わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

文字の大きさ
34 / 272
第四章 開かれた新たな世界

5 二人旅ですわ

しおりを挟む
「男爵領は、どうやら落ち着いている感じだね」

 森を抜け、男爵領内に入った。

 あれから領軍の追跡はぴたりと止まり、ようやくのんびりと行軍ができるようになった。

 アリツェ――森を抜けたところで朝を迎え、昼モードになった――は街道を歩きながら周囲を見回す。

 一面農地が広がり、早朝から農作業に入っている農夫がちらほらと目に入った。とりあえず、表面上は日常の風景といった感じだった。

「もう少し行けば少し大きめの街があるはずだ。そこでしっかり休もう」

 男爵領の第二の街があるらしい。その規模の街であるならば、きちんとした宿もあるだろうし、買い物もできるはずだ。

「助かりました。霊素をだいぶ使ったので、消耗がかなり激しいですわ」

 逃走にほぼ空になるまで霊素を絞り出した。疲労で、少し頭がぼんやりする。

 切り替わった悠太は、今完全に沈黙していた。

「宿を取って、今日は丸一日休息に当てようか。アリツェの精霊術が頼りの部分もあるし。霊素を完全に回復させてから出発した方がいいよね」

 強がってみせる気力も出ないほどに、アリツェは疲労していた。ドミニクの提案に、反対することなくうなずいた。

「では、わたくし、今日一日はしっかりと養生させていただきますわ。もろもろのことは、ドミニク様、よろしくお願いいたしますわ」

 回復に専念する以上は、買い物はドミニクに任せざるを得なかった。

 歩き回っていては、霊素の自然回復が遅くなるばかりなのだから。

「でも、これではどちらが見習いかわからないですわね。すみません、生意気な態度になってしまいまして」

 ただ、同時に心苦しくもあった。

 完全休養に充てるのが一番効率がいいとは頭でわかっていても、ドミニクに良い姿を見せたい、役に立ちたいという気持ちもあり、アリツェは少し複雑な心境だった。

「気にしない気にしない。アリツェのほうが実力が上なのは事実だし。適材適所、かな」

「そういっていただけると、助かりますわ」

 ドミニクの言葉に安堵すると、素直に任せることにした。

「ゆっくり、休んでほしい」

 ドミニクはアリツェの頭をやさしく撫でた。アリツェは目をつぶり、されるがままになる。

「街ではペスをお付けいたします。危険が及べば、ペスを通じて、わたくしのもとに知らせが来ますから」

 しばらくドミニクの感触を楽しんだアリツェは、名残惜しい気持ちはあるものの、目を開き、ドミニクに提案した。

 万が一世界再生教なりの襲撃があっても、ペスが同行している限りは、ペスが念話ですぐ知らせてくれる。小さな街の広さ程度であれば、念話が通じなくなることもない。

「わかった。ペス、よろしく!」

 ドミニクは頷くと、ペスに声をかけた。ペスは一声吠えると、元気に応じた。






「さて、買い物も済ませましたわね」

 夜、男爵領第二の街の宿の一室。

 ドミニクは街で買い込んだ食料などを、バックパックに詰めなおしている。

 悠太――夜モードだ――もしっかり休息が取れ、頭は大分鮮明になっていた。

「これからの旅の道筋を、どうするかですわね」

 男爵領から西方面には街道がいくつか分かれている。通る道を選ばねばならない。

「うん。最終目的地は、王国の西の端、プリンツ辺境伯領だ。ただ、そこまで行くのには、いくつかのルートが考えられるね」

 ドミニクは、次の三つのルートを示した。

一.王国中央の王都を通るコース

二.辺境伯領まで最短の、王国北部の街道を抜けるコース

三.人目を避けられる、南部の山岳コース

「僕としては王都経由のルートがおすすめかな」

「なぜですの?」

 ドミニクを信用はしているが、かといって、決めるにしてもしっかりと理由を確認し自分自身で納得をしなければだめだろう、と悠太はドミニクに問うた。

「まず、山岳コースは追っ手からの安全は保障されるけれど、そもそもかなりの体力がないと山岳地帯を抜けられない。十二歳のアリツェには、精霊術があるとはいえ正直厳しいかな」

 確かに今のアリツェの短い手足では、登攀は厳しいかもしれなかった。体が軽いという利点はあっても、だ。

 鳩のルゥか馬のラースがいれば精霊術で飛行することも考えられるが、ペスではそれも難しい。確かに、積極的に選ぶコースではなかった。

「最短コースの北部ルートだけれど、道中、大きな街がほとんどないんだ。物資の補給や情報収集に、少し影響が出るかもしれない」

 男爵領は王国の北東部に位置している。西端の辺境伯領までは、中央からやや南部寄りにあたる王都を回るよりは、北部の街道を通る方が少し距離が短い。

 ただ、ドミニクが言うには、旅人の寄れるような大きな街がないようだ。

「なぜ、北部は大きな街がありませんの?」

 街道が通っているのだ。まったく旅人が通らないわけはない。大きな街の一つや二つ、あってもおかしくはない、と悠太は思った。

「一応、あるにはあるんだ。ただ。運が悪いことに、大きな街のある領が、よりにもよって世界再生教の王国総本山なんだよね……」

「あ、それは却下ですわね。やめましょう」

 ドミニクの答えに、悠太は即座に北部コースをあきらめた。危険すぎるコースだった。

「それで、僕としては王都経由をお勧めしたんだ。王都にはフェイシア王国の精霊教総本山があるし。今後安全に旅を続けていくためにも、いったんそこに支援を求めたほうがいいと思うよ」

 聞けば納得、確かに王都経由が一番無難なようだった。

「アリツェの『霊素』保有量の高さは、王都の教会の大司教の耳にも届いているはずだよ。君の重要性は、教会全体としても関心ごとになっている。おそらく、大司教も、アリツェ本人に会いたがっているはずだよ」

 ドミニクの説明に、悠太は面倒だと思い少し顔をしかめた。

「わたくしとしては、あまり地位の高い方とお会いするのは気が引けますわ。元貴族とはいえ、外には出なかったものですから社交は苦手なのです。精霊教布教は、わたくしも望むところなので、広告塔として利用したいというのであれば、協力することは吝かではないのですが……」

 マルティン子爵に屋敷に押し込められていたアリツェは、社交のマナーなども最低限教えられただけで、今までそういった場で実践をしたことがなかった。当然、悠太もそのような経験がない。『精霊たちの憂鬱』時代を含めても。それに――。

「何か、気になることでも?」

「権力闘争に巻き込まれるのは、困るのです。実は一つ、別に大きな目標がありまして、その実現にはかなりの準備期間を要するのですわ」

 一番心配をしている点だった。貴族などの権力争いに巻き込まれるつもりは、毛頭なかった。

「余計な騒動で望まぬ時間を浪費する事態は、避けたいのですわ」

 権力者との面会は、争いに巻き込まれる危険性を大きく押し上げてしまうものだ。避けられるものなら避けたかった。

 交渉術に長けた経験豊富な人間なら、逆にこういった権力者にうまく取り入り、自分の希望を押し通すこともできるのだろうが、悠太には無理だ。横見悠太の記憶も、世間知らずの十八歳の少年。アリツェの記憶に至っては、十二歳の少女だ。権力者にいいように操られるのが、悠太自身にも想像がつく。

「ふむ……。たしかに大司教と面会となれば、権力関係のごたごたに巻き込まれる危険性はあるね……」

「申し訳ございませんわ、せっかくの提案ですのに」

 良かれと思ってドミニクは提案してくれたのだ。断るのは悠太としても少し心苦しかった。

「いやー、気にしないで。ただ、教会への助力嘆願以外にも、王都に寄るメリットがあるかなって思っていたので、どうしたものかと」

「と、言いますと?」

 他に何かあるのだろうか、と悠太は思う。

「プリンツ辺境伯領の件だよ。アリツェは辺境伯領の情報、まったく持っていないよね。であれば、王国中の情報が集まる王都で辺境伯領の情報収取をするのがいいかなと、そう思ったんだ。目的地に行く前に多少でも情報があった方が、何かと心構えもできるだろうし」

 言われてみれば確かに、今、悠太の知る辺境伯領の情報はマルティンとマリエの会話を盗み聞きした内容だけだった。

 世界再生教側のみの、偏った情報の可能性もある。

 実はマルティンやマリエが把握している情報が、辺境伯領内の精霊教会や辺境伯家が、何らかの思惑で流した誤報という可能性もないとは言えない。

 王国中から情報が集まるという王都であれば、立場の違う側から見た同様の情報を各々比較して、より正確な判断を下せる可能性は高い。

「そう、ですわね……。悩ましいですわ」

 悠太は悩んだ。

 情報を得るか、それとも、教会――大司教を避け権力闘争に巻き込まれる危険性を排除するか。

「王都に寄る以上、教会を無視して情報収集だけという訳にもいかない。そもそも、情報を集めるのであれば教会で聞くのが一番早いはずなんだ。その教会を避けるのであれば、収集の効率はかなり下がると言わざるを得ない」

 大司教に接触をせず情報はきっちり得る。この選択肢は、どうやら難しいもののようだった。で、あるならば――。

「覚悟して大司教に会いましょうか。辺境伯領の情報、欲しいですわ」

 不確かな危険性を恐れて得られる情報を逃すのは間違っているだろう、と悠太は思った。

「アリツェの懸念も心にとめておきます。大司教がアリツェを権力争いに利用しようとするそぶりを見せたなら、僕が、絶対に頑張って守ります」

「でも、いち伝道師が大司教に逆らったら大変ですわ」

 こぶしを強く握りしめて力説するドミニクだったが、悠太は少し不安だった。

 教会ヒエラルキーの埒外に当たる伝道師だ。組織としては、神官の一つ上、司祭と同程度の権力しか持っていない。王国教会最高権力者ともいえる大司教に、果たして逆らえるのか。

 悠太のためを思ってドミニクが教会から不利益を受ける事態は、当然望んでいない。

「気にしないでほしいな。少しの間だけれどもアリツェと旅をして、君のことを気に入ってしまったんだ。ぜひ、君の力になりたい。僕に、頼ってほしいんだ」

「い、いやですわ。わたくしを口説くおつもりですの?」

 アリツェのためにと洞穴密着作戦を実行したが、効果が効きすぎてしまったのだろうか、と悠太は内心かなり焦った。

「あ、いや、そんなつもりは……。精霊使いとして尊敬しているから、と。そういうことにしてもらえないかな?」

「わかりましたわ。お気持ち、ありがとうございますわ」

 とりあえず、悠太自身の精神安定のためにも、そういうことにしておいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...