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第八章 皇帝親征
5 ミアも同行させようか
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出征当日、ミュニホフの街は大いに賑わっていた。皇帝親征軍のためのパレードが行われているためだ。
ギーゼブレヒト大通りに立ち並ぶ騎士団の列の中心には、ひときわ大きな栗毛の馬に乗ったベルナルドの姿が見える。沿道からの歓声に、ベルナルドは片手をあげて応えていた。
ラディムは騎士団所属ではなかったので、パレードには参加していない。軍の後方で他の同行者たち――料理人など――とともに、パレードの様子を静かに眺めていた。
と、そこに聞き慣れた声がラディムの耳に飛び込んできた。
「殿下! よかったー、間に合ったぁ」
エリシュカだ。腕には子猫のミアを抱いている。
エリシュカは走ってきたのか、ゼイゼイと息を切らしていた。
「どうした、エリシュカ。そんなに慌てて。別れの挨拶なら、今朝宮殿でしたではないか」
既に別れは済ませていた。何か緊急事態でもあったのかと、ラディムは訝しむ。
「いえ、それがですね、ミアちゃんがどうしても殿下にお別れがしたいと」
エリシュカは抱いていたミアを両手で持ち、ラディムに渡そうとした。
「ニャーオッ」
「キャッ!」
ミアは鳴き声を上げると、エリシュカの腕を振りほどき、ラディムの胸へ飛び込んだ。
「お、おいおいどうしたミア。離れてくれ」
ラディムは慌ててミアの体を抱え、胸に抱いた。
「ミアちゃん、ダメよ! 殿下はこれから、大切な用事を済ませに行かなければいけないんだから」
大慌てでエリシュカはミアをたしなめ、ラディムから引きはがそうとした。だが――。
「ウー、シャーッ!」
ミアは激しく鳴いて抵抗する。
「おいミア、離れてくれ。そろそろ私も出なければならない」
まもなく遠征軍本隊が街の外へ向かって移動を始める。ラディムたち非戦闘員も、すぐ後をついていかなければならない。ミアに構っている時間はなかった。
「困りました、どうしましょう殿下。私が連れてこなければ……」
エリシュカは困惑してオロオロとするばかりだった。
「参ったな……。一緒に連れていくにしても、陛下が動物嫌いだしなぁ」
ラディム自身は動物が嫌いではない。いや、むしろ大好きだと言える。もちろんミアのことも大好きなので、毎週のようにエリシュカの実家まで行って遊んでいた。
だが、ベルナルドは違った。もともとそれほど動物が好きではなかったそうだが、それに加えて今は、使い魔になり得る動物を毛嫌いする世界再生教にどっぷりと漬かっている。動物に対して嫌悪感を持っているのは間違いなかった。
『ご主人様! ミアも連れていくにゃ! 絶対にお役に立つにゃ!』
不意に、脳裏に甲高い声が響き渡った。聞いたことのない女の声……。
「な、何だこの声……」
軽いめまいを感じ、ラディムは頭を抱えた。
「ど、どうかされましたか、殿下!」
ラディムの突然の変化に驚き、エリシュカは悲鳴を上げる。
「いや、頭の中に聞いたこともない声が、あ、いや、でもどこかで聞いたことがあるような気もするな。とにかく、不思議な声が語り掛けてくるんだ。ミアも連れて行けと」
冷静さを失いかけているエリシュカを、ラディムは片手で「大丈夫だ」と制し、ぶんぶんと頭を振った。
「……殿下、出征前なのにもうお疲れなのですか?」
心配そうにエリシュカが顔を覗き込んできた。
痛い子を見るような視線を向けるのは、正直やめてほしかった。ラディムは正気だ。
「いや違う。断じてそんなことはない!」
ラディムは語気を強めて抗議をした。頭に異常があるのではと思われてはかなわない。
『ミアを連れて行けば、精霊術に対抗できるにゃ! 絶対に連れていくべきにゃ!』
また、脳に直接語り掛けてくる女の声が響き渡った。
言葉の内容を考えると、ミアが人語で話しかけてきているとしか思えない。だが、猫が人語をしゃべるはずもない。謎だった。
ただ、謎の声は気になることも言っている。ミアは精霊術に対抗できる、と。
(どういうことだ? ……仕方がない、こっそりと連れていくか。ミアがしゃべっていると信じたくはないが、状況を考えるとな。深く考えている時間がないっていうのもある。幸い陛下のいる本隊と私の隊は結構離れているし、子猫一匹いたところで、見咎められることもないか)
ラディムは騎士団での訓練は積んでいるものの、実戦の経験はない。ましてや、実際の精霊術に相対したこともない。謎の声の内容が事実かどうかは正直わからないが、保険として連れて行ってもいいのではないか、とラディムは思い始めていた。
精霊術の基本は、動物を依り代に、霊素を纏わせて実現するものだ。もしかしたら、この不思議な子猫ミアには、その依り代となった動物に何らかの作用を及ぼし、精霊術を破壊する手段があるのかもしれない。精霊術に詳しくないラディムにとって、これ以上の考察は無理だったが。
ミアを同行させる点については、ベルナルドは動物嫌いだが、他の同行者たちも同じだとは限らないため、特に問題はないように思える。ラディムと行動を共にする者は、ほとんどが一般人からの徴収だ。ペットを飼っている者も多い。ラディムの傍に子猫が一匹いたところで、誰も気には留めないだろう。
「エリシュカ、すまない。ミアも連れていくことにした」
「よ、よろしいのですか、殿下!」
エリシュカは目を見開いた。まさかラディムが連れて行こうとするとは思っていなかったようだ。
当たり前だ、戦場にペットを連れて行ったところで、邪魔になるのがオチだ。いたずらにミアを危険にさらすだけだろう。それに、ミアが原因で敵に発見されるような事態も、なくはないだろう。軍からはぐれたり、隠密行動中に鳴き声が漏れたり、などで……。
「連れて行かなければいけない気がするんだ、なぜだか理由はわからないが。ミアとはどこか、深いところでつながっているような、不思議な感じがする」
だが、それでもラディムはミアを連れていくべきだと考えた。精霊術への対抗手段……。嘘か本当かわからない。だが、未知の力に対抗をする以上、取れる手段はとっておきたかった。
「わかりました……。では、殿下、ミアちゃん。くれぐれも、ご無事で……」
心配なのだろう、少し沈んだ表情をエリシュカは浮かべていた。
ギーゼブレヒト大通りに立ち並ぶ騎士団の列の中心には、ひときわ大きな栗毛の馬に乗ったベルナルドの姿が見える。沿道からの歓声に、ベルナルドは片手をあげて応えていた。
ラディムは騎士団所属ではなかったので、パレードには参加していない。軍の後方で他の同行者たち――料理人など――とともに、パレードの様子を静かに眺めていた。
と、そこに聞き慣れた声がラディムの耳に飛び込んできた。
「殿下! よかったー、間に合ったぁ」
エリシュカだ。腕には子猫のミアを抱いている。
エリシュカは走ってきたのか、ゼイゼイと息を切らしていた。
「どうした、エリシュカ。そんなに慌てて。別れの挨拶なら、今朝宮殿でしたではないか」
既に別れは済ませていた。何か緊急事態でもあったのかと、ラディムは訝しむ。
「いえ、それがですね、ミアちゃんがどうしても殿下にお別れがしたいと」
エリシュカは抱いていたミアを両手で持ち、ラディムに渡そうとした。
「ニャーオッ」
「キャッ!」
ミアは鳴き声を上げると、エリシュカの腕を振りほどき、ラディムの胸へ飛び込んだ。
「お、おいおいどうしたミア。離れてくれ」
ラディムは慌ててミアの体を抱え、胸に抱いた。
「ミアちゃん、ダメよ! 殿下はこれから、大切な用事を済ませに行かなければいけないんだから」
大慌てでエリシュカはミアをたしなめ、ラディムから引きはがそうとした。だが――。
「ウー、シャーッ!」
ミアは激しく鳴いて抵抗する。
「おいミア、離れてくれ。そろそろ私も出なければならない」
まもなく遠征軍本隊が街の外へ向かって移動を始める。ラディムたち非戦闘員も、すぐ後をついていかなければならない。ミアに構っている時間はなかった。
「困りました、どうしましょう殿下。私が連れてこなければ……」
エリシュカは困惑してオロオロとするばかりだった。
「参ったな……。一緒に連れていくにしても、陛下が動物嫌いだしなぁ」
ラディム自身は動物が嫌いではない。いや、むしろ大好きだと言える。もちろんミアのことも大好きなので、毎週のようにエリシュカの実家まで行って遊んでいた。
だが、ベルナルドは違った。もともとそれほど動物が好きではなかったそうだが、それに加えて今は、使い魔になり得る動物を毛嫌いする世界再生教にどっぷりと漬かっている。動物に対して嫌悪感を持っているのは間違いなかった。
『ご主人様! ミアも連れていくにゃ! 絶対にお役に立つにゃ!』
不意に、脳裏に甲高い声が響き渡った。聞いたことのない女の声……。
「な、何だこの声……」
軽いめまいを感じ、ラディムは頭を抱えた。
「ど、どうかされましたか、殿下!」
ラディムの突然の変化に驚き、エリシュカは悲鳴を上げる。
「いや、頭の中に聞いたこともない声が、あ、いや、でもどこかで聞いたことがあるような気もするな。とにかく、不思議な声が語り掛けてくるんだ。ミアも連れて行けと」
冷静さを失いかけているエリシュカを、ラディムは片手で「大丈夫だ」と制し、ぶんぶんと頭を振った。
「……殿下、出征前なのにもうお疲れなのですか?」
心配そうにエリシュカが顔を覗き込んできた。
痛い子を見るような視線を向けるのは、正直やめてほしかった。ラディムは正気だ。
「いや違う。断じてそんなことはない!」
ラディムは語気を強めて抗議をした。頭に異常があるのではと思われてはかなわない。
『ミアを連れて行けば、精霊術に対抗できるにゃ! 絶対に連れていくべきにゃ!』
また、脳に直接語り掛けてくる女の声が響き渡った。
言葉の内容を考えると、ミアが人語で話しかけてきているとしか思えない。だが、猫が人語をしゃべるはずもない。謎だった。
ただ、謎の声は気になることも言っている。ミアは精霊術に対抗できる、と。
(どういうことだ? ……仕方がない、こっそりと連れていくか。ミアがしゃべっていると信じたくはないが、状況を考えるとな。深く考えている時間がないっていうのもある。幸い陛下のいる本隊と私の隊は結構離れているし、子猫一匹いたところで、見咎められることもないか)
ラディムは騎士団での訓練は積んでいるものの、実戦の経験はない。ましてや、実際の精霊術に相対したこともない。謎の声の内容が事実かどうかは正直わからないが、保険として連れて行ってもいいのではないか、とラディムは思い始めていた。
精霊術の基本は、動物を依り代に、霊素を纏わせて実現するものだ。もしかしたら、この不思議な子猫ミアには、その依り代となった動物に何らかの作用を及ぼし、精霊術を破壊する手段があるのかもしれない。精霊術に詳しくないラディムにとって、これ以上の考察は無理だったが。
ミアを同行させる点については、ベルナルドは動物嫌いだが、他の同行者たちも同じだとは限らないため、特に問題はないように思える。ラディムと行動を共にする者は、ほとんどが一般人からの徴収だ。ペットを飼っている者も多い。ラディムの傍に子猫が一匹いたところで、誰も気には留めないだろう。
「エリシュカ、すまない。ミアも連れていくことにした」
「よ、よろしいのですか、殿下!」
エリシュカは目を見開いた。まさかラディムが連れて行こうとするとは思っていなかったようだ。
当たり前だ、戦場にペットを連れて行ったところで、邪魔になるのがオチだ。いたずらにミアを危険にさらすだけだろう。それに、ミアが原因で敵に発見されるような事態も、なくはないだろう。軍からはぐれたり、隠密行動中に鳴き声が漏れたり、などで……。
「連れて行かなければいけない気がするんだ、なぜだか理由はわからないが。ミアとはどこか、深いところでつながっているような、不思議な感じがする」
だが、それでもラディムはミアを連れていくべきだと考えた。精霊術への対抗手段……。嘘か本当かわからない。だが、未知の力に対抗をする以上、取れる手段はとっておきたかった。
「わかりました……。では、殿下、ミアちゃん。くれぐれも、ご無事で……」
心配なのだろう、少し沈んだ表情をエリシュカは浮かべていた。
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