122 / 272
第十一章 婚約
2 わたくし婚約いたしますわ
しおりを挟む
「ボクは、……実は、フェイシア王国の第二王子、ドミニク・ルホツキーという。ヴェチェレクは母方の姓なんだ」
アリツェは卒倒しそうになった。まさか、王子様とは。
「今までだますような真似をしてきて、すまなかったよ。実はね、ボクがアリツェの指導伝道師になったのも、将来の結婚を見越してなんだ」
「なん……ですって……」
アリツェは呆然とドミニクの顔を見つめた。
「あ、でもね。別に仕組まれたから君に結婚を申し込んでいるわけじゃない。ボクは本当に、君のことが好きになってしまったんだ」
アリツェの様子を見て、ドミニクは慌てて弁明をした。
「大司教側は、精霊教最大の庇護者である辺境伯家とフェイシアの王家がつながりを持つことで、王国内の精霊教の地盤を確かなものにしたいといった思惑があるようだね」
あの人のよさそうな大司教、とんだ食わせ物だった。さすがに教会のトップに上り詰めただけのことはあった。
「辺境伯家の娘であれば、王家の結婚相手として、身分上の問題もないから」
ドミニクは頭を掻きながら、「王家って面倒だからねぇ」とこぼした。
事の発端の裏事情はどうあれ、今はもう、アリツェはドミニクを好きになってしまった。大司教たちの手のひらの上で踊らされていた不快感はあるものの、ドミニクとの結婚に異存があるわけでもなかった。
「ドミニク様……、わたくしを、幸せにしていただけますか?」
ドミニクの瞳を、アリツェは鋭く見据えた。
「当然だ! ボクは生涯を、君のために捧げると誓う!」
ドミニクはアリツェの手を取り、ぎゅっと握りしめた。
「……不束者ではございますが、精いっぱい尽くしますわ。ドミニク様、末永くよろしくお願いいたします」
アリツェはニコリと微笑んだ。
それからの辺境伯邸は、非常にあわただしかった。
急使が国境沿いの軍にとどまっているフェルディナントの下に送られた。フェルディナントは軍の指揮を副官に一時的に預け、急ぎオーミュッツへと戻ってきた。
すぐさまフェルディナント、アリツェ、ドミニクの三者で話し合いがもたれ、今後の方針が決定された。王家側の意向については、ドミニクが王都に滞在している際に、すでに指示を受けているとの話だった。今回ドミニクが王都に呼ばれた理由も、どうやらこの婚約に関するあれこれの指示を受けるためだったらしい。
一.婚約の儀は、ひと月後にオーミュッツの辺境伯邸で行われ、この際、国王夫妻も呼ばれる。
二.結婚自体はアリツェの十五歳の誕生日――成人を待って執り行われる。
三.ドミニクは結婚を持って臣籍降下し、公爵となる。領地については近いうちに選定する。
ひと月後に婚約の儀を持ってきたのは、その時期に王国軍の編成が終わり、辺境伯領への進軍が始まるからだ。王国軍の動きに合わせて、国王夫妻もオーミュッツ入りする形になる。
「アリツェ、本当にいいんだね? もう、後戻りはできないぞ?」
フェルディナントはアリツェに向き直り、確認した。
「わたくしも、将来を共にするならドミニク様がいいですわ。後悔いたしません」
アリツェは力強くうなずいた。
「それならいい。……王子殿下、今まではアリツェに隠すためとはいえ、無礼な態度、すみませんでした。どうか姪を……、アリツェをよろしくお願いいたします」
フェルディナントはドミニクに深く頭を垂れた。
「プリンツ卿、そんなにかしこまらないでください。これからは親族になるのですから」
ドミニクは慌てて両手でフェルディナントを制し、顔を上げるよう頼んだ。
「それにボクはあくまで第二王子、結婚すれば王族を離れる身ですからね」
ドミニクは自嘲した。
その後は少し砕けた雰囲気になり、三人であれこれと現状の報告やら今後についてやらを語り合った。
二週間後、王都から早馬が来訪した。
「フェルディナント卿はいらっしゃるか! あと、ドミニク王子殿下は?」
辺境伯邸に駆け込んできた使者は、大分取り乱しているようだった。
「いったい何事だ。フェルディナント卿は今前線だ、私だけだが、話を聞こう」
息を切らせている使者に向けて、ドミニクは告げた。
「王子殿下、た、大変でございます。王太子殿下が……、王太子殿下が、危篤にございます!」
「なんだって!? 兄上が?」
突然の事態にドミニクは動転したのか、使者の両肩をつかみ揺さぶった。
「ドミニク様、いけませんわ! 使者の方が……」
疲労困憊の中、ドミニクに激しくゆすられたためか、使者の表情は真っ青だった。ドミニクはアリツェの指摘で、慌てて使者をつかむ手を離した。
「すまなかった。動転してしまったようだ」
ドミニクの謝罪に、使者は頭を振った。
「いえ、だいじょうぶです。それで、王太子殿下なのですが、昨今王都周辺で流行っていた伝染病に不幸にも罹患し、私が王都を発った時には、意識ももうろうとしていらっしゃる状態で……」
(王太子であるドミニク様の兄上様が危篤……、つまり、ドミニク様に王位が回ってくる可能性が出てくる……?)
アリツェは血の気が引いた。今までは、ドミニクと結婚しても王族になるわけではなかったので、ある程度気楽に考えることができた。だが、ドミニクが王に立ち、アリツェが王妃の立場になるのだとしたら……。
(王族では自由な身動きが取れなくなりますわ……。それでは、わたくしのもう一つの人生の目標、精霊教の布教と精霊術による地核エネルギーの消費に、支障が出てしまうのではないでしょうか?)
アリツェは王太子の無事を祈った。王妃といち公爵夫人とでは、立場上の自由度がまったく変わってくる。
アリツェは胸中がざわめきだした。
アリツェは卒倒しそうになった。まさか、王子様とは。
「今までだますような真似をしてきて、すまなかったよ。実はね、ボクがアリツェの指導伝道師になったのも、将来の結婚を見越してなんだ」
「なん……ですって……」
アリツェは呆然とドミニクの顔を見つめた。
「あ、でもね。別に仕組まれたから君に結婚を申し込んでいるわけじゃない。ボクは本当に、君のことが好きになってしまったんだ」
アリツェの様子を見て、ドミニクは慌てて弁明をした。
「大司教側は、精霊教最大の庇護者である辺境伯家とフェイシアの王家がつながりを持つことで、王国内の精霊教の地盤を確かなものにしたいといった思惑があるようだね」
あの人のよさそうな大司教、とんだ食わせ物だった。さすがに教会のトップに上り詰めただけのことはあった。
「辺境伯家の娘であれば、王家の結婚相手として、身分上の問題もないから」
ドミニクは頭を掻きながら、「王家って面倒だからねぇ」とこぼした。
事の発端の裏事情はどうあれ、今はもう、アリツェはドミニクを好きになってしまった。大司教たちの手のひらの上で踊らされていた不快感はあるものの、ドミニクとの結婚に異存があるわけでもなかった。
「ドミニク様……、わたくしを、幸せにしていただけますか?」
ドミニクの瞳を、アリツェは鋭く見据えた。
「当然だ! ボクは生涯を、君のために捧げると誓う!」
ドミニクはアリツェの手を取り、ぎゅっと握りしめた。
「……不束者ではございますが、精いっぱい尽くしますわ。ドミニク様、末永くよろしくお願いいたします」
アリツェはニコリと微笑んだ。
それからの辺境伯邸は、非常にあわただしかった。
急使が国境沿いの軍にとどまっているフェルディナントの下に送られた。フェルディナントは軍の指揮を副官に一時的に預け、急ぎオーミュッツへと戻ってきた。
すぐさまフェルディナント、アリツェ、ドミニクの三者で話し合いがもたれ、今後の方針が決定された。王家側の意向については、ドミニクが王都に滞在している際に、すでに指示を受けているとの話だった。今回ドミニクが王都に呼ばれた理由も、どうやらこの婚約に関するあれこれの指示を受けるためだったらしい。
一.婚約の儀は、ひと月後にオーミュッツの辺境伯邸で行われ、この際、国王夫妻も呼ばれる。
二.結婚自体はアリツェの十五歳の誕生日――成人を待って執り行われる。
三.ドミニクは結婚を持って臣籍降下し、公爵となる。領地については近いうちに選定する。
ひと月後に婚約の儀を持ってきたのは、その時期に王国軍の編成が終わり、辺境伯領への進軍が始まるからだ。王国軍の動きに合わせて、国王夫妻もオーミュッツ入りする形になる。
「アリツェ、本当にいいんだね? もう、後戻りはできないぞ?」
フェルディナントはアリツェに向き直り、確認した。
「わたくしも、将来を共にするならドミニク様がいいですわ。後悔いたしません」
アリツェは力強くうなずいた。
「それならいい。……王子殿下、今まではアリツェに隠すためとはいえ、無礼な態度、すみませんでした。どうか姪を……、アリツェをよろしくお願いいたします」
フェルディナントはドミニクに深く頭を垂れた。
「プリンツ卿、そんなにかしこまらないでください。これからは親族になるのですから」
ドミニクは慌てて両手でフェルディナントを制し、顔を上げるよう頼んだ。
「それにボクはあくまで第二王子、結婚すれば王族を離れる身ですからね」
ドミニクは自嘲した。
その後は少し砕けた雰囲気になり、三人であれこれと現状の報告やら今後についてやらを語り合った。
二週間後、王都から早馬が来訪した。
「フェルディナント卿はいらっしゃるか! あと、ドミニク王子殿下は?」
辺境伯邸に駆け込んできた使者は、大分取り乱しているようだった。
「いったい何事だ。フェルディナント卿は今前線だ、私だけだが、話を聞こう」
息を切らせている使者に向けて、ドミニクは告げた。
「王子殿下、た、大変でございます。王太子殿下が……、王太子殿下が、危篤にございます!」
「なんだって!? 兄上が?」
突然の事態にドミニクは動転したのか、使者の両肩をつかみ揺さぶった。
「ドミニク様、いけませんわ! 使者の方が……」
疲労困憊の中、ドミニクに激しくゆすられたためか、使者の表情は真っ青だった。ドミニクはアリツェの指摘で、慌てて使者をつかむ手を離した。
「すまなかった。動転してしまったようだ」
ドミニクの謝罪に、使者は頭を振った。
「いえ、だいじょうぶです。それで、王太子殿下なのですが、昨今王都周辺で流行っていた伝染病に不幸にも罹患し、私が王都を発った時には、意識ももうろうとしていらっしゃる状態で……」
(王太子であるドミニク様の兄上様が危篤……、つまり、ドミニク様に王位が回ってくる可能性が出てくる……?)
アリツェは血の気が引いた。今までは、ドミニクと結婚しても王族になるわけではなかったので、ある程度気楽に考えることができた。だが、ドミニクが王に立ち、アリツェが王妃の立場になるのだとしたら……。
(王族では自由な身動きが取れなくなりますわ……。それでは、わたくしのもう一つの人生の目標、精霊教の布教と精霊術による地核エネルギーの消費に、支障が出てしまうのではないでしょうか?)
アリツェは王太子の無事を祈った。王妃といち公爵夫人とでは、立場上の自由度がまったく変わってくる。
アリツェは胸中がざわめきだした。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる