わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

文字の大きさ
206 / 272
第十九章 説得

3-2 三者会議ですわ~後編~

しおりを挟む
 初めての三者会議の翌日、アリツェはクリスティーナを連れて、昨日に引き続き領政府の研究室へとやってきた。

 ラディムに指示された時刻を迎えると、台座に安置されたトマーシュの腕輪が震え出し、鈍く光り出した。ラディムからの通信の合図だ。

 この日はクリスティーナが腕輪の通信機能を試してみたいと言うので、アリツェは腕輪を手に取らず、悠然と椅子に腰を掛けた。

 クリスティーナはカタカタと音を立てながら震える銀の腕輪に、おっかなびっくりといった態で、指先を使ってちょんちょんと触れている。やがて、唇をぎゅっと結び、腕輪を手に取り、腕にはめた。

 クリスティーナの身体から白い光――霊素が一瞬輝き、そのまま腕輪を包んだかと思えば、腕輪は激しく明滅しだし、ラディムの声が漏れ聞こえてきた。

「――さて、昨日の続きだ。……昨日とは違った感触を腕輪から受けるが、もしかして、アリツェではないのか?」

 少し戸惑ったようなラディムの声が聞こえた。

 どうやら、通信先の相手の霊素によって、腕輪から受ける感覚が異なるようだ。腕輪の震え方や、発する熱の量が違うのかもしれない。

「あら、装着者の霊素の違いを判別できるのね……。ってことは、腕輪の感触から通信先の相手が誰だか、声を聞かずとも判別ができる可能性がある、と。あ、ちなみに今腕輪を着けているのは、私、クリスティーナよ」

 クリスティーナは自身の腕に掛けた腕輪を見つめながら、反対の手の指先で表面を軽く叩いた。コツコツと、小気味良い音が室内に響く。

 ラディムからは、アリツェとクリスティーナとの触感の違いが伝えられた。アリツェは振動の間隔がやや長く、熱もほんのり温かい感じだが、一方クリスティーナは、振動間隔が短く、感じる熱もアリツェより高い。「まるで二人の性格を表しているようだな」、とラディムのけらけらと笑う声が漏れ伝わってきた。

 クリスティーナは頬を膨らませながら、「まるで私が短気で直情的って言いたげね」と、不満げに口にしている。

「まぁ、バカ話もほどほどにしよう」

 ラディムの咳払いが響き渡った。

 アリツェも気持ちを切り替え、唇をぎゅっと結んだ。

「もし我々だけでエウロペ山脈に向かう許可を、各国の然るべき者から得られなかった場合だが……」

 アリツェとクリスティーナへ意見を促すかのように、ラディムはそこで押し黙った。

 然るべき者――アリツェであればフェイシア国王、ラディムはおそらくは最側近のムシュカ侯爵、クリスティーナは父のヤゲル国王あたりだろうか。

 ラディムに関しては帝国最高権力者の皇帝ではあるが、まだ成人に達していない子供でもある。帝国貴族内最大の理解者であり、また、婚約者の父でもあるムシュカ侯爵は、経験の浅いラディムの保護者役も兼ねている。そのムシュカ侯爵の意向に反して、好き勝手な行動をとるのは難しいはずだ。

「それについては、私、良い考えがあるわ」

 クリスティーナは口角を上げ、不敵に笑った。

「妙案があるのか?」

 少し意外そうな声色で、ラディムはクリスティーナに聞き直した。

「ええ。この腕輪よ」

 クリスティーナは腕輪の表面を撫でている。

「腕輪がどうか致しましたの?」

 クリスティーナが何を考えているのか、アリツェはいまいちわからなかった。目を細め、横目でクリスティーナのしぐさを観察した。

「この腕輪と同様の物を、大司教たちも持っている可能性があるんでしょ? だったら、その腕輪を回収するっていう理由も、説得時に付け加えればいいんじゃないかしら」

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら、クリスティーナはアリツェに向けて悠然とうなずいた。

「私たちが大司教を追う大義名分になるのか?」

 ラディムはクリスティーナへ訝し気に問いかけた。

「だって、この腕輪って、特殊効果発動のトリガーが霊素なんでしょ? じゃ、何かあった時のためにも、霊素持ちが回収に向かうしかないと思うんだけれど」

 クリスティーナは自説を早口にまくし立てた。その顔は、ほんのりと赤く染まっている。

 霊素にしか反応しない腕輪の特徴を、逆手にとって説得材料にする。クリスティーナの意見は、実に合理的だとアリツェにも感じられた。

「なるほど、な……。その観点から説得を試みればいいのか」

 ラディムは納得したのか、「フーム」と唸り声をあげた。

「一人前の精霊使いじゃなければ、腕輪が霊素に反応して、思いもかけない事態が起こった時、とっさの事態に対処できない。そう説得できそうですわね」

 アリツェも得心がいき、首を縦に振った。

 アリツェたち三人以外にも、霊素持ちはいる。いるのだが、皆が皆、精霊使いの観点から眺めれば、半人前にも満たない。霊素を受けて、万が一腕輪が暴走するような事態にでもなれば、未熟な者ではどうしようもない。大きな事故につながりかねない、とアリツェは思った。

「まさしく狙いはそこよ、アリツェ。うまくお偉いさんたちとの取引材料に使えると思うの。腕輪の機能についても説明すれば、いかにこれが貴重かは一目瞭然だしね。であれば、腕輪を破壊せずに回収したいとも思うはず」

 クリスティーナは大きく腕を開き、鼻息荒くたたみかけた。

「霊素持ちでない人間が強引に大司教から奪おうとして、腕輪自体を破壊してしまう……。確かに、避けたいだろうな」

 ラディムが大きく息をつく音が漏れてきた。

「その点を突いて説得をすれば、確かにいけそうな気がいたしますわ」

 アリツェはクリスティーナに向かって身を乗り出し、うなずいた。

 悪くないと、アリツェも思う。ほんの少し、肩の荷が降りたように、ふわふわと体が軽くなる感覚を抱いた。

「では、もしすんなりと許可をもらえないようであれば、腕輪の件を取引材料に使う。それでいいか?」

 ラディムの最終確認に、アリツェとクリスティーナは諾を返した。

 そこで通信は途絶え、クリスティーナの腕輪の明滅は止み、振動も止まった。

 アリツェはクリスティーナが腕輪を外し、台座に安置しなおす様子を眺めながら、フェイシア国王にどうやって話を持っていこうかと考えを巡らせ始めた。

(ドミニクはなんて言うかしら……)

 ドミニクはフェイシア国王の実の息子だ。性格も熟知しているはず。

 きっと良い意見がもらえるだろうとの期待を胸に、アリツェはドミニクの元へと向かった。






「――といった感じで、説得しようと考えておりますの」

 ドミニクの部屋を訪ねるや、アリツェは開口一番、先だっての三者会談の結論をドミニクに伝えた。

「なるほどねぇ……」

 ドミニクは手を口元にあてながら、窓際を行ったり来たりと歩いている。ドミニクが考え込むときに良く見せる癖だった。

「ダメかしら?」

 アリツェはドミニクを見つめながら、ちょこんと小首をかしげた。

 三者会議の場では妙案だと思えた。きっとドミニクも同じ思いを抱いてくれるだろうと、アリツェは期待のまなざしを向ける。

 ひとしきり歩き回ったところで、ドミニクは立ち止まった。

「――ちょっと、弱いかもしれないね」

 ドミニクはアリツェに向き直り、眉を寄せて険しい表情を浮かべた。

「あら、どうしてですの?」

 ドミニクの反応に、アリツェは思わず声が上ずった。

 すんなりと同意の言葉が返ってくるものかと思っていたので、アリツェは少々面食らう。

「よーく考えてごらん。アリツェが腕輪を持っているってことは、もうすでにフェイシア王国が腕輪を持っていることと同等に見なせるよね。父上からしたら、アリツェにわざわざ危険を冒してまで新たな腕輪を取ってきてほしいと、果たして思うかな」

 ドミニクは苦笑を浮かべながら、こんこんと理由を説明した。

 アリツェは口元に手を当て、「あ……」と声を上げた。

 よくよく考えてみれば、ドミニクの言うとおりだ。アリツェはがくりとうなだれた。考え足らずだった自分に、顔が熱くなる。膝ががくがくと震える。

「おそらく父上は腕輪よりも、精霊使いとしてのアリツェの身を、より大切だと思っているはずだ」

 ドミニクはアリツェを注視しながら、「君はある意味で、王国の切り札的存在なんだよ」と続けた。

「腕輪回収の件では、取引材料にならないと……」

 アリツェは目をつむり、手の甲を額に当ると、フラフラとよろめきながら近くの椅子へと力なく座り込んだ。

「おそらくは、ね……」

 ドミニクは言いづらそうに口ごもった。

「ただ、説得するとっかかりになる材料が何もないよりは、あるだけでもマシさ。それに、そもそも許可がすんなりもらえるのなら、説得云々で悩む必要も、そもそもないんだしね」

 ドミニクは一転、優しげな笑みを浮かべると、座り込んだアリツェの傍に近づいた。

「そう、ですわね……。陛下のお考えがわからない以上、今からあれこれ考えても、益はないですわね」

 ドミニクの表情に、アリツェはこわばった筋肉が緩む感覚を抱いた。

 このまま抱きしめられたいと思う気持ちを抑えつつ、アリツェはドミニクに笑みを返した。大丈夫、心配しないでほしい、と。

「とりあえず王都に向かおうか。父上への説得は、まぁ、ボクの役目だろうね。任せてほしい」

 ポンッと胸を叩きながら、ドミニクは片目をつむった。

「頼りにしていますわ、ドミニク……」

 アリツェはドミニクの顔をじいっと注視した。愛する婚約者の言葉で、じんわりと心にぬくもりが広がっていった。






 さらに翌日、アリツェとドミニク、クリスティーナは、グリューンの街門前に立っていた。

 ここでいったん分かれ、クリスティーナはヤゲル王国の王都ワルスへ、アリツェとドミニクは、フェイシア王国の王都プラガへと向かう。それぞれの国王へ、エウロペ山脈での作戦行動の許可を求めるためだ。

「じゃあアリツェ、お互いに健闘を祈りましょう」

 ワルス行きの高速馬車に乗り込んだクリスティーナは、窓から顔を出してアリツェたちに声をかけた。

「説得失敗だなんて間抜けな姿を、晒したりは致しませんわ!」

 アリツェはピッと人差し指を立て、前へと突き出した。

 アリツェがいたずらっぽい笑みを浮かべれば、お返しにとクリスティーナも相好を崩す。

「うふふ、私も負けていられないわね」

 クリスティーナは力強く宣言をすると、馬車の中に顔を引っ込めた。

 そのまま高速馬車はゆっくりと進みだし、街道へと入るとぐんぐんと速度を増していく。

 去り行く高速馬車の姿を視界にとらえながら、アリツェはしばし立ち尽くした。

 とその時、脇に騎乗したドミニクがやってきた。

「さあ、ボクたちも行こうか、アリツェ!」

 明るく声をかけるドミニクにアリツェはうなずくと、傍の木に繋ぎとめておいた自身の馬の縄をほどき、騎乗した。

「参りましょう! いざ、王都プラガへ!」

 アリツェはドミニクへ顔を向けると、力強く声を張り上げ、プラガ方面を指さした。

 王都での交渉を想うと、アリツェはちらりと胸が締め付けられる感覚が沸き起こった。だが、その締め付けも、ドミニクと一緒ならば、痛くはなかった。

 きっと良い方向に進んでいける――。

 アリツェはきれいに晴れ渡る空を見上げながら、手綱をぎゅっと握りしめた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...