99 / 272
第九章 二人の真実
1 いざ辺境伯とご対面ですわ
しおりを挟む
深夜、プリンツ辺境伯領領都オーミュッツ――。
街の門の外には、悠太(アリツェ夜モード)、ドミニク、ラディム(ラディムの担当日)の人間組と、子犬のペスと子猫のミアの姿があった。今日は正面からの、堂々とした訪問だ。
悠太の持ち込んだ精霊教大司教の紹介状のおかげで、あっさりと事態が進んでいく。門番は紹介状の封印を見るや、悠太からひったくるように奪うと、部下へと渡して辺境伯邸に報告へ向かわせた。戻ってきた部下が辺境伯からの指示を門番へと伝えると、即座に悠太たちは街への入城が許可される。さらに、途中の警備兵に呼び止められることのないよう、辺境伯の客人を示すネックレスまで与えられた。実に順調だった。
オーミュッツの街中は、深夜にもかかわらず、あちらこちらでかがり火がたかれている。警備兵がひっきりなしに巡回をし、物々しい雰囲気だった。街の外には帝国軍が布陣しているので、仕方がない状況ではあったが。
通りがかる警備兵が悠太たちを呼び止めようとするが、悠太が首から下げているネックレスを目にするや、そそくさとその場を立ち去って行った。
「しかし、大した警備ですわね。これでは確かに、ラディム様が引き返したのもわかりますわ」
次々と脇を通り過ぎていく警備兵の姿を、悠太はうんざりしながら見遣る。
「だろう? これではミアの力をもってしても、さすがに厳しそうだと思った」
ラディムも周囲をきょろきょろと伺っている。
「しかし、大司教から紹介状をもらっておいて正解でしたね。そうでなければ、この不穏な状況の中で、辺境伯に面会なんて不可能だったはずだよ」
ドミニクがほうっと息をついた。面倒にならなくてよかったと、その顔は物語っている。
オーミュッツのメインストリートを歩いてしばらくすると、眼前にひときわ大きな館が見えてきた。辺境伯邸だ。
邸の前にはかなりの規模の庭園が広がっている。丁寧に整備されているが、今は冬真っ只中なため、花が咲いている様子はない。ただ、たとえ色とりどりに花が咲き誇っていたとしても、今は深夜なので、どのみちその色合いを楽しんだりはできないが。
悠太たちが門に差し掛かると、警備にあたっている門兵が声をかけてきた。誰何の声だったので、悠太は街の門番から渡されたネックレスを見せ、辺境伯へ会いに来た旨を伝える。
門兵はあらかじめ辺境伯から指示を受けていたようで、すぐに邸の中へと悠太たちを案内した。
「ようこそ、いらっしゃいアリツェ」
邸の中に入るや二十代後半くらいの青年が、両手を広げながら悠太の前へ歩み寄ってきた。状況からみて、おそらくは当主のフェルディナント・プリンツ辺境伯だろう。
「私はこの館の主、フェイシア王国辺境伯フェルディナント・プリンツ。知っているとは思うけれども、アリツェ、君の叔父だよ」
大司教からの紹介状のおかげで、スムーズに話に入れそうだ。
フェルディナント・プリンツ――アリツェとラディムの実父であるカレル・プリンツの弟だ。だが、あまりアリツェたちに似ているとは思えない。前辺境伯カレルとアリツェたちは、表面上は実の親子だが、システム的に見れば受精卵が別の人間――VRMMO『精霊たちの憂鬱』のカレルとユリナ――を両親としているのだから、仕方のない話ではある。たまたま名前は同じだが、前辺境伯カレルと『精霊たちの憂鬱』のカレルの遺伝情報までは、さすがに違っていた。
「アリツェ・プリンツォヴァです。初めまして、叔父様。お会いできて、わたくしうれしいですわ」
印象を良くしようと、悠太はできるだけにこやかに微笑んだ。
「いろいろと積もる話はあるけれど、入り口で立ち話もよくないだろう。応接室へ移動しようか」
フェルディナントは悠太たちを先導し、屋敷の入り口の右手側にある扉を開いた。
部屋の中に案内され、示されたソファーに各々座った。
「素敵な調度品ですね。叔父様のご趣味ですか?」
悠太はきょろきょろと周囲を見回した。かつてドミニクと一緒に入った王都のレストランの調度品と同じような、落ち着いた品の良いものが多い。
「兄が好きだったんだ。私は騎士団で育ったから、実はこういったものはよくわからないんだよね」
フェルディナントは自嘲している。
「っと、残りのお二方も紹介いただけるかな?」
「あら、わたくしったら……」
フェルディナントの指摘に悠太はしまったと思い、慌ててドミニクとラディムを紹介する。
「こちら、精霊教の導師で、今、わたくしの指導も担当してくださっている、ドミニク・ヴェチェレク様です」
「初めまして、プリンツ卿。ドミニク・ヴェチェレクと申します。以後お見知りおきを」
悠太の紹介に合わせて、ドミニクは深々と一礼した。
「君がドミニク君か……。大司教様からよく聞いているよ。姪のことを、これまでよく護衛してくれた。礼を言わせてもらう」
「とんでもない。私の当然の責務を果たしたまでです」
「そう、か……」
フェルディナントとドミニクの間に、妙な空気が流れているように悠太は感じた。何かあるのだろうか。
「ドミニク様……?」
悠太が首をかしげてドミニクに向き直ると、ドミニクは少し困ったような顔を浮かべて、「なんでもないよ」と呟いた。
(何でもない、とは言えない雰囲気だな……。フェルディナントとドミニクの間には、何やら関係が?)
悠太は疑問に思ったが、今この場で聞ける雰囲気でもないので押し黙る。紹介の続きもしなければいけない。
「こちらは、……バイアー帝国第一皇子、ラディム・ギーゼブレヒト様ですわ」
悠太は少しためらったが、「ええい、ままよ」とラディムを現在の地位どおりに紹介した。
「ラディム・ギーゼブレヒトです。……あなたの甥にあたるのは、当然ご承知でしょう?」
ラディムは少し声を震わせながら自己紹介をする。フェルディナントがどういった態度をとるかがわからないので、大分緊張しているようだ。
しばし続く沈黙――。
「あの赤子が、ここまで大きくなって……。あぁ、そんなに緊張しなくてもいいよ。君を捕らえてどうこうするつもりはないし。そもそも、私は今、帝国軍と戦う気はないからね」
フェルディナントから意外な言葉が飛び出した。
街の門の外には、悠太(アリツェ夜モード)、ドミニク、ラディム(ラディムの担当日)の人間組と、子犬のペスと子猫のミアの姿があった。今日は正面からの、堂々とした訪問だ。
悠太の持ち込んだ精霊教大司教の紹介状のおかげで、あっさりと事態が進んでいく。門番は紹介状の封印を見るや、悠太からひったくるように奪うと、部下へと渡して辺境伯邸に報告へ向かわせた。戻ってきた部下が辺境伯からの指示を門番へと伝えると、即座に悠太たちは街への入城が許可される。さらに、途中の警備兵に呼び止められることのないよう、辺境伯の客人を示すネックレスまで与えられた。実に順調だった。
オーミュッツの街中は、深夜にもかかわらず、あちらこちらでかがり火がたかれている。警備兵がひっきりなしに巡回をし、物々しい雰囲気だった。街の外には帝国軍が布陣しているので、仕方がない状況ではあったが。
通りがかる警備兵が悠太たちを呼び止めようとするが、悠太が首から下げているネックレスを目にするや、そそくさとその場を立ち去って行った。
「しかし、大した警備ですわね。これでは確かに、ラディム様が引き返したのもわかりますわ」
次々と脇を通り過ぎていく警備兵の姿を、悠太はうんざりしながら見遣る。
「だろう? これではミアの力をもってしても、さすがに厳しそうだと思った」
ラディムも周囲をきょろきょろと伺っている。
「しかし、大司教から紹介状をもらっておいて正解でしたね。そうでなければ、この不穏な状況の中で、辺境伯に面会なんて不可能だったはずだよ」
ドミニクがほうっと息をついた。面倒にならなくてよかったと、その顔は物語っている。
オーミュッツのメインストリートを歩いてしばらくすると、眼前にひときわ大きな館が見えてきた。辺境伯邸だ。
邸の前にはかなりの規模の庭園が広がっている。丁寧に整備されているが、今は冬真っ只中なため、花が咲いている様子はない。ただ、たとえ色とりどりに花が咲き誇っていたとしても、今は深夜なので、どのみちその色合いを楽しんだりはできないが。
悠太たちが門に差し掛かると、警備にあたっている門兵が声をかけてきた。誰何の声だったので、悠太は街の門番から渡されたネックレスを見せ、辺境伯へ会いに来た旨を伝える。
門兵はあらかじめ辺境伯から指示を受けていたようで、すぐに邸の中へと悠太たちを案内した。
「ようこそ、いらっしゃいアリツェ」
邸の中に入るや二十代後半くらいの青年が、両手を広げながら悠太の前へ歩み寄ってきた。状況からみて、おそらくは当主のフェルディナント・プリンツ辺境伯だろう。
「私はこの館の主、フェイシア王国辺境伯フェルディナント・プリンツ。知っているとは思うけれども、アリツェ、君の叔父だよ」
大司教からの紹介状のおかげで、スムーズに話に入れそうだ。
フェルディナント・プリンツ――アリツェとラディムの実父であるカレル・プリンツの弟だ。だが、あまりアリツェたちに似ているとは思えない。前辺境伯カレルとアリツェたちは、表面上は実の親子だが、システム的に見れば受精卵が別の人間――VRMMO『精霊たちの憂鬱』のカレルとユリナ――を両親としているのだから、仕方のない話ではある。たまたま名前は同じだが、前辺境伯カレルと『精霊たちの憂鬱』のカレルの遺伝情報までは、さすがに違っていた。
「アリツェ・プリンツォヴァです。初めまして、叔父様。お会いできて、わたくしうれしいですわ」
印象を良くしようと、悠太はできるだけにこやかに微笑んだ。
「いろいろと積もる話はあるけれど、入り口で立ち話もよくないだろう。応接室へ移動しようか」
フェルディナントは悠太たちを先導し、屋敷の入り口の右手側にある扉を開いた。
部屋の中に案内され、示されたソファーに各々座った。
「素敵な調度品ですね。叔父様のご趣味ですか?」
悠太はきょろきょろと周囲を見回した。かつてドミニクと一緒に入った王都のレストランの調度品と同じような、落ち着いた品の良いものが多い。
「兄が好きだったんだ。私は騎士団で育ったから、実はこういったものはよくわからないんだよね」
フェルディナントは自嘲している。
「っと、残りのお二方も紹介いただけるかな?」
「あら、わたくしったら……」
フェルディナントの指摘に悠太はしまったと思い、慌ててドミニクとラディムを紹介する。
「こちら、精霊教の導師で、今、わたくしの指導も担当してくださっている、ドミニク・ヴェチェレク様です」
「初めまして、プリンツ卿。ドミニク・ヴェチェレクと申します。以後お見知りおきを」
悠太の紹介に合わせて、ドミニクは深々と一礼した。
「君がドミニク君か……。大司教様からよく聞いているよ。姪のことを、これまでよく護衛してくれた。礼を言わせてもらう」
「とんでもない。私の当然の責務を果たしたまでです」
「そう、か……」
フェルディナントとドミニクの間に、妙な空気が流れているように悠太は感じた。何かあるのだろうか。
「ドミニク様……?」
悠太が首をかしげてドミニクに向き直ると、ドミニクは少し困ったような顔を浮かべて、「なんでもないよ」と呟いた。
(何でもない、とは言えない雰囲気だな……。フェルディナントとドミニクの間には、何やら関係が?)
悠太は疑問に思ったが、今この場で聞ける雰囲気でもないので押し黙る。紹介の続きもしなければいけない。
「こちらは、……バイアー帝国第一皇子、ラディム・ギーゼブレヒト様ですわ」
悠太は少しためらったが、「ええい、ままよ」とラディムを現在の地位どおりに紹介した。
「ラディム・ギーゼブレヒトです。……あなたの甥にあたるのは、当然ご承知でしょう?」
ラディムは少し声を震わせながら自己紹介をする。フェルディナントがどういった態度をとるかがわからないので、大分緊張しているようだ。
しばし続く沈黙――。
「あの赤子が、ここまで大きくなって……。あぁ、そんなに緊張しなくてもいいよ。君を捕らえてどうこうするつもりはないし。そもそも、私は今、帝国軍と戦う気はないからね」
フェルディナントから意外な言葉が飛び出した。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる