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第九章 二人の真実
4 お父様の異能について伺いますわ
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「私からも少しいいか?」
アリツェとの会話が一区切りついたところで、ラディムが横から割って入ってきた。
「母上が妊娠していたころの話だ。流産しかかって、父上が異能を使ったと聞いたが」
父であるカレル・プリンツ前辺境伯の異能――。王国中で有名だったその能力は、だがしかし、一部の有力者しか実態を知らなかった。
いったいどういった能力だったのだろうか。間近で見てきた人間の言葉を、ぜひとも聞きたかった。
「あぁ、あの時は大変だった……。あまり、思い出したくはないが、君たちには知る権利があるだろう……」
フェルディナントの話はこうだ。
母ユリナの妊娠発覚からまだそれほど経っていないころ、母体から茶色っぽい出血があり、屋敷じゅう大慌てになった。
呼ばれた家付きの産婆から、赤子が絶望的だとカレルは告げられた。妻のユリナを深く愛していたカレルは動転し、すぐさまユリナの枕もとへと駆けつけた。
ここで、カレルは異能を使い赤子の命を救おうとした。目を閉じ、ゆっくりと祈りをささげると、カレルの身体は白く輝きだし、その光はやがて横たわるユリナの体をも包み込んだ。
すると、驚くことに出血していた茶色の血が母体に戻り、何ごともなかったかのようにユリナは穏やかに眠りについた。
それ以後、ユリナの調子はすこぶる順調、お腹も大きくなり妊娠の継続が確認できた。
「では、父上の異能のおかげで、私たちと母上は救われたと?」
「間違いないだろう」
ラディムの問いに、フェルディナントは首肯した。
「ただ、その異能のせいで、兄は死ぬことになった……」
悔しそうにフェルディナントは顔をゆがませた。
「では、わたくしたちのせいでお父様は亡くなられたと?」
聞きたくはなかった事実だった。アリツェは事の重大さに、眩暈を覚える。
「ある意味では、そうとも言える。だが、兄が亡くなった結果に対して君たちを責めるのは、筋が違うと思うし、そんな真似をすれば兄はきっと怒るだろうな」
アリツェが頭を抱えていると、フェルディナントは「君たちが気に病むような話じゃないさ」と気遣った。そして、給仕のメイドを呼びつけると、アリツェの元に水を持っていくよう伝えた。
「結局、父上の異能とは何だったのだ?」
この問題の一番の核心だった。ラディムが向けた問いに、ぽつりぽつりとフェルディナントは語り始めた。
フェルディナントが言うには、カレルの異能は、祈りの力らしい。
カレルが何かを実現させたいと強く祈った時、その願いはかなりの精度で実現された。その願いの中には、王国の命運を左右する大事件を解決に導いたようなものまであった。このため、当時のフェイシア国王のカレルに対する信頼は絶大だった。
ただ、この能力を行使するたびに全身を耐え難い痛みが走るらしく、カレルは都度、数日寝込むような状況だった。しかも、その寝込む期間は、能力行使のたびに伸びていった。
フェルディナントたち家中の者は、カレルの能力が自身の健康と引き換えに行使される大変危険なものだと認識し始めた。重くなる一方の副作用に、もしかしたら異能の行使には回数の制限があるのではないかと考え、カレルに安易な能力行使をやめるよう釘を刺そうとフェルディナントは考えた。だが、その矢先の、流産騒ぎでのカレルの死だった。
「では、その異能に回数制限があったと、そう考えているのか叔父上は」
ラディムは唸っている。
使用制限のある異能――。アリツェは悠太の『精霊たちの憂鬱』時代の記憶を覗いてみたが、確かにそういった能力がいくつかあった。
(悠太様、心当たりはありますか?)
(うーん、フェルディナントの説明を聞いた限りだと、おそらくは『祈願』の技能才能だな)
『祈願』――。
悠太の記憶では、能力保持者が実現してほしいと強く願ったものを、ゲームシステムに反しない範囲で実現させるスキルらしい。ただ、この強力な効果を実現させるにあたっては、大きな制限もついている。
一つ目は、生涯でスキルを行使できる回数が十回に制限されていること。
二つ目は、使用するたびに体に大きな負担がかかり、回数を重ねるごとにその負担が増していくこと。具体的には、デスペナルティーのようなステータス低下が、数日にわたって続くこと。
最後に、十回の願いを行使し終えた段階で、能力保持者は死亡――ロストすること。文字通り、キャラクターが失われ、プレイヤーは二度とそのキャラクターでログインができなくなる。
「異能を使うたびに、兄の体がむしばまれていく様子を見てきた。おそらく、流産を止めた時に発動した異能が、兄の体にとどめを刺したのだろう」
カレルが悠太の言う『祈願』の技能才能持ちであったのなら、流産を食い止めた願いが十回目のもので、技能の制限が発動して命を奪われたと推測できる。
「兄は自身の異能に苦しんでおられた。我々家族もその姿を見ていたので、兄の異能保護に賛同し、今もこうして異能を持つ者を保護する政策を続けている。霊素持ちの精霊使いを含めて、ね」
フェルディナントは愛おし気な視線をアリツェとラディムに送った。『霊素持ちの精霊使いを含めて』の部分を強調していたのも、目の前に座るアリツェたちを気遣ってだとわかる。
「だから、生まれの状況でいろいろと互いに不幸なことはあったが、私たちプリンツ辺境伯家は、君たち兄妹を歓迎する。邪険にするつもりは一切ない」
フェルディナントは立ち上がり、両腕を大きく広げた。
フェルディナントの意図を理解したアリツェは、立ち上がって彼の大きな胸元に飛び込んだ。ラディムも最初はためらったようだが、アリツェに続く。フェルディナントは嬉しそうに頬を緩ませて、そのままギュッと、アリツェたちを抱きしめた。
アリツェとの会話が一区切りついたところで、ラディムが横から割って入ってきた。
「母上が妊娠していたころの話だ。流産しかかって、父上が異能を使ったと聞いたが」
父であるカレル・プリンツ前辺境伯の異能――。王国中で有名だったその能力は、だがしかし、一部の有力者しか実態を知らなかった。
いったいどういった能力だったのだろうか。間近で見てきた人間の言葉を、ぜひとも聞きたかった。
「あぁ、あの時は大変だった……。あまり、思い出したくはないが、君たちには知る権利があるだろう……」
フェルディナントの話はこうだ。
母ユリナの妊娠発覚からまだそれほど経っていないころ、母体から茶色っぽい出血があり、屋敷じゅう大慌てになった。
呼ばれた家付きの産婆から、赤子が絶望的だとカレルは告げられた。妻のユリナを深く愛していたカレルは動転し、すぐさまユリナの枕もとへと駆けつけた。
ここで、カレルは異能を使い赤子の命を救おうとした。目を閉じ、ゆっくりと祈りをささげると、カレルの身体は白く輝きだし、その光はやがて横たわるユリナの体をも包み込んだ。
すると、驚くことに出血していた茶色の血が母体に戻り、何ごともなかったかのようにユリナは穏やかに眠りについた。
それ以後、ユリナの調子はすこぶる順調、お腹も大きくなり妊娠の継続が確認できた。
「では、父上の異能のおかげで、私たちと母上は救われたと?」
「間違いないだろう」
ラディムの問いに、フェルディナントは首肯した。
「ただ、その異能のせいで、兄は死ぬことになった……」
悔しそうにフェルディナントは顔をゆがませた。
「では、わたくしたちのせいでお父様は亡くなられたと?」
聞きたくはなかった事実だった。アリツェは事の重大さに、眩暈を覚える。
「ある意味では、そうとも言える。だが、兄が亡くなった結果に対して君たちを責めるのは、筋が違うと思うし、そんな真似をすれば兄はきっと怒るだろうな」
アリツェが頭を抱えていると、フェルディナントは「君たちが気に病むような話じゃないさ」と気遣った。そして、給仕のメイドを呼びつけると、アリツェの元に水を持っていくよう伝えた。
「結局、父上の異能とは何だったのだ?」
この問題の一番の核心だった。ラディムが向けた問いに、ぽつりぽつりとフェルディナントは語り始めた。
フェルディナントが言うには、カレルの異能は、祈りの力らしい。
カレルが何かを実現させたいと強く祈った時、その願いはかなりの精度で実現された。その願いの中には、王国の命運を左右する大事件を解決に導いたようなものまであった。このため、当時のフェイシア国王のカレルに対する信頼は絶大だった。
ただ、この能力を行使するたびに全身を耐え難い痛みが走るらしく、カレルは都度、数日寝込むような状況だった。しかも、その寝込む期間は、能力行使のたびに伸びていった。
フェルディナントたち家中の者は、カレルの能力が自身の健康と引き換えに行使される大変危険なものだと認識し始めた。重くなる一方の副作用に、もしかしたら異能の行使には回数の制限があるのではないかと考え、カレルに安易な能力行使をやめるよう釘を刺そうとフェルディナントは考えた。だが、その矢先の、流産騒ぎでのカレルの死だった。
「では、その異能に回数制限があったと、そう考えているのか叔父上は」
ラディムは唸っている。
使用制限のある異能――。アリツェは悠太の『精霊たちの憂鬱』時代の記憶を覗いてみたが、確かにそういった能力がいくつかあった。
(悠太様、心当たりはありますか?)
(うーん、フェルディナントの説明を聞いた限りだと、おそらくは『祈願』の技能才能だな)
『祈願』――。
悠太の記憶では、能力保持者が実現してほしいと強く願ったものを、ゲームシステムに反しない範囲で実現させるスキルらしい。ただ、この強力な効果を実現させるにあたっては、大きな制限もついている。
一つ目は、生涯でスキルを行使できる回数が十回に制限されていること。
二つ目は、使用するたびに体に大きな負担がかかり、回数を重ねるごとにその負担が増していくこと。具体的には、デスペナルティーのようなステータス低下が、数日にわたって続くこと。
最後に、十回の願いを行使し終えた段階で、能力保持者は死亡――ロストすること。文字通り、キャラクターが失われ、プレイヤーは二度とそのキャラクターでログインができなくなる。
「異能を使うたびに、兄の体がむしばまれていく様子を見てきた。おそらく、流産を止めた時に発動した異能が、兄の体にとどめを刺したのだろう」
カレルが悠太の言う『祈願』の技能才能持ちであったのなら、流産を食い止めた願いが十回目のもので、技能の制限が発動して命を奪われたと推測できる。
「兄は自身の異能に苦しんでおられた。我々家族もその姿を見ていたので、兄の異能保護に賛同し、今もこうして異能を持つ者を保護する政策を続けている。霊素持ちの精霊使いを含めて、ね」
フェルディナントは愛おし気な視線をアリツェとラディムに送った。『霊素持ちの精霊使いを含めて』の部分を強調していたのも、目の前に座るアリツェたちを気遣ってだとわかる。
「だから、生まれの状況でいろいろと互いに不幸なことはあったが、私たちプリンツ辺境伯家は、君たち兄妹を歓迎する。邪険にするつもりは一切ない」
フェルディナントは立ち上がり、両腕を大きく広げた。
フェルディナントの意図を理解したアリツェは、立ち上がって彼の大きな胸元に飛び込んだ。ラディムも最初はためらったようだが、アリツェに続く。フェルディナントは嬉しそうに頬を緩ませて、そのままギュッと、アリツェたちを抱きしめた。
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