わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第四章 開かれた新たな世界

7 新たな世界がわたくしたちを待っていますわ

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 翌日、教会の諜報部へ顔を出すと、大司教からの指示が伝わっていたのかすぐに担当者が飛んできた。

 担当者からの情報をまとめると、新たに分かったのは次の三点だった。

一.現辺境伯は、カレル・プリンツ前辺境伯の実弟。前辺境伯の突然の死で、跡継ぎのいなかった前辺境伯に代わり、当主の座に就いた。なお、アリツェはいないものとして扱われ、辺境伯の爵位継承順位ははく奪されている。

二.前辺境伯と現辺境伯との兄弟仲は悪くはなかった模様。権力争いでの前辺境伯暗殺の線はないとの潜入調査員からの報告。

三.前辺境伯は特殊な能力を持っていたらしい。その異能のため、前辺境伯は異能を持つ者を厚く保護するという方針を持っていた。この方針が現当主にも受け継がれ、辺境伯領では霊素持ちを保護する方針を掲げている精霊教を受け入れた。

「前辺境伯と、現当主との仲が悪くなく、しかも、現当主の権力欲からの爵位奪取でもない……。本当に、わたくし、なぜ捨てられることになったのでしょうか。さっぱりわかりませんわ。もしかして、わたくし、現辺境伯家に疎まれてはいない可能性も?」

 現当主の陰謀で爵位継承に邪魔なアリツェが厄介払いされた。どうやらその線は薄いとの教会の判断のようだ。

 であるならば、ますますアリツェが養子に出された理由がわからない。なぜ、いないものとして爵位継承順位のはく奪まで行われたのか。

 今の情報だけでは、アリツェが疎まれているのかどうか、いまいちはっきりとしない。

 爵位継承問題で排除されたわけではないので、疎まれていないかもしれない。だが、いないものとして扱われている事実もある。であるならば、疎まれている可能性も捨てられない。

「うーん、なんともいえないかなぁ。もしかしたら、前当主と現当主との関係性とは別の問題が、アリツェ自身にあったのかもしれないし」

「わたくし自身の問題……? とは何ですの」

 アリツェには全く身に覚えがない。当然だ。生まれ落ちたばかりの頃について、覚えていろというほうに無理がある。

「ごめん、僕もわからない。思い付きで言ってみただけだし……」

 バツが悪そうに、ドミニクは後頭部を掻いた。

「うーん、あとはやはり、直接現地で情報収集をするしかないようですわね」

 さすがにこれ以上の情報は集まらないと思われた。今、精霊教会の諜報部以上の情報を持てるのは、国王直属の隠密部隊くらいだろう。

 残念ながらそんなところにコネはない。

「幸い、大司教からの紹介状ももらえたんだ。頑張って真実をつかもう」

 使える手札はすべて、有効に使うべきだ。

 せっかくもらった紹介状、辺境伯家の調査にしっかりと役立たせてもらおうと、アリツェは誓った。






 さらに翌日、アリツェとドミニクは王都の繁華街にいた。

 今後の旅の消耗品の買い付けが主目的であったが、同時に、気分転換も兼ねていた。

 グリューンにはなかった、しゃれたドレスが飾られたショーウィンドーに、アリツェの目はくぎ付けになっていた。

 おしゃれに興味がなかったとはいえ、やはり女の子。華やかな衣装を見て、心躍らないということはなかった。

「アリツェ、良かったら少し試着してみないかい?」

 ドミニクがとんでもないことを言い出した。

「え!? だ、ダメですわドミニク様。わたくしのようなちんちくりんが、あのような素敵なドレスを着ても、皆に笑われるだけですわ」

 冗談ではない、いい晒し者だ、とアリツェは頭を振る。

 第一、恥ずかしいではないか、普段見せない姿をドミニクの前で披露するだなんて、と顔が熱くなった。

「そんなことはない! 絶対に似合うよ、アリツェ」

 真剣な顔つきで、ドミニクはアリツェの両肩に手を置いて見つめる。

 妙な熱っぽさを感じるその瞳を見ると、アリツェはたまらなく身体が火照った。最近、アリツェは自分がおかしくなったのではないかと思う。体に訳の分からない熱を感じることが多い。

 自身の変化に戸惑っているアリツェの様子を、残念ながらドミニクは気づくそぶりもない。有無を言わせぬように、ドミニクはアリツェの腕をやや強引に引っ張り、服装品店に入った。
 
 店の中で、ドミニクに言われるがまま、アリツェはすっかり着せ替え人形になる。ああでもないこうでもない、とドミニクは嬉しそうに店員と話し込んでいた。

「うん、これがいい! 店員さん、これを、彼女のサイズに調整して一着お願いします」

 ドミニクは嬉々として一つのドレスをつかむと、店員に丈詰めを依頼した。

 数えるのも面倒な数を着せられたアリツェは、さすがにぐったりとした。ある意味、戦闘よりも疲れる。

 ドミニクの選んだものは薄い青のドレスで、フリルなどはそれほど目立たない、落ち着いた刺繍の施されたものだった。青いドレスを着た時にドミニクと店員の反応が特によかったので、どうやらアリツェは青系の服が似合うようだ。アリツェ自身も青が好きだったので、好都合であった。

 美少女ともいえるアリツェはやや顔つきが派手であり、また、輝く金髪を伸ばしていることもあって、服自体の装飾は地味目に、とドミニクは考えたようだ。

「ド、ドミニク様!? これ、かなりお高いですわ! わたくし、こんなものもらえません!」

 値段を聞いてアリツェは仰天した。アリツェの見習い伝道師としての給金の何か月分だろうか。おいそれと買えるような値段の代物ではなかった。さすがにこんな値段のものを贈られるような深い間柄には、まだなっていない。

「ふふふ、気にしないで。実は、一着ドレスを買うように大司教に言われているんです。辺境伯家に赴く際、ドレスの一着もなければ困るだろうって」

「あぁ、そういうことでしたの。それでしたら、お言葉に甘えさせていただきますわ」

 ドミニクの言葉に、アリツェはほっと胸をなでおろした。

 こんな高価なプレゼントをドミニクにされては、アリツェは頭がどうにかなってしまうところだった。

 と、同時に、少し寂しい気持ちも沸き起こったが……。

「いや、でも……。素敵だねアリツェ。こうしてみると、やはり貴族のご令嬢だなって、よくわかるよ」

 べた褒めのドミニクだった。また、アリツェは顔が熱くなるのを感じる。

「そんな……」

 アリツェはあまりの恥ずかしさに、身もだえた。






 服装品店での恥ずかしいやり取りを終えると、二人は次にレストランで昼食をとることにした。

 ドレスの採寸などに時間がかかり、ちょうどお昼時になっていたからだ。

(それにしても、やっていることが完全にデートだな。見てるこっちが思わず赤面してしまうよ)

 また悠太が不思議な言葉を使った。

(でぇと……? とは何ですの)

 いつものやり取りだ。アリツェがすぐに引き出せない悠太の知識は、本人に聞くに限る。

(あぁ、端的に言えば、逢引き? 密会ってわけでもないから、ちょっと違うか?)

(あ、あいび――)

 アリツェは絶句した。

(逢引きとは、好きあう男女がこっそりと会って愛を確かめ合うという、ちょっと大人向けな本に出てきた、あの逢引きでございましょうか?)

 同意する悠太に、アリツェはパニックに陥った。

(で、でもわたくしとドミニク様は、そのような関係ではございませんわ! 愛し合うだなんて、は、は、は、はしたないですわっ! それに、わたくしは準成人とは言えまだまだ子供ですし、ああああ、でもでも、ドミニク様はもう立派な成人男性でいらっしゃるから、逢引きも可能? でもでも、わたくしは、わたくしは、あわあわあわ)

 アリツェの頭はショートした。

(……すまん、アリツェ。お前を困らせるつもりはなかったんだ。オレの言ったことは忘れてくれ。これはデートではない、単なる気分転換だ、そうだな? アリツェ?)

 少し慌てたように悠太はアリツェを諭した。

(ははは、はいっ! こ、これは気分転換でございますわ、悠太様! だ、断じて『でぇと』なるものではございませんわ!)

 悠太の取り繕いに、どうにか持ち直してきたアリツェだったが、いまだに冷静さを取り戻せていなかった。

(これ以上アリツェを挙動不審にするわけにもいかない。オレはこれで、失礼するよ)

 逃げるように悠太の意識が沈み込んでいった。

 アリツェが立ち直るまで、それから数分の時を要した。隣に立つドミニクは、急に立ち止まり顔を真っ赤にしたアリツェを不思議そうに見つめていた。






「素敵なお店ですわね」

 無作法ではあったが、物珍しさには勝てず、アリツェは周囲を見回した。

 ドミニクが選んだレストランだったが、この王都でも特に古くから営業している老舗という話だった。

 赤いじゅうたん敷きの床に、やはり赤の布張りがされた背もたれと座面を持った木造りの椅子。ゆったりと体を包む座り心地の柔らかさが、造りの良さを思わせる。椅子と同じ木材で作られた丸テーブルも、年代を感じさせる温かみがあった。

 壁面には、どうやらこの王都出身の画家の作と思われる風景画が飾られており、使われている調度品も、華美すぎず、品があった。天井から釣り下がるシャンデリアが室内を適度な明るさに照らすことで、華やかすぎず落ち着いた雰囲気を醸し出していた。どれもこれも、アリツェ好みに合致する。

「教会の神官が言うには、何でも今、王都で一番人気のレストランらしいけど」

「まぁ、そうなんですの! それは、楽しみですわね!」

 現地の人間の太鼓判だ、味のほうも楽しみだった。

 実際、味も素晴らしいものだった。さすが王都、子爵家で食べていた料理よりも数段洗練されており、アリツェの舌を十分にうならせた。

「お料理もなんて素敵なんでしょうか。わたくし、これほどの美味は初めてですわ!」

「そういってもらえると、連れてきた甲斐があるよ」

 ドミニクはにこにこと微笑みながら、料理をほおばるアリツェを見つめていた。

「あ、あの……。ドミニク様?」

 いったい何だろう、見つめられると食べにくい、とアリツェは思った。

「いつか、アリツェの手料理も食べてみたいな」

 アリツェはドミニクの口説き文句ともとられかねない言葉に、料理を吹き出しそうになった。何とか耐えたが……。

(わ、わたくしもできることなら手料理を振舞いたいですわ! 振舞いたいのですけれど、この器用さが、器用さが……。恨めしいですわ……)

 子爵領脱出からこのかた、野営は行っても料理を作る機会がなかった。まだ追撃が怖かったので、火を起こさず携行食のみの食事をとっていたからだ。なので、まだアリツェは必殺――文字通り必ず殺す、だ――の手料理をドミニクに見せてはいなかった。

 なんだかんだで、まったく料理の練習も進んでいない。器用さもまだまだ伸びた実感がない。そんな恐ろしい手料理を、ドミニクに出せるはずがない。

(……今作ったら、人死にが出るレベルのものを作りそうで怖いですわ)

 ドミニクに何と言葉を返せばいいのか、アリツェにはわからなかった。「命が惜しければ、あきらめてくださいませ」とでも言うべきなのだろうか。いや、さすがにダメだ。

 なので、笑ってごまかした――。






 一週間の王都滞在で十分にリフレッシュしたアリツェとドミニクは、辺境伯領へと出発した。

 順調に旅が続けば、一月弱で着く予定だった。アリツェは真実への渇望を胸に秘め、足早に歩を進めた。







 中央大陸歴八一二年十二月――。

 まもなく、王国は冬を迎えようとしていた。冷たい風が、街道を歩くアリツェの頬を容赦なく叩く。

 果たして、辺境伯領ではどのような真実が、アリツェを待ち受けているのだろうか。



 アリツェはまだ知らなかった。彼女の出生にまつわる、重大な事実を……。






【アリツェ・プリンツォヴァ(カレル・プリンツ)】
12歳 女 人間
HP   335
霊素  570
筋力   42
体力   42
知力   45
精神   52
器用   11
敏捷   40
幸運   80
クラス:精霊使い  25(最大2体の使い魔使役可能)
クラス特殊技能:表示できません
使い魔:
ペス(子犬)
未設定
出自レベル:表示できません
技能才能:表示できません
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