わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第十一章 婚約

5 聖女様ですか?

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 ヤゲル王国――。

 フェイシア王国の東に位置する、古くからの友好国の一つだ。フェイシア王国とは、プリンツ子爵領を通じて国境を接している。

 プリンツ子爵領の精霊教禁教化に伴う一連のごたごたで、現在、フェイシア王国とヤゲル王国との定期外交使節団のやり取りは中止されていた。ヤゲル王国も精霊教を篤く信奉する国であるため、プリンツ子爵領を通過する際の安全性に問題があったためだ。

 だがこの度、子爵領を通らない別ルートが開設され、晴れて使節団の交流が再開される運びとなった。

 国力的には圧倒的にフェイシア王国が勝っているが、ヤゲル王国はフェイシア王国にはない強みを持っていた。もともと狩猟民族だったヤゲルには、弓に長けた者が多く、編成された弓部隊の精強さは、大国フェイシアも一目置かざるを得ないものだった。正確な長距離攻撃で戦場を支配するヤゲル王国が味方に付けば、戦況を圧倒的有利に進められるため、フェイシア王国はヤゲル王国との同盟関係を非常に重視していた。






 ある日の昼下がり、アリツェとドミニクは辺境伯邸のドミニクの自室でティータイムを楽しんでいた。

「ヤゲルの聖女様、ですか?」

 プリンツ子爵領にいたころ、精霊教の司祭が話していた聖女の件だろうか。アリツェはぼんやりと思い出す。そういえば、悠太が聖女と聞いて興奮していたような。

「うん。今度王都にやってくるヤゲル王国の使節団に、聖女と呼ばれ、敬われている女性が含まれているそうだ」

 ドミニクはテーブルに置いたティーカップに手を伸ばし、グイっと紅茶を口に含んだ。アリツェにヤゲル王国の状況を一気に話したためか、ドミニクは随分と喉が渇いているようだ。

「精霊教のグリューン支部の司祭様に、軽くお話を伺ったことがありますわ。確か、伝染病の蔓延を食い止めたり、汚染された水路の浄化を行ったりされたと」

 アリツェは目をつむり、司祭の話していた聖女の行いについて思い出した。

「そう、大規模精霊術を使って、ものの見事にね。それで、彼女は国民から聖女と崇められるようになったんだ」

 フェイシア王国の王子であるドミニクも知っているのであれば、どうやら、聖女の奇跡は単なるうわさ話などではなく、事実のようだ。

 最初はこのヤゲル王国の聖女が、二人目のテストプレイヤーで転生者なのかとアリツェは疑った。だが、実際の二人目は優里菜で、優里菜の人格は兄ラディムの中にいる。

 では聖女は、いったいどこでこれほどの精霊術を身につけたのだろうか。謎は深まるばかりだった。

 今まで忘れていたが、そういえばラディムはマリエも転生者の疑いがあると言っていたはずだ。なぜこれほど、転生者の疑いがある人間がいるのだろうか。

(……実は、ヴァーツラフ様の話には嘘が混じっていて、実際は転生者が三人以上存在していた、とはわたくしの考えすぎでしょうか)

 そうでなければ、聖女の強力な精霊術の説明がつきそうにない。効果だけを見れば、今悠太が使える最大規模の精霊術よりも強大ではないだろうか。

「それはぜひ、お会いしてみたいですわね」

 実際に相対すれば、また別の見方もできるかもしれないとアリツェは思った。

「ああ、それなら問題ないよ。婚約の儀に、ヤゲルの使節団も加わるから」

 ドミニクが言うには、ヤゲルの使節団は王都に滞在後、辺境伯領へ進軍する王国軍と行動を共にする国王夫妻とともに、オーミュッツまでやってくるらしい。

「まぁ! それはお会いできる日が楽しみですわ」

 アリツェは手を叩いて喜んだ。ドミニクはアリツェの様子を、ニコニコしながら眺めていた。

「……あとで、お兄様にも報告をしておかないといけませんわね」

 最後にアリツェは、ドミニクに聞こえないようにボソッとつぶやいた。

 転生者に関しては、お互い転生者であるラディムとのみの情報共有にとどめておいた方がいいかもしれない、とアリツェは思った。転生の件を大っぴらに広めても、いたずらに権力者たちの欲望を刺激するだけになると恐れる気持ちが強かったからだ。悠太と優里菜の件については説明済みだが、これ以上の情報の提供は、よくよく考えて行う必要がありそうだ。

 ドミニクは信用できるが、しかし、立場は王子だ。いつ何時、ドミニク自身の意志に関わらず、王家の義務がらみなどで情報が他へ漏れるかわからない。ラディムが皇家の誇りを大切にしているのと同様に、ドミニクにも王子としての譲れない一線があるだろう。そこを刺激されて、話したくなくとも話さざるを得ない状況を作られる可能性も、なくはないと思った。

 であるならば、ドミニクを護る意味でも、最初から知らせない方がいいだろう。すべてを話すのは、結婚してドミニクが王籍を離脱してからだ。
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