わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第十章 皇子救出作戦

8 皇帝を説得いたしますわ

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「しかしそうなると、陛下も洗脳されていたってことになるな」

「ええ、ザハリアーシュ本人もそのように話しておりましたわ」

 ラディムのつぶやきに、悠太は首肯した。

「では、やはり陛下を説得せねば。国民に対し、でたらめな情報を広め、信じさせてしまった我が皇家の責任を果たさねば……」

 ラディムは憑りつかれたかのように、「皇家の責任、皇家の責任」と呟いている。

「しかし、皇帝は聞く耳を持つのか? 一度失敗しているのだろう?」

 ラディムの様子を見て、ドミニクは不安そうに口にした。

 失敗したからこその、今のラディムの状況でもある。悠太もドミニクと同じ懸念を持った。

「そもそも世界再生教会側が、我々をだますつもりで行動していたとなれば、話は別だ。陛下も耳を傾けてくれるはず」

 ラディムは、「陛下は聡明だから、事情を知れば必ず叛意されるはずだ」と言った。

 悠太もドミニクも、皇帝ベルナルド本人と相対したことはない。ここは、ラディムの言葉を信じるしかなかった。

「結局、お兄様が拘束された当時の状況は、どうなっていたのです?」

 悠太は二度目の説得失敗を避けたいと思い、ラディムが帝国軍陣地で皇帝を説き伏せられなかった時の様子の確認をした。

「アリツェと別れて、その晩にすぐ、陣地に戻ったのだが――」

 ラディムは拘束された状況を話しはじめた。

 ラディムは陣地に戻り皇帝と面会し、フェルディナントからの書状とともに説得したが、ベルナルドは頑として聞き入れようとはせず、逆に、マリエが軍に預けていた拘束玉を使われ、身柄を拘束された。強引に捕らえにくるとは思っておらず、ラディムは魔術を使う間もなくがんじがらめに縛られた。

 その際に、ラディムはとっさに念話でミアに逃げ出すよう指示をしたため、ミアはどうにか無事に逃げのびていると思われる。おそらくはラディムを探すために帝都に向かっているか、辺境伯家へ戻っているかのどちらかだと推測できる。

「――というわけだ」

 ラディムは悔しげな表情を浮かべた。

「あのマリエさんの拘束玉は、確かに厄介ですわ。わたくしの精霊術でも解除ができませんでしたし」

 うごめく透明の腕を思い出し、悠太は気持ち悪さにブルリと体を震わせた。

「私はとんでもない人物を、育ててしまったようだ……」

 マリエに魔術を教えたのはラディムだ。ただ、魔術の細かな扱いに関しては、マリエは完全にラディムを追い抜いてしまったが。

「ミアがいないのは、ちょっと苦しいですわね。この人数で潜んで逃げるには、ペスだけでは厳しいですわ」

 悠太とドミニク二人ならともかく、衰弱しているラディムも一緒となると、少し辛い。悠太はミアが近くにいることを期待していたのだが、どうやら当ては外れたようだ。であるならば、どうにか宮殿正面で控えているルゥを呼び戻さないといけない。

「いや、私が陛下を説得できれば済む話だ。行こう、陛下の下へ」

 ラディムはあくまでベルナルドを説得するつもりのようだ。

 悠太はドミニクと顔を合わせ、うなずきあった。ここはもう、ラディムの気の済むようにやらせるべきだと。

 悠太はペスに纏わせている光の精霊術で、ラディムの体力を動ける程度にまで回復させた。何とか自力で立って歩けるようになったラディムは、先頭に立って部屋を出た。

 ラディムのあとについて、悠太たちはラディムの部屋からさらに奥へと進み、ベルナルドの私室に向かう。

 ラディムはベルナルドの私室の扉の前に立つと、ゆっくりとノックをした。中から「入れ」との声が聞こえ、ラディムは扉を押し開いた。

「ラディム! 貴様どうやって?」

 目の前のラディムの姿に、ベルナルドは目を見開いた。

「陛下、お聞きください。我々は世界再生教に騙されております!」

 ラディムは精いっぱい虚勢を張り、ベルナルドを鋭く見据えた。

 最初にベルナルドにアリツェを紹介し、双子であることを明かしてから、ラディムは悠太から聞かされたザハリアーシュや世界再生教の真意を、こんこんと説いた。聞いているベルナルドの表情は、次第にこわばっていく。

「いまさらそのような話をされても、困るぞ……。帝国はもう動き出している。この期に及んで、我々は止まるわけにはいかないのだ」

 ラディムの話が終わり、ベルナルドはしばらく考え込んだが、最終的にはラディムの説得を拒否した。

「陛下! このままでは、逆に世界を破滅に導きます! 私たちはザハリアーシュに騙されているのですよ!」

 世界再生教側のたくらみを知ってなお、ベルナルドは頑なだった。

 ラディムは声を張り上げた。

「……では聞くが、そこの小娘。アリツェといったか。その娘が嘘をついているのではないか?」

 ベルナルドは視線を、ラディムの後ろに立つ悠太に向けてきた。

「わ、わたくしは嘘など付いておりませんわ!」

 突然ベルナルドから話を振られて、悠太は動揺した。

「ふっ、どうだか。それに、私の姪だというのも怪しいものだな。そんな話、私は一切聞いたこともない」

 ベルナルドは鼻で笑った。

「ですからそれは!」

 悠太は抗議の声を上げ、弁明をしようとした。だが――。

「ふんっ、いくら取り繕ってみようが、私は騙されん」

 悠太の言葉を遮ってベルナルドは立ち上がると、腰に下げた剣を抜いた。刀身が照明の火に照らされ、ギラリと鈍く光る。

「ラディム……。私は言ったはずだ。精霊教に寄与したら、たとえお前でも容赦しないと。おとなしく、処刑の日まで待つのだ」

 ベルナルドは冷たく言い捨てると、ラディムの下に歩を進めた。

「お兄様! これ以上の説得は無理ですわ!」

 危険を感じ、悠太は叫んだ。

「くっ、なんという……」

 ラディムは説得をあきらめ、じりじりと後退した。

 悠太は素早くペスに指示を送り、光の精霊術で強烈な光を前方に照射した。ベルナルドは突然の光に両眼を潰され、剣を取り落として、うめき声をあげた。

 その隙を見て、悠太は「走りなさいっ!」と声を張り上げると、ベルナルドの部屋から逃げ出した。
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