わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第二十章 大司教を追って

4-1 ここに大司教が?~前編~

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 山間のくぼ地は、標高がだいぶ低いせいもあり、防風壁も火の精霊術による暖も必要がなかった。

 アリツェたちは精霊術を解き、使い魔たちを傍へと呼び寄せた。そのまま使い魔たちはそれぞれの主人の傍で伏せ、一時休憩の態勢をとる。

 今のところ、風はおさまっていた。周囲の木々の葉も、揺れている様子はない。

 このくぼ地は、雪融けの季節は水のたまり場になるのだろう。底地周辺には高木の姿はない。おかげで見晴らしはよかった。

 その底地には、今は僅かに水たまりがあるのみだ。漂うかすかな硫黄臭から、先だってアリツェたちが利用していた温泉地からの湯が、ここまで流れて溜まっているのだとわかる。

 また、寒さが収まるのに合わせ、肌を突き刺す乾きもだいぶ和らいでいた。この分なら、唇のカサつきにも悩まされる恐れはなさそうだった。一時の窮屈な行軍に比べ、天国ともいえる環境だった。

「さて、ここで運試しもいいが……」

 ラディムは腕組みをし、周囲の横穴群をぐるりと見まわした。

「もう、あてずっぽうでいいんじゃないかい?」

 しゃがみこんで足元の様子を確認していたドミニクが、苦笑を浮かべながら立ち上がった。

「悩む時間も惜しいわよ。私もドミニク様に乗るわ」

 クリスティーナはドミニクへの賛意を口にしながら、きょろきょろと視線をあちこちに動かしている。

「ですが……。さすがにやみくもに探しても、具合が悪いと思いますわ」

 アリツェもタイムリミットは気になった。だが、慎重さを欠いてもまずい。

 大司教一派は、一度とはいえ幻覚を生じさせる魔術を使用していた。この横穴群の中に、同様の危険な罠が仕掛けられていないとも言えない。

「この横穴の数だ。手分けして探すにしても、ある程度絞り込まないと堪らないぞ」

 ラディムは頭を振って、大きなため息をついた。

「それに、現状、一番鼻の利くと思われるペスでも、ここだと断定はできていない。どうしたものかな」

 アリツェの脇でお座りをしているペスへ、ラディムはちらりと視線をくれた。

 ペスはわずかに顔を上げ、ちょこんと首をかしげる。ラディムはペスへ微笑を返すと、再びぐるりと周囲の崖へ目をくれた。

「なら、こうしてはどうかしら?」

 ぽんっと手を叩きながら、クリスティーナはアリツェたちを順繰りに見遣った。

「先だっての使い魔たちの捜索、それほど時間をかけていなかったし、何よりも夜だったわよね。だから、周囲が明るい今、もう一度周辺を探ってもらうの」

 クリスティーナは得意げに胸を張った。

「なるほど、一理あるな……。ミア、できるか?」

 ラディムは大きくうなずくと、腕に抱いているミアになにやら話しかけ始めた。

 しばらくしてミアは鳴き声を上げると、ラディムの腕から飛び降り、ラースの背に飛び乗った。

「よし、では頼む!」

 ラディムの掛け声とともに、ラースは横穴群へ向かって駆けていった。

 アリツェもラディムに倣い、自らの使い魔ペスとルゥに指示を出した。ペスにはラースたちとは別の横穴群の調査を、ルゥには上空からの周囲の捜索を、それぞれ頼んだ。

 ペスもルゥも、アリツェから役目をもらえるのが嬉しいのか、甘えた声で鳴いて、それぞれの持ち場へと向かっていった。

「頼りにしていますわ、ペス、ルゥ……」

 アリツェは胸の前で手を組み、どんどんと小さくなっていく使い魔たちの姿を、じっと見つめた。

 アリツェの心の内を読んだのだろうか、去り際にペスからの念話が入ってきた。

『心配ご無用だワンッ。ボクたちにお任せあれですワンッ!』

『ふふ、本当にあなたたちには、頼りになりっぱなしですわ。おいしいご飯を用意して、吉報をお待ちしておりますわ!』

『これは、いやがおうにも気合が入るっポ! ご主人、期待していますっポ!』

 ルゥが『おいしいご飯』という単語に反応し、割って入ってきた。アリツェは苦笑しつつ、『楽しみにしていてくださいませ』と答えた。

 使い魔たちの歓喜の情を、じんわりと胸の奥に感じた。しっかりと繋がっている感覚……。本当に、愛おしかった。

 使い魔たちの姿が視界から消えると、アリツェは振り返り、ドミニクたちをぐるりと見まわした。アリツェの視線に、三人ともうなずきを返す。

「じゃ、ボクたちはまた、簡単なキャンプを作って様子を見よう。働いてもらう使い魔たちのための、ごちそうも準備して」

 ドミニクはぐるぐると肩を回し、地面に置いた背嚢からキャンプ道具を取り出し始めた。

「わたくしたちの代わりに働いてもらうのです。しかと、労ってあげなければいけませんわ!」

 アリツェも背嚢を地面に下ろし、さっそくキャンプの設営準備に取り掛かった。






 アリツェたちは着々とキャンプの設営を済ませていった。すっかり手慣れた作業のため、全員の動きに淀みはない……はずだった。

 アリツェがちらりと視線を横に逸らすと、ドミニクかにやにやと笑いながら、身につけている腕輪をしきりに撫でていた。作業の手は、完全に止まっている。

「ドミニク、すっかりその腕輪がお気に入りになりましたわね」

 アリツェは苦笑を浮かべ、ドミニクの傍に歩み寄った。

 霊素を扱えるようになったのが、よほどうれしいのだろう。ドミニクは愛し気に腕輪を見つめていた。思わず腕輪に嫉妬してしまいそうなほどの関心ぶりだ。

「もう、ボクの身体と一体になったような気分だよ。ほら、こうやって撫でてやれば、嬉しそうに瞬くし――」

 弾む声で腕輪を褒めていたドミニクだったが、突如、その動きを止めた。

「ドミニク? どうされましたの?」

 アリツェは訝しく思い、ドミニクの顔を覗き込んだ。ドミニクは大きく目を見開きながら、「これは……」と声を漏らした。

「あ、あはは。なんだか、本当に精霊使いになったような気分だよ」

「どういう意味ですの?」

 戸惑い交じりのドミニクの声に、アリツェはますます疑問に思い、首を傾げた。

「使い魔の声が、言葉として直接聞こえた。この腕輪、本当にすごいよ……」

 わなわなと震えながら、ドミニクは反対の手で腕輪を握り締めた。

 本来、精霊使い固有の技能才能である『精霊言語』がなければ、使い魔たちの言葉を原語で認識はできない。だが、ドミニクはその『精霊言語』の技能才能がないにもかかわらず、使い魔の声が理解できたと言う。

「あなたから使い魔に語り掛けることは、可能ですの?」

 アリツェは戸惑うドミニクの肩に手を置き、顔を覗き込みながら尋ねた。

 双方向の意思の疎通が可能であれば、これほど有用な話もない。使い魔からの報告を直接聞けるし、逆に、ドミニクの側から直接、使い魔に何かお願いごとをすることさえ可能となる。

「やってみる――」

 ドミニクは目をつむり、ブツブツと口を動かした。

「できたよ! ペスと会話ができた!」

 しばらく待つと、ドミニクはかっと目を見開き、声を張り上げた。

 そのままの勢いでドミニクはアリツェに向き合うと、両手を取って小躍りを始めた。「すごいすごい」とたびたび口にしながら、軽快なステップを踏むドミニクの表情は、らんらんと輝いているかのようだった。アリツェは苦笑しつつも、しばしドミニクに付き合った。

「そいつはすごいな。まさに、霊素を持たない人間を精霊使いにする腕輪だな」

 ラディムは感嘆の声を上げ、作業の手を緩めることなく動きつつも、横目でちらちらとアリツェたちのダンスを覗いている。

「こうなると、ますますその腕輪が欲しいわね」

 クリスティーナは薪をくべる手をいったん止め、立ち上がった。にんまりと笑いながら、ダンスに興じるアリツェたちの傍へと歩いてきた。

「さ、差し上げられませんわ!」

 アリツェはステップを踏みつつも、いやいやと頭を振った。

 クリスティーナは笑みを崩さず、一歩、また一歩とアリツェたちに近づいてきた。

「クリスティーナ様! これだけは、何があっても差し上げられませんよ!」

 ドミニクも、クリスティーナの軽口だとわかりつつ、それでも大げさに声を張り上げた。

「うふふ、冗談よ」

 クリスティーナはそのまま傍の岩に腰を下ろし、「あなたたち二人が、あまりにも面白くてつい、ね」と漏らした。

 しばらくドミニクの気の済むまで踊り続け、アリツェが軽い疲労感を覚えたところで、最後の決めのポーズをとった。

「すごい! すごいよアリツェ! これでボクも、今日から精霊使いだ!」

 ドミニクは嬌声を上げながら、アリツェの顔をじっと見つめた。決めポーズをとったままなので、顔がものすごく近い。

「よかったですわね、ドミニク。……ですが、今は頑張っている使い魔たちのために、やることがありますわ」

 アリツェはかぁっと顔が熱くなるのを感じ、慌ててごまかすように話題を変えた。吐息がかかる距離で、こう甘い声を出されてはたまらない。

「おっと、ごめんごめん。嬉しくってつい、ね」

 ドミニクはハッとして、すぐに組む手をほどいた。頭を掻きながら謝罪を口にするも、どうやらドミニクの顔のにやつきは、収まりそうもなかった。






 簡易キャンプの設営を終えたアリツェたちは、煮炊きの準備をし、使い魔たちへのごほうびの支度にとりかかった。

 当然、不器用なアリツェとラディムは担当から外された。アリツェは深いため息をつきながら、傍の岩へ腰を下ろした。ドミニクやクリスティーナの手つきを横目で見ながら、もう一度大きく息を吐きだす。

(う、うらやましくなんかありませんわっ!)

 内心ではそう思うものの、頑張って働いてくれている使い魔のために動き回るドミニクたちへ、ついつい羨望のまなざしを向けた。

 一方で、何もしてやれない自分に、軽い罪悪感も覚える。アリツェは唇を噛み、両眉をぎゅっと寄せた。

 裁縫もできるようになったのだから、料理だってとアリツェは思うのだが、何度頼みこんでも、ドミニクは頑なにアリツェに包丁は握らせなかった。「山の中での行動中に、同行者が再起不能になったりしたら大変だよ?」などと失礼な台詞を口にするドミニクが、この時ばかりは小憎らしかった。もう二度と、飯テロなんて起こしはしないのに……。

 アリツェはしばらくの間、ぼんやりとドミニクたちの煮炊きの様子を眺めていた。とその時不意に、さっと日が陰り、風が出てきた。上空を見上げれば、いつの間にかどんよりと黒い雲が、厚く厚く垂れ込め始めていた。先ほどまでは無風だったのに、雲の動きに合わせるかのように風も出てきた。

 アリツェはぶるりと身体を震わせる。外套を着込みなおし、ぎゅっと身体を抱いた。

「なんだか急に、気温が下がってきたわね」

 クリスティーナはちらりと空を見上げ、立ち上がった。

「だいぶ平地に近い標高のはずですわ。それなのにこの寒さ……。正直、嫌な予感がしますわ」

 アリツェもうなずきながら立ち上がり、クリスティーナの傍へ歩み寄った。

 まだ十月中旬。現在の標高を考えれば、本来であれば、秋物の装備でも十分耐えられる気候のはずだった。だが、すでに冬用に換装しているにもかかわらず、寒さが身に染みる。

「予想が当たりそうだな。やはり今年は、冬の訪れが早そうだ」

 そこに、周囲の林の中で木の実を拾っていたラディムが帰ってきた。ラディムが集めた木の実をドミニクに手渡すと、ドミニクは笑みを浮かべながら受け取り、殻をむき始めた。

 冬の到来が早い、イコール、大司教捜索の時間が少なくなる。好ましくない状況だ。

「大丈夫だよ! 寒くったって、もうボクも精霊使い。問題なんかなにもないさ」

 作業を続けながらも、しきりに腕輪の存在を周囲にアピールするドミニクが、なんだか微笑ましい。微笑ましいのだが――。

「ドミニク……。あまりはしゃぎすぎてはいけませんわ」

 アリツェはドミニクへくぎを刺した。

 浮かれすぎてもよくなかった。この場所は、ある意味で敵地でもある。ちょっとした油断で、身を滅ぼしかねない。

「アリツェの言うとおりよ、ドミニク様。腕輪のおかげで、確かに精霊使いと同じような手段は採れるようになりました。でも、腕輪への霊素補給は、私たち本来の精霊使いがいないとできない点を、決して忘れてはダメよ」

 クリスティーナも苦笑いを浮かべながら、ドミニクをたしなめた。

 腕輪の力は絶大だった。だが、ドミニクが霊素を操れるのは、腕輪にため込んだ霊素のおかげだ。貯蔵霊素が尽きてしまえば、腕輪はそれこそ、ただの平凡な銀の腕輪になり下がる。

 ドミニク自身は霊素を一切持たない身なので、自ら腕輪に霊素を込める芸当はできない。腕輪を当てにしすぎるのも、危険なのは間違いなかった。

「……わかっているよ。ちょっと悪乗りが過ぎたかな」

 ドミニクは口をとがらせ、不満げに答えた。

「ふふ、気持ちはわかりますわ。わたくしも、悠太様の記憶が戻った直後、同じような心境になりましたし」

 アリツェはドミニクの肩にやさしく手を置き、にこりと微笑みかけた。

 新しい力を手にすれば、どうしても心躍るものだとアリツェは思う。ドミニクだけではない、アリツェも同じ道を通った。なので、ただたしなめるだけではなく、きちんとフォローも忘れない。

「うーん、十二歳と同じ反応かぁ。さすがに子供じみていたかな。ゴメンゴメン」

 ドミニクは頭を掻き、何とも微妙な笑顔を浮かべた。

 アリツェの中の悠太の記憶がよみがえったのは、十二歳の誕生日の夜だった。ドミニクはその十二歳の時のアリツェと同じような反応をしたと言われた自分自身に、少し恥じ入る気持ちが湧いたのだろう。

「寒さについては、もう一度防風壁なり火の精霊術で暖を取るなりすれば、問題はないわ。でもね、霊素消費量が増えるのは、本当にうんざり」

 クリスティーナは腰に手を置きながら、大きく息を吐いた。

 せっかく山を降り、精霊術の二属性同時展開が不要になったのだ。出来ればこのまま、霊素を温存できる環境で捜索を続けたかった。クリスティーナの言うとおり、再び毎回のように二属性展開の精霊術を行使するのは、気が重かった。

「寒さや霊素の問題だけじゃない。帰路を考えれば、雪で道を塞がれるとどうしようもなくなる。雪が降りだす前に、どうしても下山が必要なんだ」

「お兄様の言うとおり、このまま冬の到来が早まれば、大司教を捜索するための時間が限りなく少なくなってしまいますわ……」

 険しい表情を浮かべるラディムの横顔を見つめつつ、アリツェは胸元で両手をぎゅっと握りしめた。

 時間が、本当に足りない――。
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