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第九章 二人の真実
7 お兄様に告白いたしましたわ……
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「万が一、私の身に何かあったら、子猫のミアをよろしく頼みたい」
部屋の隅でおとなしく眠っているミアを、ラディムは指さした。
「もちろんですわ! ミアは悠太様の使い魔でもありました。面倒を見るのは当然の話ですわ」
ラディムに言われるまでもない。悠太がミアを愛していた様子は、記憶の中のカレル・プリンツの姿を思い出せばすぐにわかる。ミアもカレル・プリンツに深く懐いていたし、アリツェが面倒を見る事態になっても、納得はするだろう。
「そういってもらえると、心強いな」
安心したのか、ラディムはホッと吐息を漏らした。
「お任せくださいまし」
アリツェは胸をそらし、ポンッと胸板を叩いた。
「それともう一つ。いや、むしろこっちが本命というか……。今、王都にマリエという名の黒髪の少女が、帝都の世界再生教会より派遣されている。悪いが、辺境伯家で彼女の後見をしてやってもらえないか?」
ラディムの言葉に、アリツェは一瞬固まった。
「え!? ……世界再生教の、マリエ様ですか?」
「知っているのか?」
アリツェの裏返った声に、ラディムは不審そうに首をかしげた。
「あ、いえ……。黒髪の少女で、マリエという名の世界再生教の導師と戦った経験があるのですが、ただ、王都ではなくプリンツ子爵領でですわ」
アリツェは背筋に冷汗が流れ出るのを感じた。なんだか、いやな予感がする。
「じゃあ別人かな? でも、符合する点が多くて、気になるな」
ラディムは顎に手を添えながら、首をひねって考え込んだ。
「そういえば、王都から派遣されたと、口にしていたような記憶も……」
子爵邸で盗み聞いた養父マルティンとマリエとの会話の中に、何やらそんな内容が含まれていた気がする。
「じゃあ、本人の可能性が高いな。あ、戦ったって言うなら、マリエは不思議な拘束術を使ってこなかったか? こう、透明の腕が絡みつく感じの」
アリツェは頭を抱えた。間違いなく、アリツェの戦ったマリエは、ラディムの口にしているマリエと同一人物だ。
「まさしく、そのとおりですわ。わたくし一度、その拘束術にしてやられましたもの」
毛糸球のようなマジックアイテムを投げつけられるや、おぞましい腕のようなものが身体を這いつくばり、がんじがらめに縛り上げられた。戦ったのは悠太だが、アリツェは悠太の記憶を通じてその感触を思い出し、身体をぶるっと震わせた。
「間違いない、マリエだ」
件の人物だと確信して、ラディムは嬉しそうにつぶやいた。
やれマリエは魔術の天才だった、やれマリエは別人格の記憶を持っていて、脳の知識が豊富だった。などなど。状況が状況だけに、最初はマリエがもう一人のテストプレイヤーで、転生者なのではないかとさえラディムは疑ったと言う。結局は、もう一人はアリツェだったので、推論は間違っていたけれど、とラディムは最後に付け加えた。
「それでその、マリエ様なのですが……」
嬉々として話すラディムの姿を見るのは辛く、アリツェは言葉を濁した。
この先の事実を言いたくはなかった。だが言わなければならない。ラディムはこれから、死地とでも言うべき場所へと赴こうとしている。今、真実を告げなければダメだ。
――アリツェがマリエを殺害した、決して消すことの敵わない忌まわしき事実を……。
「可愛い奴だっただろう? 勉強熱心で、私のことを随分と慕ってくれた。早く、会いたいものだな」
ニコニコと笑うラディムの顔を、アリツェは直視できなかった。
「実は……」
言わなければ。告げなければ。伝えなければ……。
「精霊教の誤解を解けば、きっとマリエはアリツェのいい友人になれると思う。私から紹介してやろう」
アリツェの葛藤にはまったく気付かず、ラディムはマリエの話を続ける。
「いえ、あの……。マリエ様は……」
「ん、どうした?」
ようやく、アリツェの様子がおかしいことにラディムも気づいたようだ。
「わたくしが――」
アリツェは、ここからの記憶があいまいになった。激しくラディムと言い争ったような記憶が、かすかにある。
お互いの立場から、それぞれ譲れない点があり、最後は喧嘩別れのようになった。
最後に見せたラディムのゆがんだ顔だけは、ぼんやりしたアリツェの記憶の中にも、くっきりと刻まれている。あの表情は、忘れたくても、忘れられないだろう。
「アリツェがそんな人間だとは、失望した。私は、もうこの地へは戻らないだろう!」
吐き捨てるように怒鳴ったラディムによって、アリツェは部屋から叩き出された。
その後、アリツェはラディムと話す機会を持てずじまいだった。
翌日、フェルディナントから、ラディムが帝国軍陣地へと戻ったと伝えられる。ミアの姿も見えないことから、ラディムに同行したのだろう。
なんとも後味の悪い別れになった。だが、あの時のアリツェには、マリエを屠る以外の選択肢がなかった。どうしようもなかった。今、あの時に戻ったとしても、別の道を選び取れるとは思えない。マリエの態度は頑なで、アリツェの言葉には一切、耳を貸そうとはしなかったのだから。
マリエはつぶやいていた。「大恩あるあの方を裏切れない」と。『あの方』とは、きっと、ラディムなのだろう。
さらに翌日、アリツェは帝国が軍を引いたとの知らせを受けた。無事にラディムが皇帝を説得できたようだ。
結局、ラディムはそのまま辺境伯家に戻らなかった。やはり、アリツェとのいさかいが原因かもしれない。ラディムは辺境伯領へは戻らないと宣言をして、出て行ったのだから。
部屋の隅でおとなしく眠っているミアを、ラディムは指さした。
「もちろんですわ! ミアは悠太様の使い魔でもありました。面倒を見るのは当然の話ですわ」
ラディムに言われるまでもない。悠太がミアを愛していた様子は、記憶の中のカレル・プリンツの姿を思い出せばすぐにわかる。ミアもカレル・プリンツに深く懐いていたし、アリツェが面倒を見る事態になっても、納得はするだろう。
「そういってもらえると、心強いな」
安心したのか、ラディムはホッと吐息を漏らした。
「お任せくださいまし」
アリツェは胸をそらし、ポンッと胸板を叩いた。
「それともう一つ。いや、むしろこっちが本命というか……。今、王都にマリエという名の黒髪の少女が、帝都の世界再生教会より派遣されている。悪いが、辺境伯家で彼女の後見をしてやってもらえないか?」
ラディムの言葉に、アリツェは一瞬固まった。
「え!? ……世界再生教の、マリエ様ですか?」
「知っているのか?」
アリツェの裏返った声に、ラディムは不審そうに首をかしげた。
「あ、いえ……。黒髪の少女で、マリエという名の世界再生教の導師と戦った経験があるのですが、ただ、王都ではなくプリンツ子爵領でですわ」
アリツェは背筋に冷汗が流れ出るのを感じた。なんだか、いやな予感がする。
「じゃあ別人かな? でも、符合する点が多くて、気になるな」
ラディムは顎に手を添えながら、首をひねって考え込んだ。
「そういえば、王都から派遣されたと、口にしていたような記憶も……」
子爵邸で盗み聞いた養父マルティンとマリエとの会話の中に、何やらそんな内容が含まれていた気がする。
「じゃあ、本人の可能性が高いな。あ、戦ったって言うなら、マリエは不思議な拘束術を使ってこなかったか? こう、透明の腕が絡みつく感じの」
アリツェは頭を抱えた。間違いなく、アリツェの戦ったマリエは、ラディムの口にしているマリエと同一人物だ。
「まさしく、そのとおりですわ。わたくし一度、その拘束術にしてやられましたもの」
毛糸球のようなマジックアイテムを投げつけられるや、おぞましい腕のようなものが身体を這いつくばり、がんじがらめに縛り上げられた。戦ったのは悠太だが、アリツェは悠太の記憶を通じてその感触を思い出し、身体をぶるっと震わせた。
「間違いない、マリエだ」
件の人物だと確信して、ラディムは嬉しそうにつぶやいた。
やれマリエは魔術の天才だった、やれマリエは別人格の記憶を持っていて、脳の知識が豊富だった。などなど。状況が状況だけに、最初はマリエがもう一人のテストプレイヤーで、転生者なのではないかとさえラディムは疑ったと言う。結局は、もう一人はアリツェだったので、推論は間違っていたけれど、とラディムは最後に付け加えた。
「それでその、マリエ様なのですが……」
嬉々として話すラディムの姿を見るのは辛く、アリツェは言葉を濁した。
この先の事実を言いたくはなかった。だが言わなければならない。ラディムはこれから、死地とでも言うべき場所へと赴こうとしている。今、真実を告げなければダメだ。
――アリツェがマリエを殺害した、決して消すことの敵わない忌まわしき事実を……。
「可愛い奴だっただろう? 勉強熱心で、私のことを随分と慕ってくれた。早く、会いたいものだな」
ニコニコと笑うラディムの顔を、アリツェは直視できなかった。
「実は……」
言わなければ。告げなければ。伝えなければ……。
「精霊教の誤解を解けば、きっとマリエはアリツェのいい友人になれると思う。私から紹介してやろう」
アリツェの葛藤にはまったく気付かず、ラディムはマリエの話を続ける。
「いえ、あの……。マリエ様は……」
「ん、どうした?」
ようやく、アリツェの様子がおかしいことにラディムも気づいたようだ。
「わたくしが――」
アリツェは、ここからの記憶があいまいになった。激しくラディムと言い争ったような記憶が、かすかにある。
お互いの立場から、それぞれ譲れない点があり、最後は喧嘩別れのようになった。
最後に見せたラディムのゆがんだ顔だけは、ぼんやりしたアリツェの記憶の中にも、くっきりと刻まれている。あの表情は、忘れたくても、忘れられないだろう。
「アリツェがそんな人間だとは、失望した。私は、もうこの地へは戻らないだろう!」
吐き捨てるように怒鳴ったラディムによって、アリツェは部屋から叩き出された。
その後、アリツェはラディムと話す機会を持てずじまいだった。
翌日、フェルディナントから、ラディムが帝国軍陣地へと戻ったと伝えられる。ミアの姿も見えないことから、ラディムに同行したのだろう。
なんとも後味の悪い別れになった。だが、あの時のアリツェには、マリエを屠る以外の選択肢がなかった。どうしようもなかった。今、あの時に戻ったとしても、別の道を選び取れるとは思えない。マリエの態度は頑なで、アリツェの言葉には一切、耳を貸そうとはしなかったのだから。
マリエはつぶやいていた。「大恩あるあの方を裏切れない」と。『あの方』とは、きっと、ラディムなのだろう。
さらに翌日、アリツェは帝国が軍を引いたとの知らせを受けた。無事にラディムが皇帝を説得できたようだ。
結局、ラディムはそのまま辺境伯家に戻らなかった。やはり、アリツェとのいさかいが原因かもしれない。ラディムは辺境伯領へは戻らないと宣言をして、出て行ったのだから。
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