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第七章 封じられた記憶
13 祈りをささげ心を整理するか
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夕方、ザハリアーシュに言われたとおり、ラディムは世界再生教の教会へと足を運んだ。
幸か不幸か、この時間にマリエはいなかった。
マリエと会って話したい気持ちもあるが、今は神への祈りに集中したかった。マリエ不在は、ある意味好都合ともいえた。
「ザハリアーシュ様からお話は伺っております、どうぞこちらです、殿下」
中年の男性の司祭が声をかけてきた。いつもの女性司祭ではなかった。
司祭に導かれ、ラディムは礼拝堂の奥、ご神体の飾られた祭壇の前に来た。
「私は裏に控えておりますので、終わりましたらお声がけください」
司祭は言い残すと、その場を去っていった。
ラディムは耳を澄ませ、司祭が礼拝堂から退出する様子を扉の開閉音で確認した。そして、ゆっくりと祭壇の前でひざまずいた。
(主よ、私はどうすればよいのでしょうか……)
両手を胸の前で組み、静かに目を閉じて祈った。
(今はおぼろげにしか思い出せません。ですが、あの夢に出てきた女が、何か重要な事実を言っていたようにも思えるのです)
精霊の存在は決して悪ではない、むしろ善である、とあの女は言っていた気がする。
だが、精霊とは、大地から生命エネルギーを吸収し、世界を枯らす存在のはずだ。この事実の、いったいどこに善たる要素があるのか。
それとも、世界再生教の教義自体が誤っているのだろうか。
……いや、それは馬鹿げた考えだ。数百年間延々と続いてきた伝統ある宗教。その世界再生教が、まさかでたらめを広めようとしているはずがない。
(精霊とは、本当に邪悪なものなのですか? 私が今まで信じてきたことは、間違いなく真実なのでしょうか?)
ラディムは神に問う。精霊は悪なのか。ラディムたち皇族を含めた帝国国民の信仰は、誤っているのか。
すると、ラディムは不意に、ふわりと何か暖かなものに包まれたような感覚を覚えた。すべての悩みが霧散するのではないかと思うほどの心地よさが、ラディムの全身を駆け巡る。
あまりの神秘さに、ラディムは恍惚として何もかも考えられなくなった。
――どれほどの間、ラディムは酩酊していたのだろうか。気が付いたら、すっかり礼拝堂の中は闇に包まれていた。すでに日が暮れ、ステンドグラスから入り込む光が、完全に途絶えていた。
今、ラディムは礼拝堂の闇の中にいる。だが、心の中は光で満ちていた。今までの悩みは何だったのだろうかと思うほどの晴れやかさだった。
(私は愚かな迷いを捨て、帝国臣民のために命を懸けなければいけない。そういうことですね、主よ)
進むべき道がはっきりと示されたと思った。もう、流されるようなことはないと。
「殿下、少しはお心が軽くなりましたか?」
背後で扉が開く音がし、コツコツと足音が近づいてきた。
ラディムが振り返ると、ランタンを持った先ほどの司祭が立っていた。
「ああ、私がなさねばならぬことを改めて思い返し、原点に戻れた気がする。主が私に導きを与えてくれた」
ラディムは晴れ晴れとした気持ちで笑った。
司祭は、「それはよかったです」と頷いた。
「では最後に僭越ながら私から一言、殿下にお伝えいたしましょう」
司祭は少しもったいぶったように咳払いをした。
「この世には、やさしい顔をして近づき、何食わぬ顔でだまそうとする人間がいます。得てしてそういった人物は、相手に自分がさも味方である、自分は無害である、と信じ込ませることがうまい」
確かに、ベルナルドにもザハリアーシュにも似たようなことを言われた記憶がある。権力者の元には、取り入るためにやたらと人懐っこそうに接近してくる邪な人間がいる、と。
「ですから、殿下にはよく考えていただきたいのです。誰が本当に殿下のために行動をしているのかを。聡明な殿下なら、お分かりになるはずです……」
鋭くラディムを見据える司祭の目は、鋭かった。
「わかった……。お前の言葉、しかと心に刻んでおく」
ラディムは大きくうなずいた。
(司教の言葉で、やはり私の心は固まった。本当に私のためを思い行動をしてくれる人物……。陛下やザハリアーシュ、エリシュカ、そして、マリエ……)
考えるまでもなかった。実の子ではないのに、跡取りとして厳しいながらも愛情をもって接してくれるベルナルド。幼いころから教育係として様々なことを教えてくれたザハリアーシュ。ラディムのいたずらに嫌な顔をせず付き合い、心の支えになってくれたエリシュカ。魔術の良きライバルとして、常に新しい刺激を与えてくれるマリエ。
皆、ラディムの大切な者たちだ。そして、彼らもラディムを愛してくれる。
(皆のためにも、私は精霊教を倒さねばならない!)
ラディムは決意を新たにし、こぶしを強く握りしめた。
司教は静かにラディムの顔を見つめ、満足そうに口角を上げた。
幸か不幸か、この時間にマリエはいなかった。
マリエと会って話したい気持ちもあるが、今は神への祈りに集中したかった。マリエ不在は、ある意味好都合ともいえた。
「ザハリアーシュ様からお話は伺っております、どうぞこちらです、殿下」
中年の男性の司祭が声をかけてきた。いつもの女性司祭ではなかった。
司祭に導かれ、ラディムは礼拝堂の奥、ご神体の飾られた祭壇の前に来た。
「私は裏に控えておりますので、終わりましたらお声がけください」
司祭は言い残すと、その場を去っていった。
ラディムは耳を澄ませ、司祭が礼拝堂から退出する様子を扉の開閉音で確認した。そして、ゆっくりと祭壇の前でひざまずいた。
(主よ、私はどうすればよいのでしょうか……)
両手を胸の前で組み、静かに目を閉じて祈った。
(今はおぼろげにしか思い出せません。ですが、あの夢に出てきた女が、何か重要な事実を言っていたようにも思えるのです)
精霊の存在は決して悪ではない、むしろ善である、とあの女は言っていた気がする。
だが、精霊とは、大地から生命エネルギーを吸収し、世界を枯らす存在のはずだ。この事実の、いったいどこに善たる要素があるのか。
それとも、世界再生教の教義自体が誤っているのだろうか。
……いや、それは馬鹿げた考えだ。数百年間延々と続いてきた伝統ある宗教。その世界再生教が、まさかでたらめを広めようとしているはずがない。
(精霊とは、本当に邪悪なものなのですか? 私が今まで信じてきたことは、間違いなく真実なのでしょうか?)
ラディムは神に問う。精霊は悪なのか。ラディムたち皇族を含めた帝国国民の信仰は、誤っているのか。
すると、ラディムは不意に、ふわりと何か暖かなものに包まれたような感覚を覚えた。すべての悩みが霧散するのではないかと思うほどの心地よさが、ラディムの全身を駆け巡る。
あまりの神秘さに、ラディムは恍惚として何もかも考えられなくなった。
――どれほどの間、ラディムは酩酊していたのだろうか。気が付いたら、すっかり礼拝堂の中は闇に包まれていた。すでに日が暮れ、ステンドグラスから入り込む光が、完全に途絶えていた。
今、ラディムは礼拝堂の闇の中にいる。だが、心の中は光で満ちていた。今までの悩みは何だったのだろうかと思うほどの晴れやかさだった。
(私は愚かな迷いを捨て、帝国臣民のために命を懸けなければいけない。そういうことですね、主よ)
進むべき道がはっきりと示されたと思った。もう、流されるようなことはないと。
「殿下、少しはお心が軽くなりましたか?」
背後で扉が開く音がし、コツコツと足音が近づいてきた。
ラディムが振り返ると、ランタンを持った先ほどの司祭が立っていた。
「ああ、私がなさねばならぬことを改めて思い返し、原点に戻れた気がする。主が私に導きを与えてくれた」
ラディムは晴れ晴れとした気持ちで笑った。
司祭は、「それはよかったです」と頷いた。
「では最後に僭越ながら私から一言、殿下にお伝えいたしましょう」
司祭は少しもったいぶったように咳払いをした。
「この世には、やさしい顔をして近づき、何食わぬ顔でだまそうとする人間がいます。得てしてそういった人物は、相手に自分がさも味方である、自分は無害である、と信じ込ませることがうまい」
確かに、ベルナルドにもザハリアーシュにも似たようなことを言われた記憶がある。権力者の元には、取り入るためにやたらと人懐っこそうに接近してくる邪な人間がいる、と。
「ですから、殿下にはよく考えていただきたいのです。誰が本当に殿下のために行動をしているのかを。聡明な殿下なら、お分かりになるはずです……」
鋭くラディムを見据える司祭の目は、鋭かった。
「わかった……。お前の言葉、しかと心に刻んでおく」
ラディムは大きくうなずいた。
(司教の言葉で、やはり私の心は固まった。本当に私のためを思い行動をしてくれる人物……。陛下やザハリアーシュ、エリシュカ、そして、マリエ……)
考えるまでもなかった。実の子ではないのに、跡取りとして厳しいながらも愛情をもって接してくれるベルナルド。幼いころから教育係として様々なことを教えてくれたザハリアーシュ。ラディムのいたずらに嫌な顔をせず付き合い、心の支えになってくれたエリシュカ。魔術の良きライバルとして、常に新しい刺激を与えてくれるマリエ。
皆、ラディムの大切な者たちだ。そして、彼らもラディムを愛してくれる。
(皆のためにも、私は精霊教を倒さねばならない!)
ラディムは決意を新たにし、こぶしを強く握りしめた。
司教は静かにラディムの顔を見つめ、満足そうに口角を上げた。
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