わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第二十一章 隠れアジトにて

2-1 いよいよ婚礼の儀ですわ~前編~

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 アリツェは一人重い足を引き摺り、フェルディナントたちの滞在している客間へと向かった。

 何度か子爵邸の使用人とすれ違ったが、アリツェの顔を見て、皆一様にぎょっとした表情を浮かべていた。……そんなに、酷い顔をしているのだろうか。

 アリツェは辺境伯家のために用意された客間の前に着くと、静かにドアの前に立った。じっと耳をそばだてるが、室内からこれといった物音は、特に聞こえてこない。

(お母様とお会いするつもりではありました。でも、いざその時が来ますと、とても気が重いですわ……)

 アリツェは下を向き、両の掌をぎゅっと握りしめた。今は傍に誰もいない。たった一人で、母と対峙しなければならない。だが、成人し結婚を迎えるにあたり、これだけは絶対にこなさなければならない試練でもあった。

 ぎゅっときつく唇を結び、顔を上げた。扉を睨みつけつつ、ゆっくりとドアノブに右手を添える。

 一瞬の間を置き、アリツェはぐっと力を込めて押した。扉は音もなく、ゆっくりと開かれていく。と同時に、ふわりと漂う香りは、柑橘系の香水だろうか。

 アリツェは部屋に入ると、きょろきょろと周囲を探った。壁際には、火の入っていない陶器製の暖炉。窓際のカーテンはすっかり開け放たれ、夏の強烈な日差しが入り込んでいた。部屋の中央には、ソファーとテーブルからなる応接セットがある。

 そのソファーの一つに、人影があった。少しくすんだ感じの金髪は、母ユリナのものに間違いない。

「お母さま……」

 アリツェは意を決し、ユリナに声をかけた。

 声に反応し、人影は立ち上がると、アリツェへと向き直った。……間違いなく、母ユリナだ。

「……アリツェ」

 ユリナは一切の表情を浮かべず、冷たい視線をアリツェに寄こした。

 アリツェは突き刺さる視線を真正面から受け、ぞくりと鳥肌が立った。握りしめる拳に、べたつく嫌な汗がしみ出してくる。

「お会いできてうれしく思います。ミュニホフの皇宮以来ですわね」

 内心の動揺を見せないよう取り繕いながら、アリツェは優雅に一礼をした。

「……えぇ」

 だが、ユリナはピクリとも表情を変えず、ただ静かにアリツェを見ている。その目線からは、まったく感情が読み取れない。

「まだ、わたくしのことをお恨みでいらっしゃるのですか?」

 アリツェは一歩踏み出し、ユリナに近寄ろうとした。

「……別に、そんなことはないわ」

 ユリナはまたも気のない返事をし、アリツェの足元を鋭くにらみつけた。……これ以上近づくなと言いたいのだろうと、アリツェは察した。

 アリツェは立ち止まり、ユリナの表情を再度窺った。ユリナは目線を戻し、再びアリツェを見つめるが、やはり、細やかな感情はまったく伝わっては来ない。

「お母様、わたくしを見てください!」

 ユリナの態度に業を煮やし、アリツェは声を張り上げた。

「……見ているじゃない」

 アリツェの怒声に、ユリナはわずかに目を細めた。だが、すぐにまた元の無表情に戻る。

「いいえ、見ていらっしゃらないわ! ただ、わたくしのほうを向いているだけ。その瞳に、わたくしの姿は映ってはいないのでしょう?」

 アリツェはいら立ちを隠さなかった。怒気をはらんだ声で、早口にまくし立てる。

 今はまるで、人形にでも話しかけているかのような手ごたえの無さだった。これでは、二人きりでの会談に臨んだ意味が、まるでない。

 どうにかユリナの感情を引き出さなければ、腹を割っての話し合いなどできないとアリツェは考えた。苛立ち任せに煽れば、きっとユリナは感情を見せるはずと、そう目論んだ。

 少しやりすぎかもと思いはしたものの、他に手立ても浮かばない。あえての挑発をして、ユリナの出方を窺った。

「……うるさい娘ね」

 アリツェの剣幕に、さすがにユリナも腹に据えかねたのか、抑揚のなかった声に幾分かの変化が見られた。

「お母様っ!」

 もう一押しとばかりに、アリツェは大声で怒鳴った。

「いい加減にして! 確かに、私はあなたを実の娘だと認めたわ。でもね、そう馴れ馴れしく『お母様』って呼ばれるのは、不愉快でならないわ。そんな呼び方を認めたつもりは、一切ありません!」

 ユリナはアリツェの挑発に乗り、今までとは一転、怒声を上げた。

「くっ……」

 だが、予想以上に強い調子の反応が返ってきて、アリツェは面食らった。ちょっとした感情を引き出せればと思ったのだが、どうやら加減を誤ったとアリツェは悟る。

 ラディムからは激昂しやすいと聞いていたはずだ。今回は、アリツェの完全な悪手だった。

「私の愛する子供は、ラディムだけです! 今回は、辺境伯家への義理立てもあり、不本意ながらもこうして同行しました。ですが、私は納得していない! あの人を奪ったあなたを、決して許しはしない!」

 ユリナは髪を振り乱して頭を振りながら、アリツェをきつく罵った。口角泡を飛ばす様子からは、もはや冷静な話し合いなど不可能だどアリツェは理解をした。

「ですからっ! お父様の件は、わたくしとは何の関係もありません! 異能が暴発した、悲しい事故ですわ!」

 売り言葉に買い言葉。もはや和解など望むべくもないと知り、アリツェも完全に冷静さを失った。身を乗り出しながら、自身の潔白を声高に主張した。

「その異能を発動させる原因になったのが、あなたじゃない! 双子でさえなければ、こんな不幸は起こらなかったのよ!」

 部屋中に痛いほど響き渡るユリナの声は、もはや金切り声と言っても過言ではなかった。

「違います!」

「うるさいっ! 出ていって!」

 アリツェは否定をするも、ユリナは目に涙を浮かべつつ怒鳴りちらし、傍にあった本を投げつけてきた。本はそのままアリツェの右脇を通過し、背後の扉に当たって床に落ちる。

「お母様……」

 アリツェは振り返り、床に転がる本を目にしながらつぶやいた。……ユリナはまるで、駄々をこねる子供のようだった。

「いいから! 早く、私の前から姿を消して!」

 右手でアリツェを払うような仕草をしながら、ユリナはひときわ大きな声で叫んだ。

 もう潮時だろうとアリツェは察し、失意のまま客間から退出した。






 アリツェは応接室に戻り、フェルディナントに事の次第を報告した。

「そうか、ダメだったか……」

 フェルディナントはうなだれ、ため息をついた。

「すみません、叔父様。せっかくの機会を作ってくださったのに」

 アリツェは頭を振り、謝罪を口にした。

 アリツェとユリナが本来のあるべき親子関係を構築できるよう、フェルディナントも色々と気を配っていたはずだ。その期待に応えられず、アリツェは罪悪感を抱いた。

 これでまたしばらくは、ユリナとの和解は難しいだろう。あの様子では、結婚式にも参列はできないはずだ。

 ……実の母に祝福してもらえないのは、なんとも寂しい。育ての親であるマルティンらも、当然参列はしない。自身の幼少期の理不尽さを思うと、胸が張り裂けそうだった。

「いや、私も配慮が足らなかったのかもしれないな。大事な結婚式を目前に、余計な心労を掛けさせて悪かった」

 フェルディナントは申し訳なさげに口にすると、ソファーから立ち上がった。そのまま応接室の入口に立つアリツェの傍まで歩み寄り、片手でアリツェの頭を優しく撫でた。

「とんでもないですわ……。わたくしのお母様への接し方が悪かったのも、間違いないのですし」

 アリツェはフェルディナントの顔を見上げ、声を震わせた。胃が締め付けられるような感じを覚える。

 視界がぼやけてきた。止めようもなく、次々と目から熱いものが溢れ出す……。

「アリツェ、気に病むことはないよ」

 不意にドミニクの声が聞こえた。

 動揺のあまりに、アリツェは周りが見えていなかった。国王たちとの会談を終えたドミニクも、この応接室の窓際にたたずんでおり、どうやら一部始終を黙って聞いていたようだ。

「ドミニク……」

 アリツェは愛しの婚約者の名をつぶやきながら、その立ち姿に視線をやった。

「いずれわかりあえる日が来るさ。それまでは、じっくり待とう?」

 ドミニクは労わるような表情を浮かべると、ゆっくりと静かにアリツェの傍にやってきて、フェルディナントに代わってアリツェの横に立った。そのままドミニクはアリツェの肩を抱き、ぐっと胸元に引き寄せた。

「えぇ、えぇ。待ちましょう」

 アリツェは零れ落ちる涙を振り払うことなく、ドミニクの腕に抱かれ、その胸に顔をうずめた――。
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