上 下
115 / 272
第十章 皇子救出作戦

5 密会現場ですわ

しおりを挟む
 エリシュカの地図を頼りに、悠太たちは宮殿の二階へと移動した。

 二階は主に、皇族とその関係者の私室が配置されている。一番奥が皇帝ベルナルドの部屋で、ラディムの部屋はその一つ手前にある。だが、そこに至るまでには、危険人物のザハリアーシュの私室の傍を通らなければならなかった。

 導師部隊はおそらく宮殿正面の衛兵たちの下へ、加勢に行っているはずだ。ルゥの視覚からの情報でも、それらしき子供たちの姿があった。であれば、指揮官としてザハリアーシュも出払っているだろう。

 だが、用心に越したことはない。悠太たちは慎重に進んだ。

「あの扉が、ザハリアーシュの私室だね。まさか部屋の中にはいないだろうけれど、十分注意しよう」

 ドミニクの言葉に、悠太はうなずいた。念のため、ペスに霊素を追加注入し、途中で風の精霊術が切れないように気を配る。

 抜き足、差し足、忍び足……。

 精霊術で音は消えているはずだが、念には念を入れて、足音が出ないようにゆっくりと進んだ。

「――が、――で」

 悠太は扉の前で足を止めた。部屋の中から話し声が漏れてくる。

「ザハリアーシュがいるのか? しかしなぜ……。導師部隊は放置しているのか?」

 ドミニクは首をかしげている。

「ここにいてはまずいですわ。いつ何時、ザハリアーシュが部屋から出てくるかもわかりません。いったんあの通路の影へ、身を潜めましょう」

 ちょうど二人が身を寄せ合えば隠れられそうな空間を見つけ、悠太はドミニクを先導した。

「ちょ、ちょっとアリツェ。ここ狭くないかい?」

 ドミニクが少し顔を紅潮させながら抗議する。

「贅沢言わないでくださいませ。少しの間の辛抱ですわ。少し、彼らの話を盗み聞きいたしましょう」

 ドミニクの戸惑いなど知ったことではないと、悠太は強引に物陰へとドミニクを引きずり込んだ。

「しかし、時間がないのでは……」

 悠太はドミニクの口元に人差し指を当てた。これ以上の余計なおしゃべりは不要だ。

「子爵邸の時に痛感いたしましたの。もめ事が起こっている際に、こそこそと何やら話し合っている方々の会話は、重要な内容である場合が多いと」

 たいていは、ろくでもない企みをしているものだ。子爵邸での件もそうだが、悠太の現世の創作物でも、こういったシーンはよく見かけた。

「そうなのかい? まぁ、ボクも少し、気になると言えば気になるかな。わかった、アリツェに任せるよ」

 ドミニクは観念したのか、それ以上は押し黙った。

「うふふ、精霊術に掛かればちょちょいのちょいですわ! ペス、以前のようにお願いいたしますわ」

 ペスはうなずいて、そそくさとザハリアーシュの部屋の扉の前に移動し、中の会話に注意を傾けだした。

 ペスの聴覚を通じて、悠太の脳裏にも会話の内容が入り込んでくる。

「ドミニク様、内容については後ほどお伝えいたします。退屈かもしれませんが、少々お待ちくださいませ」

 ペスとの精神リンクがないドミニクには、残念ながら部屋の内部の会話を聞かせられない。しばらくはおとなしく待っていてもらうしかなかった。

 ドミニクは苦笑しながら、「うん、アリツェに任せるって言った以上は、このまま待たせてもらうよ」と言って、座り込んだ。






「まさか、ムシュカ伯爵が反乱を起こすとは……」

 ザハリアーシュの声が聞こえてきた。

「ザハリアーシュよ、兆候はなかったのか? ラディムの処刑に支障があると、今後の計画に問題が出てくるぞ」

 相手の声は、ザハリアーシュよりもさらに低く、威厳がこもっていた。

「私の方では掴んでおりませんでした、大司教様。ただ、ムシュカ伯爵の娘エリシュカはラディムの付きの侍女をしておりましたので、もしかしたらエリシュカ経由で、伯爵に働きかけがあったのやもしれませんな」

 ザハリアーシュの会話の相手は、世界再生教の大司教のようだ。

 どうやらザハリアーシュたちはまだ、ムシュカ伯爵の反乱の意図をつかみきれていないようだ。

「あのやり手の伯爵が、単なる娘の願いだけで勝てもしない戦いを起こすか?」

 大司教が訝しげな声を上げた。

「何かほかに裏があると? うーむ、私もエリシュカとはそれなりに親しくしておりましたが、ラディムが親征軍に加わって以後は、あまり話す機会を持てませんで……。その間に、何かあったのでしょうか」

 戸惑った声をザハリアーシュはあげた。

「まぁ、もう起きてしまった事実は変えられまい。今後のことを話し合うか」

「大司教様の指示どおり、帝国内の精霊教はほぼ一掃されております。長い時間をかけて、皇帝ベルナルドと第一皇子ラディムを洗脳してきた甲斐があったというものです」

 皇帝とラディムを洗脳した……。衝撃の事実だった。皇帝やラディムが頑なに世界再生教を信じていたのも、この男の暗躍があったかららしい。

「皇家のプライベートにうまいこと入り込んだな、ザハリアーシュよ」

「聖職者であると同時に、私は教師でもありましたからな。ラディムの教育係に任命されるよう、うまく立ち回らせていただきましたぞ」

 大司教からの賛辞に、誇らしげな声をザハリアーシュはあげた。
しおりを挟む

処理中です...