わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第十三章 グリューン帰還

7 お養父様と悪だくみ?ですわ

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 通された応接室でしばらく待つと、不意にバンっと大きな音がし、勢い良く扉が開かれた。現れたのは、養父マルティンだった。

「アリツェ……! いまさらのこのこと」

 渋面を浮かべ、マルティンはアリツェを睨んだ。

「オーッホッホッホ! お養父様、ごきげんよう。大変にお久しぶりでございますわ。わたくし、今はフェルディナント叔父様の元で暮らしておりますの」

 アリツェはマルティンの視線を軽くかわし、ニコリと微笑んだ。

「風の噂で聞いていたが、真実だったか……。辺境伯に取り入るとは、この裏切り者めっ」

 マルティンは声を落とし、ますます顔をゆがめた。

「あら、心外ですわ。いったいどちらが裏切り者なのかしら。わたくしを殺そうとしたあなたが、そのような世迷言を口になさるだなんて、わたくしおかしくておかしくて、お腹がよじれてしまいますわ」

 アリツェは扇子で口元を覆いながら、けらけらと笑った。もちろん、悪役らしく演技ではあったが。

「……ケンカを売りに来たのか? 執事が言うには、何やら――」

「そうでございますわ! わたくし、お養父様を助けに来たんですの!」

 アリツェはマルティンの言葉を遮り、声を大きく張り上げた。様子見、前哨戦はここまでだ。さっそく本題に入る。

「……本気か? 私がお前にした仕打ちを、お前は忘れられるのか?」

 アリツェの言葉を、マルティンは信じられないといった表情で受け止めた。

「それはそれ、これはこれ、ですわ。少なくとも十歳まで育てていただいた恩はあります。それに……」

 アリツェはじっとマルティンの瞳を見据えた。

「わたくし、世界再生教に改宗いたしましたの。ですので、お養父様のお力になりたいと思っておりますわ。わたくしが霊素持ちなのは、マリエ様のお話からご存じでいらっしゃるのでしょう?」

 クックッとアリツェは含み笑いをする。悪女らしく、悪女らしく。アリツェは慣れない言動や笑い方に、何とかぼろが出ないよう細心の注意を払う。

「精霊術で我が一家を助けるのか?」

 マルティンは訝しげな表情を浮かべた。

「お養父様が精霊術だなんて言葉を使うのは、よくありませんわ。魔術でございます。魔術!」

 世界再生教徒を名乗るなら、精霊術ではなく魔術と呼ばなければいけない。

「ちょ、ちょっとあんた。さっきから何言っているの?」

 アリツェの変貌ぶりに、隣に立つクリスティーナは面食らっている。

(さぁ、クリスティーナ様。そろそろ出番ですわよ)

 アリツェは心の中でクリスティーナに呼び掛けた。心の声にクリスティーナが気付くはずもなかったが……。

「お養父様、こちらの方は精霊教の『聖女』様ですの。わたくしたちの敵ですわ。さっさと捕まえましょう」

 アリツェはクリスティーナを指さし、「さあ、捕縛いたしましょう!」とマルティンに叫んだ。

「な、なんだと!?」

 マルティンは血相を変えて、部屋を出ようとした。衛兵を呼ぶつもりなのだろう。

「ま、待ちなさい。あんた裏切るつもり!?」

 突然の事態に、クリスティーナは目を丸くしてアリツェを見つめた。

「うふふ」

 アリツェは余裕の表情で、ニコリとクリスティーナに笑いかけた。

「なんなのよっ! イェチュカ、ドチュカ、トゥチュカ! こいつらを拘束して!」

 クリスティーナの叫んだ声に応じて、脇に控えていた三匹の子猫が動き出し、大量の霊素を放出した。

「きゃっ!」

「なんだ!?」

 子猫の発した霊素は風属性だったらしく、空気の壁が身体を囲み、身動きがうまく取れない。

「ふんっ、あんたたちの悪だくみ、精霊教『聖女』のクリスティーナがしかと見届けたわ! さあ、このまま王都プラガまで連行するわよ!」

 クリスティーナは大声で宣言すると、精霊術でアリツェとマルティンを浮かせ、領館を脱出した。領兵をかく乱するため、一匹の使い魔が殿を務め、結構な規模の『かまいたち』を放っている。

(しめしめ、うまいことクリスティーナが食いついたな)

 作戦がうまくいったと、悠太は声を弾ませる。

(しかし、わざとやっているとはいえ、犯罪者まがいの扱いをされるのは心苦しいですわね)

 罪人の連行のように、両手足を完全に精霊術で拘束されている。アリツェは自分の姿を見て、情けない気持ちがこみあげてきた。

(ま、我慢しようや。マリエの遺骨などの貴重品は、ルゥに安全な場所まで持って行ってもらっているから、没収の心配はないしな)

 最初からクリスティーナに捕らわれる予定だったため、取られて困るものはルゥが事前に別の場所に保管している。アリツェに万が一があった場合は、そのまま辺境伯領のラディムの元に持っていくよう指示もしてあった。

「まったく、このちんちくりんの性悪女めっ! とうとう尻尾を出したわね!」

 クリスティーナの叫び声が鬱陶しいが、アリツェは我慢した。今はクリスティーナのなすがままになる必要があった。花を持たせてやるために。
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