103 / 272
第九章 二人の真実
5 お兄様に呼ばれましたわ
しおりを挟む
朝食を終えたアリツェは食堂を出ると、今日の予定を話し合うためにドミニクの部屋を訪れた。
「なんだか新たな事実が次々とわかり、ちょっと混乱気味ですわ」
ドミニクに勧められた椅子に座り、アリツェはため息をついた。
「ゆっくりと咀嚼していけばいいよ。当面は辺境伯家に厄介になるつもりなんだよね?」
ドミニクは正対するようにベッドの端に腰を下ろし、アリツェに気づかわし気な視線を向ける。
「えぇ、そのつもりですわ。どうやらフェルディナント叔父様も、わたくしを歓迎してくれているご様子ですし」
ドミニクの問いに、アリツェは首肯した。
ここまで話した限りでは、フェルディナントがアリツェを嫌っている様子はまったく見られなかった。腹芸ができるような人物でもなさそうなので、ひとまずは安心だと思う。
「疎まれていなくてよかったね。アリツェのずいぶんな悩みの種になっていたもんね」
「本当に、ありがたいお話ですわ」
ドミニクの言うとおりだった。養父マルティンの言葉を盗み聞いて以来、実家に厄介者扱いされているのではないかという懸念を抱いてきた。だが、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。
「それはそうと、王都で買ったドレスをさっそく着てくれたんだね」
ドミニクはアリツェの姿をぐるりと見遣って、大きく破顔した。
「はい、せっかくドミニク様が見立ててくださった服ですもの。着ないわけにはまいりませんわ」
服装に言及されたことがうれしくて、アリツェは思わず声を弾ませた。
「……本当に、似合っているよ、アリツェ」
真剣な表情で、ドミニクはアリツェの顔をじっと見つめた。気恥ずかしさのせいか、アリツェの身体は急速に火照っていった。
「あ、ありがとうございます……」
しばしの間、二人の間に沈黙が流れた。アリツェはドミニクの瞳を見つめ、ドミニクもアリツェをじっと見つめ返している。
「アリツェ、実は――」
ドミニクが何かを言いかけた瞬間、部屋の入り口のドアがノックされる音が響き渡った。
「……誰だ、こんな時に」
ドミニクは立ち上がり、ブツブツと「空気の読めないやつだな」とこぼしている。
アリツェも気をそがれ、ノックの主に少し腹が立った。
「すまない、ここにアリツェが来ていないか?」
ラディムの声だった。どうやらアリツェを探しに来たようだ。
「はい、おります。わたくしに何か御用でしょうか、ラディム様」
ドミニクとの時間をつぶされた腹いせに、アリツェは少し棘のある声でラディムに返事をした。
「叔父上の説得もあったので、私は父上を叛意させるために帝国軍陣地に戻ろうと思う。叔父上から預かった書状を、父上に渡す件もあるしな」
扉の外にいるラディムには、そんなアリツェの立腹がわからないのだろう。アリツェの苛立たしげな声にも気づかず、自らの要件をぺらぺらとしゃべっている。
(ここはドミニク様の御部屋でもあるんですのよ。もう少し遠慮というものを、なさった方がよろしいんじゃないかしら……)
帝国の第一皇子として育てられただけあって、ラディムはこのあたりの機微に疎いのだろうと、アリツェは勝手に解釈し、納得した。
「そこで、陣地に戻る前に、もう一度アリツェと話ができないかと思ったんだ」
「わかりましたわ。では、これからラディム様の御部屋にうかがわせていただきますわ」
アリツェはドミニクに一言謝ると、椅子から立ち上がって、ラディムの部屋へと向かった。
ドミニクとの時間を取られてむっとはしたけれど、大切な双子の兄の願いだ。むげに断るわけにもいかない。それに、帝国軍陣地で万が一の事態が起こらないとも限らない。話せる機会があるうちに、いろいろと話しておくべきだという思いもあった。
ラディムの自室に入ると、アリツェは近くの椅子を勧められた。指示された椅子にアリツェがちょこんと座ると、相対するようにラディムは別の椅子に座る。
「悪かったな。ドミニクと何か大事な話があったんじゃないのか?」
「ええ、まあ。でも、ドミニク様とはまたあとでお話しできますし、今は時間のないラディム様を優先させていただきますわ」
ラディムの部屋に移動する間に、アリツェの頭はすっかり冷えていた。腹立たしさも消えたので、アリツェは言葉に棘を含ませるような真似は、もうしなかった。
「そういってもらえると助かる」
ラディムは苦笑した。
「ところで、今はラディム様ご本人ですか? それとも、優里菜様でしょうか」
ラディムからは、ラディムと優里菜の間で主人格を一日交代にすると聞いていた。フェルディナントとの会話の様子を鑑みると、昨日がラディムの担当だったと感じられたので、今は優里菜の可能性がある。
「あー、辺境伯家にいる間は、私自身の生まれの話などもあるって理由で、優里菜には自重してもらっている」
であるならば、今はラディム本人だという訳だ。なるほど、確かに出生の秘密の話をするのであれば、ラディムの人格が主になるべきだろう。
「わかりましたわ。あ、それと、今後はラディム様をお兄様とお呼びいたしてもよろしいでしょうか? 双子だと確定いたしましたし」
アリツェとしては、ラディムが兄であるとわかった以上は、きちんと兄と呼びたかった。名前呼びでは、他人行儀すぎるだろうと。
「それはもちろん、構わない。好きに呼んでくれ」
ラディムは特に嫌がるそぶりも見せず、うなずいた。
「ありがとうございますわ、お兄様」
「なんだか新たな事実が次々とわかり、ちょっと混乱気味ですわ」
ドミニクに勧められた椅子に座り、アリツェはため息をついた。
「ゆっくりと咀嚼していけばいいよ。当面は辺境伯家に厄介になるつもりなんだよね?」
ドミニクは正対するようにベッドの端に腰を下ろし、アリツェに気づかわし気な視線を向ける。
「えぇ、そのつもりですわ。どうやらフェルディナント叔父様も、わたくしを歓迎してくれているご様子ですし」
ドミニクの問いに、アリツェは首肯した。
ここまで話した限りでは、フェルディナントがアリツェを嫌っている様子はまったく見られなかった。腹芸ができるような人物でもなさそうなので、ひとまずは安心だと思う。
「疎まれていなくてよかったね。アリツェのずいぶんな悩みの種になっていたもんね」
「本当に、ありがたいお話ですわ」
ドミニクの言うとおりだった。養父マルティンの言葉を盗み聞いて以来、実家に厄介者扱いされているのではないかという懸念を抱いてきた。だが、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。
「それはそうと、王都で買ったドレスをさっそく着てくれたんだね」
ドミニクはアリツェの姿をぐるりと見遣って、大きく破顔した。
「はい、せっかくドミニク様が見立ててくださった服ですもの。着ないわけにはまいりませんわ」
服装に言及されたことがうれしくて、アリツェは思わず声を弾ませた。
「……本当に、似合っているよ、アリツェ」
真剣な表情で、ドミニクはアリツェの顔をじっと見つめた。気恥ずかしさのせいか、アリツェの身体は急速に火照っていった。
「あ、ありがとうございます……」
しばしの間、二人の間に沈黙が流れた。アリツェはドミニクの瞳を見つめ、ドミニクもアリツェをじっと見つめ返している。
「アリツェ、実は――」
ドミニクが何かを言いかけた瞬間、部屋の入り口のドアがノックされる音が響き渡った。
「……誰だ、こんな時に」
ドミニクは立ち上がり、ブツブツと「空気の読めないやつだな」とこぼしている。
アリツェも気をそがれ、ノックの主に少し腹が立った。
「すまない、ここにアリツェが来ていないか?」
ラディムの声だった。どうやらアリツェを探しに来たようだ。
「はい、おります。わたくしに何か御用でしょうか、ラディム様」
ドミニクとの時間をつぶされた腹いせに、アリツェは少し棘のある声でラディムに返事をした。
「叔父上の説得もあったので、私は父上を叛意させるために帝国軍陣地に戻ろうと思う。叔父上から預かった書状を、父上に渡す件もあるしな」
扉の外にいるラディムには、そんなアリツェの立腹がわからないのだろう。アリツェの苛立たしげな声にも気づかず、自らの要件をぺらぺらとしゃべっている。
(ここはドミニク様の御部屋でもあるんですのよ。もう少し遠慮というものを、なさった方がよろしいんじゃないかしら……)
帝国の第一皇子として育てられただけあって、ラディムはこのあたりの機微に疎いのだろうと、アリツェは勝手に解釈し、納得した。
「そこで、陣地に戻る前に、もう一度アリツェと話ができないかと思ったんだ」
「わかりましたわ。では、これからラディム様の御部屋にうかがわせていただきますわ」
アリツェはドミニクに一言謝ると、椅子から立ち上がって、ラディムの部屋へと向かった。
ドミニクとの時間を取られてむっとはしたけれど、大切な双子の兄の願いだ。むげに断るわけにもいかない。それに、帝国軍陣地で万が一の事態が起こらないとも限らない。話せる機会があるうちに、いろいろと話しておくべきだという思いもあった。
ラディムの自室に入ると、アリツェは近くの椅子を勧められた。指示された椅子にアリツェがちょこんと座ると、相対するようにラディムは別の椅子に座る。
「悪かったな。ドミニクと何か大事な話があったんじゃないのか?」
「ええ、まあ。でも、ドミニク様とはまたあとでお話しできますし、今は時間のないラディム様を優先させていただきますわ」
ラディムの部屋に移動する間に、アリツェの頭はすっかり冷えていた。腹立たしさも消えたので、アリツェは言葉に棘を含ませるような真似は、もうしなかった。
「そういってもらえると助かる」
ラディムは苦笑した。
「ところで、今はラディム様ご本人ですか? それとも、優里菜様でしょうか」
ラディムからは、ラディムと優里菜の間で主人格を一日交代にすると聞いていた。フェルディナントとの会話の様子を鑑みると、昨日がラディムの担当だったと感じられたので、今は優里菜の可能性がある。
「あー、辺境伯家にいる間は、私自身の生まれの話などもあるって理由で、優里菜には自重してもらっている」
であるならば、今はラディム本人だという訳だ。なるほど、確かに出生の秘密の話をするのであれば、ラディムの人格が主になるべきだろう。
「わかりましたわ。あ、それと、今後はラディム様をお兄様とお呼びいたしてもよろしいでしょうか? 双子だと確定いたしましたし」
アリツェとしては、ラディムが兄であるとわかった以上は、きちんと兄と呼びたかった。名前呼びでは、他人行儀すぎるだろうと。
「それはもちろん、構わない。好きに呼んでくれ」
ラディムは特に嫌がるそぶりも見せず、うなずいた。
「ありがとうございますわ、お兄様」
0
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています
黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。
彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。
ようやく手に入れた穏やかな日々。
しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。
彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。
そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。
「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。
「いつものことだから、君のせいじゃないよ」
これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。
二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。
心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる