わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

文字の大きさ
75 / 272
第七章 封じられた記憶

12 なぜ私に黙っていた!

しおりを挟む
 マリエと別れ、ラディムは宮殿へと戻った。

 まだ昼前、ザハリアーシュは自室にいるはずだった。

 母の治療にマリエが当たっていることを、ザハリアーシュが口止めしていた件について、ラディムは問いただそうと思っていた。自分の母の病気の問題だ。蚊帳の外に置かれるのは、正直、面白くなかった。

 ザハリアーシュの自室の前に行くと、ちょうど扉が開き、ザハリアーシュが出てきた。

「これはこれは、殿下。今日はどうされましたかな」

 ラディムの突然の訪問に、ザハリアーシュは首をひねっている。

「いや、ちょっとザハリアーシュに聞きたいことがあってな。もしかして、どこかに出るところだったか?」

「いえ、構いません。たいした用事ではありませんからな。して、私に何の御用でしょうか」

 ザハリアーシュは「どうぞ」、とラディムを部屋の中へと招き入れ、椅子を勧めた。ラディムはうなずいて、椅子に座り込んだ。ザハリアーシュも対面に座る。

「母上にマリエを紹介したのはお前だと聞いた。まぁ、紹介自体はいいんだ」

 ラディムは一つ咳ばらいをする。

「なぜ、私に黙っていた?」

 ぎろりと鋭い視線をザハリアーシュに送った。

 ラディムの視線の圧力に、しかし、ザハリアーシュは動じなかった。

「なぁに、大した理由ではござらん。殿下は準成人前の大事な時期でしたからな。余計な気苦労をかけさせたくなかったのです」

 ザハリアーシュはひょうひょうと答える。

「大事な母上の話だ。気苦労だなんて、理由にはならないぞ」

 ザハリアーシュの軽い態度に少しカチンときたラディムは、語気を強めた。

「いえ、殿下の性格を考えますと、お話しすれば絶対に、ご自身もユリナ様の治療に参加したいとおっしゃるはずです」

「別に、私が参加してもよいではないか」

 自分の母親の病気の治療に、なぜ息子のラディムが参加してはいけないのか。ザハリアーシュの言い分には納得がいかなかった。

「ですから、殿下には準成人の儀に備えた準備に、専念してもらいたかったのです。わずかでも余計なことを考えてほしくなかった」

「母上の件が余計なこと、だと?」

 聞き捨てならなかった。いくらザハリアーシュといえども、言っていいことと悪いことがあるだろう。母の病気の件を余計なことだとは、ずいぶんな言い草ではないか。

「そういう話ではないのです。殿下は絶対に、マリエの魔術に対抗しようとするはずです。負けず嫌いですからね。そうなると、まぁ、魔術ばかりにかかりきりになり、準成人の儀の準備に支障が出ると、このように愚考したまでですな」

 ラディムが声を低くして不満を表すと、ザハリアーシュは少し困ったようなそぶりを見せ、弁解した。

「ぐぐっ、そういわれると弱いな。ザハリアーシュの言うとおりだから、反論できん」

 図星を刺された、とラディムは思った。

 確かに、マリエの高度な闇魔術を見てしまえば、ラディムは黙っていられなかっただろう。準成人の儀そっちのけで研究に没頭しかねなかった。まさに、ザハリアーシュの指摘のとおりだ。

「何年、殿下の教育係を務めているとお思いで」

 「ホッホッホッ」とザハリアーシュは笑い飛ばした。

 ……ラディムは少し、悔しかった。

「……それもそうだな。うん、わかった。その点については不問にする」

 これ以上ザハリアーシュを追及したところで、はぐらかされて終わりそうだった。ラディムは早々に白旗を上げた。

「ご理解いただき、祝着至極にございますな」

 ザハリアーシュは深々と一礼した。

「話は変わるが、実は、一つ相談事があってな」

 ラディムは頭に響く謎の声について、ザハリアーシュの見解を聞きたかった。

 ザハリアーシュは「相談、ですか?」と首をかしげた。

「マリエの薬のおかげで今は治まっているのだが、どうも数日前から得体のしれない幻聴が聞こえている」

「幻聴、ですか……。たんにお疲れだっただけでは?」

 やはりザハリアーシュも母と同じ結論を下す。

「母上にもそのように言われたが、どうにもそれだけではないように思うんだよな」

「何か気になる点でも?」

 ザハリアーシュは怪訝そうな表情を浮かべている。

「薬のせいで今はぼんやりとしか思い出せないのだが、女の声で、精霊を肯定する言葉を私にささやくんだ」

 脳裏におぼろげに浮かび上がる、精霊を善ととらえる女の様子。不快さでわずかに吐き気を催す。

 精霊は世界を滅ぼしうる絶対悪で、否定されるべきものだ。肯定はありえない。ラディムの信念を否定する女の声に、ラディムは怒りがこみ上げる。

「それはまた、奇怪ですな……」

 ザハリアーシュも困惑を隠しきれない様子だった。

「お前も知ってのとおり、私はギーゼブレヒトの人間として恥ずることのないように、精霊についてはとにかく否定をしてきた。そんな私が、たとえ夢といえども、そのような馬鹿げた考えを起こすだろうか」

 無意識であったとしても、精霊を肯定するような考えを持ちたくはなかった。持ってしまえばそれは、全帝国臣民に対する裏切り行為だ。今までコツコツと積み重ねてきたラディムの努力のすべてが、崩れ去る。

「幻聴であるならば、結局は、私の脳が生み出しているものに変わりはないはず。であるならば、私の心の奥底に、そのような願望があったということだよな? 私はひそかに、精霊に憧憬を抱いていたと、そういうことなのか?」

 ラディムは顔をしかめた。どうしても幻聴だと思いたくはなかった。

「殿下、考えすぎですぞ!」

 思考の底なし沼に引きずりこまれそうになったラディムを、ザハリアーシュの一喝が止めた。

「しかし、私はわからない。どうしたらいい、ザハリアーシュ」

 考えすぎといわれても、悪い考えが次から次へと湧き出ては、ラディムの感情をこれでもかこれでもかと揺さぶってくる。ザハリアーシュなら、何か妙案があるかとラディムは思ったのだが……。

「……でしたら、教会で祈りをささげてみてはいかがかな?」

 ぽつりとザハリアーシュはつぶやいた。

「教会? 教会で祈って、どうにかなる問題なのか?」

 誰かに助言を求めるでもなし、ただ祈るだけ。いったい何の解決になるのだろうか。

「静かな場所で落ち着いて、ご自身の心のうちを覗くのです。教会で、神の前にひざまずくことほど、その目的にかなう行為はありませんぞ!」

 ザハリアーシュは確信を持っているのか、はっきりと言い切った。

「お前がそこまで言うのなら、試してみるか」

 試すだけならタダだ。ほかに案もなし、やるだけやってみよう、とラディムは決めた。

「では、私から教会に一報を入れておきますので、夕方にでもお尋ねくだされ」

 ザハリアーシュはすぐさま教会に連絡を入れるため、部屋を後にした。ラディムも続いて退室し、いったん自室へと戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。 彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。 ようやく手に入れた穏やかな日々。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。 彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。 そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。 「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。 「いつものことだから、君のせいじゃないよ」 これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。 二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。 心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...