わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第十七章 伯爵軍対帝国軍

5 また一杯食わされましたわ!

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 伯爵領軍に加わってから、一週間ほどが経過した。アリツェたちは変わらず、地道な哨戒を続けている。

 今はちょうど夕食後の、ドミニクとの交代時間だ。司令部の天幕で、昼間の巡回の報告を行った。

 初日夕食時の撃退以来、導師部隊は直接出張って来てはいない。代わりに、連日劣化爆薬を用いた夜襲が、帝国正規兵によって繰り返されていた。

 夜襲の時間はドミニクの担当だ。さすがにこうも毎日襲撃が続けば、ドミニクの疲労の色も濃くなる。苦肉の策として、二日に一回は、アリツェが深夜までの巡回を代わった。ドミニクにつぶれられては、今後が立ち行かなくなる。

「あまり効果がないのに、随分しつこいですわね」

 アリツェは大きくため息をついた。

 連日の夜襲に何らかの意図があるのか、それともやけくそなのか、帝国軍の思惑がわからなかった。いたずらに兵を損耗するだけではないか。アリツェは正直、うんざりしていた。

「導師部隊が出てこないのは、いったいどういった理由だろうね」

 ドミニクは腕を組み、唸り声をあげつつ考え込む。

「最初のわたくしの脅しが効いたのでしょうか? いきなりあの規模の『かまいたち』を浴びせられれば、萎縮もしましょう」

 ドミニクの疑問に、アリツェは持論を述べた。

 導師部隊の子供たちも、あの規模の精霊術をその身に受けるのは初めてだったはずだ。彼らの操る魔術よりも、規模も威力も桁違いの精霊術に対して、恐怖を抱いてもおかしくはないとアリツェは考えていた。

「まぁ、十中八九、そんな理由だろうね」

 ドミニクも同意見なのか、首肯した。

「子供たちが立ち直るまでの時間稼ぎ、といったところだと思いますわ」

 正規兵による夜襲は、運が良ければ成功するかな程度の期待しかかけられていないのだろう。綿密に計画された攻撃だとはどうしても思えないお粗末さがあった。あくまで伯爵軍の目をそらすための、陽動の意味合いしかないはずだ。

「夜襲させられる正規兵も、たまったものじゃないだろうね」

 アリツェはドミニクの言葉にうなずき、捨て駒的な扱いをされている敵正規兵に少し同情した。上層部にとっては導師部隊の方が重要で、大切に扱っているのだろう。だが、他の一般兵にとってはいい迷惑に違いない。






 翌晩、自身の天幕内で仮眠をとっていたアリツェの元に、ドミニクがやってきた。

「アリツェ、起きているかい?」

「えぇ、起きておりますわ。どうかなさいましたか、ドミニク」

 天幕外からのドミニクの声に、アリツェは身体をゆっくりとベッドからおこし、返事をした。

「悪いがすぐに着替えて、司令部に来てくれないかな。伯爵が呼んでいる」

「わかりましたわ。すぐに参りますので、ドミニクは先に行っててくださいませ」

 ドミニクの声にわずかに焦りの色を感じたアリツェは、急ぎベッドから降り、寝間着に手をかけた。

「了解、伯爵にはそう伝えておくよ」

 ドミニクはそう口にすると、アリツェの天幕から去っていった。

 ドミニクの駆けていく足音を聞きながら、アリツェは脱いだ寝間着をベッドに放り、いつもの活動着を着用する。

 手早く着替え終えたアリツェは、槍と背嚢を背負い伯爵の天幕へと向かった。

 天幕前は深夜にもかかわらずあわただしい。伝令兵がひっきりなしに出入りをしている様子から、どうやら大きな動きがあったようだ。

「いったいどうされましたの?」

 天幕の中に入り、アリツェは伯爵に声をかけた。

「それが、また事態が急変した。早朝にフェルディナント殿からの伝書鳩が届いたのだが、どうやらザハリアーシュたちが対王国軍側に現れたらしい」

 困ったような顔で、伯爵はフェルディナントからの報告書をアリツェに見せた。

「なんですって!?」

 アリツェは思わず叫び声をあげ、慌てて報告書に目を走らせる。

 突如現れた導師部隊に側面から奇襲を受け、王国軍の前線は混乱がひどいと記されている。少し乱れた字から、フェルディナントの焦りを感じた。

「あちゃー、夜襲での時間稼ぎは導師部隊の立て直しではなく、対王国軍側への移動のためだったか」

 アリツェの精霊術で精神的な衝撃を受けたであろう導師たちが士気を回復させるまでの、時間稼ぎを目的にした夜襲かと思っていた。だが、実際は違った。対王国戦線への移動の時間稼ぎだった。導師部隊がまだ対伯爵領軍側にいると思わせることで、導師部隊が移動したとの連絡が伯爵側からフェルディナントの元へいくことを阻止するための作戦だろう。

「一杯食わされた形だな。苦戦をしているらしいので、悪いが王国軍へ戻ってもらえないか?」

 伯爵は片手で髪をくしゃくしゃと掻き毟りながら、大きくため息をついている。

「なんだかあわただしいですわ。仕方がありませんが……」

 伯爵領軍に合流して一週間あまりで、再び王国軍側に逆戻りだ。なかなか落ち着く暇がない。

「ラディムは身動きが取れないし、この調子では、どうやらまだ、クリスティーナも前線に到着していないのだろうね。アリツェが行くしかないか」

 ドミニクがつぶやいたように、今戦力として計算できる精霊使いはアリツェのみだった。他に適任者がいない以上は、アリツェが戻って導師部隊に対処せざるを得ない。

「本当にすまないね。君には謝罪してばかりだ」

 伯爵は申し訳なさそうに頭を下げた。

「こちらこそ、お気遣いありがとうございますわ。伯爵様はご自身のお勤めをなさっているだけですもの。思い悩まれる必要などございませんわ」

 アリツェは頭をあげるよう伯爵を促し、微笑みかけた。

「助力、感謝するよ」

 顔に愁色を浮かべつつ、伯爵は感謝の辞を述べる。

「しかし、アリツェが戻って王国軍が持ち直したとして、ザハリアーシュがまたこちらに戻ってきたらどうしようか」

 ドミニクは不安げな面持ちで、懸念を口にした。

「同じことの繰り返しになってしまいますわね」

 このままでは、王国軍と伯爵領軍とを行ったり来たりする羽目になりかねない。何らかの対策の必要性を痛感する。

「いっそのこと、ラディムにこっちへ来てもらうかい?」

 ドミニクの発言に、アリツェは驚いて目を見張った。

 確かにラディムがいれば、万が一、再び導師部隊が対伯爵領軍側に現れても、どうにか対処はできるだろう。それに、王国軍所属時のようなお客様扱いはされないはずだから、ある程度は自らの意志で動けるに違いない。だが――。

「殿下は今、王国軍の総大将なのだろう? 難しいのではないか?」

 伯爵も度肝を抜かれたのか、目を白黒させ、戸惑っていた。

「……そういえば、お兄様は元々、機を見て伯爵様の軍へ転籍なさるつもりでしたわね。他国の軍に身を置くより、同じ帝国の伯爵様の軍を率いて帝都入りしたほうが、後々の治世に都合がいいとのお話で」

 ドミニクの提案から、アリツェはラディムの意向を思い出した。

「確かに、王国軍の総大将のままで帝都に進軍したら、王国の手先になったと思われかねないな。今回の戦争が、王国による侵略戦争ととられる恐れもある」

 伯爵も合点がいったのか、首を縦に振る。

「ちょうどいいタイミングですわ。ここで正式にお兄様に、伯爵様の率いる反乱軍側のトップに立ってもらいましょう。お兄様が反乱軍の総大将として帝都に進軍するのが最善だと、わたくし愚考いたしますわ」

 いい考えだ、とアリツェはポンっと手を叩いた。

「ボクたちが対王国軍、対伯爵領軍の両方の帝国正規軍を見た限りでは、ザハリアーシュたちさえいなければ、ボクたちの勝利は間違いないと思う」

 ドミニクは自信満々に言い切った。

 アリツェも同感だった。導師部隊の存在を過度に恐れさえしなければ、正規兵同士での戦いで、王国軍や伯爵の率いる反乱軍側が負けるとは思えなかった。ここに、軍を二手に割らざるを得ない帝国軍側の弱みが出た。

「わたくしたちでザハリアーシュたちをどうにか致しますわ。ですので、伯爵様はお兄様を受け入れる準備をお願いいたしますわ」

「承知した、そのように頼む。……それと、殿下が来られるのなら、エリシュカも同行させてやってはもらえないか?」

 やはり伯爵も人の親、愛する娘に会いたいのだろう。

「もちろんですわ!」

 アリツェは声を張り、大きく首肯した。






 旅の準備も、もうすっかり慣れた。準備を早急に済ませると、アリツェとドミニクは馬に乗り、帝国街道を東に、王国軍を目指して駆けた。

 アリツェは真冬の寒さを紛らわすため、厚手の外套に簡易の火の精霊術を施し、暖をとれるように仕込んだ。これなら吹きつける寒風も気にならない。移動速度を下げずに済むので、大変重宝していた。

「すぐさまとんぼ返りで、せわしないね」

 口元を覆っている防寒用の布を少し下げ、ドミニクはアリツェに話しかけた。

「でもこのようにドミニクと二人旅ができて、わたくし嬉しいですわ」

 アリツェは声を弾ませた。

 一週間にも及ぶこの移動時間は、誰にも邪魔されずにドミニクと二人だけの時を過ごせる、ある意味で贅沢な瞬間でもあった。

「せっかく精霊王様がお与えくださった貴重な機会ですわ。楽しくおしゃべりでもいたしましょう?」

 アリツェは首をちょこんとかしげて、隣を並走するドミニクに笑いかけた。

「そうだね、王国軍に戻れば、また忙しい毎日だろうし」

 ドミニクは嬉しそうに白い歯を見せる。

「ペスもルゥもお利口だから、わたくしたちの邪魔はいたしませんし」

 上空を飛ぶルゥも、背嚢に収まっているペスも、空気の読めない子ではなかった。アリツェと密接に精神をリンクさせているため、ドミニクとの会話に割って入ってくるようなおいたは決してしない。

「つかの間の二人旅、存分に楽しもう」

 アリツェは満面の笑みでドミニクに応じた。
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