190 / 272
第十七章 伯爵軍対帝国軍
6 何か妙案はございませんか?
しおりを挟む
伯爵領を出立してから約一週間が経ち、アリツェとドミニクは王国軍陣地へと戻ってきた。国境地帯の森は行きと同様に精霊術で上空を迂回し、アリツェたちは帝国軍に気取られないよう、細心の注意を払った。
戻った王国軍の陣地は、だいぶ混とんとした状況に陥っていた。状況はあまりよくないように感じられる。
アリツェは着いた足で司令部の天幕へと向かった。
「お兄様! 今戻りましたわ!」
天幕に入るや、アリツェは声を張り上げた。
フェルディナントとラディムはすぐさまアリツェへ向き直ると、途端に表情を緩ませた。
「アリツェ、良かった! 無事に戻れたか!」
ラディムはアリツェの元へ駆け寄ると、手を取ってぎゅっと握りしめた。随分と心配をしてくれていたようだ。
「状況はどうなっていますの?」
ラディムを安心させるように、アリツェはにこりと微笑みながら尋ねた。
「その点については、叔父上が説明してくれる」
ラディムは振り返り、後ろに立つフェルディナントを示す。
「アリツェ、ご苦労だったね」
フェルディナントもアリツェの傍まで歩み寄ると、優し気な視線を寄こした。
「状況は、正直よくないね。ザハリアーシュたちの奇襲で、前線を張る第一軍が浮足立っている」
フェルディナントは現状を口にすると、一転して表情を曇らせる。
ここ一週間、毎日のように導師部隊の襲撃を受けており、第一線の部隊の混乱は相当なものになっているようだ。以前の大勝が効いているおかげか、いまだ前線を破られるような事態にまでは陥っていないが、このままでは突破されるのも時間の問題だとフェルディナントは嘆く。
今はラディムの使い魔のミアが、前線に張り付いて警戒をしている。だが、やはり精霊使いであるラディムが傍にいなければ、使い魔もその実力を発揮しきれない。
もう一匹の使い魔のラースは、ラディムの警護のために司令部から離れられない。ミア一匹で広範囲のカバーが必要となるため、どうしても警戒の穴が出てきた。今はその穴を的確に導師部隊に突かれている形だと、フェルディナントは苦虫をかみつぶしたような表情で語った。
「もしかして、姿をくらませた状態で、側面や背後から爆薬を投げつけられているのでしょうか?」
奇襲と聞いて、アリツェは導師部隊が伯爵領軍に対して行っていた行動を、脳裏に思い浮かべた。
導師部隊は、伯爵領軍の張る陣形の中でも特に薄いと思われる側面や背後を、光属性を練りこんだ外套を着込んで姿をくらましながら近づき、爆薬などのマジックアイテムを駆使しながら襲いかかっていた。
「あぁ、そのとおりだよ。もしかして、伯爵も同じ目に?」
素早く状況を読み取ったアリツェに、フェルディナントは少し驚いたように目を見開いた。
「はい。……それでしたら、一度わたくしも対処しておりますし、お任せいただければどうにかいたしますわ」
アリツェは己の自信を示すように、ぐいっと胸を張った。
「長旅で疲れているところを悪いね。頼むよ」
「うふふ、精霊術のすさまじさ、再びザハリアーシュたちの胸に刻み込んで見せますわ!」
頭を垂れるフェルディナントに、アリツェは強気に答える。
「アリツェが戻って、本当に心強いね」
ホッと安堵しているフェルディナントを見て、アリツェは大いに満足した。
劣勢の状況で気が滅入っているであろうフェルディナントを、少しでも励ませられれば……。あえて自信たっぷりに応じたアリツェの意図は、どうやら奏功したようだ。
「それとお兄様、伯爵領軍の件についてなのですが……」
アリツェはラディムに視線を向けた。
今、伯爵領軍には精霊使いが皆無だ。霊素持ちもいない。なので、ラディムが伯爵領軍に転属をして、ザハリアーシュに備えるのが上策だ。そうアリツェはラディムに訴えた。また、その際にエリシュカの同行を伯爵が望んでいるとも付け加える。
アリツェの提案を受け、ラディムは腕を組み、考え込んだ。
「叔父上、どう思う?」
しばらく思案したのち、ラディムは隣に立つフェルディナントに意見を求めた。フェルディナントも考えを巡らせているのか、うんうんとうなっている。
「タイミングとしては、今しかないかもしれないかな?」
最終的にはアリツェの意見に同調するように、フェルディナントは首を縦に振った。
フェルディナントやラディムとの話を終えて、アリツェはドミニクとともに司令部の天幕を離れた。周囲の状況を掴むために、かつての巡回コースをゆっくりと歩く。
以前はアリツェやドミニクだけで回っていた巡回コースも、今は多数の哨戒の兵が行き来していた。いつ導師部隊に奇襲されるかがわからないため、どの兵も一様に緊張した様子だった。
「さて、アリツェ。どうするんだい? 前回は完全にこちらの奇襲がはまったから、容易に撃退できたよ。けれども、今回は相手も警戒しているんじゃないかな?」
ドミニクはアリツェに視線を遣り、懸念を口にする。
「わたくしが王国軍側に戻っているとは、まだ知られていないと思いますわ。再度の奇襲、成功させて見せますわ!」
アリツェは手を握り締めながら、力強く答えた。
王国軍陣地へ戻る際に、帝国軍には見つからないよう迂回をしている。まだアリツェの帰還は悟られていないはずだ。
「とはいっても、ラディムが伯爵領軍側に転属する件も、当然帝国軍は知らないはずだよ。帝国側は、王国軍にまだラディムがいる前提で動いているはずだ。ザハリアーシュもラディムの精霊術を警戒して、何らかの対策を取ってそうな気がするんだよね」
「なるほど、そういわれてみればそうですわね」
今までラディムは立場上の問題もあり、対魔術要員として見なされてはいなかった。そのため、帝国側がラディムの精霊術に対抗する術を準備しているだろう可能性を、アリツェはすっかり失念していた。ラディム自身が精霊使いの立場として戦場に出張ってくる可能性を、帝国側は当然に考慮しているだろう。
「少し、慎重に事を運ぼうよ」
「わかりましたわ。少々性急に過ぎたようです。ドミニクも何か案がありましたら、お願いいたしますわ」
アリツェはドミニクの思慮深さに感心した。確かに、もう少し用心深い対応が必要なのかもしれない。
「『かまいたち』、『目つぶし』、『豪雨』は、一度使っているから警戒されていると考えたほうがいいね」
考え込み、首をひねりながら、ドミニクはブツブツとつぶやく。
「となりますと……、わたくしも爆薬を作って対抗するのはいかがでしょうか?」
霊素の扱いではアリツェに一日の長がある。同じ爆薬を作るにしても、悠太の記憶のあるアリツェのほうが、よほど高性能なものを作れるだろう。
「数をそんなにすぐに用意できるのかい? それに、マジックアイテムは霊素持ちが使ったほうが効果が大きいんだろう? 霊素持ちの人数はあちらさんが勝っているし、不利だと思うよ」
ドミニクは頭を横に振った。
「なかなか難しいですわね」
妙案が浮かばず、アリツェはため息をついた。
「お兄様経由で、マリエ様が使っていた拘束玉の作り方は承知しているのですが……。やはりここでも、霊素持ちで動けるのがわたくしだけという点がネックですわね」
「うん、アリツェ一人では、相手の数に押されてしまう。拘束玉で全員を拘束しきる前に、抵抗されるのは必至だね」
拘束玉については、自らも食らってその効果の有用性は十分にわかっている。だが、使える人間が霊素持ちだけという制限が問題だった。アリツェ一人で導師部隊数十人を一度に拘束しきるのは、どう考えても現実的ではない。
「お兄様はもういらっしゃらないので、使い魔を借り受けるわけにもいきませんわ」
「交代で見張りをする以上、ルゥとペスは別々に行動せざるを得ない。なかなか厳しいね」
精霊使いがアリツェ一人のみなので、取れる戦略に幅を持たせられない。このままでは、いくら考えても良い着想が浮かびそうになかった。
「叔父様には大見えを切りましたが、少々困りましたわね」
アリツェは力なく頭を振った。
威勢のいい言葉を吐いたはいいが、このままでは大した成果を上げられそうもない。フェルディナントを失望させてしまうかもしれなかった。
「単属性しか使えない状況じゃ、選択肢があまりないなぁ」
同時使用可能な属性が一つでは、飛行術と併用しての攻撃といった手段は取れない。妙案もなし、アリツェとドミニクは顔を見合わせ、互いにため息をこぼした。
(アリツェ、風属性で空気を操って、音波攻撃がいいんじゃないか?)
とその時、横から悠太が割って入ってきた。
(悠太様! 久しぶりでございますわ。最近まったく表に出ていらっしゃらないので、心配しておりましたわ)
アリツェは久々の悠太の登場に、ホッと胸をなでおろした。ここ最近は、いくら呼び掛けても返事のない時が多く、何か問題でも発生しているのかと気をもんでいたからだ。
(……いろいろ思うところがあるんだ。それよりも、今考えるべきは対魔術だろう?)
悠太はわずかに言葉を濁したものの、すぐに本題に入る。
(そうでしたわ! 音波攻撃といいますと、具体的には?)
言葉を聞いただけではアリツェはピンとこなかった。悠太の詳しい説明が必要だ。
(相手を大音圧にさらして行動不能にする。やりすぎると聴覚に異常をきたすと思うので、やるなら数秒ってところかな? 短時間で広範囲に影響を及ぼせるから、今回の場合はわりと有効だと思うぞ)
悠太は要点をざっと述べる。アリツェも解説を聞くや、持っている悠太の記憶ともあいまって、何となくだがイメージがつかめてきた。
(では、悠太様の案を試してみますわ)
納得がいったアリツェは礼を述べると、悠太からは「頑張るんだな」と返ってきた。そして、悠太の意識は再び落ちていった。
「ドミニク、悠太様から助言をいただきましたわ」
アリツェは少し声を弾ませながら、ドミニクに悠太から授かった作戦の概要を説明した。
「ボクには細かい理屈はわからないけれど、話を聞く限りでは有効そうだね。アリツェ、いきなりで使いこなせそう?」
ドミニクはこくこくとうなずくと、最後に大丈夫かと問いかける。
「悠太様が過去に使った経験がございまして、その時の記憶が残っているので問題はなさそうですわ」
アリツェは首肯した。
悠太の知識を生かせるので、特段不安はなかった。それほど難しい精霊術というわけでもなさそうなので、本番での失敗を危惧する必要もなさそうだ。
「じゃ、その手で行こうか」
ドミニクはアリツェの手を取り、再び巡回コースを歩き出した。
アリツェも手を引かれるがまま、足を踏み出す。方針が決まり、アリツェはのしかかっていた肩の荷が降りた気分だった。
戻った王国軍の陣地は、だいぶ混とんとした状況に陥っていた。状況はあまりよくないように感じられる。
アリツェは着いた足で司令部の天幕へと向かった。
「お兄様! 今戻りましたわ!」
天幕に入るや、アリツェは声を張り上げた。
フェルディナントとラディムはすぐさまアリツェへ向き直ると、途端に表情を緩ませた。
「アリツェ、良かった! 無事に戻れたか!」
ラディムはアリツェの元へ駆け寄ると、手を取ってぎゅっと握りしめた。随分と心配をしてくれていたようだ。
「状況はどうなっていますの?」
ラディムを安心させるように、アリツェはにこりと微笑みながら尋ねた。
「その点については、叔父上が説明してくれる」
ラディムは振り返り、後ろに立つフェルディナントを示す。
「アリツェ、ご苦労だったね」
フェルディナントもアリツェの傍まで歩み寄ると、優し気な視線を寄こした。
「状況は、正直よくないね。ザハリアーシュたちの奇襲で、前線を張る第一軍が浮足立っている」
フェルディナントは現状を口にすると、一転して表情を曇らせる。
ここ一週間、毎日のように導師部隊の襲撃を受けており、第一線の部隊の混乱は相当なものになっているようだ。以前の大勝が効いているおかげか、いまだ前線を破られるような事態にまでは陥っていないが、このままでは突破されるのも時間の問題だとフェルディナントは嘆く。
今はラディムの使い魔のミアが、前線に張り付いて警戒をしている。だが、やはり精霊使いであるラディムが傍にいなければ、使い魔もその実力を発揮しきれない。
もう一匹の使い魔のラースは、ラディムの警護のために司令部から離れられない。ミア一匹で広範囲のカバーが必要となるため、どうしても警戒の穴が出てきた。今はその穴を的確に導師部隊に突かれている形だと、フェルディナントは苦虫をかみつぶしたような表情で語った。
「もしかして、姿をくらませた状態で、側面や背後から爆薬を投げつけられているのでしょうか?」
奇襲と聞いて、アリツェは導師部隊が伯爵領軍に対して行っていた行動を、脳裏に思い浮かべた。
導師部隊は、伯爵領軍の張る陣形の中でも特に薄いと思われる側面や背後を、光属性を練りこんだ外套を着込んで姿をくらましながら近づき、爆薬などのマジックアイテムを駆使しながら襲いかかっていた。
「あぁ、そのとおりだよ。もしかして、伯爵も同じ目に?」
素早く状況を読み取ったアリツェに、フェルディナントは少し驚いたように目を見開いた。
「はい。……それでしたら、一度わたくしも対処しておりますし、お任せいただければどうにかいたしますわ」
アリツェは己の自信を示すように、ぐいっと胸を張った。
「長旅で疲れているところを悪いね。頼むよ」
「うふふ、精霊術のすさまじさ、再びザハリアーシュたちの胸に刻み込んで見せますわ!」
頭を垂れるフェルディナントに、アリツェは強気に答える。
「アリツェが戻って、本当に心強いね」
ホッと安堵しているフェルディナントを見て、アリツェは大いに満足した。
劣勢の状況で気が滅入っているであろうフェルディナントを、少しでも励ませられれば……。あえて自信たっぷりに応じたアリツェの意図は、どうやら奏功したようだ。
「それとお兄様、伯爵領軍の件についてなのですが……」
アリツェはラディムに視線を向けた。
今、伯爵領軍には精霊使いが皆無だ。霊素持ちもいない。なので、ラディムが伯爵領軍に転属をして、ザハリアーシュに備えるのが上策だ。そうアリツェはラディムに訴えた。また、その際にエリシュカの同行を伯爵が望んでいるとも付け加える。
アリツェの提案を受け、ラディムは腕を組み、考え込んだ。
「叔父上、どう思う?」
しばらく思案したのち、ラディムは隣に立つフェルディナントに意見を求めた。フェルディナントも考えを巡らせているのか、うんうんとうなっている。
「タイミングとしては、今しかないかもしれないかな?」
最終的にはアリツェの意見に同調するように、フェルディナントは首を縦に振った。
フェルディナントやラディムとの話を終えて、アリツェはドミニクとともに司令部の天幕を離れた。周囲の状況を掴むために、かつての巡回コースをゆっくりと歩く。
以前はアリツェやドミニクだけで回っていた巡回コースも、今は多数の哨戒の兵が行き来していた。いつ導師部隊に奇襲されるかがわからないため、どの兵も一様に緊張した様子だった。
「さて、アリツェ。どうするんだい? 前回は完全にこちらの奇襲がはまったから、容易に撃退できたよ。けれども、今回は相手も警戒しているんじゃないかな?」
ドミニクはアリツェに視線を遣り、懸念を口にする。
「わたくしが王国軍側に戻っているとは、まだ知られていないと思いますわ。再度の奇襲、成功させて見せますわ!」
アリツェは手を握り締めながら、力強く答えた。
王国軍陣地へ戻る際に、帝国軍には見つからないよう迂回をしている。まだアリツェの帰還は悟られていないはずだ。
「とはいっても、ラディムが伯爵領軍側に転属する件も、当然帝国軍は知らないはずだよ。帝国側は、王国軍にまだラディムがいる前提で動いているはずだ。ザハリアーシュもラディムの精霊術を警戒して、何らかの対策を取ってそうな気がするんだよね」
「なるほど、そういわれてみればそうですわね」
今までラディムは立場上の問題もあり、対魔術要員として見なされてはいなかった。そのため、帝国側がラディムの精霊術に対抗する術を準備しているだろう可能性を、アリツェはすっかり失念していた。ラディム自身が精霊使いの立場として戦場に出張ってくる可能性を、帝国側は当然に考慮しているだろう。
「少し、慎重に事を運ぼうよ」
「わかりましたわ。少々性急に過ぎたようです。ドミニクも何か案がありましたら、お願いいたしますわ」
アリツェはドミニクの思慮深さに感心した。確かに、もう少し用心深い対応が必要なのかもしれない。
「『かまいたち』、『目つぶし』、『豪雨』は、一度使っているから警戒されていると考えたほうがいいね」
考え込み、首をひねりながら、ドミニクはブツブツとつぶやく。
「となりますと……、わたくしも爆薬を作って対抗するのはいかがでしょうか?」
霊素の扱いではアリツェに一日の長がある。同じ爆薬を作るにしても、悠太の記憶のあるアリツェのほうが、よほど高性能なものを作れるだろう。
「数をそんなにすぐに用意できるのかい? それに、マジックアイテムは霊素持ちが使ったほうが効果が大きいんだろう? 霊素持ちの人数はあちらさんが勝っているし、不利だと思うよ」
ドミニクは頭を横に振った。
「なかなか難しいですわね」
妙案が浮かばず、アリツェはため息をついた。
「お兄様経由で、マリエ様が使っていた拘束玉の作り方は承知しているのですが……。やはりここでも、霊素持ちで動けるのがわたくしだけという点がネックですわね」
「うん、アリツェ一人では、相手の数に押されてしまう。拘束玉で全員を拘束しきる前に、抵抗されるのは必至だね」
拘束玉については、自らも食らってその効果の有用性は十分にわかっている。だが、使える人間が霊素持ちだけという制限が問題だった。アリツェ一人で導師部隊数十人を一度に拘束しきるのは、どう考えても現実的ではない。
「お兄様はもういらっしゃらないので、使い魔を借り受けるわけにもいきませんわ」
「交代で見張りをする以上、ルゥとペスは別々に行動せざるを得ない。なかなか厳しいね」
精霊使いがアリツェ一人のみなので、取れる戦略に幅を持たせられない。このままでは、いくら考えても良い着想が浮かびそうになかった。
「叔父様には大見えを切りましたが、少々困りましたわね」
アリツェは力なく頭を振った。
威勢のいい言葉を吐いたはいいが、このままでは大した成果を上げられそうもない。フェルディナントを失望させてしまうかもしれなかった。
「単属性しか使えない状況じゃ、選択肢があまりないなぁ」
同時使用可能な属性が一つでは、飛行術と併用しての攻撃といった手段は取れない。妙案もなし、アリツェとドミニクは顔を見合わせ、互いにため息をこぼした。
(アリツェ、風属性で空気を操って、音波攻撃がいいんじゃないか?)
とその時、横から悠太が割って入ってきた。
(悠太様! 久しぶりでございますわ。最近まったく表に出ていらっしゃらないので、心配しておりましたわ)
アリツェは久々の悠太の登場に、ホッと胸をなでおろした。ここ最近は、いくら呼び掛けても返事のない時が多く、何か問題でも発生しているのかと気をもんでいたからだ。
(……いろいろ思うところがあるんだ。それよりも、今考えるべきは対魔術だろう?)
悠太はわずかに言葉を濁したものの、すぐに本題に入る。
(そうでしたわ! 音波攻撃といいますと、具体的には?)
言葉を聞いただけではアリツェはピンとこなかった。悠太の詳しい説明が必要だ。
(相手を大音圧にさらして行動不能にする。やりすぎると聴覚に異常をきたすと思うので、やるなら数秒ってところかな? 短時間で広範囲に影響を及ぼせるから、今回の場合はわりと有効だと思うぞ)
悠太は要点をざっと述べる。アリツェも解説を聞くや、持っている悠太の記憶ともあいまって、何となくだがイメージがつかめてきた。
(では、悠太様の案を試してみますわ)
納得がいったアリツェは礼を述べると、悠太からは「頑張るんだな」と返ってきた。そして、悠太の意識は再び落ちていった。
「ドミニク、悠太様から助言をいただきましたわ」
アリツェは少し声を弾ませながら、ドミニクに悠太から授かった作戦の概要を説明した。
「ボクには細かい理屈はわからないけれど、話を聞く限りでは有効そうだね。アリツェ、いきなりで使いこなせそう?」
ドミニクはこくこくとうなずくと、最後に大丈夫かと問いかける。
「悠太様が過去に使った経験がございまして、その時の記憶が残っているので問題はなさそうですわ」
アリツェは首肯した。
悠太の知識を生かせるので、特段不安はなかった。それほど難しい精霊術というわけでもなさそうなので、本番での失敗を危惧する必要もなさそうだ。
「じゃ、その手で行こうか」
ドミニクはアリツェの手を取り、再び巡回コースを歩き出した。
アリツェも手を引かれるがまま、足を踏み出す。方針が決まり、アリツェはのしかかっていた肩の荷が降りた気分だった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる