最底辺の魔法使いに恋したガーディアン

木風 麦

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人の子の望み

【11】天然の水芝生

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 光る虫が飛び交う湖の近くは、大きな木が育ちにくい。一定の距離をとると、だんだん幹が増えていく。だがある一角は、距離をとっているはずなのに木が全く生えてこないのだ。草原が広がるばかりで、花も咲かない不気味な場所とされている。
 怖がりな彼女がなぜそんなホラースポットに行きたがるのか、思い当たる理由としては薬草をとるためとしか考えられないのだが、この草原は採れる薬草なんかなかったはずだ。
「よかった、間に合った」
 ほっと息をこぼしたミシュラは、すっかり元の動きを取り戻した足で前へ前へと進んでいく。
「今日は満月でしょ。それもただの満月じゃなくて、赤い月」
 そう言われて初めて天を仰ぐ。
 たしかに赤みがかっているように見えるが、そこまで真っ赤という程のものではない。
「赤い月の日にしか採れない薬草があるかもしれないんだ」
 興奮気味に喋る魔法使いに、ルドガーは「へぇ」としか答えられない。

「……さっきの話だけど、ルドに出ていって欲しいとかじゃないからね?」
 くるりと振り返り、彼女は言う。
「自分が言ったこと覚えてない?『あんたの生活は見てられない』って」
 さらりと過去のことを持ち出された護衛の男は真っ赤になった。
「いや……それは、だな」
「『目を離せないから、俺はここに留まる』って──」
「ああぁぁぁ!!思い出してるから!覚えてるから!もう何も言うな!」
 彼が絶叫するのも無理はなかった。
 直球の言葉にできずに遠回しな言い方でだが、彼は一度告白なるものをしたことがあった。ただ、ったはいいが、相手の魔法使いはかなり鈍く、彼女は「助かるー」とあっさり受け入れたのだ。
 いくらルドガーがピンク色の雰囲気を醸し出していようとお構いなく薬草に飛びつくような女には、意図が通じなかったのだ。

──だからもう本当に忘れてほしい。

 と、今では彼の黒歴史となってしまっている。

「ルド」

 彼女の声のトーンが下がった。目は落ち着きを取り戻し、その奥には鋭利な光が灯っている。
 その視線の先では、月光を浴びた低い背丈の草たちが一斉に輝き出していた。
「あれは水芝生。数年に一度、しかも限られた場所……水が綺麗で、月明かりがよく当たるところでしか採れない素材なんだ。この芝生、普段はただの芝生でなんの作用も持たないんだけど、何年かに一度訪れる赤い月光を浴びたら超激レア素材になるんだ。だから見つけづらいし、入手しづらい。人工のヤツもあるけど、全然比にならないくらい効果が強いんだ。薬、呪物、あとそのまま食べても傷の回復と副作用の回復ができるんだよ」
 饒舌になっている彼女は、水芝生の茂る草原に足を踏み入れてしゃがみ込む。
「あとね、天然の水芝生の草原で願いごとをすると叶うっていう、素敵な言い伝えがあるんだよ」
 彼女はそう言うなり目を閉じて手を組んだ。
 光る芝生はよく見ると色が付いていて、青、黄、赤、緑などの光の粒子が風に吹かれて舞っている。
 幻想的な空間に、ルドガーは思わず息を漏らした。

──たしかに、願いごとが叶うって言われたら信じてしまうかもしれない。

 それほどまでに神聖で、美しい光景だった。
「ルドは願いごとしないの?」
 彼女は眼を開き、芝生を刈り始めた。
「俺は──」
 もし叶うなら、彼女と居れる時間が続けばいい。
 けれどそんなことが叶うことは無いだろうと、予測できてしまった。

──だから、人は願うのかもしれない。

 自分には対処できないことを、だれか、何か、見えないモノの存在に縋ってでも、得たいもの、失いたくないものがあるのだろう。
「……これが叶ったら、ここの言い伝えは本当なんだろうな」
 言い伝えこんなものに縋るくらい彼女に入れ込んでしまっているらしい自分に、ルドガーは軽く目を見張り、そして困ったように笑った。


「──よし、おっけーい」
 と言った彼女は、そこまで多くの水芝生を刈ってはいなかった。
「少ししかないからレアな素材として売れるんでしょう」
 彼女は得意げに言った。
「ルド、話の続き」
 鞄の紐部分に手をかけたミシュラは、そっとルドガーを見上げる。

「私がちゃんとしたら、ルドは友だちになってくれる?」
「なんだって??」

 ほんの少し前に「友人」発言されたというのに、何を今さら。
 顔に出るルドガーに、魔法使いは「だって」と眉を下げる。
「この前友人って言ったら、すっごく微妙な顔してたじゃん。あれって、私みたいな間抜けと友人だなんてお断りみたいな」
「そんなわけねぇだろ」
 聞いていられないミシュラの勘違いに、ルドガーは口を挟む。
「あれは……その、食べた菓子が甘かっただけだ」
「そうだったの!?なんだぁよかったぁ」
 と長く息を吐いた。
「とうとうルドに呆れられちゃったのかと思って……それは、嫌だから」
 少なくとも友としては好かれているらしい。まずはそれだけでも良しとしよう。護衛はそう言い聞かせ、彼女の刈った芝生を持ち上げる。が、見た目はかなり軽く見えるというのに、実際の重量はかなり重い。持ち上げた拍子に、ルドガーは軽くよろめいた。
「これ一人で持って帰るの大変だし、ルドが来てくれてホントに助かったよー。部屋を留守にしてたから探しようがないし、一人で行かなきゃ行けなくなってほんとに心細かったんだよー」
 同じ重量のはずの袋をひょいっと軽々しく持ち上げる彼女は、一体どれだけの筋肉が収納されているのか、と二の腕に視線がいく。
「……それも貸せ。たぶん明日筋肉痛になるぞ」
「このくらい大丈夫だよー」
 と膨れるミシュラに、
「明日薬の調合が出来なくなっても知らないからな」
「えー?じゃあ」
 と袋の取っ手を一つ空けた。
「これの反対側持ってよ。それならいーでしょ?」
 ニッと笑う魔法使いに、ルドガーは「わかった」と顔を背ける。
 その視線の先で、自分たちの影が黒く地面に映っている。
 影の二人は、いつになく距離が縮まって見えた。

「なんの願いごとしたの?」
「言わない」
「えー、ケチ」
「じゃあ何を願ったんだ」
「ん?内緒」
「その言葉そっくりそのまま返すわ」

 森を歩く二人の足どりは、いつもよりゆったりとしていた。
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