わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第七章 封じられた記憶

12 なぜ私に黙っていた!

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 マリエと別れ、ラディムは宮殿へと戻った。

 まだ昼前、ザハリアーシュは自室にいるはずだった。

 母の治療にマリエが当たっていることを、ザハリアーシュが口止めしていた件について、ラディムは問いただそうと思っていた。自分の母の病気の問題だ。蚊帳の外に置かれるのは、正直、面白くなかった。

 ザハリアーシュの自室の前に行くと、ちょうど扉が開き、ザハリアーシュが出てきた。

「これはこれは、殿下。今日はどうされましたかな」

 ラディムの突然の訪問に、ザハリアーシュは首をひねっている。

「いや、ちょっとザハリアーシュに聞きたいことがあってな。もしかして、どこかに出るところだったか?」

「いえ、構いません。たいした用事ではありませんからな。して、私に何の御用でしょうか」

 ザハリアーシュは「どうぞ」、とラディムを部屋の中へと招き入れ、椅子を勧めた。ラディムはうなずいて、椅子に座り込んだ。ザハリアーシュも対面に座る。

「母上にマリエを紹介したのはお前だと聞いた。まぁ、紹介自体はいいんだ」

 ラディムは一つ咳ばらいをする。

「なぜ、私に黙っていた?」

 ぎろりと鋭い視線をザハリアーシュに送った。

 ラディムの視線の圧力に、しかし、ザハリアーシュは動じなかった。

「なぁに、大した理由ではござらん。殿下は準成人前の大事な時期でしたからな。余計な気苦労をかけさせたくなかったのです」

 ザハリアーシュはひょうひょうと答える。

「大事な母上の話だ。気苦労だなんて、理由にはならないぞ」

 ザハリアーシュの軽い態度に少しカチンときたラディムは、語気を強めた。

「いえ、殿下の性格を考えますと、お話しすれば絶対に、ご自身もユリナ様の治療に参加したいとおっしゃるはずです」

「別に、私が参加してもよいではないか」

 自分の母親の病気の治療に、なぜ息子のラディムが参加してはいけないのか。ザハリアーシュの言い分には納得がいかなかった。

「ですから、殿下には準成人の儀に備えた準備に、専念してもらいたかったのです。わずかでも余計なことを考えてほしくなかった」

「母上の件が余計なこと、だと?」

 聞き捨てならなかった。いくらザハリアーシュといえども、言っていいことと悪いことがあるだろう。母の病気の件を余計なことだとは、ずいぶんな言い草ではないか。

「そういう話ではないのです。殿下は絶対に、マリエの魔術に対抗しようとするはずです。負けず嫌いですからね。そうなると、まぁ、魔術ばかりにかかりきりになり、準成人の儀の準備に支障が出ると、このように愚考したまでですな」

 ラディムが声を低くして不満を表すと、ザハリアーシュは少し困ったようなそぶりを見せ、弁解した。

「ぐぐっ、そういわれると弱いな。ザハリアーシュの言うとおりだから、反論できん」

 図星を刺された、とラディムは思った。

 確かに、マリエの高度な闇魔術を見てしまえば、ラディムは黙っていられなかっただろう。準成人の儀そっちのけで研究に没頭しかねなかった。まさに、ザハリアーシュの指摘のとおりだ。

「何年、殿下の教育係を務めているとお思いで」

 「ホッホッホッ」とザハリアーシュは笑い飛ばした。

 ……ラディムは少し、悔しかった。

「……それもそうだな。うん、わかった。その点については不問にする」

 これ以上ザハリアーシュを追及したところで、はぐらかされて終わりそうだった。ラディムは早々に白旗を上げた。

「ご理解いただき、祝着至極にございますな」

 ザハリアーシュは深々と一礼した。

「話は変わるが、実は、一つ相談事があってな」

 ラディムは頭に響く謎の声について、ザハリアーシュの見解を聞きたかった。

 ザハリアーシュは「相談、ですか?」と首をかしげた。

「マリエの薬のおかげで今は治まっているのだが、どうも数日前から得体のしれない幻聴が聞こえている」

「幻聴、ですか……。たんにお疲れだっただけでは?」

 やはりザハリアーシュも母と同じ結論を下す。

「母上にもそのように言われたが、どうにもそれだけではないように思うんだよな」

「何か気になる点でも?」

 ザハリアーシュは怪訝そうな表情を浮かべている。

「薬のせいで今はぼんやりとしか思い出せないのだが、女の声で、精霊を肯定する言葉を私にささやくんだ」

 脳裏におぼろげに浮かび上がる、精霊を善ととらえる女の様子。不快さでわずかに吐き気を催す。

 精霊は世界を滅ぼしうる絶対悪で、否定されるべきものだ。肯定はありえない。ラディムの信念を否定する女の声に、ラディムは怒りがこみ上げる。

「それはまた、奇怪ですな……」

 ザハリアーシュも困惑を隠しきれない様子だった。

「お前も知ってのとおり、私はギーゼブレヒトの人間として恥ずることのないように、精霊についてはとにかく否定をしてきた。そんな私が、たとえ夢といえども、そのような馬鹿げた考えを起こすだろうか」

 無意識であったとしても、精霊を肯定するような考えを持ちたくはなかった。持ってしまえばそれは、全帝国臣民に対する裏切り行為だ。今までコツコツと積み重ねてきたラディムの努力のすべてが、崩れ去る。

「幻聴であるならば、結局は、私の脳が生み出しているものに変わりはないはず。であるならば、私の心の奥底に、そのような願望があったということだよな? 私はひそかに、精霊に憧憬を抱いていたと、そういうことなのか?」

 ラディムは顔をしかめた。どうしても幻聴だと思いたくはなかった。

「殿下、考えすぎですぞ!」

 思考の底なし沼に引きずりこまれそうになったラディムを、ザハリアーシュの一喝が止めた。

「しかし、私はわからない。どうしたらいい、ザハリアーシュ」

 考えすぎといわれても、悪い考えが次から次へと湧き出ては、ラディムの感情をこれでもかこれでもかと揺さぶってくる。ザハリアーシュなら、何か妙案があるかとラディムは思ったのだが……。

「……でしたら、教会で祈りをささげてみてはいかがかな?」

 ぽつりとザハリアーシュはつぶやいた。

「教会? 教会で祈って、どうにかなる問題なのか?」

 誰かに助言を求めるでもなし、ただ祈るだけ。いったい何の解決になるのだろうか。

「静かな場所で落ち着いて、ご自身の心のうちを覗くのです。教会で、神の前にひざまずくことほど、その目的にかなう行為はありませんぞ!」

 ザハリアーシュは確信を持っているのか、はっきりと言い切った。

「お前がそこまで言うのなら、試してみるか」

 試すだけならタダだ。ほかに案もなし、やるだけやってみよう、とラディムは決めた。

「では、私から教会に一報を入れておきますので、夕方にでもお尋ねくだされ」

 ザハリアーシュはすぐさま教会に連絡を入れるため、部屋を後にした。ラディムも続いて退室し、いったん自室へと戻った。
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