わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第九章 二人の真実

2 戦わなかった理由ですの?

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「数日中に、私からラディムの元へ赴こうかと思っていたんだよね。何とか戦わずに、休戦に持ち込めないかと」

「どうりで……」

 何かを納得したようにラディムは頷いている。

「おかしいと思ったのだ。辺境伯領に入っても一切抵抗がなかったから」

「精霊教会と手を組んで指示をしたんだ。領民が帝国軍にちょっかいをかけないよう、あれこれと工作させてもらった」

 フェルディナントは、「これが結構、骨が折れたんだよね」と苦笑した。

「それと、街に入ってみれば、なぜだか私の情報が出回っている。住民は皆、前辺境伯カレルの息子である私に、妙な期待をしていた。こいつはいったい、どういった理由なんだ?」

「ラディムの情報については、もし道中にラディムが領民と接した時に、領民から嫌な目に遭わされて辺境伯領への敵意を抱いたりしないように、保険として仕込ませてもらったよ」

 フェルディナントの言葉に、ラディムはしきりに首をかしげている。

 つまり、領民が帝国軍に悪感情を持たないようにする目的で、精霊教会の手を借りて人気者だった前辺境伯のカレル名を出し、その息子ラディムが帝国軍にいると周知する。領民はラディムを歓迎する意思を示すようになり、そんな領民に接するラディムも、おそらくは辺境伯領に対して悪い感情を抱かないだろう。こんな筋書きのようだと悠太は理解した。

「なぜ、わざわざそんな真似を?」

「私がラディムを説得し、その後、ラディムから皇帝に働きかけることで、戦争を回避できればと思ったんだ」

 まず第一段階のラディムの説得にあたり、フェルディナントの話を聞き入れてもらいやすくする必要があった。そのための、ラディムに向けた辺境伯領に対する印象操作工作だったらしい。ラディムが辺境伯領に対して悪感情を抱いていると、説得に苦労するだろうからと。

「……以前の私だったら、何をされようとも、一切聞く耳を持たなかっただろうな。だが、今は……」

 ラディムは言葉を濁した。

「話を聞いてくれる、そういうことだよね?」

「ああ……。精霊が邪悪ではないと、気づいてしまったからな」

 フェルディナントの問いに、ラディムは苦笑いを浮かべながら首肯した。

「ちなみになのだが、各街にはどんな指示を出していたんだ? 私の件も含めて」

「各地の代官には私から、一切抵抗することなく帝国軍を受け入れるよう命令を出した。住民については、精霊教の教会司祭から情報を流させている。帝国軍と辺境伯軍で共同して、ここ数年悩みの種になっていた巨大魔獣を退治するとね。魔獣に関しては、軍隊規模でなければ手が出せないと被害に遭った者からの報告で挙がってきていたので、ちょうど利用させてもらった形かな。魔獣が退治されると聞けば、住民も帝国軍に協力的になるでしょう?」

 フェルディナントはニヤリと笑った。

「あの街道にいた魔獣か……。確かに生半可な戦力じゃ、返り討ちにあうのが関の山だったろうな」

 ラディムは魔獣との戦闘の状況を思い出しているのか、うんうんとうなずいている。

「それを倒してしまうんだから、さすがは皇帝親征軍。今は、絶対に戦いたくないね」

 降参だと言わんばかりに、フェルディナントは軽く両手を挙げた。

「ラディム個人については、この領内で絶大な人気を誇っていた兄カレルの名前を、少し使わせてもらったよ。異能の力を持っていたカレルの息子であるラディムなら、きっと精霊に愛されているはずだと。領民はみな、精霊を篤く信奉しているからね。精霊に愛されているという事実だけで、その者に対する信頼感は一気に増すんだ。たとえその者が、今は『帝国に所属する人間』であったとしても」

 フェルディナントは、最後の『帝国に所属する人間』の部分を特に強調した。

「そして、共同作戦の真の目的が、魔獣退治ではなく、カレルの息子ラディムと現辺境伯である私との融和のため、しいてはフェイシア王国とバイアー帝国の関係改善のために企画されたものだと広めた。かつてのギーゼブレヒト皇家とプリンツ辺境伯家の婚姻政策は、決して失敗ではない。生まれた子供のラディムが、両国の橋渡しをするのだから、と」

「おいおい、本人のいないところで、ずいぶん大げさな宣伝工作をしたな」

 ラディムは呆れたようにため息を漏らした。

 確かに、いち辺境伯家が行うにしては、随分な情報操作だと悠太も思った。

「とにかく戦争を回避したかった。領民の血が流れるのはいやなのだ。そのためには、どうしてもラディムの協力が必要だ」

 体を机に乗り出しながら、フェルディナントはラディムの顔を鋭く見据えた。

「武の家の当主がずいぶん弱気な……。フェイシア王家は承知しているのか?」

 プリンツ辺境伯家は武の名門だ。しかも、当主のフェルディナント自身、軍人になるべく育てられている。だが、それにしてはラディムの言うように、ずいぶんと消極的な作戦を取っている。悠太は不思議に思った。

「いや……、実は独断だ」

 フェルディナントはバツが悪そうに頭を掻いた。

「そもそも、王都にお伺いを立てる時間もなかったのでね。帝国軍の侵攻が想定よりも早かった……。てっきり夏あたりかと踏んでいて、帝国軍進軍の一報を聞いた際は、椅子から転げ落ちたよ」

 確かに、冬場の戦争は避ける傾向にあるので、フェルディナントの言い分もわからなくはなかった。だが、それにしてもちょっと不用心すぎやしないかと、悠太は首をひねった。

 フェルディナントが軍人教育を受けていたころは、まだ成人を迎えていなかったはずだ。参謀向けの教育などは、おそらくは時期的に早すぎて受けていなかったのだろう。そして、兄の死で参謀教育を受ける前に軍を退役し、領主教育に入った。軍人としても、領主としても、中途半端な立ち位置になってしまっていると見受けられた。

「そこで、時間稼ぎをしようと思ったわけなんだ。完全な停戦までは難しくとも、一時休戦でもいいから果たせればと。とにかく準備不足なので、今攻められれば、領民が無駄に死ぬだけだ」

 緊急事態のなか、現在取れる方策が、先ほど述べた情報操作だったという訳か。

「ちょうどラディムが同行していると知ったので、これは都合がいいと思ったんだ。すまないね」

 フェルディナントはラディムに頭を下げた。

「事情は分かった。私を利用しようとした点も、いろいろと思うところがあるが、まあいい」

 ラディムはフェルディナントの頭をあげさせて、その顔を見据える。

「で、私は何をすればいいのだ? 私も戦争は回避したい。できれば、皇帝陛下の考えを改めさせて、精霊教を認めさせたいとさえ、今では思っているのだが……」

 まだ少し迷いがあるのか、ラディムは語尾を少し濁した。

「それなら、この書状を持っていくといい。ベルナルド陛下宛ての私の書状だ。それと、これはラディムに対してだね。陣地に戻る前に読んでほしい」

「ここで話すのではだめなのか?」

 フェルディナントは手紙を二つラディムに差し出してきたが、ラディムはすぐには受け取らなかった。

「少し問題がね……。それこそ、私の完全独断の内容があるんだ。今はまだ、家中の者にも知られたくない。すまない」

 フェルディナントは周囲を少し伺ってから、小声でつぶやいた。

「わかった……」

 しぶしぶといった感じで、ラディムは手紙を受け取った。

「とりあえず、今日は皆、我が邸に泊っていきなさい」

 フェルディナントは立ち上がって侍女を呼ぶと、カレルたちを寝室へ案内するように指示を出した。

 ショートスリーパーの悠太でも、さすがにそろそろ寝ないと厳しい。素直に侍女の後に続き、寝室へと向かった。
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