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第四章 開かれた新たな世界
6 王都で大司教様と握手ですわ
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フェイシア王国王都、プラガ。
眼前に広がるきらびやかな街並みに、アリツェはただただ感嘆のため息しかでなかった。
「すごい、ですわね……」
「中央大陸でも最古の王国だからね。歴史と伝統の積み重ねが、この光景を生みだしているんだよ」
重厚なレンガ造りの建物が立ち並んでいる。長い歴史が、この街の中に様々な年代の建物を混在させていた。だが、年代はバラバラでも、統一された橙色の屋根によって、街には一体感が作り出されている。高さの違う建物が並んでいるにもかかわらず、雑然とした感じは全く受けない。
「街の中央に見えるあの白亜のお城が、王城ですか?」
ドミニクは頷いた。
橙色の屋根の群れの中に、たった一つだけの純白。その色のために、王城は明らかに異彩を放っていた。
眼前にそびえ立つ王都の象徴としての威風堂々たる姿に、アリツェはすっかり圧倒されていた。
「まぁ、さすがにコネも何もないからね。遺憾ながら王城には入れない」
「残念、ですわね……」
あれだけの建物だ。中の豪華さはいかほどのものだろうか、とアリツェは興味がわいた。だが、さすがに用もなく中には入れそうもなかった。
「じゃあ、宿を取ったら早速精霊教会へ行こうか」
早く辺境伯領の情報が欲しい。
大司教に会うのは少し気が重いが、そこはもう気持ちを切り替えていくしかなかった。
アリツェとドミニクは宿に荷物を置くと、すぐに精霊教会王都支部へと向かった。
教会入口の受付で神官に要件を告げると、すぐに上役の司祭がやってきた。司祭の案内で大司教の執務室へと案内されるアリツェとドミニク。
執務室へと入ると、大司教が両手を広げ、にこやかに笑いながらアリツェたちを出迎えた。
「あなたがアリツェさんですね」
「初めまして、大司教様。わたくし、アリツェ・プリンツォヴァと申しますわ」
アリツェは一礼をした。
大司教は想像していたよりも若かった。最高権力者ということで初老ぐらいの男性を想像していたのだが、実際は中年、少し頭髪の寂しい四十代くらいに見える。
恰幅の良い身体を白のゆったりとしたローブが覆っている。グリューン支部の司祭同様、ローブには精霊王たる龍の意匠が縫いこまれていた。
「プリンツ子爵領での話は聞きました。大変な目に遭っていたとか、心中お察しします」
「大司教様にそのようなことを……。大変恐縮ですわ」
さすがに教会の連絡網だ。すでに細かい情報が伝わっていたようだ。であれば、説明の手間が省けてありがたい。
「それで、本日お越しいただいた件ですが」
大司教はさっそく本題に入る。
「はい、わたくし、実の父が先代のプリンツ辺境伯だったと偶然知りまして。かの領地にこれから向かおうと思っているのですわ」
「私の元にもそのような話は入ってきておりました。では、実家のご家族にお会いになるおつもりと?」
やはりこの点も、教会は把握済みだったようだ。
これだけの諜報力があれば、辺境伯領の情報も期待できるのではないかとアリツェは期待に胸を高鳴らせた。
「そのあたり、実は迷っているのですわ。どうやらわたくしは辺境伯家からは疎まれている身。何も知らずに、のこのこと会いに行ってもよいものでしょうか……」
不安を正直に吐露した。
すでにアリツェに関してこれだけたくさんの情報を握っている。変にごまかさず、本音で話すべきだろうとアリツェは思った。
「そこで、精霊教会で把握している辺境伯家の現状をお伺いして、その判断の資料にしようかと思いましたの」
果たして大司教はアリツェの要請を受けてくれるだろうか。不安に思いつつ、アリツェは大司教の顔を静かに見つめる。
大司教はしばらく思案に暮れた後、口を開いた。
「なるほど……。おそらく、諜報部はある程度詳しい情報を持っているはずです。では、私から諜報部に話を通しておきましょう。明日にでも諜報部へお寄りください」
「ありがとうございますわ!」
どうやら無事に目的は果たせた。これで、教会の辺境伯家に関する情報を得られる。
「……アリツェさん」
アリツェが内心で快哉を上げていると、急に神妙な面持ちで大司教がアリツェの胸元を見つめてきた。
「は、はい。なんでしょうか?」
「あなたのその、ペンダントなんですが……」
また、ペンダントだ。
この精霊王をかたどったと思われる龍の意匠は、精霊教関係者にはやはり気になるものなのだろう。
「これですか? 父――プリンツ子爵からの唯一の贈り物でしたの」
「いや、それは……。おそらく、プリンツ子爵のものではありません。カレル・プリンツ前辺境伯の持ち物だったはずです。といいますか、あなたが養子にもらわれた時、前辺境伯の形見として分け与えられたものではないかと推察しますが」
「なんですって!?」
アリツェはひっくり返りそうになった。慌てて隣のドミニクが支える。
義父マルティン子爵からのプレゼントではなかった。まさか、実の父、先代辺境伯の形見とは……。
どうりでマルティンがいつも憎々しげにペンダントをにらみつけてくるわけだ。マルティンの憎き相手カレル前辺境伯のゆかりの品であったのだ。
動揺はなかなか収まらなかった。幼いころ、何か辛いことがあれば必ず握りしめていたペンダント。知らず知らず、アリツェは実の父に見守られていたのだ。
アリツェは、泣きそうになった。
「以前、前辺境伯とお会いした際に見たペンダントにそっくりなのです。……本当に、あなたはいろいろと複雑な事情の下生まれたようです。辺境伯家の現当主への紹介状をしたためます。私の紹介とあれば、いきなり邪険に扱われることはないでしょう。ご実家で、事実を探るべきです。あなたは、きっと、真実を知るべきだと思います」
大司教は、紹介状を用意するのでしばらく待つように、とアリツェにソファーを指示した。
「そこまでしていただきまして、ありがとうございますわ。しかし、一方的にもらうばかりで、わたくしからは何も返せるものが……」
正直、思っていた以上の大司教の対応だった。アリツェは恐縮しきりだ。
「いいんですよ、あなたの存在自体が精霊教の利益になっています。お気になさっていただけるのなら、時間があれば、この教会にいる霊素持ちに、少々精霊術の講義でもしていただけると助かります」
「えぇ、その程度でしたら。といいますか、精霊術の普及教育はわたくしの使命とも思っておりますの。むしろ、わたくしからお願いしたい話ですわ」
もともと時機を見て、各地の霊素持ちに精霊術の指導をするつもりではあった。お礼としては釣り合わないような気もしたが、アリツェは頷いた。
しばらく待つと、大司教はしたためた紹介状をアリツェに渡した。
アリツェは汚さないよう大事に懐にしまった。
精霊教会を退出後、アリツェとドミニクは宿へと戻った。
「どうやら大司教は、アリツェを何らかの権力闘争に使うような気はないみたいだね」
ドミニクは椅子に腰を掛け、アリツェの入れたお茶を嗜んでいる。浮かんでいる表情は、安堵だった。
権力からアリツェを護るとの宣言通り、大司教の一挙手一投足を警戒していたのだろう。
「えぇ、その点は安心しましたわ」
ドミニクの心遣いに、アリツェは胸が暖かくなる。
「ですが……」
アリツェは胸元を見た。今まで、辛い出来事があると必ず握りしめて祈っていた、金のペンダント。今も、窓からこぼれる夕日を反射して、メダル部分の龍の意匠がキラリと輝いている。
まさか、実の父の形見だったとは……。
「明日、諜報部からの情報で、もっと詳しい事情が分かるといいね」
「えぇ、本当に……。大司教様も言っていました。私は、真実を知るべきだと……」
いったい、アリツェにまつわる出生の秘密、真実とは何なのだろうか。
諜報部からの情報を聞くのが、楽しみでもあり、怖くもある。
(……おい、アリツェ)
明日のことが気になって考え込んでいたアリツェに、不意に悠太が呼びかけてきた。
(そのペンダントなんだけれども……)
「ええ、実の父の形見でした。本当のお父様が私のことを見守っていてくれていたと思うと、胸がいっぱいになりますわ」
ペンダントのメダル部分を握り締め、アリツェはうっとりと目を閉じた。
(いや、オレの言いたいことはそうじゃない。そのメダル、見覚えがあるんだ)
「いったいどういうことですの?」
アリツェは小首をかしげた。
(オレがVRMMO『精霊たちの憂鬱』で精霊王を倒した時にもらったレアアイテムと、まったく同じものなんだ)
アリツェは握りしめていたメダルを、改めてじっと眺めた。本当によくできた龍の彫金。見ているだけで霊素の力が身体から沸き起こるような錯覚に陥る。
(だから、オレ自身も、転生前に同じものを持っていた。ということは、だ。やはり、オレとこの世界のカレル・プリンツとは、何らかの関係があるのかもしれない)
「これはぜひ、調査しなければいけませんわね……」
辺境伯家での調査項目が、新たに一つ加わった。
眼前に広がるきらびやかな街並みに、アリツェはただただ感嘆のため息しかでなかった。
「すごい、ですわね……」
「中央大陸でも最古の王国だからね。歴史と伝統の積み重ねが、この光景を生みだしているんだよ」
重厚なレンガ造りの建物が立ち並んでいる。長い歴史が、この街の中に様々な年代の建物を混在させていた。だが、年代はバラバラでも、統一された橙色の屋根によって、街には一体感が作り出されている。高さの違う建物が並んでいるにもかかわらず、雑然とした感じは全く受けない。
「街の中央に見えるあの白亜のお城が、王城ですか?」
ドミニクは頷いた。
橙色の屋根の群れの中に、たった一つだけの純白。その色のために、王城は明らかに異彩を放っていた。
眼前にそびえ立つ王都の象徴としての威風堂々たる姿に、アリツェはすっかり圧倒されていた。
「まぁ、さすがにコネも何もないからね。遺憾ながら王城には入れない」
「残念、ですわね……」
あれだけの建物だ。中の豪華さはいかほどのものだろうか、とアリツェは興味がわいた。だが、さすがに用もなく中には入れそうもなかった。
「じゃあ、宿を取ったら早速精霊教会へ行こうか」
早く辺境伯領の情報が欲しい。
大司教に会うのは少し気が重いが、そこはもう気持ちを切り替えていくしかなかった。
アリツェとドミニクは宿に荷物を置くと、すぐに精霊教会王都支部へと向かった。
教会入口の受付で神官に要件を告げると、すぐに上役の司祭がやってきた。司祭の案内で大司教の執務室へと案内されるアリツェとドミニク。
執務室へと入ると、大司教が両手を広げ、にこやかに笑いながらアリツェたちを出迎えた。
「あなたがアリツェさんですね」
「初めまして、大司教様。わたくし、アリツェ・プリンツォヴァと申しますわ」
アリツェは一礼をした。
大司教は想像していたよりも若かった。最高権力者ということで初老ぐらいの男性を想像していたのだが、実際は中年、少し頭髪の寂しい四十代くらいに見える。
恰幅の良い身体を白のゆったりとしたローブが覆っている。グリューン支部の司祭同様、ローブには精霊王たる龍の意匠が縫いこまれていた。
「プリンツ子爵領での話は聞きました。大変な目に遭っていたとか、心中お察しします」
「大司教様にそのようなことを……。大変恐縮ですわ」
さすがに教会の連絡網だ。すでに細かい情報が伝わっていたようだ。であれば、説明の手間が省けてありがたい。
「それで、本日お越しいただいた件ですが」
大司教はさっそく本題に入る。
「はい、わたくし、実の父が先代のプリンツ辺境伯だったと偶然知りまして。かの領地にこれから向かおうと思っているのですわ」
「私の元にもそのような話は入ってきておりました。では、実家のご家族にお会いになるおつもりと?」
やはりこの点も、教会は把握済みだったようだ。
これだけの諜報力があれば、辺境伯領の情報も期待できるのではないかとアリツェは期待に胸を高鳴らせた。
「そのあたり、実は迷っているのですわ。どうやらわたくしは辺境伯家からは疎まれている身。何も知らずに、のこのこと会いに行ってもよいものでしょうか……」
不安を正直に吐露した。
すでにアリツェに関してこれだけたくさんの情報を握っている。変にごまかさず、本音で話すべきだろうとアリツェは思った。
「そこで、精霊教会で把握している辺境伯家の現状をお伺いして、その判断の資料にしようかと思いましたの」
果たして大司教はアリツェの要請を受けてくれるだろうか。不安に思いつつ、アリツェは大司教の顔を静かに見つめる。
大司教はしばらく思案に暮れた後、口を開いた。
「なるほど……。おそらく、諜報部はある程度詳しい情報を持っているはずです。では、私から諜報部に話を通しておきましょう。明日にでも諜報部へお寄りください」
「ありがとうございますわ!」
どうやら無事に目的は果たせた。これで、教会の辺境伯家に関する情報を得られる。
「……アリツェさん」
アリツェが内心で快哉を上げていると、急に神妙な面持ちで大司教がアリツェの胸元を見つめてきた。
「は、はい。なんでしょうか?」
「あなたのその、ペンダントなんですが……」
また、ペンダントだ。
この精霊王をかたどったと思われる龍の意匠は、精霊教関係者にはやはり気になるものなのだろう。
「これですか? 父――プリンツ子爵からの唯一の贈り物でしたの」
「いや、それは……。おそらく、プリンツ子爵のものではありません。カレル・プリンツ前辺境伯の持ち物だったはずです。といいますか、あなたが養子にもらわれた時、前辺境伯の形見として分け与えられたものではないかと推察しますが」
「なんですって!?」
アリツェはひっくり返りそうになった。慌てて隣のドミニクが支える。
義父マルティン子爵からのプレゼントではなかった。まさか、実の父、先代辺境伯の形見とは……。
どうりでマルティンがいつも憎々しげにペンダントをにらみつけてくるわけだ。マルティンの憎き相手カレル前辺境伯のゆかりの品であったのだ。
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大司教は、紹介状を用意するのでしばらく待つように、とアリツェにソファーを指示した。
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もともと時機を見て、各地の霊素持ちに精霊術の指導をするつもりではあった。お礼としては釣り合わないような気もしたが、アリツェは頷いた。
しばらく待つと、大司教はしたためた紹介状をアリツェに渡した。
アリツェは汚さないよう大事に懐にしまった。
精霊教会を退出後、アリツェとドミニクは宿へと戻った。
「どうやら大司教は、アリツェを何らかの権力闘争に使うような気はないみたいだね」
ドミニクは椅子に腰を掛け、アリツェの入れたお茶を嗜んでいる。浮かんでいる表情は、安堵だった。
権力からアリツェを護るとの宣言通り、大司教の一挙手一投足を警戒していたのだろう。
「えぇ、その点は安心しましたわ」
ドミニクの心遣いに、アリツェは胸が暖かくなる。
「ですが……」
アリツェは胸元を見た。今まで、辛い出来事があると必ず握りしめて祈っていた、金のペンダント。今も、窓からこぼれる夕日を反射して、メダル部分の龍の意匠がキラリと輝いている。
まさか、実の父の形見だったとは……。
「明日、諜報部からの情報で、もっと詳しい事情が分かるといいね」
「えぇ、本当に……。大司教様も言っていました。私は、真実を知るべきだと……」
いったい、アリツェにまつわる出生の秘密、真実とは何なのだろうか。
諜報部からの情報を聞くのが、楽しみでもあり、怖くもある。
(……おい、アリツェ)
明日のことが気になって考え込んでいたアリツェに、不意に悠太が呼びかけてきた。
(そのペンダントなんだけれども……)
「ええ、実の父の形見でした。本当のお父様が私のことを見守っていてくれていたと思うと、胸がいっぱいになりますわ」
ペンダントのメダル部分を握り締め、アリツェはうっとりと目を閉じた。
(いや、オレの言いたいことはそうじゃない。そのメダル、見覚えがあるんだ)
「いったいどういうことですの?」
アリツェは小首をかしげた。
(オレがVRMMO『精霊たちの憂鬱』で精霊王を倒した時にもらったレアアイテムと、まったく同じものなんだ)
アリツェは握りしめていたメダルを、改めてじっと眺めた。本当によくできた龍の彫金。見ているだけで霊素の力が身体から沸き起こるような錯覚に陥る。
(だから、オレ自身も、転生前に同じものを持っていた。ということは、だ。やはり、オレとこの世界のカレル・プリンツとは、何らかの関係があるのかもしれない)
「これはぜひ、調査しなければいけませんわね……」
辺境伯家での調査項目が、新たに一つ加わった。
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