認た。そのうえで、その分家であるプリンツ子爵家に、王国直轄領だったグリューン周辺の統治権を与え、今の態勢となった。
ヤゲル王国とは非常に交易が活発だった。街門から領館へと通ずる中央通りは、そのヤゲルの商人たちを中心に大勢の商人でにぎわい、露店がびっしりと通りの両脇を占めている。
領館の周辺には、領政に携わる官僚の屋敷が立ち並ぶ閑静な住宅街が広がり、その周囲に比較的裕福な市民が住んでいた。貧しい市民は、城壁の傍にスラムを形成しており、領政の悩みの種になっている。エマの自宅は、富裕層街とスラム街との中間にあたる下層市民街にあった。
エマが言うには、スラム街の一部を除き、グリューンの治安はよいらしい。ヤゲル王国との順調な交易で、多額の税金が領政府に入り込み、領政が安定しているかららしい。子爵家の私邸費はひっ迫していたが、官僚がうまく立ち回っているのか、その困窮が領の予算に影響を及ぼしている様子はないようだ。
アリツェは歩きながら、教えてもらったグリューンの街について、何度も何度も内容を思い浮かべなおし、記憶に定着させようと試みた。自らの身を守るためには、下町の状況もある程度きちんと把握しておかなければならない。孤児院生活ともなれば、一人でそういった場所に出向く機会もあるに違いないから。
領館の人間に見つからないよう、アリツェたちは中央通りを避けた。脇道へそれたとはいえ、人通りもそれなりにある中を、縫うようにして先へ先へと進む。
しばらく無言で歩き続け、下層市民街を抜けようかという場所までやって来たその時、ふと、路地裏から犬のものらしき鳴き声が聞こえてきた。
普段なら気にも留めないが、アリツェはこの時、なぜだか妙に胸に引っ掛かりを覚えた。
「あの、エマ様……。少し、お待ちになっていただけませんか?」
アリツェはその場で立ち止まり、鳴き声のするほうへ顔を向けた。
「ん? どうしたんだい?」
「いえ、少し……。犬の鳴き声が気になりまして。理由はわからないのですが、何やらわたくしを呼んでいるように聞こえるのです」
不思議な感覚だった。脳の中へ直接鳴き声が響いてくる、妙な違和感。このまま無視をすれば、一生後悔をしそうな、言葉では言い表せない焦燥感。ずっと昔から、それこそ、アリツェが生まれる前から、供に『あった』と思える、懐かしく、いとおしい感覚。
(いったいなんですの、この感覚は……。わたくし、頭がおかしくなってしまいましたの?)
路地裏へ向かって一歩踏み出したところで、突然アリツェの目の前に黒い毛玉が飛び出してきた。
「きゃっ」
胸の中に飛び込んできた黒い毛玉――黒い毛並みの子犬だった――を慌てて抱くと、アリツェはその子犬に、何やら既視感を覚えた。
初めて見るはずの子犬……。
だが、胸の内から沸き起こるどこか懐かしい感覚。はるか昔、ともに歩いた記憶。
……ありえなかった。両親が動物嫌いだったため、アリツェはペットを飼った記憶がない。しかし――。
「あの、エマ様。孤児院に、この子も一緒に連れていきたいのですけれど、かまわないでしょうか?」
この子犬と一緒にいたい。
なぜだか無性に込み上げてくる感情に、アリツェは戸惑った。だが、この感情を無視してはいけないと、アリツェは同時に確信もする。絶対に連れて行かなければダメだ、と。
アリツェの唐突な提案に、エマは目を大きく見開いた。
「突然なんだい。その犬っころが、どうかしたのかい? まぁ別に、孤児院に連れていっても大丈夫だとは思うよ。精霊教は、動物愛護にも力を入れているし、予算もわりと余裕があるって話だから」
アリツェは安心して、抱きかかえている子犬の頭を撫でた。子犬もうれしそうに鳴き声を上げ、眼を閉じている。
不思議な絆を感じたアリツェは、この子犬を飼おうと決心をしていた。もし孤児院で断られても、陰でこっそり、世話をするつもりだった。
「せっかくですし、名前を付けますわ。――そうね、あなたの名はペス。ペスにいたしましょう!」
名に反応をして、ペスはぴくっと体を震わると、甘えたような声で鳴いた。
「ウフフッ、気に入っていただけたようですわね」
笑みを浮かべながら、アリツェはペスの黒々と輝く瞳を見つめた。
その後、道中何事もなく、無事に孤児院に着いた。
エマが老年の男性と話し込みはじめた。孤児院の院長だという。
肩にかかる程度まで伸ばされた白髪に、豊かに蓄えられた口ひげを持つが、きつい印象は受けない。柔和な笑顔を浮かべており、やさしいおじいさんといった雰囲気だ。ゆったりとした白を基調としたローブを身にまとっている身体は、痩身といえよう。
エマが院長に事情を説明している間、アリツェは敷地内のちいさな庭で、二人の会話をそれとなく耳に入れながら、ペスと遊んだ。
「あの子が領主様の娘さんですか。そして、複雑な事情がおありになる、と」
「あぁ、不憫な娘でねぇ。私が預かるとあの子に危険が及びそうなので、どうかお願いできませんか? ついでに、あの黒い犬っころも」
「少女一人と子犬一匹くらいは、問題ありません。あなたのお話ですと、あの娘は学もあるようですし、他の孤児の先生役になってくれれば、こちらとしても助かります」
「よかったぁ……。ではあの娘、アリツェを呼びますね」
呼ばれたことに気づいたアリツェは、木の枝を咥えて遊んでいるペスを呼び、一緒にエマの元へ戻った。
「あなたがアリツェ、そして子犬のペスですね」
院長が、穏やかな中にも、値踏みをするような視線を送ってきた。頭から足元に向かって、ゆっくりと視線を落としていく。
と、院長の目が、アリツェの胸元で止まった。
「あなた、そのペンダントは……。もしや?」
院長は驚愕の表情を浮かべた。
「ペンダント、見せてはいただけないでしょうか?」
院長の申し出に、アリツェは迷った。
エマの紹介だし、人もよさそうに見えるとはいえ、初対面の人間だ。大事なペンダントを、しかも、世間では忌避されている『龍』が彫り込んであるペンダントを、素直に見せることに抵抗があった。
どうしたものかと、アリツェは何度もぱちぱちと瞬きをしながら、視線を院長とペンダントとの間で行ったり来たりさせる。
しばらくの間、出来の悪い振り子人形のように首を前後に動かしていると、見かねたのか、エマが助けに入った。
「アリツェ、その意匠が気になっているのかい? 安心していいよ。精霊教のご神体がね、実は、『龍』なんだ」
驚いた。世界最大宗教の世界再生教では、『龍』は忌み嫌われた存在である。その『龍』を、あえてご神体に据えているとは。
「それでしたら、どうぞ、ご覧あそばせ」
おずおずとペンダントを院長に示した。
「すばらしいですっ! まさしく、神々しいまでの『精霊王』様の御姿!」
院長はペンダントをつかむと、舐めるように見ている。
『精霊王』――。
聞きなれない言葉だった。そもそも、『精霊』とは何だろう。精霊教の宗教名にもなっている『精霊』……。
「せいれい……? とは何ですの」
アリツェが問うと、院長はうれしそうに「いい質問です」と、笑った。
「『精霊』とは、この世界のありとあらゆるものの根源となるエネルギーと考えられているんです。今から十年ほど前、初めて、この『精霊』と呼ぶべき不可思議なエネルギーが見出されました。同時多発的に、たくさんの赤子の中に、ね。私たちは、このエネルギー――霊素と呼んでいるのですが――こそが、次代を創る原動力になると睨んでいます」
院長は力説する。興奮のためか、やや顔が赤らんでいた。
「素養を持った子供たちが何らかの物体に触れた時、ごくまれに、その物体に不可思議な力が発現するのです。残念ながら、現れる力の種類や発動条件はいまだに不明なのですが、もしこの力が、適切な管理の下で適切に使われれば、世界の常識をひっくり返すような素晴らしい道具や技術が開発されるのではないかと、期待を膨らませています」
院長は身振り手振りを交え、現れる力の具体例を挙げた。院長の話が興味深く、アリツェは聞き洩らさないよう意識を集中した。
何の役に立つのかわからない力もあるが、中には、炎を纏わせ湯を沸かしたり、空っぽのカメに真水を注いだりといった便利なものもあるようだ。
「私たちが孤児院を開き、教育を行っているのも、こういった精霊の素養持ちの子供たちを、適切に導くためなのですよ」
たしかに、自分自身の能力に気づかず無意識に精霊の力を発現させれば、危険極まりない。きちんとした教育を受けられる中・上流層ならいざしらず、下流層で才能のある人間が、そういった教育を受ける機会を持てなかった場合の結果を考えると……。
「見たところ、アリツェさんにも精霊の素養がおありのようです。そして、なぜかその子犬にも、不思議と強い精霊の力を感じます。霊素の強い犬だなんて、今まで聞いたことはないのですが……」
アリツェの脇でおとなしくお座りをしているペスを見て、院長は首を傾げた。
「精霊の素養を持った子供の保護という目的からも、アリツェさんとペスには、ぜひとも私たちの孤児院に滞在してもらいたいと思っています」
院長は右手を差し出した。ちらりと表情を窺えば、嬉しそうに相好を崩している。
アリツェもほおを緩め、院長のごつごつとした手を、しっかりと握り返した。
「不束者ですが、よろしくお願いいたしますわ」
握手を解いたあと、アリツェはワンピースの裾をつまみ、深々と一礼をした。
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