181 / 272
第十六章 王国軍対帝国軍
8 わたくしの手料理を皆様に振舞いますわ
しおりを挟む
「あの、お嬢様? これはいったい……」
調理人は驚愕の表情を浮かべている。
「あらいやですわ。人参ですわよ」
この調理人は何を言っているのだろうかと、アリツェは首をひねりながら答えた。
「これが、人参……?」
調理人は、アリツェが生み出した原形をとどめていない赤い何かをつまみあげながら、茫然とつぶやいた。
「さあっ、次の具材は何かしら! どんどん切りますわよ!」
アリツェは気分が高揚してきた。今ならどんな野菜でも見事にさばいて見せると意気込む。
「あ、はい……」
隣で調理人が力なく返事をするが、アリツェは単に調理人が疲れているだけなのだろうと誤解した。
「うふふ、なんだか気分が乗ってきましたわ! これは、ものすごいごちそうができる予感がいたしますわ!」
アリツェは鼻息荒く、次々と元は野菜であったはずの、何やら得体のしれないものを作りだしていった。
「こ、こいつはとんでもない事態になった……」
調理人はなぜだかうずくまり、頭を抱えていた。
興が乗ったアリツェは調理人の制止の声にも耳を貸さず、司令部の面々の夕食のスープを作っていく。いつも世話になっているので、せめてもの心づくしの意味合いもあった。
出来上がったスープをひとくち口に含み、出来栄えに満足したアリツェは、器に次々とスープを注ぎ、他の調理人が作った副菜などと一緒に司令部の天幕まで運び込んだ。
そして今、司令部の天幕の中で地獄の宴が始まろうとしていた――。
「どうしてですの!?」
アリツェは目の前の惨状をにわかには信じられず、思わず叫び声をあげた。
「はは、まぁ、この料理ではなぁ……」
まさに死屍累々、テーブルに突っ伏し倒れる司令部の面々を見て、ラディムは苦笑した。
「おかしいですわ! こんなにおいしいじゃないですか!」
アリツェは自分のスープ皿からスプーンでスープをひと掬いし、口に運んだ。別におかしなところはない。普通においしいとアリツェは思う。
「ひどいってレベルじゃ……」
ラディムはため息をついた。
「ど、ドミニク! わたくしの手料理は何でもおいしく食べられるとおっしゃったではないですか!」
アリツェは椅子から立ち上がり、スプーンを口にくわえたまま動かなくなっているドミニクに視線を向け、声を張り上げた。
「あわあわあわ……」
意味不明なつぶやきを残し、ドミニクはそのまま椅子から転げ落ちた。
慌ててアリツェとラディムはドミニクの元に駆けつける。
「ダメだこれは。泡を噴いて倒れている」
ドミニクの様子を見て、ラディムはゆっくりと頭を振った。
「そんな……、こんなにおいしいのに、なぜですの……」
アリツェは現実を受け入れられなかった。きちんと味見をし、大丈夫だと判断して提供したのにこのありさまだ。いったいアリツェの味付けの、何がいけなかったのか。
「『健啖』持ちの味見を信じちゃいけないってことだな。結局、無事なのは『健啖』があるアリツェと私のみだぞ」
アリツェが料理を提供した二十人のうち、立っているのは作ったアリツェ本人とラディムだけだった。「これぞ飯テロ!」と呼ぶにふさわしい威力だ。――まさに言葉どおりに、ご飯で人を害する行為として――。
「あぁ、なんということでしょう……」
アリツェはがくりとうなだれた。意図せず司令部を壊滅させてしまった。今は落ち着いている時期だからよかったものの、下手したら利敵行為になるところだった。
「アリツェ、正直に言おう」
ラディムはポンッとアリツェの肩を叩いた。
「君は今後一切、料理はするな」
「はい……」
冷たく言い放たれたラディムの言葉に、アリツェは素直にうなずいた。アリツェとしても、自らの料理で味方を戦闘不能にするつもりはない。
アリツェはふと、以前王都のレストランでドミニクに手料理が食べたいと告げられた際に、今の実力では人死にが出かねないと躊躇したことを思い出した。あの時冗談交じりに脳裏に浮かべた考えが、まさかほぼ現実のものになるとは、アリツェは思いもよらなかった。
人をも殺しうるアリツェのスープ。一見した限りは普通のスープに見え、臭いも特におかしなところはなかった。まさに凶悪な兵器だった。ただ、アリツェは料理を禁止されたため、この恐ろしい兵器が日の目を見る事態は、もう二度とないだろう……。
「器用さの訓練は、裁縫や編み物だけにするんだな」
料理での修練は危険極まりないと、今回の一件でアリツェは自覚した。ラディムの言うとおり、裁縫や編み物で手先を動かす練習をしたほうがよさそうだった。
「皆さま、申し訳ございません……」
アリツェはラディムと協力し、気を失っている司令部の面々の介抱を始めた。
調理人は驚愕の表情を浮かべている。
「あらいやですわ。人参ですわよ」
この調理人は何を言っているのだろうかと、アリツェは首をひねりながら答えた。
「これが、人参……?」
調理人は、アリツェが生み出した原形をとどめていない赤い何かをつまみあげながら、茫然とつぶやいた。
「さあっ、次の具材は何かしら! どんどん切りますわよ!」
アリツェは気分が高揚してきた。今ならどんな野菜でも見事にさばいて見せると意気込む。
「あ、はい……」
隣で調理人が力なく返事をするが、アリツェは単に調理人が疲れているだけなのだろうと誤解した。
「うふふ、なんだか気分が乗ってきましたわ! これは、ものすごいごちそうができる予感がいたしますわ!」
アリツェは鼻息荒く、次々と元は野菜であったはずの、何やら得体のしれないものを作りだしていった。
「こ、こいつはとんでもない事態になった……」
調理人はなぜだかうずくまり、頭を抱えていた。
興が乗ったアリツェは調理人の制止の声にも耳を貸さず、司令部の面々の夕食のスープを作っていく。いつも世話になっているので、せめてもの心づくしの意味合いもあった。
出来上がったスープをひとくち口に含み、出来栄えに満足したアリツェは、器に次々とスープを注ぎ、他の調理人が作った副菜などと一緒に司令部の天幕まで運び込んだ。
そして今、司令部の天幕の中で地獄の宴が始まろうとしていた――。
「どうしてですの!?」
アリツェは目の前の惨状をにわかには信じられず、思わず叫び声をあげた。
「はは、まぁ、この料理ではなぁ……」
まさに死屍累々、テーブルに突っ伏し倒れる司令部の面々を見て、ラディムは苦笑した。
「おかしいですわ! こんなにおいしいじゃないですか!」
アリツェは自分のスープ皿からスプーンでスープをひと掬いし、口に運んだ。別におかしなところはない。普通においしいとアリツェは思う。
「ひどいってレベルじゃ……」
ラディムはため息をついた。
「ど、ドミニク! わたくしの手料理は何でもおいしく食べられるとおっしゃったではないですか!」
アリツェは椅子から立ち上がり、スプーンを口にくわえたまま動かなくなっているドミニクに視線を向け、声を張り上げた。
「あわあわあわ……」
意味不明なつぶやきを残し、ドミニクはそのまま椅子から転げ落ちた。
慌ててアリツェとラディムはドミニクの元に駆けつける。
「ダメだこれは。泡を噴いて倒れている」
ドミニクの様子を見て、ラディムはゆっくりと頭を振った。
「そんな……、こんなにおいしいのに、なぜですの……」
アリツェは現実を受け入れられなかった。きちんと味見をし、大丈夫だと判断して提供したのにこのありさまだ。いったいアリツェの味付けの、何がいけなかったのか。
「『健啖』持ちの味見を信じちゃいけないってことだな。結局、無事なのは『健啖』があるアリツェと私のみだぞ」
アリツェが料理を提供した二十人のうち、立っているのは作ったアリツェ本人とラディムだけだった。「これぞ飯テロ!」と呼ぶにふさわしい威力だ。――まさに言葉どおりに、ご飯で人を害する行為として――。
「あぁ、なんということでしょう……」
アリツェはがくりとうなだれた。意図せず司令部を壊滅させてしまった。今は落ち着いている時期だからよかったものの、下手したら利敵行為になるところだった。
「アリツェ、正直に言おう」
ラディムはポンッとアリツェの肩を叩いた。
「君は今後一切、料理はするな」
「はい……」
冷たく言い放たれたラディムの言葉に、アリツェは素直にうなずいた。アリツェとしても、自らの料理で味方を戦闘不能にするつもりはない。
アリツェはふと、以前王都のレストランでドミニクに手料理が食べたいと告げられた際に、今の実力では人死にが出かねないと躊躇したことを思い出した。あの時冗談交じりに脳裏に浮かべた考えが、まさかほぼ現実のものになるとは、アリツェは思いもよらなかった。
人をも殺しうるアリツェのスープ。一見した限りは普通のスープに見え、臭いも特におかしなところはなかった。まさに凶悪な兵器だった。ただ、アリツェは料理を禁止されたため、この恐ろしい兵器が日の目を見る事態は、もう二度とないだろう……。
「器用さの訓練は、裁縫や編み物だけにするんだな」
料理での修練は危険極まりないと、今回の一件でアリツェは自覚した。ラディムの言うとおり、裁縫や編み物で手先を動かす練習をしたほうがよさそうだった。
「皆さま、申し訳ございません……」
アリツェはラディムと協力し、気を失っている司令部の面々の介抱を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています
黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。
彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。
ようやく手に入れた穏やかな日々。
しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。
彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。
そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。
「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。
「いつものことだから、君のせいじゃないよ」
これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。
二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。
心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる