20 / 40
精霊の望み
【19】魔法使いの実情
しおりを挟む
晴れてはいるが、なんだか蒸し暑い午前。洗濯物は乾きづらく、パッとしない天気にはかすかに苛立ちが募る。
「──……っだから!俺はこの作業が嫌いだっつってんだろ!」
ドライフラワーを束ねる作業中、再びルドガーは声を荒らげた。
「そんなこと言われても。編み物とどっちがいいか聞いたらそっちって答えたのルドガーさんでしょ」
ドライな対応のフォグに、ルドガーは「どっちも嫌なんだよ」と噛み付く。
「しょうがないじゃん。またミーシャが倒れたんだから」
少年は「やれやれ」と言うようにルドガーの散らかした無惨なドライフラワーたちを手元に引き寄せる。
「ミーシャの熱って、あれルドガーさんのせいなんじゃないの」
彼女が体調を崩して部屋にこもった後、ルドガーからヘアスタイルうんぬんの話を手短に聞いていた。
昨日、たしかに彼女の頬は少し赤かった。が、それは熱の前兆であったと言われてしまえば否定できない。けれどもここで彼をその気にさせておけば、ルドガーはもっと積極的に動くようになるかもしれない。
そう考えたフォグだったが、ルドガーは潔く首を振る。
「そこまで自惚れてない。俺の言葉一つでそんな影響はでない」
と顔をしかめるルドガーに、少年の憐れむ視線が刺さる。
「もう家族の括りに入っちゃってるんじゃないの」
「ああ……有り得る」
「有り得るのか」
半分冗談だったんだが、とは言い出せない。やぶ蛇になる前に話題を変えよう、とフォグは「そういえば」と切り出す。
「ルドガーさんはミーシャに付きっきりだよな。ちょっと過保護なんじゃねぇの」
ちょっとしたからかいも含まれていたが、ちゃんと「少し距離をおいて様子を見るべきだ」と助言につなげるつもりだった。
しかしその言葉を口にした瞬間、ルドガーの目がぎらりと光った。
目を細めただけで人を殺しそうな眼光は、今まで何度も見てきた。だが今回ばかりは違う。全くの別物だとフォグの本能が告げていた。
青ざめるフォグを視界に入れたルドガーはハッと目を瞬き、手で自身の目元を覆った。
「すまん。脅すつもりはなかった」
覇気のない声に、フォグは力を抜く。というか、抜けた。体全体に妙な力が入ったせいで、自由が効かない。指先なんか小さく震えて使いものにならない。
「お前も知っておくべきだろうな。……『魔法使い』という存在を」
ルドガーはふっと短く息を吐き、手元のドライフラワーに手を伸ばした。
「魔法使いってのは人間とは区別して呼ばれていて、種族が違う扱いになってるんだ。理由は二つ。一つは、そもそも普通の人間とは異なる人体構造をしていたから。そしてもう一つは──……『情』を、感じさせないためだ」
そこまで話したルドガーはギリッと拳を握った。青い血管が浮き出て、その腕はかすかに震えている。
フォグは「じょう……?」と眉をひそめた。
「お偉い様方は、魔法使いを恐れたものの、その力に憧れた。だから自分たちのものにしようとしたんだ。……手っ取り早い方法として、奴隷として飼ったんだ。モノとして扱い、魔法使いは道具同然に扱われた。だが人間相手にそれをやれば、国民からは非難される可能性もあった。だから種族分けをして国民の感情を操作した。しかし当然、魔法使いたちは黙っちゃいない。全面戦争になりかけたところ、人間の上層部と魔法使いの間を取り持ったのが、当時話題となっていた『ルムランドの勇者』様だった」
「ルムランド……あれか、初めてドラゴンを倒したっていう伝説の……じゃあ奴隷はなくなったってことか?」
「制度として無くなっただけだ。まぁ十分な成果とも言える、が──実際は、勇者のパーティに同行して使い捨ての駒にされるなんてよくある話。そんな地位だから、当然魔法使いがもし何かしらの功績を挙げたとしても、それらは全て勇者様の手柄になるって寸法だ」
「うわ……なんか現実聞くと一気に勇者がヤバい奴に思えてきた」
「全員じゃない。その伝説の勇者なんかが例外だが、まぁ、だいたいそんなヤツらの集まりだ。ただ、そんな扱いをずっと受けていたら、当然領民や国民だってそういう目で見るようになる。『自分より下等な種族』だと。だからあいつは村へ下りてもいい顔はされない。むしろ嫌がらせを受ける。……この森には、一応目隠しの魔法がかけられている。だから普通、用のない奴や悪意のある奴は家に辿りつけない。だがごくたまに、迷い込んでくる奴はいる。そんな奴らに手出しさせないため、俺は勝手に護衛をしている」
ルドガーの説明で、かつて魔法使いがルドガーを留守番をすることに難色を示していたことを思い出す。あの反応は、こういう背景があったかららしい。
「……たしかにルドガーさんが居たら心強いな」
「この顔もたまには役に立つもんだろ」
フォグの言葉に笑いながら、護衛の男はラベンダーのドライフラワーを天井に掲げた。
「俺が傍に居たいだけってのもあるんだがな」
滑らせた言葉に、ルドガーは無言で口を抑えた。
「……ルドガーさんって、結構乙女なとこあるよね」
「言うな」
無口になった男は不器用な手を動かす。
だが無口になろうが集中しようが、彼に細かい作業は向いていないらしい。後には形の揃わない花の束が出来上がり、それを見るなり彼は席を立った。
「少し気分転換してくる」
そう告げた彼がしばらく家に戻ってくることはなかった。
残されたフォグは、数時間後になってようやく自分の置かれた状況に気づいた。
──完ッ全に押し付けられた。
彼が良い人に思えていたのが遠い昔のことに思えた。
そんな当てようのない怒りを蓄積しながら、少年は夜通し手を動かし続けたという。
「──……っだから!俺はこの作業が嫌いだっつってんだろ!」
ドライフラワーを束ねる作業中、再びルドガーは声を荒らげた。
「そんなこと言われても。編み物とどっちがいいか聞いたらそっちって答えたのルドガーさんでしょ」
ドライな対応のフォグに、ルドガーは「どっちも嫌なんだよ」と噛み付く。
「しょうがないじゃん。またミーシャが倒れたんだから」
少年は「やれやれ」と言うようにルドガーの散らかした無惨なドライフラワーたちを手元に引き寄せる。
「ミーシャの熱って、あれルドガーさんのせいなんじゃないの」
彼女が体調を崩して部屋にこもった後、ルドガーからヘアスタイルうんぬんの話を手短に聞いていた。
昨日、たしかに彼女の頬は少し赤かった。が、それは熱の前兆であったと言われてしまえば否定できない。けれどもここで彼をその気にさせておけば、ルドガーはもっと積極的に動くようになるかもしれない。
そう考えたフォグだったが、ルドガーは潔く首を振る。
「そこまで自惚れてない。俺の言葉一つでそんな影響はでない」
と顔をしかめるルドガーに、少年の憐れむ視線が刺さる。
「もう家族の括りに入っちゃってるんじゃないの」
「ああ……有り得る」
「有り得るのか」
半分冗談だったんだが、とは言い出せない。やぶ蛇になる前に話題を変えよう、とフォグは「そういえば」と切り出す。
「ルドガーさんはミーシャに付きっきりだよな。ちょっと過保護なんじゃねぇの」
ちょっとしたからかいも含まれていたが、ちゃんと「少し距離をおいて様子を見るべきだ」と助言につなげるつもりだった。
しかしその言葉を口にした瞬間、ルドガーの目がぎらりと光った。
目を細めただけで人を殺しそうな眼光は、今まで何度も見てきた。だが今回ばかりは違う。全くの別物だとフォグの本能が告げていた。
青ざめるフォグを視界に入れたルドガーはハッと目を瞬き、手で自身の目元を覆った。
「すまん。脅すつもりはなかった」
覇気のない声に、フォグは力を抜く。というか、抜けた。体全体に妙な力が入ったせいで、自由が効かない。指先なんか小さく震えて使いものにならない。
「お前も知っておくべきだろうな。……『魔法使い』という存在を」
ルドガーはふっと短く息を吐き、手元のドライフラワーに手を伸ばした。
「魔法使いってのは人間とは区別して呼ばれていて、種族が違う扱いになってるんだ。理由は二つ。一つは、そもそも普通の人間とは異なる人体構造をしていたから。そしてもう一つは──……『情』を、感じさせないためだ」
そこまで話したルドガーはギリッと拳を握った。青い血管が浮き出て、その腕はかすかに震えている。
フォグは「じょう……?」と眉をひそめた。
「お偉い様方は、魔法使いを恐れたものの、その力に憧れた。だから自分たちのものにしようとしたんだ。……手っ取り早い方法として、奴隷として飼ったんだ。モノとして扱い、魔法使いは道具同然に扱われた。だが人間相手にそれをやれば、国民からは非難される可能性もあった。だから種族分けをして国民の感情を操作した。しかし当然、魔法使いたちは黙っちゃいない。全面戦争になりかけたところ、人間の上層部と魔法使いの間を取り持ったのが、当時話題となっていた『ルムランドの勇者』様だった」
「ルムランド……あれか、初めてドラゴンを倒したっていう伝説の……じゃあ奴隷はなくなったってことか?」
「制度として無くなっただけだ。まぁ十分な成果とも言える、が──実際は、勇者のパーティに同行して使い捨ての駒にされるなんてよくある話。そんな地位だから、当然魔法使いがもし何かしらの功績を挙げたとしても、それらは全て勇者様の手柄になるって寸法だ」
「うわ……なんか現実聞くと一気に勇者がヤバい奴に思えてきた」
「全員じゃない。その伝説の勇者なんかが例外だが、まぁ、だいたいそんなヤツらの集まりだ。ただ、そんな扱いをずっと受けていたら、当然領民や国民だってそういう目で見るようになる。『自分より下等な種族』だと。だからあいつは村へ下りてもいい顔はされない。むしろ嫌がらせを受ける。……この森には、一応目隠しの魔法がかけられている。だから普通、用のない奴や悪意のある奴は家に辿りつけない。だがごくたまに、迷い込んでくる奴はいる。そんな奴らに手出しさせないため、俺は勝手に護衛をしている」
ルドガーの説明で、かつて魔法使いがルドガーを留守番をすることに難色を示していたことを思い出す。あの反応は、こういう背景があったかららしい。
「……たしかにルドガーさんが居たら心強いな」
「この顔もたまには役に立つもんだろ」
フォグの言葉に笑いながら、護衛の男はラベンダーのドライフラワーを天井に掲げた。
「俺が傍に居たいだけってのもあるんだがな」
滑らせた言葉に、ルドガーは無言で口を抑えた。
「……ルドガーさんって、結構乙女なとこあるよね」
「言うな」
無口になった男は不器用な手を動かす。
だが無口になろうが集中しようが、彼に細かい作業は向いていないらしい。後には形の揃わない花の束が出来上がり、それを見るなり彼は席を立った。
「少し気分転換してくる」
そう告げた彼がしばらく家に戻ってくることはなかった。
残されたフォグは、数時間後になってようやく自分の置かれた状況に気づいた。
──完ッ全に押し付けられた。
彼が良い人に思えていたのが遠い昔のことに思えた。
そんな当てようのない怒りを蓄積しながら、少年は夜通し手を動かし続けたという。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
平凡な王太子、チート令嬢を妻に迎えて乱世も楽勝です
モモ
ファンタジー
小国リューベック王国の王太子アルベルトの元に隣国にある大国ロアーヌ帝国のピルイン公令嬢アリシアとの縁談話が入る。拒めず、婚姻と言う事になったのであるが、会ってみると彼女はとても聡明であり、絶世の美女でもあった。アルベルトは彼女の力を借りつつ改革を行い、徐々にリューベックは力をつけていく。一方アリシアも女のくせにと言わず自分の提案を拒絶しないアルベルトに少しずつひかれていく。
小説家になろう様で先行公開中
https://ncode.syosetu.com/n0441ky/
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる