わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

文字の大きさ
105 / 272
第九章 二人の真実

7 お兄様に告白いたしましたわ……

しおりを挟む
「万が一、私の身に何かあったら、子猫のミアをよろしく頼みたい」

 部屋の隅でおとなしく眠っているミアを、ラディムは指さした。

「もちろんですわ! ミアは悠太様の使い魔でもありました。面倒を見るのは当然の話ですわ」

 ラディムに言われるまでもない。悠太がミアを愛していた様子は、記憶の中のカレル・プリンツの姿を思い出せばすぐにわかる。ミアもカレル・プリンツに深く懐いていたし、アリツェが面倒を見る事態になっても、納得はするだろう。

「そういってもらえると、心強いな」

 安心したのか、ラディムはホッと吐息を漏らした。

「お任せくださいまし」

 アリツェは胸をそらし、ポンッと胸板を叩いた。

「それともう一つ。いや、むしろこっちが本命というか……。今、王都にマリエという名の黒髪の少女が、帝都の世界再生教会より派遣されている。悪いが、辺境伯家で彼女の後見をしてやってもらえないか?」

 ラディムの言葉に、アリツェは一瞬固まった。

「え!? ……世界再生教の、マリエ様ですか?」

「知っているのか?」

 アリツェの裏返った声に、ラディムは不審そうに首をかしげた。

「あ、いえ……。黒髪の少女で、マリエという名の世界再生教の導師と戦った経験があるのですが、ただ、王都ではなくプリンツ子爵領でですわ」

 アリツェは背筋に冷汗が流れ出るのを感じた。なんだか、いやな予感がする。

「じゃあ別人かな? でも、符合する点が多くて、気になるな」

 ラディムは顎に手を添えながら、首をひねって考え込んだ。

「そういえば、王都から派遣されたと、口にしていたような記憶も……」

 子爵邸で盗み聞いた養父マルティンとマリエとの会話の中に、何やらそんな内容が含まれていた気がする。

「じゃあ、本人の可能性が高いな。あ、戦ったって言うなら、マリエは不思議な拘束術を使ってこなかったか? こう、透明の腕が絡みつく感じの」

 アリツェは頭を抱えた。間違いなく、アリツェの戦ったマリエは、ラディムの口にしているマリエと同一人物だ。

「まさしく、そのとおりですわ。わたくし一度、その拘束術にしてやられましたもの」

 毛糸球のようなマジックアイテムを投げつけられるや、おぞましい腕のようなものが身体を這いつくばり、がんじがらめに縛り上げられた。戦ったのは悠太だが、アリツェは悠太の記憶を通じてその感触を思い出し、身体をぶるっと震わせた。

「間違いない、マリエだ」

 件の人物だと確信して、ラディムは嬉しそうにつぶやいた。

 やれマリエは魔術の天才だった、やれマリエは別人格の記憶を持っていて、脳の知識が豊富だった。などなど。状況が状況だけに、最初はマリエがもう一人のテストプレイヤーで、転生者なのではないかとさえラディムは疑ったと言う。結局は、もう一人はアリツェだったので、推論は間違っていたけれど、とラディムは最後に付け加えた。

「それでその、マリエ様なのですが……」

 嬉々として話すラディムの姿を見るのは辛く、アリツェは言葉を濁した。

 この先の事実を言いたくはなかった。だが言わなければならない。ラディムはこれから、死地とでも言うべき場所へと赴こうとしている。今、真実を告げなければダメだ。

 ――アリツェがマリエを殺害した、決して消すことの敵わない忌まわしき事実を……。

「可愛い奴だっただろう? 勉強熱心で、私のことを随分と慕ってくれた。早く、会いたいものだな」

 ニコニコと笑うラディムの顔を、アリツェは直視できなかった。

「実は……」

 言わなければ。告げなければ。伝えなければ……。

「精霊教の誤解を解けば、きっとマリエはアリツェのいい友人になれると思う。私から紹介してやろう」

 アリツェの葛藤にはまったく気付かず、ラディムはマリエの話を続ける。

「いえ、あの……。マリエ様は……」

「ん、どうした?」

 ようやく、アリツェの様子がおかしいことにラディムも気づいたようだ。

「わたくしが――」

 アリツェは、ここからの記憶があいまいになった。激しくラディムと言い争ったような記憶が、かすかにある。

 お互いの立場から、それぞれ譲れない点があり、最後は喧嘩別れのようになった。

 最後に見せたラディムのゆがんだ顔だけは、ぼんやりしたアリツェの記憶の中にも、くっきりと刻まれている。あの表情は、忘れたくても、忘れられないだろう。

「アリツェがそんな人間だとは、失望した。私は、もうこの地へは戻らないだろう!」

 吐き捨てるように怒鳴ったラディムによって、アリツェは部屋から叩き出された。

 その後、アリツェはラディムと話す機会を持てずじまいだった。

 翌日、フェルディナントから、ラディムが帝国軍陣地へと戻ったと伝えられる。ミアの姿も見えないことから、ラディムに同行したのだろう。

 なんとも後味の悪い別れになった。だが、あの時のアリツェには、マリエを屠る以外の選択肢がなかった。どうしようもなかった。今、あの時に戻ったとしても、別の道を選び取れるとは思えない。マリエの態度は頑なで、アリツェの言葉には一切、耳を貸そうとはしなかったのだから。

 マリエはつぶやいていた。「大恩あるあの方を裏切れない」と。『あの方』とは、きっと、ラディムなのだろう。

 さらに翌日、アリツェは帝国が軍を引いたとの知らせを受けた。無事にラディムが皇帝を説得できたようだ。

 結局、ラディムはそのまま辺境伯家に戻らなかった。やはり、アリツェとのいさかいが原因かもしれない。ラディムは辺境伯領へは戻らないと宣言をして、出て行ったのだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。 彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。 ようやく手に入れた穏やかな日々。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。 彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。 そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。 「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。 「いつものことだから、君のせいじゃないよ」 これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。 二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。 心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...