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第六章 一人の少女と一匹の猫
6 なれなれしい猫だ
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「にゃーお……」
「ん?」
ラディムは立ち止まり、周囲を見回した。
「どうしました、殿下?」
突然のラディムの行動に、エリシュカは首をかしげている。
「いや、猫の鳴き声が。なんか、妙だな……」
どこからか聞こえてきた鳴き声に、ラディムの心はざわめき立った。理由は全く分からない。
「猫、ですか? あぁ、確かにいますな、あそこに」
周囲を窺っていたザハリアーシュは路地裏の一点を指さした。先には、小さなトラ柄の猫がたたずんでいた。
「わぁー、かわいい猫ちゃん。まだ子猫ですね!」
エリシュカが歓声を上げ、手を叩いた。
「うーん、なんだろう。何か妙だなこの子猫」
ラディムをじっと見つめているように見える子猫。なぜだか、初めて見るような気がしない。おかしな既視感を覚えた。
ラディムは頭を押さえ、襲い来る奇妙な感覚に戸惑った。
「殿下殿下! こっちに来ますよ!」
エリシュカの声に、ラディムははっと視線を前に向けた。子猫が猛然と突っ込んでくる。
「うわっ、なんだなんだ」
勢いのまま子猫はラディムの胸に飛び込んできた。慌ててラディムは子猫を抱きとめる。
子猫は小さく鳴き声を上げ、頭をラディムの胸に擦り付けてきた。
「殿下、すっかり気に入られていますね。うらやましいですっ」
一連の様子を見ていたエリシュカは、ラディムに羨望の目を向ける。
「おいおい、私になついたって飼ってはやれないぞ。っと、ずいぶんなれなれしい猫だ」
ぐりぐり頭を押し付ける子猫をやや強引に引き離して、ゆっくりと地面に下ろした。
子猫は少し名残惜しそうな声を上げる。
「こんなにかわいいんです! なれなれしいだなんて言ってはかわいそうですよ、殿下!」
エリシュカの目が、「連れて帰りましょうよー」と訴えている。うう、この目には弱い。弱いのだが――。
「殿下はともかく、陛下もお妃様も動物嫌いですしなぁ。連れて帰れませんぞ」
横からザハリアーシュが止めに入ってきた。
「私が動物を飼えば、『精霊教に下ったか』などと要らぬ疑いをかけられかねないな。使い魔にしたんだろうって」
ラディム自身は動物は嫌いではない。いや、むしろ大好きといってもいい。だが、精霊教が動物を積極的に保護する教義を掲げていたため、ラディムが下手に動物を手元に置いてしまうと、使い魔にするつもりで連れてきたのではないかと勘繰られる恐れがあった。
何しろ、ラディムは数少ない『生命力』――精霊教で言う『霊素』――持ちであり、精霊教保護の最右翼でもあるプリンツ辺境伯家の血筋の人間でもあるのだから。
「殿下はお傍に動物を置かない方がよいですな。遠くから愛でる程度にしておくのが無難ですぞ」
ラディムの言葉に首肯するザハリアーシュ。
「そんなぁー」
頬を膨らませ、エリシュカは不満そうにつぶやく。
「悪いな、エリシュカ」
ラディムはポンポンっとエリシュカの腰を叩いた。ぶすっとした顔をしたって、ダメなものはダメだった。
「殿下殿下! でしたら、私がこの子を飼ってもいいでしょうか!」
エリシュカはあきらめきれないといった表情で、ラディムの肩をつかみ顔をぐっと近づけてきた。
「そ、それは別に構わないが……。宮殿には入れるわけにいかないぞ? どうするんだ?」
エリシュカの勢いに、ラディムはすっかりタジタジとなる。
だが、宮殿に動物を連れ込めない事実は変わらない。エリシュカは何を考えているのか、とラディムは首をひねった。
「私の実家で、母にお願いします。殿下も気が向いたときにお越しいただければ、この子と戯れられますよ!」
目を輝かせて、エリシュカはさらにグイっとラディムに顔を近づける。
「あ、ああ……」
別にこの子猫はラディムのペットというわけではない。ただの野良だ。エリシュカが実家で飼うというのであれば、ラディムが拒否をする理由もなかった。
「母にも陛下にも内緒だが、実は私は動物が好きだ。こうも懐かれると、うれしいものだな。エリシュカ、では、たまにお前の実家に伺わせてもらうとするよ」
妙に懐いてくる子猫。確かにこのままお別れというのも、少々寂しくはあった。エリシュカの実家で飼ってもらえるのなら、帝都視察の際に遊びに行く機会も持てよう。
「はいっ、是非に! 両親も喜びます」
破顔一笑、エリシュカは飛び上がった。
「ん?」
ラディムは立ち止まり、周囲を見回した。
「どうしました、殿下?」
突然のラディムの行動に、エリシュカは首をかしげている。
「いや、猫の鳴き声が。なんか、妙だな……」
どこからか聞こえてきた鳴き声に、ラディムの心はざわめき立った。理由は全く分からない。
「猫、ですか? あぁ、確かにいますな、あそこに」
周囲を窺っていたザハリアーシュは路地裏の一点を指さした。先には、小さなトラ柄の猫がたたずんでいた。
「わぁー、かわいい猫ちゃん。まだ子猫ですね!」
エリシュカが歓声を上げ、手を叩いた。
「うーん、なんだろう。何か妙だなこの子猫」
ラディムをじっと見つめているように見える子猫。なぜだか、初めて見るような気がしない。おかしな既視感を覚えた。
ラディムは頭を押さえ、襲い来る奇妙な感覚に戸惑った。
「殿下殿下! こっちに来ますよ!」
エリシュカの声に、ラディムははっと視線を前に向けた。子猫が猛然と突っ込んでくる。
「うわっ、なんだなんだ」
勢いのまま子猫はラディムの胸に飛び込んできた。慌ててラディムは子猫を抱きとめる。
子猫は小さく鳴き声を上げ、頭をラディムの胸に擦り付けてきた。
「殿下、すっかり気に入られていますね。うらやましいですっ」
一連の様子を見ていたエリシュカは、ラディムに羨望の目を向ける。
「おいおい、私になついたって飼ってはやれないぞ。っと、ずいぶんなれなれしい猫だ」
ぐりぐり頭を押し付ける子猫をやや強引に引き離して、ゆっくりと地面に下ろした。
子猫は少し名残惜しそうな声を上げる。
「こんなにかわいいんです! なれなれしいだなんて言ってはかわいそうですよ、殿下!」
エリシュカの目が、「連れて帰りましょうよー」と訴えている。うう、この目には弱い。弱いのだが――。
「殿下はともかく、陛下もお妃様も動物嫌いですしなぁ。連れて帰れませんぞ」
横からザハリアーシュが止めに入ってきた。
「私が動物を飼えば、『精霊教に下ったか』などと要らぬ疑いをかけられかねないな。使い魔にしたんだろうって」
ラディム自身は動物は嫌いではない。いや、むしろ大好きといってもいい。だが、精霊教が動物を積極的に保護する教義を掲げていたため、ラディムが下手に動物を手元に置いてしまうと、使い魔にするつもりで連れてきたのではないかと勘繰られる恐れがあった。
何しろ、ラディムは数少ない『生命力』――精霊教で言う『霊素』――持ちであり、精霊教保護の最右翼でもあるプリンツ辺境伯家の血筋の人間でもあるのだから。
「殿下はお傍に動物を置かない方がよいですな。遠くから愛でる程度にしておくのが無難ですぞ」
ラディムの言葉に首肯するザハリアーシュ。
「そんなぁー」
頬を膨らませ、エリシュカは不満そうにつぶやく。
「悪いな、エリシュカ」
ラディムはポンポンっとエリシュカの腰を叩いた。ぶすっとした顔をしたって、ダメなものはダメだった。
「殿下殿下! でしたら、私がこの子を飼ってもいいでしょうか!」
エリシュカはあきらめきれないといった表情で、ラディムの肩をつかみ顔をぐっと近づけてきた。
「そ、それは別に構わないが……。宮殿には入れるわけにいかないぞ? どうするんだ?」
エリシュカの勢いに、ラディムはすっかりタジタジとなる。
だが、宮殿に動物を連れ込めない事実は変わらない。エリシュカは何を考えているのか、とラディムは首をひねった。
「私の実家で、母にお願いします。殿下も気が向いたときにお越しいただければ、この子と戯れられますよ!」
目を輝かせて、エリシュカはさらにグイっとラディムに顔を近づける。
「あ、ああ……」
別にこの子猫はラディムのペットというわけではない。ただの野良だ。エリシュカが実家で飼うというのであれば、ラディムが拒否をする理由もなかった。
「母にも陛下にも内緒だが、実は私は動物が好きだ。こうも懐かれると、うれしいものだな。エリシュカ、では、たまにお前の実家に伺わせてもらうとするよ」
妙に懐いてくる子猫。確かにこのままお別れというのも、少々寂しくはあった。エリシュカの実家で飼ってもらえるのなら、帝都視察の際に遊びに行く機会も持てよう。
「はいっ、是非に! 両親も喜びます」
破顔一笑、エリシュカは飛び上がった。
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