君を、夏ごと消してしまいたい。

木風 麦

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 ミンミンと、相変わらずの鳴き声が外から聞こえる。
 そんな風景をぼんやりと眺めていた時だった。
「ちょっと君!!」
 という看護師さんの焦ったような声が響いたかと思うと、ドタドタと煩く廊下をかける音が近づいてきた。

 ガラッと強引にドアが開かれた。
 私は、ゆっくりと顔を向けた。
「やっぱり」
 と苦笑すると、息を切らした涼がものすごい剣幕で近づいてきた。
「お前、大丈夫なのか!?」
 キレ気味に心配されるのは初めてで、なんだかおかしくて笑ってしまった。
 すると彼は不機嫌そうに、「笑いごとかっての。バーカ」と頭を軽くはたかれた。
 だがその表情は、先ほどまでの、張り詰めていたような緊迫感はなくなっていた。
「ただのストレスだろうって。大げさに伝わっちゃったんだね」
 血を吐いたときはどうなることかと、私自身不安で仕方なかったのだが、今は腕に点滴のチューブが繋がっているだけだ。
「でも、しばらく安静にしてなきゃダメだって。外に出れないのも、ちょっと悲しいなぁ」
 と寂しく笑うと、「嘘つけ」と涼は笑った。
「思ってねえだろ。この引きこもり」
「ばれたか」
 と返して笑いあう。
 だけど、悲しいのも嘘じゃない。
 病室には同室の人がいないから一人なのだ。昨日の夜のは意識が朦朧もうろうとしていたから気にならなかったが、病室に一人でいるのは心細いし、何をしてもつまらない。
 それに涼がバスケをしているのを見るのも好きだから、しばらくそれを見れないのが、普通に残念だ。
 そんなことを考え、無意識にため息をこぼしてしまう。
 すると涼は「バーカ」と私の頭をぐしゃっとした。
「ただのストレスなんだろ。すぐこんなとこ出れる」
 ぶっきらぼうに彼は言う。
 彼の優しさに、頬が少し熱くなる。
「うん」
 照れ笑いを浮かべると、なぜか頭をもっとぐしゃぐしゃにされた。

 彼が、帰った後のことだった。
 薄暗い病室に、母親が入ってきた。
 心細かった私は、ただ単純に歓迎した。
 だが母の泣きはらした瞳と、続いて入ってきた主治医を見たらそんな感情は吹き飛んだ。

──そして私は、自分が病気だと知らされた。


***


 翌日、当たり前のように涼は病室に来た。
 それがたまらなく嬉しかったのだが、同時に言い表せない苦しさも湧いてきた。
 昨日の話が頭から離れなくて、一睡もできなかった。そのせいか、私はすごく不調に見えてしまったらしい。
 涼に真顔で心配された。
 言おうか、迷った。だけど結局言えなくて、
「退屈すぎて、昨日星を夜遅くまで数えていたの」
 だから、寝不足なの。
 あくび交じりに笑うと、涼はあきれ顔で「バカだろ、お前。知ってたけど」と言った。
「たくさん寝ないと治るもんも治らねえぞ」
 涼に言われ、私は「うん」と小さくうなずいた。

──でもさ、涼。

 寝てる時間さえ、もったいないって思ってしまうんだよ。
 あとどのくらい、涼のことを考えられるのかなぁ、とか。どのくらい一緒にいられるのかなぁ、とか。
 涼の居るこの地に居れる時間は、私には少ししか残っていないらしいから。
 そんなことを考えていた私に、涼は「ちゃんと寝ろよ」と言って腰を上げた。
 パタンと静かに閉まるドアを見届けると、私の目から涙が溢れだした。
 我慢していたわけではなかった。涼の去っていく後ろ姿に、何故か泣けてきた。
 こらえることのできない嗚咽が、小さな病室に響いた。
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