わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第十六章 王国軍対帝国軍

1 前線へ復帰ですわ

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 クリスティーナとアレシュの婚約の儀から、一週間が経過した。諸々の残務整理もようやく済み、さながら戦場のようだった領館も、今は大分落ち着きを取り戻している。

 アリツェは子爵邸の執務室の窓から、グリューンの街並みを眺めた。まもなく年が変わろうとしている。新年を迎えるにあたり必要な物資を購入するべく、多くの市民が大通りへと買い物に繰り出している。今日もきれいに晴れ渡っており、昼を少し回ったこの時間帯は、柔らかな日差しにより過ごしやすい。ここ数日は強風も吹いておらず、絶好の買い物日和といえた。

 アリツェは窓際から離れると、自身の執務机に戻った。

「ようやく一息つきましたわね、ドミニク」

 机に置かれたティーカップを手に取りながら、アリツェは傍らで書類作業をしているドミニクに話しかけ、ひとくちくいっと紅茶を口に含んだ。

「領の代官への今後の指示も済み、当面グリューンでボクたちがこなさなければならない問題はなさそうだね」

 ドミニクはいったん手を止めて、アリツェを見遣った。

 クリスティーナとアレシュの婚約の儀も無事に済み、クリスティーナたちはいったんヤゲル王国へ戻った。懸案だった精霊教徒たちの帰還も無事成った。ドミニクの言うとおり、今アリツェがグリューンでなすべき仕事は、とりあえずは片付いたといえる。

「お兄様の身体の件はありますが、概ね問題なしですわ」

 ラディムの素体の謎については、今のアリツェにはどうしようもない。

「ということは、そろそろ前線へ復帰かな?」

「そうですわね。いつまでもお兄様が軍から離れているわけにも参りませんし。叔父様に頼りっぱなしもいけませんわ」

 ドミニクの問いに、アリツェは首肯する。いくら帝国軍の進軍速度が遅いとはいえ、そろそろオーミュッツへ戻る準備をしなければ、開戦に間に合わない恐れがあった。

「そうと決まれば、さっそく行動開始だね!」

 ドミニクは書類をまとめて引き出しにしまうと、勢い良く立ち上がった。アリツェも残りの紅茶を一気に飲み干して、ドミニクの後に従う。部屋に戻り旅装を整えるためだ。






 アリツェは部屋に戻る途中、廊下を腕を組みながら仲良く歩くラディムとエリシュカに気づいた。エリシュカの方がラディムよりも四歳年上のはずだが、こうして見ていると、元々の性格のためなのかまったく年上には見えない。立場上年齢よりも大人びて見えるラディムと、子供っぽさを多分に残しているエリシュカ。なかなかお似合いに見える。

 ラディムたちにもオーミュッツへ戻る準備を済ませてもらわなければと思い、アリツェは脇を通り過ぎようとしている二人に声をかけた。

「お兄様、エリシュカ様。少しよろしいでしょうか」

「どうした、アリツェ。何か問題でも起こったか?」

 ラディムとエリシュカは立ち止まり、アリツェに向き直った。

「そろそろオーミュッツへ戻るつもりですわ。お兄様とエリシュカ様も、いつでも出られるように準備をお願いいたしますわ」

「了解した。それほど大したものは持ち込んでいないし、すぐに支度を済ませよう。エリシュカも大丈夫だよな?」

 ラディムはうなずくと、隣のエリシュカに顔を向け尋ねる。

「はいっ、問題ございません! グリューンの街の露店も殿下と十分楽しめましたし、良い思い出が作れました」

 エリシュカは弾むような声で返事をし、ラディムと組んでいる腕にキュッと力を込めた。

「それはよかったですわ。本来ならもっと活気があるはずなんですの。いつかまた、ぜひグリューンにお越しくださいませ。その時は、あるべき姿のグリューンの、異国情緒あふれる露店街をぜひお見せいたしますわ」

 できれば夏場の、一番華やかな時期を見てもらいたいとアリツェは思う。たくさん露天商が集まる時期で、かつては大通りを埋め尽くさん勢いで出店がされていたものだ。

「アリツェ様、楽しみにしていますね!」

 エリシュカの元気な声に、アリツェは微笑み返した。






 オーミュッツへの帰還の準備を終え、アリツェ一行はグリューンを発った。いつものとおり高速馬車での旅路だ。

「今のところ、街道の街々は変わりないですわね」

 車窓から覗く様子は、平時とあまり変わらないようにアリツェには見える。

「ここはまだ王都周辺、前線からは相当に離れているからねぇ。のどかなもんだね」

 アリツェに寄り添うようにして、ドミニクも外の様子を眺めている。

 まもなく開戦とはいっても、前線から遠いこの地ではあまり実感のない話なのだろう。民家の玄関には、例年どおりの新年の飾り付けがなされている。精霊教の新年の装飾は、木彫りの龍のレリーフをフラワーリースで飾り立てたものだ。だいたいどこの家の玄関扉にも掲げられている。

「この光景を護るためにも、これからの戦、心してかからないといけませんわね」

 戦争の際に戦うのは貴族の義務だ。民の平穏を庇護してこその貴族の地位でもある。負けるわけにはいかなかった。

「まったくだね」

 神妙な面持ちでドミニクもうなずいた。
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