わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第十九章 説得

3-1 三者会議ですわ~前編~

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「この腕輪で通信ができるのね?」

 クリスティーナは研究室に飛び込むなり、部屋の中央の台座に安置されているトマーシュの腕輪をじろじろと眺めた。

 突然のクリスティーナの登場に、周囲に控える研究員たちは何事かと遠巻きに見つめている。アリツェは責任者を呼び、これからラディムと通信するので席を外してほしい旨を伝え、クリスティーナの傍に近づいた。

「今からお兄様につなぎますわ。見ていてくださいませ」

 アリツェは安置されている腕輪を手に取り、腕にはめ込んだ。ゆっくりと霊素を注入していくと、腕輪はぼんやりと輝き、やがて激しく明滅を始めた。

「――アリツェか?」

 瞬く光に目を奪われていると、腕輪からアリツェを呼ぶラディムの声が漏れてきた。通信が繋がった証拠だ。

「お兄様、こちらにクリスティーナがいらっしゃいましたわ。さっそく、大司教追討の件、ご相談いたしましょう」

 アリツェはラディムの問いに答えながら、手近の椅子に腰を下ろした。クリスティーナもアリツェに倣い、台座近くの椅子に座った。

 状況はひっ迫している。急ぎ行動に移らねばならない現状を考えれば、まごついている暇はなかった。すぐさま打ち合わせに入り、一定の結論を出さねばならない。

 押し寄せる焦燥感を押しとどめつつ、アリツェは一つ咳払いをした。

「へぇぇ……すごいわね。半信半疑だったけれど、腕輪をしていない人間でも、本当に通信に参加できるじゃないの……」

 ラディムと簡単なあいさつを交わしながら、クリスティーナはほっと息を吐きだした。目を見開きながら、しげしげとアリツェの腕元を眺めている。

 アリツェが作ったわけでもなし、そもそもアリツェの所有物ですらない腕輪ではあった。だが、クリスティーナの反応を見ていると、アリツェは何やら誇らしげに、胸を張りたい衝動にかられた。

「お姿も映し出せれば最高なのですが、さすがに贅沢ですわね」

 アリツェは「うふふ」と声を漏らしながら、クリスティーナの表情を得意げに窺った。

「声が聞ければ上等上等。さ、ラディム、時間もないし話し合いを始めましょう」

 クリスティーナは腕輪から目線を切り、顔を上げた。すでにいつものクリスティーナの表情に戻っている。

 アリツェはもう少し自慢をしたいところだったが、どうやらクリスティーナからこれ以上の関心を引くのは難しいようだった。であれば、気持ちを切り替えて会議へと心を移さなければならない。

「文書でのやり取りで察しはついているかと思うが、私、アリツェ、クリスティーナの三人で、エウロペ山脈に向かいたい」

 ラディムが本題を切り出した。

「私としても、他に手はないと思っているの。賛成だわ」

 クリスティーナはぽんっと手を叩いた。

「わたくしも同じですわ」

 アリツェも首を縦に振った。

 軍隊行動は不向き。そもそも登山経験のある軍人がいない問題もある。であれば、精霊使いによる少数精鋭での作戦へと思い至るのは、必然だった。

「となれば、山中に分け入れるまでの期限も迫っている。さっそく行動に移りたいと思うのだが……」

「エウロペ山脈は東は我がヤゲル王国から、西はバイアー帝国を貫き、バルデル公国の海岸沿いまで続く長大な山脈よ。大司教の逃げ込んだ場所の大まかな当たりは、ついているのかしら?」

 クリスティーナは腕を組み、わずかに眉を上げた。

 クリスティーナが指摘した点は、アリツェも気になっていた。エウロペ山脈は東西に長い大山脈だ。むやみやたらと捜索の手を伸ばしたところで、徒労に終わる可能性が高い。ある程度の絞り込みは必須だった。今回は精霊使い三人での少人数行動を志向しているのだから、なおさら考えなければならない。

「彼奴らが平地を逃げたとは……考えにくい。ミュニホフからまっすぐ南に向かい、山中に逃げ込んだと睨んでいる。となれば、エウロペ山脈でも、帝国内……それも、ミュニホフから最短距離周辺を重点的に洗うべきだと考えているのだが……」

 ラディムはあれこれと考えを巡らせているのか、少し途切れ途切れにクリスティーナの問いに答えた。

「ま、妥当な線ね。アリツェはどう?」

 クリスティーナは「ふぅーっ」と大きく息をつきながら、アリツェに顔を向けた。

「わたくしもお兄様に同意いたしますわ。帝都陥落からまだそれほど日数は経っておりませんし、逃げ隠れしながらでは、そう遠くへは行けないでしょう」

 アリツェは軽く首を傾けながら、クリスティーナへ微笑んだ。

 帝都攻略戦から一月程度しか経っていない。帝国内を含め、周辺各国へは大司教一派の手配書を迅速に回している。現実的に考えれば、彼奴等が主要街道や街、村を利用するのは難しい状況だった。であるならば、ラディムの言うとおり、ミュニホフ近傍から山中に逃げ込んだと考えるのが自然だ。

「では、それぞれ然るべき者に報告、許可を得たうえで、ミュニホフ南方のジュリヌの村まで来てほしい。そこに拠点を作っておく」

 アリツェたちの諾の意に、ラディムは力強く満足げに宣言した。

 アリツェは脳裏に帝国の地図を思い浮かべた。ジュリヌの村は、エウロペ山脈麓にある皇帝直轄の村だ。拠点を構築するには、確かに最適な立地だと納得した。

「明日もう一度話し合いをいいか? 念のため、許可がうまく取れなかった時のための説得方法についても、事前に話し合っておきたい」

 ラディムの締めの言葉に、「わかりましたわ」とアリツェは答えた。クリスティーナも同意の旨を伝えている。

 ラディムの示した懸念事項は、アリツェも気がかりだった。今のアリツェはフェイシア国王の信も篤い身だ。アリツェの危険な作戦行動に対し、すんなりと国王が首を縦に振るかといえば、少々心もとない。

 国王から思いどおりの回答を得られなかった時に備え、あらかじめ良い知恵を出し合っておくのは必要だろうとアリツェも思った。

 ラディムの声が途切れてしばらくすると、腕輪の明滅と振動が止んだ。通信が途切れた証拠だ。アリツェは腕輪を外し、元あった台の上に静かに置いた。

 アリツェは椅子から立ち上がり、研究室の責任者に会議が終わった旨を伝えると、部屋を出ようと扉に手をかけた。

「アリツェ、ちょっとお待ちになって」

 背中越しにクリスティーナの声が聞こえた。

「どういたしましたか、クリスティーナ」

 アリツェは振り返り、クリスティーナに顔を向けた。

「腕輪についてなんだけど……」

 ぱちぱちとまばたきをしながら、クリスティーナは台座の腕輪に視線をくれた。

 腕輪はすっかり光を失い、何の変哲もないただの銀色の腕輪に成り代わっている。

「わかりましたわ。お茶をしながらでも、お聞きいたしましょう」

 アリツェは微笑を浮かべ、クリスティーナの手を引いた。

 話し合いで少々喉が渇いている。気分転換もしつつ、クリスティーナの話を聞こうと、アリツェは私室へと向かった。






 アリツェはクリスティーナを伴い、私室へと戻った。

 傍仕えの侍女に茶の用意を頼むと、アリツェは自分の椅子に腰を下ろした。クリスティーナも手近の椅子に座っている。

「あの腕輪、色々と活用できそうね」

 クリスティーナはにんまりと笑った。

「そうなんですわ。霊素感知器に加え、通信機としても使えますし、大変便利ですわ」

 アリツェも微笑を返した。

 霊素感知器としてはともかく、通信機としての役割は、工夫次第で活用の幅が広がりそうな気がしていた。今のこの世界の技術レベルを考えれば、遠距離通信可能な件の腕輪は、まさにオーパーツといえる。

 アリツェはぼんやりと、悠太の世界での携帯電話を脳裏に浮かべた。通話機能に当たる役目しか果たせないとはいえ、その通話に限って言えば、悠太の世界と同じような活用ができるのではないか。

 とそこに、侍女がお茶とお菓子を運んできた。

 アリツェはクリスティーナにお菓子を勧めながら、ひとくち紅茶を口に含んだ。芳醇な香りとともに、潤いが渇いた喉に染み渡る。ホッと息をつくと、小さく輪切りにされてお皿に盛りつけられた伝統菓子のトゥルデルニークを手に取り、口の中へと放り込んだ。甘美に自然と頬も緩む。 

「友好国間で霊素持ちにひとつ持たせておけば、緊急事態にも即応できるだろうし、使い方によっては、世界の常識をひっくり返せそうね……」

 口をもごもごさせながらトゥルデルニークを味わいつつ、クリスティーナは少し早口に言葉を紡いだ。

 食べ物を口に含みながら話すのは少々はしたないとアリツェは思った。だが、その奔放さも、クリスティーナらしいといえばクリスティーナらしい。
 
「クリスティーナもそう思いますの? わたくしも、これはもう、国宝級として扱ってもよいくらいの貴重な品だと、考えておりますわ」

 各国の有力者同士が気軽に話し合いを行えるようになる。この一点だけでも、その重要性は計り知れない。現状、少し離れた国家間であれば、ちょっとしたやり取りだけでも、伝書鳩で往復一週間以上の時間が必要だ。だが、この腕輪があれば一瞬で終わる。権力者であれば、誰もが欲しがる一品といえた。

「量産できないかしら?」

「霊素感知器として、各地の霊素持ちを探し出すために量産させようと、研究はさせておりましたの。ですが、いまだに成果は上がっておりませんわ」

 クリスティーナの問いに、アリツェはわずかに目をそらした。

「難しい、か……」

 首の後ろを掻きながら、クリスティーナは深くため息をついた。

「現状では、残念ながら」

 アリツェは両眉を寄せながら、首を横に振った。

「やっぱりこれって、ゲームシステムが用意した特殊アイテムよね……」

「おそらくは……。今のところは、お兄様とわたくしが一つずつ持っているだけですが、もしかしたら、世界には同じアイテムが他にもあるやもしれませんわ」

 アリツェやラディムが作った精霊術によるマジックアイテムではない。腕輪自体に霊素は一切組み込まれていなかった。あくまで、外部の霊素に反応して、一定の機能が働いているだけだ。

 かといって、その効果の特殊性からかんがみても、AIたちの作ったものだとは思えない。であるならば、この世界に元々用意されていたアイテムと考えざるを得なかった。

「でも、こんなに便利な物なら、もっと騒ぎになっていないかしら?」

 クリスティーナは腕組みをし、頭を傾げた。

「お兄様との実験で分かった範囲では、特殊効果に関しては霊素がトリガーになっておりますわ。霊素を持たない人間がこの腕輪を持っていたところで、単なる変わった意匠の銀の腕輪にしか見えません」

 クリスティーナの疑問も、もっともだった。だが、アリツェがラディムと試した実験で、霊素がなければ腕輪は何らの反応も示さない事実を確認していた。

 霊素はアリツェたちが生まれた時に、初めてこの世界に導入されたものだ。霊素持ちは現状で、アリツェと同じ十四歳の子供しかいない。

 たとえ他にこの腕輪と同等の物を持っている人物がいたとしても、それは霊素持ちの子供ではないだろう。子供が持つには、あの銀の腕輪は少々不釣り合いだ。そう考えれば、腕輪の所持者が腕輪の持つ特殊効果に気づけるとは、到底思えなかった。

 ただ、すでに生命力――霊素持ちの判別に、件の腕輪を活用していた世界再生教の関係者は、例外ではあるが……。

「なるほど、ね……」

 アリツェの説明に納得したのか、クリスティーナはうなずいた。

「現状のわたくしたちの技術では複製が難しいので、大切に扱わないといけませんわ」

 精霊術を用いて同等の性質を持つマジックアイテムを作ろうと思っても、現状のアリツェやラディムの熟練度では不可能だった。かといって、精霊使いの熟練度ではアリツェたちをも上回るクリスティーナであっても、おそらくは無理だろう。 クリスティーナはクリスティーナで、前世が精霊使いではなかったために、マジックアイテム制作などの技術的知識が不足をしているからだ。 

「……もしこの世界に他にもあるとしたら、やはり大司教が持っている?」

 クリスティーナはぼそりと呟いた。

「可能性は高いですわ。もともとどちらの腕輪も、出所は世界再生教徒のザハリアーシュですもの。ザハリアーシュは大司教と強くつながりを持っていましたし、大司教が他にも隠し持っていてもおかしくないですわ」

 腕輪の出所を知るのは、現状ではザハリアーシュと深くつながっていた大司教一派のみだ。どこぞの遺跡から拾ってきたか、それとも、何らかのボス級怪物からのボス初回撃破ボーナスとして入手をしたか。考えられるのはそのあたりだろう。

「てことは、大司教が外部と連絡を取るのも容易ってわけね」

 クリスティーナはがしがしと髪の毛を掻き毟った。

「もし他にも腕輪が存在し、大司教たちの手にあるのなら、そのとおりですわ。おそらく霊素持ちの子も、一緒に連れて行っているでしょうし」

 アリツェも顔をしかめ、吐き捨てた。

 あまり考えたくはないが、可能性は皆無とは言えない。帝国内にも、いまだに隠れシンパが潜んでいる恐れもある。腕輪を用いてそういった連中と連携を取られれば、少々厄介だった。

「何としてもこの秋のうちに捕まえないと、手掛かりを失いかねないってことか……」

 口元に手を当てながら、クリスティーナは「うーん」と唸った。

「そのとおりですわね」

 アリツェはため息をついた。

 頭の痛い問題だった。雪融け後に、外部の協力者の手引きで別の場所に逃げられでもしたら、もう捜索の手を伸ばすのが難しくなる。どこを探せばよいのかがわからなくなるからだ。

「……使えそうね」

 クリスティーナは一転、ニヤリと笑った。

「ほぇ?」

 アリツェはクリスティーナの反応に素っ頓狂な声を上げ、首をかしげた。

 今の一連の話の流れで、どこにポジティブな要素などあっただろうか。アリツェはちらちらとクリスティーナの表情を窺いながら、訝しんだ。
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