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第五章 帝国の皇子
8 精霊教の取り締まりに同行したぞ
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「ラディム、ラディムはいるか?」
日課をすべて終え、夕食まで自室でくつろいでいると、ラディムを呼びながらベルナルドが入ってきた。
「陛下、どうされましたか?」
わざわざ何の用だろう、とラディムは訝しんだ。もうすぐ夕食なので、何かあればその時でも問題はないはずだからだ。
「いや、休憩中だったか、すまん」
立ち上がろうとしたラディムを、ベルナルドが片手で制した。
「急な話で悪いのだが、三日後の帝都内の精霊教取り締まりに、お前も連れて行こうと思ってな」
「精霊教の取り締まり、ですか? いいのですか、私などが同行しても」
まだ子供の自分がついていってもいいものだろうか、とラディムは思う。取り締まりということは、揉めるような場面にも遭遇する可能性がある。邪魔になりそうで気が引けた。
「お前にもそろそろ精霊教についての現状を知っておいてもらいたいからな。……ザハリアーシュから教わっただろう? お前が精霊教を篤く信奉しているプリンツ辺境伯家の人間である、ということを」
「ええ、確かに学んでおります」
あまり知りたくはなかった話ではあったが。
敵国フェイシア王国の重鎮、前プリンツ辺境伯の子供……。
ギーゼブレヒト家の人間として育ち、身も心も帝国に忠誠を誓っているラディムとしては、その出自は忌避したい自身の汚点でもあった。
「なので余計に、早めにこの国における精霊教の立場というものを理解させておきたくてな。間違っても、精霊教に加担したりしないように」
ベルナルドは鋭くラディムを見据えた。無言の圧力を、ラディムは感じる。
「陛下っ! 私は精霊を嫌っております。たとえこの身に辺境伯家の血が流れていようとも、私はギーゼブレヒト家の人間です。間違っても精霊教などという邪教に心を傾けるようなことなど、ありはしません!」
ラディムは悲しかった。ベルナルドにわずかでもそのような疑念を持たせてしまっている自分が。
忌まわしき出自を無かったことにはできない。であるならば、その出自を周囲が気に留めるようなことも無くなるくらい、王国と精霊教に対して強硬な姿勢を見せ続けなければいけない。
手を緩めれば、「やはり王国貴族の子」、「精霊教に魅入られているんだ」などのような批判を受けかねない。
「いや、すまん。もちろんわかってはいる。まぁ、帝王教育の一環だと思ってくれ」
声を張り上げてラディムが返すと、ベルナルドは少しばつが悪そうな表情を浮かべた。子供相手に威圧をしすぎたとでも思ったのだろうか。
「そういうことでしたら、謹んで同行させていただきます」
突然の申し出で多少動揺はしたが、精霊教への対決姿勢を示せる絶好の機会でもある。参加を渋る理由はなかった。
「おとなしくしろっ!」
周囲に皇都警備隊の怒声が響き渡る。
ミュニホフのはずれにある精霊教の教会施設――とはいっても、少し広めの民家といった程度の代物だったが――。五人の警備隊兵が横一列に並び、捕縛用に用意した殺傷能力のない長い棒を持って構えている。対面には、七人の精霊教徒。皆、座り込んで震えていた。青年男性だけではない。老婆や子供の姿もあった。
こんな弱者に邪教の教えを吹き込んで、いいように操っているのかと思うと、ラディムは精霊教の上層部に対し強い吐き気を催す。許せない、と。
「何度も警告したはずだ。この国では精霊教は禁止されている、と」
警備隊の隊長らしき兵が、座り込んだままこちらを怯えたように見つめる精霊教徒たちに宣言する。
「横暴ですっ! 精霊はこの世界を救う存在、私たちの生活をよりよくしてくれる存在なんです!」
一人の男性信徒が意を決して立ち上がると、警備兵に反論した。
やはり、精霊教徒たちはすっかり邪教の教えに染まっている。
精霊が世界を救う存在? 何をバカげた話を。
生活をよりよくする存在? 精霊術に頼った生活を続ければ、いずれ作物も育たなくなり自滅するぞ。
「精霊は、この大地を枯らす悪魔のような存在だと説明しているだろう! いい加減な情報に踊らされるな!」
まったく、警備隊長の言うとおりだった。
いったい精霊教はどのような手段を使って、こんなでたらめな教義を信じ込ませているのだろうか。頻繁に帝国政府から正しい知識を啓蒙しているはずなのに……。
「騙されているのはあなたたちのほうです! 世界再生教の言うことなど、でたらめです!」
警備隊長の言葉にまったく耳を貸さない精霊教徒たち。あまつさえ、世界再生教がでたらめだという始末だった。
「ええいっ! 話にならん」
警備隊長は頭を振り、「とっとと捕らえて連れていけっ!」と、部下へ指示を出した。
「やめてくださいっ! あぁっ、精霊王様お助けを……」
老婆の信者が嘆きの声を上げた。だが、その精霊王とやらは、助けにこなかった――。
(これが、精霊教の取り締まり……)
目の前の光景を、ラディムは黙って見つめていた。
(一見普通の人間に見える。別に暴力に訴えているわけでもなし……)
ただ怯えているだけの力なき人間たち。だが――。
(危険思想を持っているし、その思想を広めようとしているからなぁ……。やはり、政を司る身としては、無視はできないか)
野放しにはしておけなかった。でたらめで物騒な妄想に取りつかれた狂信者たちの集団。背筋が凍る……。
日課をすべて終え、夕食まで自室でくつろいでいると、ラディムを呼びながらベルナルドが入ってきた。
「陛下、どうされましたか?」
わざわざ何の用だろう、とラディムは訝しんだ。もうすぐ夕食なので、何かあればその時でも問題はないはずだからだ。
「いや、休憩中だったか、すまん」
立ち上がろうとしたラディムを、ベルナルドが片手で制した。
「急な話で悪いのだが、三日後の帝都内の精霊教取り締まりに、お前も連れて行こうと思ってな」
「精霊教の取り締まり、ですか? いいのですか、私などが同行しても」
まだ子供の自分がついていってもいいものだろうか、とラディムは思う。取り締まりということは、揉めるような場面にも遭遇する可能性がある。邪魔になりそうで気が引けた。
「お前にもそろそろ精霊教についての現状を知っておいてもらいたいからな。……ザハリアーシュから教わっただろう? お前が精霊教を篤く信奉しているプリンツ辺境伯家の人間である、ということを」
「ええ、確かに学んでおります」
あまり知りたくはなかった話ではあったが。
敵国フェイシア王国の重鎮、前プリンツ辺境伯の子供……。
ギーゼブレヒト家の人間として育ち、身も心も帝国に忠誠を誓っているラディムとしては、その出自は忌避したい自身の汚点でもあった。
「なので余計に、早めにこの国における精霊教の立場というものを理解させておきたくてな。間違っても、精霊教に加担したりしないように」
ベルナルドは鋭くラディムを見据えた。無言の圧力を、ラディムは感じる。
「陛下っ! 私は精霊を嫌っております。たとえこの身に辺境伯家の血が流れていようとも、私はギーゼブレヒト家の人間です。間違っても精霊教などという邪教に心を傾けるようなことなど、ありはしません!」
ラディムは悲しかった。ベルナルドにわずかでもそのような疑念を持たせてしまっている自分が。
忌まわしき出自を無かったことにはできない。であるならば、その出自を周囲が気に留めるようなことも無くなるくらい、王国と精霊教に対して強硬な姿勢を見せ続けなければいけない。
手を緩めれば、「やはり王国貴族の子」、「精霊教に魅入られているんだ」などのような批判を受けかねない。
「いや、すまん。もちろんわかってはいる。まぁ、帝王教育の一環だと思ってくれ」
声を張り上げてラディムが返すと、ベルナルドは少しばつが悪そうな表情を浮かべた。子供相手に威圧をしすぎたとでも思ったのだろうか。
「そういうことでしたら、謹んで同行させていただきます」
突然の申し出で多少動揺はしたが、精霊教への対決姿勢を示せる絶好の機会でもある。参加を渋る理由はなかった。
「おとなしくしろっ!」
周囲に皇都警備隊の怒声が響き渡る。
ミュニホフのはずれにある精霊教の教会施設――とはいっても、少し広めの民家といった程度の代物だったが――。五人の警備隊兵が横一列に並び、捕縛用に用意した殺傷能力のない長い棒を持って構えている。対面には、七人の精霊教徒。皆、座り込んで震えていた。青年男性だけではない。老婆や子供の姿もあった。
こんな弱者に邪教の教えを吹き込んで、いいように操っているのかと思うと、ラディムは精霊教の上層部に対し強い吐き気を催す。許せない、と。
「何度も警告したはずだ。この国では精霊教は禁止されている、と」
警備隊の隊長らしき兵が、座り込んだままこちらを怯えたように見つめる精霊教徒たちに宣言する。
「横暴ですっ! 精霊はこの世界を救う存在、私たちの生活をよりよくしてくれる存在なんです!」
一人の男性信徒が意を決して立ち上がると、警備兵に反論した。
やはり、精霊教徒たちはすっかり邪教の教えに染まっている。
精霊が世界を救う存在? 何をバカげた話を。
生活をよりよくする存在? 精霊術に頼った生活を続ければ、いずれ作物も育たなくなり自滅するぞ。
「精霊は、この大地を枯らす悪魔のような存在だと説明しているだろう! いい加減な情報に踊らされるな!」
まったく、警備隊長の言うとおりだった。
いったい精霊教はどのような手段を使って、こんなでたらめな教義を信じ込ませているのだろうか。頻繁に帝国政府から正しい知識を啓蒙しているはずなのに……。
「騙されているのはあなたたちのほうです! 世界再生教の言うことなど、でたらめです!」
警備隊長の言葉にまったく耳を貸さない精霊教徒たち。あまつさえ、世界再生教がでたらめだという始末だった。
「ええいっ! 話にならん」
警備隊長は頭を振り、「とっとと捕らえて連れていけっ!」と、部下へ指示を出した。
「やめてくださいっ! あぁっ、精霊王様お助けを……」
老婆の信者が嘆きの声を上げた。だが、その精霊王とやらは、助けにこなかった――。
(これが、精霊教の取り締まり……)
目の前の光景を、ラディムは黙って見つめていた。
(一見普通の人間に見える。別に暴力に訴えているわけでもなし……)
ただ怯えているだけの力なき人間たち。だが――。
(危険思想を持っているし、その思想を広めようとしているからなぁ……。やはり、政を司る身としては、無視はできないか)
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