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第十一章 婚約
4 悠太様の様子が最近おかしいですわ
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「何とか婚約を阻止して、時間を稼がないと」
既成事実を作らせるわけにはいかなかった。時間を作って、優里菜を呼び戻すか、悠太が伯爵領へ迎えに行くかしなければ。
悠太の頭の中は、もうすっかり優里菜一色になっていた。
「優里菜……」
ぼんやりと優里菜を脳内で思い浮かべていると、不意に映像が乱れ、ドミニクの姿が割り込んできた。
ドミニクが抱き着いてくる。……昼間のアリツェ視点の映像だった。アリツェの気分が高揚すると同時に、悠太は何やら胸が締め付けられる。
そのまま、頭の中は完全にドミニクの姿に支配され、優里菜の姿は消滅した。
「あ、あれ? おかしいな……。オレは、優里菜のことが」
何度優里菜の姿を思い浮かべようとしても、ドミニクの影がちらつき、頭は混乱するばかりだった。しかも、悠太は自身の嫌な変化を悟ってしまった。優里菜を思い浮かべていた時よりも、ドミニクの姿が支配している時の方が、何やら胸がドキドキする。
「なんでだよ、オレは男だ。ドミニクとは……」
悠太は必死で頭を振り、脳内イメージを消し去ろうとした。
「くそっ、色々と考えてたら、なんだか腹が痛くなってきた。今日はもう寝るぞ!」
悠太は布団をかぶり、そのまま目を閉じた。
翌日、辺境伯邸に意外な人物の訪問があった。
「アリツェ……。私は戻ってきた」
ラディムはエリシュカを伴い、屋敷のエントランスに立っていた。
「お兄様! ……ムシュカ伯爵の領軍は、お兄様抜きで大丈夫なんですか!?」
アリツェは慌ててラディムの下に駆け寄った。
「その点は問題ない。どうせ私は、もともとお飾りだからな」
ラディムは自嘲した。エリシュカは、「そんなこと、ありません!」と言って、頭を振っている。
「その、何だ……。悪かった、アリツェ。お前の事情をよく考えもせず、随分とひどいことを言った」
突然ラディムは頭を垂れ、謝罪の弁を述べた。
「お兄様のお気持ちも、十分理解をしておりますわ。わたくしも、マリエ様の件については、思う所がいろいろとありますし……」
アリツェはすぐにマリエの話だろうとピンときた。
アリツェはラディムがマリエとのなれそめを、嬉しそうに話していた時を思い出した。
幼いラディムにとって、ほぼ唯一といってもいい、触れ合うことの許された同年代の子供。しかも、お互いにお互いを尊敬しあえる魔術の能力を持ち、憎からぬ感情を抱きあっていた。
そんなマリエを、アリツェは知らなかったとはいえ、手にかけた。一生恨まれても仕方がないと、半ばあきらめの気持ちもあった。ラディムは二度と辺境伯家には戻らないかもしれない。ムシュカ伯爵邸で別れてふた月、アリツェはそう思い悩むことも多かった。
「いつまでもいない人間の思いにとらわれていては、皇子としての役割も果たせないしな。マリエを忘れられはしないが、しかし、私は前に進まなければならないのだ」
以前とは違い、何かを吹っ切ったかのように、ラディムの表情は明るかった。
「お兄様……」
マリエを殺めたアリツェの罪は消えない。しかし、こうしてラディムが立ち直ってくれて、アリツェは純粋にうれしかった。
何のきっかけがあったかはわからない。だが、双子の兄が再び、前向きに考えを改めてくれた事実に、アリツェの心は軽くなった。
「エリシュカが、私に教えてくれたよ。私は、私にしかできない使命を果たさなければならないと」
ラディムは隣に立つエリシュカの腰に手を回し、軽く傍へ引き寄せた。
「殿下……」
エリシュカは頬を染め、ラディムを見つめた。
つまりは、そういうことなのだろう。アリツェは悟った。エリシュカの言葉でラディムは立ち直り、二人はそのまま恋仲になったと。
「そこでだ。エリシュカもしばらく辺境伯家で預かってほしいのだが、叔父上はいらっしゃるか?」
ラディムはきょろきょろと周囲を見回した。一向に姿を見せないフェルディナントに、気を揉んでいるのだろうか。
「叔父様は今、帝国国境沿いの前線で領軍の指揮をしておりますわ」
「そうか……、では、私とエリシュカはいったん、叔父上のところまで顔を出してこよう」
アリツェがフェルディナントの居場所を告げると、ラディムはうなずいて、エリシュカと腕を組みながら屋敷を出ようとした。
「まだにらみ合いの状況ですから、危険はないと思いますわ。ただ、くれぐれもご注意を」
ラディムたちの後姿に、アリツェは注意を促す言葉をかけた。
「ああ、ありがとうアリツェ。それと、婚約おめでとう」
ラディムはいったん立ち止まってアリツェへ振り返ると、微笑みながら祝福の言葉を口にした。
「おめでとうございます! アリツェ様!」
エリシュカもアリツェへ向き直り、ニッコリと笑った。
「お兄様、エリシュカさん……。ありがとうございますわ!」
二人の言葉に、アリツェは声を弾ませながら返礼をした。
既成事実を作らせるわけにはいかなかった。時間を作って、優里菜を呼び戻すか、悠太が伯爵領へ迎えに行くかしなければ。
悠太の頭の中は、もうすっかり優里菜一色になっていた。
「優里菜……」
ぼんやりと優里菜を脳内で思い浮かべていると、不意に映像が乱れ、ドミニクの姿が割り込んできた。
ドミニクが抱き着いてくる。……昼間のアリツェ視点の映像だった。アリツェの気分が高揚すると同時に、悠太は何やら胸が締め付けられる。
そのまま、頭の中は完全にドミニクの姿に支配され、優里菜の姿は消滅した。
「あ、あれ? おかしいな……。オレは、優里菜のことが」
何度優里菜の姿を思い浮かべようとしても、ドミニクの影がちらつき、頭は混乱するばかりだった。しかも、悠太は自身の嫌な変化を悟ってしまった。優里菜を思い浮かべていた時よりも、ドミニクの姿が支配している時の方が、何やら胸がドキドキする。
「なんでだよ、オレは男だ。ドミニクとは……」
悠太は必死で頭を振り、脳内イメージを消し去ろうとした。
「くそっ、色々と考えてたら、なんだか腹が痛くなってきた。今日はもう寝るぞ!」
悠太は布団をかぶり、そのまま目を閉じた。
翌日、辺境伯邸に意外な人物の訪問があった。
「アリツェ……。私は戻ってきた」
ラディムはエリシュカを伴い、屋敷のエントランスに立っていた。
「お兄様! ……ムシュカ伯爵の領軍は、お兄様抜きで大丈夫なんですか!?」
アリツェは慌ててラディムの下に駆け寄った。
「その点は問題ない。どうせ私は、もともとお飾りだからな」
ラディムは自嘲した。エリシュカは、「そんなこと、ありません!」と言って、頭を振っている。
「その、何だ……。悪かった、アリツェ。お前の事情をよく考えもせず、随分とひどいことを言った」
突然ラディムは頭を垂れ、謝罪の弁を述べた。
「お兄様のお気持ちも、十分理解をしておりますわ。わたくしも、マリエ様の件については、思う所がいろいろとありますし……」
アリツェはすぐにマリエの話だろうとピンときた。
アリツェはラディムがマリエとのなれそめを、嬉しそうに話していた時を思い出した。
幼いラディムにとって、ほぼ唯一といってもいい、触れ合うことの許された同年代の子供。しかも、お互いにお互いを尊敬しあえる魔術の能力を持ち、憎からぬ感情を抱きあっていた。
そんなマリエを、アリツェは知らなかったとはいえ、手にかけた。一生恨まれても仕方がないと、半ばあきらめの気持ちもあった。ラディムは二度と辺境伯家には戻らないかもしれない。ムシュカ伯爵邸で別れてふた月、アリツェはそう思い悩むことも多かった。
「いつまでもいない人間の思いにとらわれていては、皇子としての役割も果たせないしな。マリエを忘れられはしないが、しかし、私は前に進まなければならないのだ」
以前とは違い、何かを吹っ切ったかのように、ラディムの表情は明るかった。
「お兄様……」
マリエを殺めたアリツェの罪は消えない。しかし、こうしてラディムが立ち直ってくれて、アリツェは純粋にうれしかった。
何のきっかけがあったかはわからない。だが、双子の兄が再び、前向きに考えを改めてくれた事実に、アリツェの心は軽くなった。
「エリシュカが、私に教えてくれたよ。私は、私にしかできない使命を果たさなければならないと」
ラディムは隣に立つエリシュカの腰に手を回し、軽く傍へ引き寄せた。
「殿下……」
エリシュカは頬を染め、ラディムを見つめた。
つまりは、そういうことなのだろう。アリツェは悟った。エリシュカの言葉でラディムは立ち直り、二人はそのまま恋仲になったと。
「そこでだ。エリシュカもしばらく辺境伯家で預かってほしいのだが、叔父上はいらっしゃるか?」
ラディムはきょろきょろと周囲を見回した。一向に姿を見せないフェルディナントに、気を揉んでいるのだろうか。
「叔父様は今、帝国国境沿いの前線で領軍の指揮をしておりますわ」
「そうか……、では、私とエリシュカはいったん、叔父上のところまで顔を出してこよう」
アリツェがフェルディナントの居場所を告げると、ラディムはうなずいて、エリシュカと腕を組みながら屋敷を出ようとした。
「まだにらみ合いの状況ですから、危険はないと思いますわ。ただ、くれぐれもご注意を」
ラディムたちの後姿に、アリツェは注意を促す言葉をかけた。
「ああ、ありがとうアリツェ。それと、婚約おめでとう」
ラディムはいったん立ち止まってアリツェへ振り返ると、微笑みながら祝福の言葉を口にした。
「おめでとうございます! アリツェ様!」
エリシュカもアリツェへ向き直り、ニッコリと笑った。
「お兄様、エリシュカさん……。ありがとうございますわ!」
二人の言葉に、アリツェは声を弾ませながら返礼をした。
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