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第五章 帝国の皇子
3 私は精霊が嫌いになった
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「まだはっきりしたところはわかっておりません。しかし、一つ確実なことがあります。精霊は、精霊術行使の際に、大地の『生命力』を奪っている痕跡があります」
「つまり、どういうことだ? 大地の生命力?」
大地の生命力とは、つまり、草木の生命力のことだろうかとラディムは首をひねった。よくわからない。
「作物が育ったり温泉が湧いたりといった現象は、いずれも大地の生命力によるものと私たちは考えておりますな。ですので、精霊術を使えば使うほど、この大地の『生命力』は奪われ、いずれ大地が枯れかねないのです」
「なんだって!? つまり、将来的に人間が生きていけなくなる、そういう話か?」
大問題だ。帝国が崩壊、いや、最悪人類滅亡だなんて結果が起こりかねない。
「はい、我々世界再生教は、そのように考えております」
目を閉じ、ザハリアーシュは静かにうなずく。
「なんて奴らだ……。であるならば、確かに精霊術は邪な術だな」
精霊術を使えば使うほど、この世界は生命の生きづらいものに変質する。良き力なはずがない。
「私は、精霊が嫌いになったぞ。ザハリアーシュの話を聞くまでは、なぜこの帝国で精霊が疎まれているのかいまいちわからなかったが、これで理由がよく分かった」
ラディムは今までの己の無知を恥じた。皇家として、国を護るためにも精霊教はきちんと排除しなければいけない。いや、帝国だけではない。この世界から精霊教は一切排除されるべきだ。
「魔術は使い魔を介しません。したがって、あくまで使われるのは術者本人の生命力のみ。この大地を枯らすことはありません」
ザハリアーシュは精霊術との違いを強調した。魔術のみを使っている分には安全だ、と。
「賢明なる陛下は、われわれの話をよく理解してくださり、こうして世界再生教が帝国の国教となりました。ありがたい話です」
ザハリアーシュは皇帝を持ち上げ、褒め称える。
「私はてっきり、陛下が動物嫌いだから精霊教を否定し、世界再生教を重視したのかと短絡的に思っていた。でも違ったんだな。これ以上精霊教がのさばって、精霊術を行使する人間が増えたら大変だ。陛下の判断は正しいと、私も思う」
ザハリアーシュの称賛の言葉に、ラディムも同意した。皇帝は確かな考えのもとに世界再生教を国教としたのだ、と。
「私も今後は、もっと世界再生教の教義に耳を傾けよう」
宗教を国民の心をつなぐための道具としか見ていなかったラディムだが、認識を改めようと思った。
「殿下、ありがとうございます」
ラディムの態度に満足したのか、ザハリアーシュは深々と一礼をした。
「以前、私から申し上げたと思いますが、殿下はかなりの量の『生命力』をお持ちでいらっしゃる。ですので、殿下には正しく『魔術』のことを知ってもらい、適切に行使をしていただきたいのです」
幼いころ、ザハリアーシュに不思議な道具を使って、ラディムの体内の『生命力』を調べられたことがあった。あの時のザハリアーシュの驚愕の顔を、今でも忘れない。それだけ、ラディムの『生命力』は群を抜いていたのだ。
「殿下の高い『生命力』を狙い、精霊教の輩が殿下に接触してこないとも限りません。そのようなとき、殿下はきちんと拒絶の意思表示ができなければならないのです。いかに精霊が邪悪であるかをこうしてお教えしているのは、そういったわけでございますな。精霊教の一見して正当に見える甘っちょろい教義に、だまされないためにも」
ザハリアーシュはラディムの目をしっかりと見据えて、一気に畳みかけるように話した。
「あ、あぁ、もちろん。せいぜい気を付けるさ。そして、今後はより一層魔術の修練に力を入れていくよ」
ラディムはザハリアーシュの勢いに少したじろぎつつ、首肯した。
「それでこそ殿下です。私も一生懸命指導いたしますので、頑張りましょう」
ザハリアーシュは微笑を浮かべ、もう一度深く礼をした。
「エリシュカ、今いいか?」
ラディムは侍女の控室に足を運び、エリシュカを呼び出した。
「で、殿下! いかがなされましたか?」
呼ばれたエリシュカは、大慌てでラディムの傍へ駆け寄った。何事かと不安そうな表情を浮かべている。
「いやなに、お前にはずいぶん迷惑をかけてしまったな、と」
ラディムは深々と頭を下げた。
「そんな……。殿下のお世話が私の仕事です。頭を下げられると困ります」
ラディムの態度にエリシュカは目を見開き、両手をパタパタと振る。
「いや、お前が見習いという立場なのをすっかり失念していた。大分侍女長に言われているんだろ? すまなかった。ザハリアーシュにも叱られてしまったよ」
ラディムは慌てふためいているエリシュカの顔をじっと見つめながら詫びた。
「そういっていただけるだけで、私は満足です。殿下、お気遣いありがとうございます」
ようやく冷静さを取り戻したエリシュカは、少しはにかみながらこてんと首をかしげた。
「明日からも、よろしく頼むな」
謝罪が通じて嬉しくなったラディムも、ニッと微笑んだ。これからは、からかい方に気を付けよう、きちんと状況を見よう、と固く決心した。
だたし、ラディムの精神衛生のためにも、からかうこと自体はやめないが――。
「はいっ! もちろんです!」
エリシュカは笑顔で大きくうなずいた。
「つまり、どういうことだ? 大地の生命力?」
大地の生命力とは、つまり、草木の生命力のことだろうかとラディムは首をひねった。よくわからない。
「作物が育ったり温泉が湧いたりといった現象は、いずれも大地の生命力によるものと私たちは考えておりますな。ですので、精霊術を使えば使うほど、この大地の『生命力』は奪われ、いずれ大地が枯れかねないのです」
「なんだって!? つまり、将来的に人間が生きていけなくなる、そういう話か?」
大問題だ。帝国が崩壊、いや、最悪人類滅亡だなんて結果が起こりかねない。
「はい、我々世界再生教は、そのように考えております」
目を閉じ、ザハリアーシュは静かにうなずく。
「なんて奴らだ……。であるならば、確かに精霊術は邪な術だな」
精霊術を使えば使うほど、この世界は生命の生きづらいものに変質する。良き力なはずがない。
「私は、精霊が嫌いになったぞ。ザハリアーシュの話を聞くまでは、なぜこの帝国で精霊が疎まれているのかいまいちわからなかったが、これで理由がよく分かった」
ラディムは今までの己の無知を恥じた。皇家として、国を護るためにも精霊教はきちんと排除しなければいけない。いや、帝国だけではない。この世界から精霊教は一切排除されるべきだ。
「魔術は使い魔を介しません。したがって、あくまで使われるのは術者本人の生命力のみ。この大地を枯らすことはありません」
ザハリアーシュは精霊術との違いを強調した。魔術のみを使っている分には安全だ、と。
「賢明なる陛下は、われわれの話をよく理解してくださり、こうして世界再生教が帝国の国教となりました。ありがたい話です」
ザハリアーシュは皇帝を持ち上げ、褒め称える。
「私はてっきり、陛下が動物嫌いだから精霊教を否定し、世界再生教を重視したのかと短絡的に思っていた。でも違ったんだな。これ以上精霊教がのさばって、精霊術を行使する人間が増えたら大変だ。陛下の判断は正しいと、私も思う」
ザハリアーシュの称賛の言葉に、ラディムも同意した。皇帝は確かな考えのもとに世界再生教を国教としたのだ、と。
「私も今後は、もっと世界再生教の教義に耳を傾けよう」
宗教を国民の心をつなぐための道具としか見ていなかったラディムだが、認識を改めようと思った。
「殿下、ありがとうございます」
ラディムの態度に満足したのか、ザハリアーシュは深々と一礼をした。
「以前、私から申し上げたと思いますが、殿下はかなりの量の『生命力』をお持ちでいらっしゃる。ですので、殿下には正しく『魔術』のことを知ってもらい、適切に行使をしていただきたいのです」
幼いころ、ザハリアーシュに不思議な道具を使って、ラディムの体内の『生命力』を調べられたことがあった。あの時のザハリアーシュの驚愕の顔を、今でも忘れない。それだけ、ラディムの『生命力』は群を抜いていたのだ。
「殿下の高い『生命力』を狙い、精霊教の輩が殿下に接触してこないとも限りません。そのようなとき、殿下はきちんと拒絶の意思表示ができなければならないのです。いかに精霊が邪悪であるかをこうしてお教えしているのは、そういったわけでございますな。精霊教の一見して正当に見える甘っちょろい教義に、だまされないためにも」
ザハリアーシュはラディムの目をしっかりと見据えて、一気に畳みかけるように話した。
「あ、あぁ、もちろん。せいぜい気を付けるさ。そして、今後はより一層魔術の修練に力を入れていくよ」
ラディムはザハリアーシュの勢いに少したじろぎつつ、首肯した。
「それでこそ殿下です。私も一生懸命指導いたしますので、頑張りましょう」
ザハリアーシュは微笑を浮かべ、もう一度深く礼をした。
「エリシュカ、今いいか?」
ラディムは侍女の控室に足を運び、エリシュカを呼び出した。
「で、殿下! いかがなされましたか?」
呼ばれたエリシュカは、大慌てでラディムの傍へ駆け寄った。何事かと不安そうな表情を浮かべている。
「いやなに、お前にはずいぶん迷惑をかけてしまったな、と」
ラディムは深々と頭を下げた。
「そんな……。殿下のお世話が私の仕事です。頭を下げられると困ります」
ラディムの態度にエリシュカは目を見開き、両手をパタパタと振る。
「いや、お前が見習いという立場なのをすっかり失念していた。大分侍女長に言われているんだろ? すまなかった。ザハリアーシュにも叱られてしまったよ」
ラディムは慌てふためいているエリシュカの顔をじっと見つめながら詫びた。
「そういっていただけるだけで、私は満足です。殿下、お気遣いありがとうございます」
ようやく冷静さを取り戻したエリシュカは、少しはにかみながらこてんと首をかしげた。
「明日からも、よろしく頼むな」
謝罪が通じて嬉しくなったラディムも、ニッと微笑んだ。これからは、からかい方に気を付けよう、きちんと状況を見よう、と固く決心した。
だたし、ラディムの精神衛生のためにも、からかうこと自体はやめないが――。
「はいっ! もちろんです!」
エリシュカは笑顔で大きくうなずいた。
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