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story .02 *** 旅の始まりと時の狭間
scene .2 小さな旅程(後編)
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「世界図書館……?」
ほとんどココット・アルクスから出たことのなかったモモにとって、この家族の会話は何とも興味深い。聞いたことのない町の名前から世界の出来事まで、モモの知らない単語や考えてもみなかった話がたくさん出てくるのだ。
そんな時、モモが自分の知識の無さを恥じて自分から質問を切り出せないでいると、いつもなら気を利かせたロルフが補足をしてくれるのだが――めずらしく気持ちが昂っているのか、ロルフもモモが会話についていけていないことに気づかなかった。
興味のない事なら特段気にならないのだが、図書館と言うからには色々な本がある場所なのだろう。――き、気になる……! 今まで目もくれていなかった事に目を向け、知識が増えていく楽しみを知ってから本の虜となっているモモにとって聞き捨てならない話題なのである。
「あ、あのっ」
意を決して訊ねることにしたモモであったが、――ひ、ひぁあ……会話を遮られた二人と水晶越しの一人の目が向けられると、申し訳なさと恥ずかしさとで、思わず俯いてしまった。
「モモも一緒に行くよね! 世界図書館!」
珍しくフォローしてくれたのはシャルロッテだった。しかも想定外に嬉しい提案だ。
モモはその言葉に顔をあげると、
「えっ、い、いいのっ⁉」
満面の笑みでそう聞いた。
「もっちろん! ね、ゴルト、いいよねっ」
シャルロッテのその言葉に小さな声で「んー……あー……そうじゃのぅ……」と言いながら、ゴルトは視線を宙に泳がせる。そして、ちらりとシャルロッテとモモの方を見やると諦めたかのように小さくため息をつき、
「あぁわかったよ。今回は三人で行っておいで」
と、項垂れる様にしてそう言った。
しかし、その言葉に「なんで?」というようにシャルロッテは首をかしげる。
「あれ? ゴルトは行かないの?」
「チケットが三枚しかないんだろ、俺が留守番してるよ。欲しい資料は粗方決まってるし」
「そ、そんなっ、それはさすがに悪いです……!」
事情を察したロルフとモモが気の利かせ合いを始めると、ゴルトが突然手をパンッと鳴らした。
「おだまり! わしが譲ると言ってるのじゃ、気の変わらぬうちに素直に感謝の言葉でも述べぬかい!」
「ひぃ! あ、ありがとうございます!」
「ふん、それでよいのじゃそれで」
水晶に向かってぺこぺこ頭を下げるモモと、水晶の中で腕を組みフイッと横を向くゴルトの様子を見ながら、ロルフは少し笑う。あのゴルトが、モモとこんなにも打ち解けるなんて思ってもみなかったのだ。――まぁ、モモの方は打ち解けたなんて思ってもいないだろうが……少なくともゴルトがモモと話すことを楽しんでいるのはわかる。
「ところで」
ゴルトはそう発すると、水晶の中の顔をロルフの方を向けた。
「出掛けるのは明日でよいか? 急ぎの用があっての」
「明日? 俺達は構わないが……」
ロルフがそう言いながらモモの方を見ると、モモは先ほどゴルトに頭を下げていた時と同じ顔のまま、コクコクと首を縦に振る。
「わかった。明日出掛けよう」
「ふむ。明日の朝そちらへ行くでな」
「あぁ、わかった」
そう言うとロルフはすっと魔術水晶の通信を切った。
*****
****
***
次の日、モモが屋敷に着くとロルフとシャルロッテは出掛けの準備を終え、屋敷の外で待っているようだった。
「皆さんおはようございますっ」
「あぁ、お、はよう……」
「おはよーモモ!」
手をぶんぶん振っていつも通りのシャルロッテの横で、ロルフの表情が引きつったような気がする。
「みんな揃った様じゃ、な、クッ……」
玄関が開き、中からゴルトがでてきた……が、ドアに腕をつき、いつぞやのように俯いて肩を震わせる。
――な、なんでだろう? 私、笑われてる……? 今日はまだ会ったばかりで、何もしていないはずなのに、そう思った時だった。
「そんな大荷物で、そなたはどこへ行くと言うつもりじゃ?」
「ふぇ?」
口元に手を当て、笑いをこらえながら問うゴルトの言葉に、モモはロルフとシャルロッテの荷物を……見ることができなかった。二人ともほぼ手ぶらなのだ。そして、モモは自分の荷物の大きさを考えると、頬が赤く染まっていくのを感じた。
「あ、あの、だって……」
初めての旅行だからと、あれもこれもと、一番大きなカバンにひたすら物を詰め込んだ昨日の自分を恨みたい。
「モモは面白いのぅ。まぁ、この荷物は屋敷に置いてお行き。一日やそこらじゃ、この荷物がなくても困らぬよ」
そう言ってゴルトはモモの後ろに回ると、モモの身体の倍ほどの幅に膨らんだ大きな荷物を肩から降ろす。
「あ、ありがとうございます……」
「ふむ。何かあれば二人にお聞き。まぁ、堅物と能天気じゃから両極端な答えしか出ぬかもしれぬが……」
「は、はいっ」
「わーい! モモ行こー!」
「あっ、待って」
モモが返事をすると、ゴルトの後ろでそわそわしていたシャルロッテがモモの手を取り走り出した。
「堅物って……」
横でゴルトの言葉を聞いていたロルフは何か言いたげだったが、離れていく二人を見ると「行ってくる」そう言ってゴルトの脇を通り過ぎた。すると、ロルフの服の裾をゴルトがついっと引っ張る。
そして、ロルフに何かを渡しながら小さな声で何かを耳打ちした。
「実はの……」
「あぁ……珍しいこともあるもんだと思ってたんだ。そういう事か……」
「どうもあそこの店主は苦手でな……まぁ、良いではないか。モモもシャルも嬉しそうだしのぅ」
そう言ってゴルトは目を細め二人を見やると、ロルフの背中にぽんぽんと触れた。
「余所のところの娘じゃ、しっかりの」
「わかってるよ」
「ふむ」
すると、ゴルトは強めにロルフの背中を叩いた。
「いって……!」
「いいのぅ! 若いおなご二人と旅行とは! 両手に花じゃ! 気を付けてお行き」
三人はゴルトに別れを告げると、汽車の乗り場のある方向へと歩き出した。
ほとんどココット・アルクスから出たことのなかったモモにとって、この家族の会話は何とも興味深い。聞いたことのない町の名前から世界の出来事まで、モモの知らない単語や考えてもみなかった話がたくさん出てくるのだ。
そんな時、モモが自分の知識の無さを恥じて自分から質問を切り出せないでいると、いつもなら気を利かせたロルフが補足をしてくれるのだが――めずらしく気持ちが昂っているのか、ロルフもモモが会話についていけていないことに気づかなかった。
興味のない事なら特段気にならないのだが、図書館と言うからには色々な本がある場所なのだろう。――き、気になる……! 今まで目もくれていなかった事に目を向け、知識が増えていく楽しみを知ってから本の虜となっているモモにとって聞き捨てならない話題なのである。
「あ、あのっ」
意を決して訊ねることにしたモモであったが、――ひ、ひぁあ……会話を遮られた二人と水晶越しの一人の目が向けられると、申し訳なさと恥ずかしさとで、思わず俯いてしまった。
「モモも一緒に行くよね! 世界図書館!」
珍しくフォローしてくれたのはシャルロッテだった。しかも想定外に嬉しい提案だ。
モモはその言葉に顔をあげると、
「えっ、い、いいのっ⁉」
満面の笑みでそう聞いた。
「もっちろん! ね、ゴルト、いいよねっ」
シャルロッテのその言葉に小さな声で「んー……あー……そうじゃのぅ……」と言いながら、ゴルトは視線を宙に泳がせる。そして、ちらりとシャルロッテとモモの方を見やると諦めたかのように小さくため息をつき、
「あぁわかったよ。今回は三人で行っておいで」
と、項垂れる様にしてそう言った。
しかし、その言葉に「なんで?」というようにシャルロッテは首をかしげる。
「あれ? ゴルトは行かないの?」
「チケットが三枚しかないんだろ、俺が留守番してるよ。欲しい資料は粗方決まってるし」
「そ、そんなっ、それはさすがに悪いです……!」
事情を察したロルフとモモが気の利かせ合いを始めると、ゴルトが突然手をパンッと鳴らした。
「おだまり! わしが譲ると言ってるのじゃ、気の変わらぬうちに素直に感謝の言葉でも述べぬかい!」
「ひぃ! あ、ありがとうございます!」
「ふん、それでよいのじゃそれで」
水晶に向かってぺこぺこ頭を下げるモモと、水晶の中で腕を組みフイッと横を向くゴルトの様子を見ながら、ロルフは少し笑う。あのゴルトが、モモとこんなにも打ち解けるなんて思ってもみなかったのだ。――まぁ、モモの方は打ち解けたなんて思ってもいないだろうが……少なくともゴルトがモモと話すことを楽しんでいるのはわかる。
「ところで」
ゴルトはそう発すると、水晶の中の顔をロルフの方を向けた。
「出掛けるのは明日でよいか? 急ぎの用があっての」
「明日? 俺達は構わないが……」
ロルフがそう言いながらモモの方を見ると、モモは先ほどゴルトに頭を下げていた時と同じ顔のまま、コクコクと首を縦に振る。
「わかった。明日出掛けよう」
「ふむ。明日の朝そちらへ行くでな」
「あぁ、わかった」
そう言うとロルフはすっと魔術水晶の通信を切った。
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次の日、モモが屋敷に着くとロルフとシャルロッテは出掛けの準備を終え、屋敷の外で待っているようだった。
「皆さんおはようございますっ」
「あぁ、お、はよう……」
「おはよーモモ!」
手をぶんぶん振っていつも通りのシャルロッテの横で、ロルフの表情が引きつったような気がする。
「みんな揃った様じゃ、な、クッ……」
玄関が開き、中からゴルトがでてきた……が、ドアに腕をつき、いつぞやのように俯いて肩を震わせる。
――な、なんでだろう? 私、笑われてる……? 今日はまだ会ったばかりで、何もしていないはずなのに、そう思った時だった。
「そんな大荷物で、そなたはどこへ行くと言うつもりじゃ?」
「ふぇ?」
口元に手を当て、笑いをこらえながら問うゴルトの言葉に、モモはロルフとシャルロッテの荷物を……見ることができなかった。二人ともほぼ手ぶらなのだ。そして、モモは自分の荷物の大きさを考えると、頬が赤く染まっていくのを感じた。
「あ、あの、だって……」
初めての旅行だからと、あれもこれもと、一番大きなカバンにひたすら物を詰め込んだ昨日の自分を恨みたい。
「モモは面白いのぅ。まぁ、この荷物は屋敷に置いてお行き。一日やそこらじゃ、この荷物がなくても困らぬよ」
そう言ってゴルトはモモの後ろに回ると、モモの身体の倍ほどの幅に膨らんだ大きな荷物を肩から降ろす。
「あ、ありがとうございます……」
「ふむ。何かあれば二人にお聞き。まぁ、堅物と能天気じゃから両極端な答えしか出ぬかもしれぬが……」
「は、はいっ」
「わーい! モモ行こー!」
「あっ、待って」
モモが返事をすると、ゴルトの後ろでそわそわしていたシャルロッテがモモの手を取り走り出した。
「堅物って……」
横でゴルトの言葉を聞いていたロルフは何か言いたげだったが、離れていく二人を見ると「行ってくる」そう言ってゴルトの脇を通り過ぎた。すると、ロルフの服の裾をゴルトがついっと引っ張る。
そして、ロルフに何かを渡しながら小さな声で何かを耳打ちした。
「実はの……」
「あぁ……珍しいこともあるもんだと思ってたんだ。そういう事か……」
「どうもあそこの店主は苦手でな……まぁ、良いではないか。モモもシャルも嬉しそうだしのぅ」
そう言ってゴルトは目を細め二人を見やると、ロルフの背中にぽんぽんと触れた。
「余所のところの娘じゃ、しっかりの」
「わかってるよ」
「ふむ」
すると、ゴルトは強めにロルフの背中を叩いた。
「いって……!」
「いいのぅ! 若いおなご二人と旅行とは! 両手に花じゃ! 気を付けてお行き」
三人はゴルトに別れを告げると、汽車の乗り場のある方向へと歩き出した。
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