151 / 272
第十三章 グリューン帰還
12 さようなら、ドミニク……
しおりを挟む
翌日、廊下でドミニクに声をかけられ、アリツェは足を止めた。
「アリツェ……」
ドミニクの顔面は蒼白だった。
「側近たちが父に訴えている様子を、ボクも見たよ。アリツェが世界再生教にはまり、帝国と内通しようとしているのではないかってね」
力なく頭を振るドミニクを、アリツェは胸が締め付けられるような思いで見つめる。
「このまま君と婚約を続けては、国が分裂する。君の思惑どおりに事態が進んでいるのは正直悔しいけれど、ボクも覚悟を決める」
「ありがとうございます、ドミニク……」
これでいいんだと、アリツェは必死で自分の気持ちを押しとどめた。ようやく目的が果たせた。悪役令嬢も、もうこれで終わり。
「プリンツ子爵領が平定されたことで、父は近日中に精霊教を国教に指定するつもりだ。その際、精霊教で国がまとまったことを祝し、国中の有力者を王宮に招いて、盛大に宴を開くらしい」
国の内外に新たなフェイシア王国を印象付けるため、大々的に催すのだとドミニクは言う。
「わたくしたちも、当然招かれるというわけですわね」
「ああ。そして、その場には同盟国のヤゲルの人間も来る。クリスティーナ様も含めてね。で、私はその場で君との婚約の破棄を宣言する」
本来であればアリツェとドミニクの仲睦まじい姿を見せ、今後長らく国を支えていくであろう将来の公爵夫妻をアピールするのに、実に格好の場となるはずであった。だが――。
「……周知するには最適な、良い見せ場ですわね」
蜜月ぶりの披露などはされず、ドミニクの口から発せられるのは婚約破棄の宣言だ。
「併せて、クリスティーナ様からの婚約の申し出を受ける。父にもこの覚悟を伝えておく」
ドミニクは顔をくしゃくしゃにゆがめている。
「わかりましたわ。では、その手はずで」
アリツェもこの場で泣きだしたかった。だが、ここまで悪役を演じた以上は、アリツェにも意地がある。込み上げる涙を必死で抑え込んだ。
「君には帝国のスパイの疑いがかかってしまった。申し訳ないけれど、このグリューンにはもう戻れないだろう」
「……少し残念ですが、仕方がありませんわ。当初予定していたとおり、わたくしはお兄様とともにムシュカ伯爵のところに匿ってもらいますわ」
やはり王国からは追放されるようだ。せっかくもらった領地だが、あきらめるしかない。育った故郷でもあるので、感慨深い地ではあるが、きっとドミニクならうまく盛り立てていくだろう。
……最後に、ヤゲル王国のクラークの街に逃れたエマや孤児院の院長に一目会いたかったが、どうやら叶いそうもない。
「本当にすまない。君だけにこんな悪役を押し付けて」
「いいえ、わたくしが自ら発案したんですもの。ドミニクが気に病むことはありませんわ……」
うなだれるドミニクに、アリツェは優しく微笑んだ。
「この世ではあなたと結ばれることはかないませんでしたが、わたくしはいつまでも、あなたをお慕いしておりますわ」
アリツェは予感していた。もうこの世界でドミニク以上の相手は見つけられないと。であれば、恋愛結婚はもうしないだろう。そして、一度ケチのついたアリツェには、もはや政略結婚の価値もない。ラディムの下で静かに生きていくことになる。
だが、アリツェは前向きに考えた。本来の目的である精霊術の普及と、世界の余剰地核エネルギーの消費。そのためには、動きやすい身分でいたほうが都合がいいはずだと。
「ボクもだ、アリツェ……。たとえこのままクリスティーナ様と結婚することになったとしても、一生涯、君のことは忘れない」
「ドミニク……」
アリツェは改めて思う。やはりこの人しかいないのだと。
いったいどこでボタンを掛け間違い、このような結果になったのか。生まれた時代が悪かった? 聖女の存在のせい? ……わからない。だが、誰かのせいにしてはいけない。これは、アリツェが貴族の義務として、自らの意志で行ったものなのだから。
「これが最後だ。最後に、君にぬくもりを感じさせてほしい……」
「はい……」
ドミニクの言葉に応え、アリツェはドミニクに身を任せた。そのままドミニクにギュッと抱きしめられ、口づけを交わされる。この甘美な瞬間も、もうすぐ永遠に終わってしまうのかと思うと、堪えていた涙を押しとどめることは、もうできなかった。
(くそっ、なんでオレまでこんなに悲しいんだ。ドミニクの姿を見ると、ますます胸が締め付けられる。本当に心が女性化してきたのか? やめてくれよ……)
悠太の嘆きが聞こえたが、アリツェはドミニクの最後の愛を感じるので、ただただ頭がいっぱいだった。
「アリツェ……」
ドミニクの顔面は蒼白だった。
「側近たちが父に訴えている様子を、ボクも見たよ。アリツェが世界再生教にはまり、帝国と内通しようとしているのではないかってね」
力なく頭を振るドミニクを、アリツェは胸が締め付けられるような思いで見つめる。
「このまま君と婚約を続けては、国が分裂する。君の思惑どおりに事態が進んでいるのは正直悔しいけれど、ボクも覚悟を決める」
「ありがとうございます、ドミニク……」
これでいいんだと、アリツェは必死で自分の気持ちを押しとどめた。ようやく目的が果たせた。悪役令嬢も、もうこれで終わり。
「プリンツ子爵領が平定されたことで、父は近日中に精霊教を国教に指定するつもりだ。その際、精霊教で国がまとまったことを祝し、国中の有力者を王宮に招いて、盛大に宴を開くらしい」
国の内外に新たなフェイシア王国を印象付けるため、大々的に催すのだとドミニクは言う。
「わたくしたちも、当然招かれるというわけですわね」
「ああ。そして、その場には同盟国のヤゲルの人間も来る。クリスティーナ様も含めてね。で、私はその場で君との婚約の破棄を宣言する」
本来であればアリツェとドミニクの仲睦まじい姿を見せ、今後長らく国を支えていくであろう将来の公爵夫妻をアピールするのに、実に格好の場となるはずであった。だが――。
「……周知するには最適な、良い見せ場ですわね」
蜜月ぶりの披露などはされず、ドミニクの口から発せられるのは婚約破棄の宣言だ。
「併せて、クリスティーナ様からの婚約の申し出を受ける。父にもこの覚悟を伝えておく」
ドミニクは顔をくしゃくしゃにゆがめている。
「わかりましたわ。では、その手はずで」
アリツェもこの場で泣きだしたかった。だが、ここまで悪役を演じた以上は、アリツェにも意地がある。込み上げる涙を必死で抑え込んだ。
「君には帝国のスパイの疑いがかかってしまった。申し訳ないけれど、このグリューンにはもう戻れないだろう」
「……少し残念ですが、仕方がありませんわ。当初予定していたとおり、わたくしはお兄様とともにムシュカ伯爵のところに匿ってもらいますわ」
やはり王国からは追放されるようだ。せっかくもらった領地だが、あきらめるしかない。育った故郷でもあるので、感慨深い地ではあるが、きっとドミニクならうまく盛り立てていくだろう。
……最後に、ヤゲル王国のクラークの街に逃れたエマや孤児院の院長に一目会いたかったが、どうやら叶いそうもない。
「本当にすまない。君だけにこんな悪役を押し付けて」
「いいえ、わたくしが自ら発案したんですもの。ドミニクが気に病むことはありませんわ……」
うなだれるドミニクに、アリツェは優しく微笑んだ。
「この世ではあなたと結ばれることはかないませんでしたが、わたくしはいつまでも、あなたをお慕いしておりますわ」
アリツェは予感していた。もうこの世界でドミニク以上の相手は見つけられないと。であれば、恋愛結婚はもうしないだろう。そして、一度ケチのついたアリツェには、もはや政略結婚の価値もない。ラディムの下で静かに生きていくことになる。
だが、アリツェは前向きに考えた。本来の目的である精霊術の普及と、世界の余剰地核エネルギーの消費。そのためには、動きやすい身分でいたほうが都合がいいはずだと。
「ボクもだ、アリツェ……。たとえこのままクリスティーナ様と結婚することになったとしても、一生涯、君のことは忘れない」
「ドミニク……」
アリツェは改めて思う。やはりこの人しかいないのだと。
いったいどこでボタンを掛け間違い、このような結果になったのか。生まれた時代が悪かった? 聖女の存在のせい? ……わからない。だが、誰かのせいにしてはいけない。これは、アリツェが貴族の義務として、自らの意志で行ったものなのだから。
「これが最後だ。最後に、君にぬくもりを感じさせてほしい……」
「はい……」
ドミニクの言葉に応え、アリツェはドミニクに身を任せた。そのままドミニクにギュッと抱きしめられ、口づけを交わされる。この甘美な瞬間も、もうすぐ永遠に終わってしまうのかと思うと、堪えていた涙を押しとどめることは、もうできなかった。
(くそっ、なんでオレまでこんなに悲しいんだ。ドミニクの姿を見ると、ますます胸が締め付けられる。本当に心が女性化してきたのか? やめてくれよ……)
悠太の嘆きが聞こえたが、アリツェはドミニクの最後の愛を感じるので、ただただ頭がいっぱいだった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる