わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

文字の大きさ
74 / 272
第七章 封じられた記憶

11 マリエの中の人?

しおりを挟む
「ありがとうございます……。実は私、別人の記憶を持っているんです……」

「は?」

 ラディムは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 マリエは、ラディムの反応が想定内だったのだろう、気にせず話を続ける。

「十一歳の誕生日の頃なんですが、私は誤って転倒をし、頭を強くぶつけました」

 右の後頭部周辺の髪を、マリエは右手で持ち上げた。少し、傷跡らしきものが見えた。

「衝撃による頭痛自体はすぐに治まったのですが、その日以降、頭の中に私とは違う人間の声が響くようになりました」

「マリエとはまったくの別人の声ってことか?」

 マリエはうなずいた。

 ラディムは驚いた。マリエにも同じような現象が起こっていたのだ。頭の中に響く、誰だかわからない人間の声。

「でも、その人間は一部の記憶を失っているようで、名前などを思い出すことはできませんでした」

 マリエは頭を振り、「だから、女性だっていうことしかわからないんですよね」と呟いた。

「記憶喪失ってことか?」

「難しいところですね。もしかしたら、その人格自体、私の作り出した妄想の可能性もあります」

 ラディムも母に、その声は空耳だと一笑に付された。

 つまり、あの時母はこう言いたかったのだろう。聞こえる声はラディムの脳内で勝手に作られたものだ、と。

「二か月ほど過ぎると、なぜか声が聞こえなくなりました。でも、その人格自体は、私の脳の中にいまだにある。この感覚だけは残っています」

 マリエは少しうつむいて目を閉じると、両腕を胸の前で組み、祈るような仕草をした。

「私は、あの人格を吸収したのかもしれません。彼女の持つ記憶も、すべて引き継ぎましたし。……記憶喪失でつぎはぎだらけでしたが」

「つまり、その別人格が、人間の脳の知識を持っていた、と」

「結論から言えば、そうです。で、その知識を今回応用させていただきました」

 マリエは首を縦に振る。

「なるほど、わかった。……確かに、二人だけの秘密にした方がいいな」

 にわかには信じがたい話だった。誰かに話したところで、頭がおかしくなったのではないかと笑われるのがオチだろう。

「殿下にだけは、私の知る知識を、できるだけお教えしますね?」

 マリエは悪戯っぽい笑顔を浮かべ、そっとラディムに耳打ちをした。

「あ、あぁ……、ありがとうマリエ」

 不意打ちのようなマリエの行動に、ラディムの心臓は跳ね上がった。どぎまぎしながら、ラディムはしどろもどろに礼を言った。






 しばしの間、マリエの用意した紅茶でティータイムを楽しんだ。

 おそらくはマリエの手作りと思われる、薄く伸ばした生地にジャムを挟んで巻いて、上に生クリームを乗せたパラチンキと呼ばれる帝国伝統のお菓子を、ラディムはゆっくりと堪能した。なかなかの出来栄えだった。

 最後に、残った紅茶を食いっと飲み干すと、ラディムは一つ大きく息を吐きだした。

「しかし、母上はなぜ、マリエに薬の制作を頼んだのだ? そもそも、マリエは母上と面識があったか?」

 落ち着いたところで、ラディムは疑問に思っていた、母とマリエとの関係について問いただした。

「実は、ザハリアーシュ様からの紹介なんです。私が精神に作用する闇の魔術を研究し始めた時、ザハリアーシュ様に言われたのです。ユリナ様の壊れた心をどうにかできないか、と」

 裏でザハリアーシュが噛んでいたのか。

 確かに、ザハリアーシュは母にもマリエにも面識がある。ちょうどよい橋渡し役だった。

「それで、定期的に闇の魔術でユリナ様の診察をしていたので、ユリナ様は私の能力のことをよくご存じなんです」

「そうだったのか……」

 ラディムのまったくあずかり知らない事実だった。蚊帳の外に置かれて、少し寂しい気持ちが沸き起こる。

「黙っていてすみません、殿下。ユリナ様とザハリアーシュ様に口止めされていたんです」

「……二人はなぜ、そのようなことを」

 ある意味当事者の一人ともいえるラディムに、なぜ伝えようとしなかったのだろうか。母とザハリアーシュの意図がわからなかった。

「すみません、そこまでは私には……」

 マリエはすまなそうな表情を浮かべた。

 マリエに非はない。はるかに権力が上の二人に言われては、どうしようもないだろう。それくらいはラディムにもわかる。

「とりあえず、今お話しした事情でユリナ様に依頼をされた、というわけです。殿下が何やら幻聴で悩んでいると伺ったので、脳のどこかに異常が発生しているのではないかとにらみ、件のお薬を製作しました」

 脳のどこかに異常……。実際のところ、どうなのだろうか。今の医療レベルでは、これ以上は知りようもない。頭を開いて脳を覗くだなんて、できやしない。

「一つ思ったのだが、私の脳内で鳴り響いていた声も、もしかして、マリエの聞いた声と同種のものだったりはしないのだろうか? 空耳などではなく」

「あー、そうですね。その可能性も無きにしも非ずな気はしますが……」

 先ほどマリエの話を聞いてから気になっていた。やはり母の言う幻聴などではなく、マリエと同じような別人格からの声だったのではないか、と。

 マリエも目を閉じ、手を顎にあてながら考え込んだ。

「ただ、殿下がお疲れだったのも確かだと思います。ユリナ様もかなり心配されていましたし。『私のラディムが疲労でおかしくなってしまうわっ!』と、結構な剣幕で私のところへ駆け込んできましたから」

 マリエはクスクスと笑っていた。

「そ、そうだったのか……。母上が……」

 血相を変えて走りこんでくる母の姿が、ラディムには容易に想像がつき、苦笑した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。 彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。 ようやく手に入れた穏やかな日々。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。 彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。 そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。 「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。 「いつものことだから、君のせいじゃないよ」 これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。 二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。 心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...