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第九章 二人の真実
5 お兄様に呼ばれましたわ
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朝食を終えたアリツェは食堂を出ると、今日の予定を話し合うためにドミニクの部屋を訪れた。
「なんだか新たな事実が次々とわかり、ちょっと混乱気味ですわ」
ドミニクに勧められた椅子に座り、アリツェはため息をついた。
「ゆっくりと咀嚼していけばいいよ。当面は辺境伯家に厄介になるつもりなんだよね?」
ドミニクは正対するようにベッドの端に腰を下ろし、アリツェに気づかわし気な視線を向ける。
「えぇ、そのつもりですわ。どうやらフェルディナント叔父様も、わたくしを歓迎してくれているご様子ですし」
ドミニクの問いに、アリツェは首肯した。
ここまで話した限りでは、フェルディナントがアリツェを嫌っている様子はまったく見られなかった。腹芸ができるような人物でもなさそうなので、ひとまずは安心だと思う。
「疎まれていなくてよかったね。アリツェのずいぶんな悩みの種になっていたもんね」
「本当に、ありがたいお話ですわ」
ドミニクの言うとおりだった。養父マルティンの言葉を盗み聞いて以来、実家に厄介者扱いされているのではないかという懸念を抱いてきた。だが、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。
「それはそうと、王都で買ったドレスをさっそく着てくれたんだね」
ドミニクはアリツェの姿をぐるりと見遣って、大きく破顔した。
「はい、せっかくドミニク様が見立ててくださった服ですもの。着ないわけにはまいりませんわ」
服装に言及されたことがうれしくて、アリツェは思わず声を弾ませた。
「……本当に、似合っているよ、アリツェ」
真剣な表情で、ドミニクはアリツェの顔をじっと見つめた。気恥ずかしさのせいか、アリツェの身体は急速に火照っていった。
「あ、ありがとうございます……」
しばしの間、二人の間に沈黙が流れた。アリツェはドミニクの瞳を見つめ、ドミニクもアリツェをじっと見つめ返している。
「アリツェ、実は――」
ドミニクが何かを言いかけた瞬間、部屋の入り口のドアがノックされる音が響き渡った。
「……誰だ、こんな時に」
ドミニクは立ち上がり、ブツブツと「空気の読めないやつだな」とこぼしている。
アリツェも気をそがれ、ノックの主に少し腹が立った。
「すまない、ここにアリツェが来ていないか?」
ラディムの声だった。どうやらアリツェを探しに来たようだ。
「はい、おります。わたくしに何か御用でしょうか、ラディム様」
ドミニクとの時間をつぶされた腹いせに、アリツェは少し棘のある声でラディムに返事をした。
「叔父上の説得もあったので、私は父上を叛意させるために帝国軍陣地に戻ろうと思う。叔父上から預かった書状を、父上に渡す件もあるしな」
扉の外にいるラディムには、そんなアリツェの立腹がわからないのだろう。アリツェの苛立たしげな声にも気づかず、自らの要件をぺらぺらとしゃべっている。
(ここはドミニク様の御部屋でもあるんですのよ。もう少し遠慮というものを、なさった方がよろしいんじゃないかしら……)
帝国の第一皇子として育てられただけあって、ラディムはこのあたりの機微に疎いのだろうと、アリツェは勝手に解釈し、納得した。
「そこで、陣地に戻る前に、もう一度アリツェと話ができないかと思ったんだ」
「わかりましたわ。では、これからラディム様の御部屋にうかがわせていただきますわ」
アリツェはドミニクに一言謝ると、椅子から立ち上がって、ラディムの部屋へと向かった。
ドミニクとの時間を取られてむっとはしたけれど、大切な双子の兄の願いだ。むげに断るわけにもいかない。それに、帝国軍陣地で万が一の事態が起こらないとも限らない。話せる機会があるうちに、いろいろと話しておくべきだという思いもあった。
ラディムの自室に入ると、アリツェは近くの椅子を勧められた。指示された椅子にアリツェがちょこんと座ると、相対するようにラディムは別の椅子に座る。
「悪かったな。ドミニクと何か大事な話があったんじゃないのか?」
「ええ、まあ。でも、ドミニク様とはまたあとでお話しできますし、今は時間のないラディム様を優先させていただきますわ」
ラディムの部屋に移動する間に、アリツェの頭はすっかり冷えていた。腹立たしさも消えたので、アリツェは言葉に棘を含ませるような真似は、もうしなかった。
「そういってもらえると助かる」
ラディムは苦笑した。
「ところで、今はラディム様ご本人ですか? それとも、優里菜様でしょうか」
ラディムからは、ラディムと優里菜の間で主人格を一日交代にすると聞いていた。フェルディナントとの会話の様子を鑑みると、昨日がラディムの担当だったと感じられたので、今は優里菜の可能性がある。
「あー、辺境伯家にいる間は、私自身の生まれの話などもあるって理由で、優里菜には自重してもらっている」
であるならば、今はラディム本人だという訳だ。なるほど、確かに出生の秘密の話をするのであれば、ラディムの人格が主になるべきだろう。
「わかりましたわ。あ、それと、今後はラディム様をお兄様とお呼びいたしてもよろしいでしょうか? 双子だと確定いたしましたし」
アリツェとしては、ラディムが兄であるとわかった以上は、きちんと兄と呼びたかった。名前呼びでは、他人行儀すぎるだろうと。
「それはもちろん、構わない。好きに呼んでくれ」
ラディムは特に嫌がるそぶりも見せず、うなずいた。
「ありがとうございますわ、お兄様」
「なんだか新たな事実が次々とわかり、ちょっと混乱気味ですわ」
ドミニクに勧められた椅子に座り、アリツェはため息をついた。
「ゆっくりと咀嚼していけばいいよ。当面は辺境伯家に厄介になるつもりなんだよね?」
ドミニクは正対するようにベッドの端に腰を下ろし、アリツェに気づかわし気な視線を向ける。
「えぇ、そのつもりですわ。どうやらフェルディナント叔父様も、わたくしを歓迎してくれているご様子ですし」
ドミニクの問いに、アリツェは首肯した。
ここまで話した限りでは、フェルディナントがアリツェを嫌っている様子はまったく見られなかった。腹芸ができるような人物でもなさそうなので、ひとまずは安心だと思う。
「疎まれていなくてよかったね。アリツェのずいぶんな悩みの種になっていたもんね」
「本当に、ありがたいお話ですわ」
ドミニクの言うとおりだった。養父マルティンの言葉を盗み聞いて以来、実家に厄介者扱いされているのではないかという懸念を抱いてきた。だが、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。
「それはそうと、王都で買ったドレスをさっそく着てくれたんだね」
ドミニクはアリツェの姿をぐるりと見遣って、大きく破顔した。
「はい、せっかくドミニク様が見立ててくださった服ですもの。着ないわけにはまいりませんわ」
服装に言及されたことがうれしくて、アリツェは思わず声を弾ませた。
「……本当に、似合っているよ、アリツェ」
真剣な表情で、ドミニクはアリツェの顔をじっと見つめた。気恥ずかしさのせいか、アリツェの身体は急速に火照っていった。
「あ、ありがとうございます……」
しばしの間、二人の間に沈黙が流れた。アリツェはドミニクの瞳を見つめ、ドミニクもアリツェをじっと見つめ返している。
「アリツェ、実は――」
ドミニクが何かを言いかけた瞬間、部屋の入り口のドアがノックされる音が響き渡った。
「……誰だ、こんな時に」
ドミニクは立ち上がり、ブツブツと「空気の読めないやつだな」とこぼしている。
アリツェも気をそがれ、ノックの主に少し腹が立った。
「すまない、ここにアリツェが来ていないか?」
ラディムの声だった。どうやらアリツェを探しに来たようだ。
「はい、おります。わたくしに何か御用でしょうか、ラディム様」
ドミニクとの時間をつぶされた腹いせに、アリツェは少し棘のある声でラディムに返事をした。
「叔父上の説得もあったので、私は父上を叛意させるために帝国軍陣地に戻ろうと思う。叔父上から預かった書状を、父上に渡す件もあるしな」
扉の外にいるラディムには、そんなアリツェの立腹がわからないのだろう。アリツェの苛立たしげな声にも気づかず、自らの要件をぺらぺらとしゃべっている。
(ここはドミニク様の御部屋でもあるんですのよ。もう少し遠慮というものを、なさった方がよろしいんじゃないかしら……)
帝国の第一皇子として育てられただけあって、ラディムはこのあたりの機微に疎いのだろうと、アリツェは勝手に解釈し、納得した。
「そこで、陣地に戻る前に、もう一度アリツェと話ができないかと思ったんだ」
「わかりましたわ。では、これからラディム様の御部屋にうかがわせていただきますわ」
アリツェはドミニクに一言謝ると、椅子から立ち上がって、ラディムの部屋へと向かった。
ドミニクとの時間を取られてむっとはしたけれど、大切な双子の兄の願いだ。むげに断るわけにもいかない。それに、帝国軍陣地で万が一の事態が起こらないとも限らない。話せる機会があるうちに、いろいろと話しておくべきだという思いもあった。
ラディムの自室に入ると、アリツェは近くの椅子を勧められた。指示された椅子にアリツェがちょこんと座ると、相対するようにラディムは別の椅子に座る。
「悪かったな。ドミニクと何か大事な話があったんじゃないのか?」
「ええ、まあ。でも、ドミニク様とはまたあとでお話しできますし、今は時間のないラディム様を優先させていただきますわ」
ラディムの部屋に移動する間に、アリツェの頭はすっかり冷えていた。腹立たしさも消えたので、アリツェは言葉に棘を含ませるような真似は、もうしなかった。
「そういってもらえると助かる」
ラディムは苦笑した。
「ところで、今はラディム様ご本人ですか? それとも、優里菜様でしょうか」
ラディムからは、ラディムと優里菜の間で主人格を一日交代にすると聞いていた。フェルディナントとの会話の様子を鑑みると、昨日がラディムの担当だったと感じられたので、今は優里菜の可能性がある。
「あー、辺境伯家にいる間は、私自身の生まれの話などもあるって理由で、優里菜には自重してもらっている」
であるならば、今はラディム本人だという訳だ。なるほど、確かに出生の秘密の話をするのであれば、ラディムの人格が主になるべきだろう。
「わかりましたわ。あ、それと、今後はラディム様をお兄様とお呼びいたしてもよろしいでしょうか? 双子だと確定いたしましたし」
アリツェとしては、ラディムが兄であるとわかった以上は、きちんと兄と呼びたかった。名前呼びでは、他人行儀すぎるだろうと。
「それはもちろん、構わない。好きに呼んでくれ」
ラディムは特に嫌がるそぶりも見せず、うなずいた。
「ありがとうございますわ、お兄様」
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