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第十四章 悠太と優里菜、移ろいゆく心
2 わたくし大人になりましたわ
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「はい、今朝、お嬢様のお下着を洗濯しておりました際に、気づきました」
侍女はにこにこと笑いながらうなずいた。
「最近熱っぽくてお腹が痛かったのですが、そうですか……」
続いた侍女の言葉ではっきりした。どうやらアリツェは月の物が始まったらしい。
「どうしましょう、辺境伯領のフェルディナント様にご報告いたしましょうか?」
貴族の娘が子供が産めるようになった事実は、その家の大きな関心ごとになる。当主であり保護者である叔父のフェルディナントに知らせるべきだと、侍女が言うのもわかる。何しろ、この侍女はフェルディナントが送り込んできたのだから。
「……いいえ、その気遣いは無用ですわ。今は曲がりなりにもわたくしがこの子爵家の当主です。フェルディナント叔父様からは、形式的には独立しております」
だが、アリツェはフェイシア国王から正式に爵位を下されている。実態はどうあれ、形式的には子爵家の当主という身分だ。それに、これから始まる婚約破棄の件を思えば、必要以上に辺境伯家と親しくしていると、アリツェの悪評をフェルディナントも一緒に被りかねない。
「婚約者様には?」
「……わたくしから申し上げますわ」
それこそドミニクには知らせるべきではないと、アリツェは思った。
「承知いたしました」
侍女はうなずき、部屋を辞した。
(このタイミングで初経がくるだなんて……。ドミニクに知らせたら、いったいどんな反応をするでしょうか……)
大人になったアリツェをドミニクは手放しで喜ぶはずだ。せっかく昨日、ドミニクを説得して婚約破棄の件を了承させたのに、これではまた、元の木阿弥に戻ってしまう。
(……婚約破棄が済むまでは、黙っていた方がよいですわね……。きっとドミニクは、気が変わってわたくしを手放そうとはしなくなるわ……)
その夜、悠太はベッドに横になりながら、朝の侍女とアリツェとのやり取りを思い出した。
(くそっ、たびたび襲ってくる腹痛はそんな理由だったなんて。元が男だったから、全然わからなかった)
初経の前兆という意識は、悠太にはまったくなかった。男時代にはなかった感覚なので、当然と言えば当然だった。
(つまり、オレの精神はアリツェの成長に引きずられ、第二次性徴による身体の女性化とともに、本格的に思考も女性化し始めたってことか?)
頭を抱えたくなった。もう悠太の意志云々では、この人格の変化を止めようがないのではないか。
(あれか、女性ホルモンってやつの分泌が増えて、脳にそれが影響しているんだろうか……。以前、入院している時に読みふけった本に、確か男女で脳の造りが結構違っていて、その影響で考え方にも違いが出やすいってのがあったな。細かいところまでは覚えていないけれど。そうだとすると、参ったな……)
左右の脳半球を繋ぐ脳梁の太さが違うだとか、感情や記憶に関する大脳辺縁系の活動の活発さに違いがあるだとか、おぼろげながら思い出す。どこまでこの世界の人間の脳にも当てはまるのかはわからないが、現実の人間をできるだけシミュレートしようとしているこのゲームの性質上、そう大差はないだろう。
女性として生まれた以上は、脳が女性的な特徴を持っているのは自然な流れだろう。ということは、本格的に女性の身体になってきたアリツェの体内にいる限りは、悠太の思考が女性的に変化していくのは、もはや避けられない事態なのかもしれなかった。
(つまり、このままじゃオレの人格はどんどん女性的に変化し、最終的にはアリツェに統合されるってことか……。マジかよ……)
本来であればアリツェの人格が悠太の人格に吸収されるべきであった。だが、今、まったく逆の状況になっている。
(ああっ、くそっ! オレの単なる思い過ごしかもしれないし、うだうだ考えても仕方がないか。生理によるホルモンバランスの変化で、自律神経が乱れておかしな考えにとらわれただけだ。オレはオレ、横見悠太だ)
先のことはわからない。今の手持ちの情報では、これ以上考える余地もない。とにかく今、悠太にできるのは、『横見悠太』としての自我を失わないように心がけることだけだった。
侍女はにこにこと笑いながらうなずいた。
「最近熱っぽくてお腹が痛かったのですが、そうですか……」
続いた侍女の言葉ではっきりした。どうやらアリツェは月の物が始まったらしい。
「どうしましょう、辺境伯領のフェルディナント様にご報告いたしましょうか?」
貴族の娘が子供が産めるようになった事実は、その家の大きな関心ごとになる。当主であり保護者である叔父のフェルディナントに知らせるべきだと、侍女が言うのもわかる。何しろ、この侍女はフェルディナントが送り込んできたのだから。
「……いいえ、その気遣いは無用ですわ。今は曲がりなりにもわたくしがこの子爵家の当主です。フェルディナント叔父様からは、形式的には独立しております」
だが、アリツェはフェイシア国王から正式に爵位を下されている。実態はどうあれ、形式的には子爵家の当主という身分だ。それに、これから始まる婚約破棄の件を思えば、必要以上に辺境伯家と親しくしていると、アリツェの悪評をフェルディナントも一緒に被りかねない。
「婚約者様には?」
「……わたくしから申し上げますわ」
それこそドミニクには知らせるべきではないと、アリツェは思った。
「承知いたしました」
侍女はうなずき、部屋を辞した。
(このタイミングで初経がくるだなんて……。ドミニクに知らせたら、いったいどんな反応をするでしょうか……)
大人になったアリツェをドミニクは手放しで喜ぶはずだ。せっかく昨日、ドミニクを説得して婚約破棄の件を了承させたのに、これではまた、元の木阿弥に戻ってしまう。
(……婚約破棄が済むまでは、黙っていた方がよいですわね……。きっとドミニクは、気が変わってわたくしを手放そうとはしなくなるわ……)
その夜、悠太はベッドに横になりながら、朝の侍女とアリツェとのやり取りを思い出した。
(くそっ、たびたび襲ってくる腹痛はそんな理由だったなんて。元が男だったから、全然わからなかった)
初経の前兆という意識は、悠太にはまったくなかった。男時代にはなかった感覚なので、当然と言えば当然だった。
(つまり、オレの精神はアリツェの成長に引きずられ、第二次性徴による身体の女性化とともに、本格的に思考も女性化し始めたってことか?)
頭を抱えたくなった。もう悠太の意志云々では、この人格の変化を止めようがないのではないか。
(あれか、女性ホルモンってやつの分泌が増えて、脳にそれが影響しているんだろうか……。以前、入院している時に読みふけった本に、確か男女で脳の造りが結構違っていて、その影響で考え方にも違いが出やすいってのがあったな。細かいところまでは覚えていないけれど。そうだとすると、参ったな……)
左右の脳半球を繋ぐ脳梁の太さが違うだとか、感情や記憶に関する大脳辺縁系の活動の活発さに違いがあるだとか、おぼろげながら思い出す。どこまでこの世界の人間の脳にも当てはまるのかはわからないが、現実の人間をできるだけシミュレートしようとしているこのゲームの性質上、そう大差はないだろう。
女性として生まれた以上は、脳が女性的な特徴を持っているのは自然な流れだろう。ということは、本格的に女性の身体になってきたアリツェの体内にいる限りは、悠太の思考が女性的に変化していくのは、もはや避けられない事態なのかもしれなかった。
(つまり、このままじゃオレの人格はどんどん女性的に変化し、最終的にはアリツェに統合されるってことか……。マジかよ……)
本来であればアリツェの人格が悠太の人格に吸収されるべきであった。だが、今、まったく逆の状況になっている。
(ああっ、くそっ! オレの単なる思い過ごしかもしれないし、うだうだ考えても仕方がないか。生理によるホルモンバランスの変化で、自律神経が乱れておかしな考えにとらわれただけだ。オレはオレ、横見悠太だ)
先のことはわからない。今の手持ちの情報では、これ以上考える余地もない。とにかく今、悠太にできるのは、『横見悠太』としての自我を失わないように心がけることだけだった。
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