わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

文字の大きさ
247 / 272
第二十二章 マリエと名乗る少女とともに

3-1 わたくしとお兄様の真実ですわ~前編~

しおりを挟む
 アリツェたち一行は、何ごともなく拠点の村へと戻ってきた。

 すでに陽もとっぷりとくれ、村の入口にはかがり火が掲げられており、こうこうと周囲を赤く照らしている。そのかがり火の脇では、見張りが数人、旅人の通行を確認していた。

 アリツェたちが傍まで行くと、見張りの一人が気付いて駆け寄ってきた。

「陛下、お戻りになられましたか!」

「ご苦労。……大司教には、残念ながら逃げられた。ここには来なかったか?」

「いえ、見かけてはおりません!」

 見張りはラディムに最敬礼をしている。

 服装が違うので最初わからなかったが、どうやらこの見張りはラディムの近衛兵のようだ。

 しばらくすると、村の奥からぞろぞろと集団が近寄ってくる。別の見張りから報告を受けたのだろう、待機していた近衛兵たちがラディムの無事を確認するためにやって来たようだ。ラディムの姿を見るや、皆一様に安どの表情を浮かべている。

 その場で、近衛兵たちはこれまでの状況をラディムに報告しはじめた。

 一方、アリツェたちは村人に案内され、村の公会堂へと移動した。一角を自由に使ってもいいとの話で、小部屋を一つ借り受けた。傍には近衛兵たちの臨時の詰所も作られており、公会堂内の治安は万全だ。

 アリツェはクリスティーナとともに、マリエを連れて小部屋の中に入る。ここならば落ち着いて話ができるだろうと考え、ラディム以外の者は中に入れないよう、傍にいた近衛兵の一人にお願いをしておく。

 室内には簡素なテーブルが一つと、相対するように長椅子が二脚しつらえてあった。アリツェとクリスティーナはそのうちの一脚に並んで座り、マリエはアリツェたちに向き合うように、もう一脚の椅子へと腰を下ろす。

 これで、ようやっと一息つけた。緊張しっぱなしの一日だったので、疲労感がどっと押し寄せてくる。

 各々の使い魔たちも、鳴き声を上げながら主人の傍らに移動し、そのまま座り込んだ。

 テーブル上に用意されていた紅茶を飲みながら、アリツェは時折首を曲げたり肩を回したりと、疲れた身体を解きほぐす。だいぶ凝り固まっていた。

 できればゆっくりと、ぬるめの湯につかりたい。けれども、哀しいかな。こんな田舎の村では、望むべくもない贅沢だ。

 しばらくの間、誰も何も語らず、ただ静かにのどを潤す……。

 ティーカップの紅茶が無くなる頃合いで、扉が軽快にノックされた。扉が開かれ、ラディムが姿を現す。

 マリエはすかさず立ち上がり、自分の隣が空いていると指し示した。ラディムは苦笑いをしながら、マリエの横に座る。

 これで、必要な顔ぶれはそろった。さっそく、アジトでの話の続きが始まる――。






「どこから話したらいいかなぁ……」

 マリエはテーブルに突っ伏し、頬杖をつきながら嘆息をした。

「複雑なお話なんですか?」

「複雑というかなんというか……」

 アリツェが小首をかしげると、マリエはちらりとアリツェに視線を向け、苦笑する。

「……まず、二人が双子として誕生したことが、そもそもイレギュラーだった。この点から話そうかな」

 マリエは「よし、決めた」とつぶやくと、頬杖を解いて体を起こした。

 アリツェは唇に人差し指を当て、上目遣いで考えを巡らせる。

「双子ではなく、時期をずらした兄弟として生まれるはずだった、という意味でしょうか?」

『同時に生まれる双子』がイレギュラーだったというのであれば、『別々の時期に生まれる兄弟』が本来の形であったのではないかと、アリツェは見当をつけた。

「いや、そうじゃない」

 だが、マリエは頭を振った。

「考えてもみてくれ。そもそも、僕の二回目の介入時に誕生する子供しか、霊素を持てないって条件だっただろう? 生まれる時期が大きくずれてしまっては、片方の子供が霊素を持てなくなるよ」

 マリエの指摘を受け、アリツェは腕を組んで「うーん……」と唸った。

 かつてヴァーツラフは、二回目の介入によって、このゲーム世界に同時多発的に霊素を持った子供たちを誕生させる、と話していた。つまり、その二回目の介入のタイミングから少しでもずれれば、生まれる子供に霊素は発生しないといえる。

『双子』ではなく『兄弟』となれば、確かにもう一方の子供は『介入と同時』という条件を満たせなくなる。霊素が持てない。

「私が考えるに、『双子』や『兄弟』ではなく、『一人っ子』として生まれるはずだったと、そのように言いたいのか?」

 ラディムはそう口にすると、横に座るマリエにちらりと視線を遣り、飲んでいた紅茶のティーカップを静かにソーサーに戻す。

「正解! さすがは殿下」

 マリエは笑顔を浮かべると、ぎゅうっとラディムの腕にしがみついた。

「ほらそこっ! いちいちラディムにくっつかない!」

 すかさずクリスティーナが見とがめ、注意をする。だが――

「いいじゃないかー」

 マリエは舌を出し、反省するそぶりなど微塵も見せず、しがみつく腕にさらなる力を籠め始めた。

「……先を、続けてくださいませんか?」

 アリツェもマリエの態度に呆れたが、どうせ何かを言ったところで無駄だと思い、先を促す。

 アリツェとクリスティーナから向けられる冷たく鋭い視線に、さすがのマリエも空気を読んだのか、ラディムから離れて姿勢を正した。コホンと咳払いをし、「調子に乗りました。すみません」としおらしく口にする。

「……とりあえず、問題の核心の部分を説明しちゃおうかな。細かい部分で疑問があったら、あとでまとめて質問を受け付けるよ」

「お願いいたしますわ」

 マリエはうなずくと、続きを語りだした。

「カレル・プリンツとユリナ・ギーゼブレヒトとの間に生まれる予定の子供は、男の子一人だけのはずだった。当初はその男の子に、横見悠太君の人格が転生する予定だったんだよ」

 アリツェは目を見開いて、目の前に座るマリエの顔をまじまじと見つめる。

「では、わたくしは本来、存在してはいけない子供だった?」

「まぁ、ぶっちゃけて言えば、そのとおりだよ」

 マリエの答えに、アリツェは胸が苦しくなった。存在してはいけない子供だったなんて、あまりにもひどすぎるではないか。

「何それ……」

 クリスティーナは片眉を上げ、怒気をはらんだ声を上げた。

「怒るのはわかるよ。でも、一人っ子が双子になったのも、ゲームシステムのいたずらのせいなんだ。僕に文句をつけられたって、正直言って困るよ」

 マリエは苦笑し、頭を掻いている。

 確かに、限定的にしかシステムへの直接的な介入ができないヴァーツラフには、どうしようもできない話だ。わざわざ横見悠太の受精卵の双子化を防ぐためだけに、最後に残されたゲームへの直接介入権を、行使するわけにもいかなかっただろう。

「キャラクターメイクの時に言っただろう? 実際に赤子として誕生するまでに、突然変異やら何やらのイレギュラーな問題が起こりうるって。で、そのイレギュラーが運悪く発生してしまった結果として、二人は世にもまれな異性の一卵性双生児として誕生した」

 マリエはアリツェとラディムの顔を交互に見つめた。

「システム側のいたずらですか……。困ったものですわね」

「面倒なシステムを作ったものだよねぇ。いったい、誰が考えたんだか」

 ぽつりとつぶやいたアリツェの言葉に、マリエは苦笑いを浮かべて答える。

 このゲームのシステムは、宇宙人だと自称するヴァーツラフの故郷の星で開発されたものだと、アリツェは記憶していた。ヴァーツラフ自身で開発をしたわけではない。口ぶりからして、ヴァーツラフも制作者の詳細は知らないのだろうか。

「ただねぇ……。悠太君の受精卵に関しては、双子化する前の一つの受精卵の段階で、もうすでに問題が発生していたようなんだ」

 マリエは一旦言葉を区切り、大きく息をついた。

「だから、悠太君の転生処置は、そもそも失敗に終わる運命にあったはずなんだよ」

 マリエの紡ぐ言葉が、小部屋の中に冷たく響き渡った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...