わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

文字の大きさ
116 / 272
第十章 皇子救出作戦

6 あの司教の悪だくみは許せませんわ

しおりを挟む
「しかし、精霊が大地の生命力を吸い出して、枯らしてしまうか……。まったくよくできたでたらめを考えたものよ。実際は、真逆なのにな」

 大司教の言葉を察すると、世界再生教側も精霊術の本来の効果を知っていたようだ。精霊は決して、大地を枯らす存在ではないと。

 でたらめを教え込み、帝国国民に流布する。何と罪深い連中だろうか。

「ハッハッハ、そう褒めないでくだされ」

 ザハリアーシュは高笑いを上げた。

 悠太は不快感がこみあげてくる。精霊をわざと汚すとは、許せないやつらだった。

「一時はラディムに疑いを持たれたこともありました。ある日突然、頭の中に女の声が響き、精霊は善だと言ってきたなどと私に相談をしに来ましてな。私は一笑に付し、教会で祈りを捧げさせたのですが、その際に、マリエという娘に作らせた精神に作用するマジックアイテムをラディムに投げつけ、思考を少々操作してやりましたぞ。あの後、すっかりラディムは従順になりましたな」

 ザハリアーシュはずいぶんと手の込んだ工作までしていたようだ。口ではラディムのためと言っておきながら、裏では真逆の行動をとっている。お近づきになりたくないタイプの人間だ。

「まぁ、お前の悪知恵のおかげで、帝国はほぼ我々の手中に収まった。あとは、憎きフェイシア王国攻略だが」

「プリンツ辺境伯は、今のところ動きを見せておりませんな」

 ひそかに領軍を整え、フェイシア国王に対し王国軍の編成を依頼しているフェルディナントの動きに、どうやら世界再生教はまだ気づいていないようだ。

「だが、ムシュカ伯爵の反乱に同調して、兵をあげる危険性もあるのではないか?」

 さすがに大司教まで上り詰めた男だ。嗅覚が鋭い。

「確かに、あり得る話ですな。それに、ラディムの救出を企てている可能性もあるかもしれませんぞ。なにしろ、ラディムはプリンツ辺境伯の甥ですからな」

 大司教の指摘に、ザハリアーシュも納得したようだ。

「……ザハリアーシュよ。ふと思ったのだが、もしかしたらムシュカ伯爵は、プリンツ辺境伯とすでに渡りをつけておるのではないか? それで、我が帝都を挟み撃ちにしようと企てている、と」

 鋭い指摘だった。まさに、大司教の懸念するとおりに、フェルディナントもムシュカ伯爵も動いている。この大司教は曲者だ。今後も注意する必要があるだろう。

「考えすぎではないでしょうか……とは言えませんな。可能性、大いにありますぞ。であるとすると、すでにプリンツ辺境伯は動き出しているかもしれませんな」

「不味いな……。ラディムをプリンツ辺境伯に奪われるのは危険だ。奴は皇位継承権第一位の皇子だ。相手に渡れば厄介だぞ」

 大司教は当然の帰結として、フェルディナントやムシュカ伯爵たちにとってのラディムの重要性も認識していた。

 どうにも不味い流れだった。悠太たち反乱側の意図が、ある程度正確に知れてしまったことになる。

 ラディム救出を急がなければならないし、また、決して失敗は許されない。

「仕方がありません。皇帝を説得して、処刑の日時を早めましょうかな」

 ザハリアーシュは恐ろしい内容を口にした。これは、何としても今夜で決着をつけないと、最悪の結果になりかねない。

「それが無難だな。では、後は頼んだぞ、ザハリアーシュ。私はいったん大神殿へ戻る」

「承知いたしました。吉報をお持ちできるよう、善処いたしますぞ」

 そこで二人の会話が終わった。悠太はすぐさまペスに戻るよう指示を出した。






「……いったいなんですか、これは!」

 悠太は思わず、握りしめたこぶしで床を叩いた。

「アリツェ、どうしたんだ?」

 ドミニクは訳が分からず、不安げに悠太の顔を覗き込んだ。

「あまりにもひどい内容で……。わたくし、この込み上げる怒りを、どこにぶつければよいのでしょうか!」

「落ち着いて、アリツェ。本来の目的を見失ってはダメだよ。まずはラディム救出だ」

 ドミニクは悠太の両肩をガシッとつかみ、鋭く見つめてきた。

「は、はい……。すみません、ドミニク様。世界再生教のあまりにも非道な仕打ちに、わたくしつい……」

 ドミニクのまなざしに、悠太は急速に怒気が抜けていくのを感じた。

(う、まただ……。なぜだかドミニクの顔を見ていると、怒りとは別の感情がこみあげてくる。なんなんだ、いったい……)

 ここ数日感じている違和感。やはり、アリツェの人格に引っ張られているのだろうか。悠太は必死に頭を振り、邪念を振り払った。

「アリツェ?」

 悠太の様子にドミニクは首をかしげた。悠太は慌てて、「なんでもないですわ」と両手を振った。いけない、今はそれどころではない。

「ザハリアーシュの会話の詳細は、あとで聞かせてもらう。今は時間もあまりない。伯爵たちが不利になる前に、さっさとラディムを連れ帰ろう」

 確かに、今はラディム救出が最優先だ。悠太は頬を軽く叩き、気を入れなおした。

「急ぎましょう、ドミニク様。ザハリアーシュの部屋には世界再生教の大司教がいます。会話も終わったので、間もなく部屋から出てくるはずですわ。見つかる前に、お兄様の私室に向かいましょう」

 悠太は立ち上がり、ドミニクに手を差し出した。

「そんな大物がいたのか!? なるほど、ザハリアーシュが導師部隊の指揮をほっぽり出すわけだ。大司教の歓待の方が重要だろうしな」

 ドミニクはうなずきながら、差し出された悠太の手を取って立ち上がった。

「では、引き続き、ペスお願いしますわ」

 ペスの風の精霊術で改めて気配を消し、奥のラディムの私室を目指した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...