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第八章 皇帝親征
1 ついに陛下が動く
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中央大陸歴八一二年八月――。
ラディムが準成人を迎え、一か月が経過した。
ラディムは毎日のように世界再生教の教会で、マリエと魔術の研究をして過ごした。マリエからは闇魔術に応用できる数多くの知識を教えてもらい、ラディムの魔術の腕前は急激に上昇していた。
ああでもないこうでもないと、細かな技術に関して激論を交わすことが楽しくてしかたがなかった。準成人前は週に一回だけだった魔術研究も、今は休日を除き毎日だ。ラディムはマリエとの仲が急速に深まっていく感触を得ていた。
週一回、休日に課されている騎士団の訓練にもようやく慣れた。実力派の騎士を相手に試合形式の訓練を繰り返すことで、幼いころから続けていた剣の技術も、実戦向けに洗練されてきた手ごたえを感じていた。元々身体能力には自信があったので、他の新人騎士相手であれば、ラディムが後れを取ることはなくなっていた。
充実したひと月……。神の前で祈り、迷いを捨てた結果、ラディムはがむしゃらに前へと突き進んだ。邪念が完全に消えていた。
まもなく迎えるマリエの準成人。その日を境に、しばらく二人は離れ離れになる。
マリエは隣国フェイシア王国の王都プラガへ、ラディムは叔父皇帝ベルナルドの命で、十月に予定されているプリンツ辺境伯領への侵攻作戦に従軍。
ラディムは、自らの運命が大きく動き出そうとしている予感を受け止めていた。
皇宮内、ベルナルドの私室――。
ラディムはベルナルドに呼ばれ、二月後に控えた隣国のプリンツ辺境伯領侵攻作戦について、説明を受けていた。
「ラディムよ、お前の初陣だ。覚悟はできておろうな」
「もちろんです、陛下。ギーゼブレヒト家の男子としての責務、ようやく果たせる日が来るかと思うと、大変、身の引き締まる思いです」
鋭く見据えるベルナルドに、ラディムはきっぱりと言い切った。
迷いが消え、覚悟も決まった。打倒精霊教のために働けるのだと思えば、意欲は否が応にも掻き立てられる。
「お前に軍略などは期待していない。私がお前に望んでいるものは、魔術だ。辺境伯領に居座る精霊教徒どもの精霊術に、対抗しうる力として……」
「理解しております。そのために、ギーゼブレヒト家の伝統を破ってまで、私を騎士団ではなく魔術の研究に専念させてくださっている陛下のお考えを」
脈々と続いてきたギーゼブレヒト家の男子の伝統。準成人を迎えた男の皇族は、必ず二年間は騎士団に身を置く。将来、軍を率いる身になるので、指揮をするために必要な知識を身につけなければならないからだ。また、軍の実情をその身でしかと肌に感じることで、一兵卒の視点も理解をさせるという別の目的も含まれていた。
「ザハリアーシュから聞いている。お前の研究パートナーも相当に優秀な導師だと。惜しいかな、幼い少女でなければ、彼女にも同行を願いたいところだったが」
ベルナルドは少し悔しげな声を上げる。
「さすがに皇族でもない子供に、しかも女の子に戦場は勘弁してあげてください。いずれは私の側近になってもらうので、実戦の場に出てきてもらう必要はあるかと思いますが、今はまだその時ではありません」
血なまぐさい戦場に軍属でもない十二歳の少女を同行させるのは、厳しいとラディムは思う。幼いころから帝王教育を受けて、覚悟を持つように求められてきたラディムと違い、マリエはただの一般市民だ。無理やり連れて行ったところで、卒倒して戦力にはならないだろう。そもそも、覚悟のできているラディムでさえ、初戦に冷静で臨めるかどうかが疑わしいのだ。
もし、ベルナルドが強引にでもマリエを連れて行こうというのなら、ラディムは我が身を持ってでも拒否をするつもりだった。
「私も無理強いするつもりはない。世界再生教の上層部でも、その少女を大分気にかけ、大事に育てようとしていると聞いている」
強い口調で拒否の意を示したラディムに、ベルナルドは苦笑いを浮かべ、首を振った。
どうやら、マリエが強引に連れていかれるといった事態にはならないようだ。それに、今のベルナルドの言葉から、どうやら教会としてもマリエに多大な期待をかけていることが分かった。であるならば、王都プラガに派遣された後も、マリエはそれなりの待遇で過ごせるだろう。
「マリエは優秀です。『生命力』自体は私が圧倒しておりますが、ことマジックアイテムの作成技術に関しては、彼女のほうが一枚も二枚も上手です」
ラディムはいくつか具体例を挙げ、マリエの優秀さを褒め称えた。ここでマリエの株を大いに上げておけば、将来側近に推挙するときに、ベルナルドの心象はよくなるだろう。
「そう聞くと、ますます興味がわくな。いずれお前がその少女を連れ、私の前に見える時を楽しみにしていよう」
ニヤリとベルナルドは笑った。
「侵攻の準備に関しては騎士団の役割だ。お前は正式な団員ではないので、特段の準備は必要ない。ただ――」
「どうされました、陛下」
言葉を濁したベルナルドに、ラディムは首をかしげた。
「侵攻先はお前の実家だ。心の準備だけは、しっかりしておけ」
ベルナルドは労わるような視線をラディムに向ける。
「……私は物心ついた時には、すでに帝国で育てられております。いまさらプリンツ辺境伯家を実家だとは思いません」
気遣ってくれるのはうれしかった。だが、いまだにラディムがプリンツ辺境伯家へ何らかの執着を持っているのではないかと思われるのは、正直言って悲しかった。身も心も帝国の人間だと思っているラディムにとっては、信用をされていないのではないかと感じる。
「血縁が何です。それをいったら、ギーゼブレヒト家にも同じように血縁があるのです。どちらが大切か天秤にかけろと言われれば、どのような結果になるかは私が申しあげるまでもないでしょう、陛下」
ベルナルドに疑心暗鬼を生じさせないためにも、ラディムは大切なものは明らかだと告げた。何よりも重要なのはプリンツ辺境伯家の血ではない、ギーゼブレヒト家の血なのだと。
「うむ……。おぬしの魔術、期待しておるからな」
ベルナルドはラディムの言葉に満足げにうなずいた。
ラディムが準成人を迎え、一か月が経過した。
ラディムは毎日のように世界再生教の教会で、マリエと魔術の研究をして過ごした。マリエからは闇魔術に応用できる数多くの知識を教えてもらい、ラディムの魔術の腕前は急激に上昇していた。
ああでもないこうでもないと、細かな技術に関して激論を交わすことが楽しくてしかたがなかった。準成人前は週に一回だけだった魔術研究も、今は休日を除き毎日だ。ラディムはマリエとの仲が急速に深まっていく感触を得ていた。
週一回、休日に課されている騎士団の訓練にもようやく慣れた。実力派の騎士を相手に試合形式の訓練を繰り返すことで、幼いころから続けていた剣の技術も、実戦向けに洗練されてきた手ごたえを感じていた。元々身体能力には自信があったので、他の新人騎士相手であれば、ラディムが後れを取ることはなくなっていた。
充実したひと月……。神の前で祈り、迷いを捨てた結果、ラディムはがむしゃらに前へと突き進んだ。邪念が完全に消えていた。
まもなく迎えるマリエの準成人。その日を境に、しばらく二人は離れ離れになる。
マリエは隣国フェイシア王国の王都プラガへ、ラディムは叔父皇帝ベルナルドの命で、十月に予定されているプリンツ辺境伯領への侵攻作戦に従軍。
ラディムは、自らの運命が大きく動き出そうとしている予感を受け止めていた。
皇宮内、ベルナルドの私室――。
ラディムはベルナルドに呼ばれ、二月後に控えた隣国のプリンツ辺境伯領侵攻作戦について、説明を受けていた。
「ラディムよ、お前の初陣だ。覚悟はできておろうな」
「もちろんです、陛下。ギーゼブレヒト家の男子としての責務、ようやく果たせる日が来るかと思うと、大変、身の引き締まる思いです」
鋭く見据えるベルナルドに、ラディムはきっぱりと言い切った。
迷いが消え、覚悟も決まった。打倒精霊教のために働けるのだと思えば、意欲は否が応にも掻き立てられる。
「お前に軍略などは期待していない。私がお前に望んでいるものは、魔術だ。辺境伯領に居座る精霊教徒どもの精霊術に、対抗しうる力として……」
「理解しております。そのために、ギーゼブレヒト家の伝統を破ってまで、私を騎士団ではなく魔術の研究に専念させてくださっている陛下のお考えを」
脈々と続いてきたギーゼブレヒト家の男子の伝統。準成人を迎えた男の皇族は、必ず二年間は騎士団に身を置く。将来、軍を率いる身になるので、指揮をするために必要な知識を身につけなければならないからだ。また、軍の実情をその身でしかと肌に感じることで、一兵卒の視点も理解をさせるという別の目的も含まれていた。
「ザハリアーシュから聞いている。お前の研究パートナーも相当に優秀な導師だと。惜しいかな、幼い少女でなければ、彼女にも同行を願いたいところだったが」
ベルナルドは少し悔しげな声を上げる。
「さすがに皇族でもない子供に、しかも女の子に戦場は勘弁してあげてください。いずれは私の側近になってもらうので、実戦の場に出てきてもらう必要はあるかと思いますが、今はまだその時ではありません」
血なまぐさい戦場に軍属でもない十二歳の少女を同行させるのは、厳しいとラディムは思う。幼いころから帝王教育を受けて、覚悟を持つように求められてきたラディムと違い、マリエはただの一般市民だ。無理やり連れて行ったところで、卒倒して戦力にはならないだろう。そもそも、覚悟のできているラディムでさえ、初戦に冷静で臨めるかどうかが疑わしいのだ。
もし、ベルナルドが強引にでもマリエを連れて行こうというのなら、ラディムは我が身を持ってでも拒否をするつもりだった。
「私も無理強いするつもりはない。世界再生教の上層部でも、その少女を大分気にかけ、大事に育てようとしていると聞いている」
強い口調で拒否の意を示したラディムに、ベルナルドは苦笑いを浮かべ、首を振った。
どうやら、マリエが強引に連れていかれるといった事態にはならないようだ。それに、今のベルナルドの言葉から、どうやら教会としてもマリエに多大な期待をかけていることが分かった。であるならば、王都プラガに派遣された後も、マリエはそれなりの待遇で過ごせるだろう。
「マリエは優秀です。『生命力』自体は私が圧倒しておりますが、ことマジックアイテムの作成技術に関しては、彼女のほうが一枚も二枚も上手です」
ラディムはいくつか具体例を挙げ、マリエの優秀さを褒め称えた。ここでマリエの株を大いに上げておけば、将来側近に推挙するときに、ベルナルドの心象はよくなるだろう。
「そう聞くと、ますます興味がわくな。いずれお前がその少女を連れ、私の前に見える時を楽しみにしていよう」
ニヤリとベルナルドは笑った。
「侵攻の準備に関しては騎士団の役割だ。お前は正式な団員ではないので、特段の準備は必要ない。ただ――」
「どうされました、陛下」
言葉を濁したベルナルドに、ラディムは首をかしげた。
「侵攻先はお前の実家だ。心の準備だけは、しっかりしておけ」
ベルナルドは労わるような視線をラディムに向ける。
「……私は物心ついた時には、すでに帝国で育てられております。いまさらプリンツ辺境伯家を実家だとは思いません」
気遣ってくれるのはうれしかった。だが、いまだにラディムがプリンツ辺境伯家へ何らかの執着を持っているのではないかと思われるのは、正直言って悲しかった。身も心も帝国の人間だと思っているラディムにとっては、信用をされていないのではないかと感じる。
「血縁が何です。それをいったら、ギーゼブレヒト家にも同じように血縁があるのです。どちらが大切か天秤にかけろと言われれば、どのような結果になるかは私が申しあげるまでもないでしょう、陛下」
ベルナルドに疑心暗鬼を生じさせないためにも、ラディムは大切なものは明らかだと告げた。何よりも重要なのはプリンツ辺境伯家の血ではない、ギーゼブレヒト家の血なのだと。
「うむ……。おぬしの魔術、期待しておるからな」
ベルナルドはラディムの言葉に満足げにうなずいた。
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