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〈4〉
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日記帳を閉じ、シャッとカーテンを開ける。
太陽の光が、ゆっくりと近隣の屋根を照らし始めていた。
窓の外をじっと見つめていると、遠くが上手く見えなくなる。目の前に遮るものがあるのだと理解した時、それは輪郭を露にし始めた。
「新菜」
そっと声をかけるが、やはり彼女は逆光のせいであまり見えない。
呼ぶ声がかすれて、少しむせる。
「新菜。僕は今でも君を愛してる。君は今でも僕の奥さんだ。生涯のパートナーだ」
彼女はゆらゆら揺らめくだけで何も反応がない。だけど、続けた。いつ消えてもおかしくない彼女の透明さがそうさせた。
「新菜を忘れる日は絶対にないよ。約束する。もし、新菜が言うように……僕に新菜以外に大切な人ができたとしても、新菜は別格だ。新菜以上の人なんてこの先に居ない。今は……今はまだ無理だけど、新菜がいない生活でも、幸せになれるよう頑張る。頑張るから」
そうは言っても本当は、幸せになれるかなんてわからない。
彼女が死んだ日も、その翌日も、世の中は何も無かったかのように普通に動いていた。
学生が友達と連れ立って笑い合い、ニュース報道では美人アナがテレビに向かって笑いかける。
皆、普通に、幸せそうに笑っている。
その現実に愕然としたのだ。
君が居なくなったら何かが劇的に変わるのかと思っていた。だけど実際そんなことはなく、君は僕の中でも薄れゆく存在になってしまう。それが耐え難かった。
だから、と口を動かした。
「僕がそっちに行く時は、君と一緒がいい。何年かかるか分からない。だけど……僕は君と一緒がいい」
陳腐な言葉の羅列だ。だけど他に形容しようもなかった。
「待ってて」
口をついて出た言葉に、自分自身も驚いた。
本当なら、彼女のためを思うなら、すぐにでも自分との縁を切って逝かせてあげることが最善なのかもしれない。だけど、約束したから。ずっと一緒にいると誓ったから。
「僕が死ぬその時まで、……どうか」
「うん」
はっと顔を上げた。
幻聴とも思った。
いや、実際に幻聴なのかもしれなかった。
透ける彼女の体が、どんどん景色と同化していく。
陽の光を浴びながら、彼女は微笑った──ように見えた。
ああ、やっぱり。
「君は、笑っている方が似合うよ」
彼女の最期は、きっととても苦しく幕を閉じてしまったに違いなかった。苦しそうに呻く彼女の声が、今でも鮮明に思い出せる。
彼女は生前の、あの栗色の髪を揺らしながら、満面の笑みを浮かべた。
***
どのくらいの時間が経っていたのだろうか。
彼女はいつの間にか消えていた。
居たことが全部夢だったのかもしれないし、自分の妄想が作りだした産物なのかもしれなかった。
それでもいい、と頬を涙がつたう。
ふと、一点に視線が留まった。
「あ」
布団には、彼女の日記帳が転がっていた。
僕はそっとそれを手に取り、表を優しく撫でた。
そこでようやく気づく。ちょうど五年前の今日、彼女と付き合い始めたんだ。
「新菜、……」
きっとまだ、僕は周りを見る余裕がない。
だけど彼女と約束した。
彼女が、新菜がこの先居なくとも幸せな人生を送るのだと。
傷はまだまだ深い。だけど、もう、大丈夫だろう。
先程まで彼女がいた方角を見やると、そこには彼女が見つめていただろう建物があった。
彼女の眺めていた窓からは、僕らが出会った高校が小さく見えていたのだ。
彼女は最期にここの窓から、僕たちの出会いの原点を眺めていたのだろう。
昨日の雨が作った水たまりに、青い空と真っ白な雲とが綺麗に映っていた。
太陽の光が、ゆっくりと近隣の屋根を照らし始めていた。
窓の外をじっと見つめていると、遠くが上手く見えなくなる。目の前に遮るものがあるのだと理解した時、それは輪郭を露にし始めた。
「新菜」
そっと声をかけるが、やはり彼女は逆光のせいであまり見えない。
呼ぶ声がかすれて、少しむせる。
「新菜。僕は今でも君を愛してる。君は今でも僕の奥さんだ。生涯のパートナーだ」
彼女はゆらゆら揺らめくだけで何も反応がない。だけど、続けた。いつ消えてもおかしくない彼女の透明さがそうさせた。
「新菜を忘れる日は絶対にないよ。約束する。もし、新菜が言うように……僕に新菜以外に大切な人ができたとしても、新菜は別格だ。新菜以上の人なんてこの先に居ない。今は……今はまだ無理だけど、新菜がいない生活でも、幸せになれるよう頑張る。頑張るから」
そうは言っても本当は、幸せになれるかなんてわからない。
彼女が死んだ日も、その翌日も、世の中は何も無かったかのように普通に動いていた。
学生が友達と連れ立って笑い合い、ニュース報道では美人アナがテレビに向かって笑いかける。
皆、普通に、幸せそうに笑っている。
その現実に愕然としたのだ。
君が居なくなったら何かが劇的に変わるのかと思っていた。だけど実際そんなことはなく、君は僕の中でも薄れゆく存在になってしまう。それが耐え難かった。
だから、と口を動かした。
「僕がそっちに行く時は、君と一緒がいい。何年かかるか分からない。だけど……僕は君と一緒がいい」
陳腐な言葉の羅列だ。だけど他に形容しようもなかった。
「待ってて」
口をついて出た言葉に、自分自身も驚いた。
本当なら、彼女のためを思うなら、すぐにでも自分との縁を切って逝かせてあげることが最善なのかもしれない。だけど、約束したから。ずっと一緒にいると誓ったから。
「僕が死ぬその時まで、……どうか」
「うん」
はっと顔を上げた。
幻聴とも思った。
いや、実際に幻聴なのかもしれなかった。
透ける彼女の体が、どんどん景色と同化していく。
陽の光を浴びながら、彼女は微笑った──ように見えた。
ああ、やっぱり。
「君は、笑っている方が似合うよ」
彼女の最期は、きっととても苦しく幕を閉じてしまったに違いなかった。苦しそうに呻く彼女の声が、今でも鮮明に思い出せる。
彼女は生前の、あの栗色の髪を揺らしながら、満面の笑みを浮かべた。
***
どのくらいの時間が経っていたのだろうか。
彼女はいつの間にか消えていた。
居たことが全部夢だったのかもしれないし、自分の妄想が作りだした産物なのかもしれなかった。
それでもいい、と頬を涙がつたう。
ふと、一点に視線が留まった。
「あ」
布団には、彼女の日記帳が転がっていた。
僕はそっとそれを手に取り、表を優しく撫でた。
そこでようやく気づく。ちょうど五年前の今日、彼女と付き合い始めたんだ。
「新菜、……」
きっとまだ、僕は周りを見る余裕がない。
だけど彼女と約束した。
彼女が、新菜がこの先居なくとも幸せな人生を送るのだと。
傷はまだまだ深い。だけど、もう、大丈夫だろう。
先程まで彼女がいた方角を見やると、そこには彼女が見つめていただろう建物があった。
彼女の眺めていた窓からは、僕らが出会った高校が小さく見えていたのだ。
彼女は最期にここの窓から、僕たちの出会いの原点を眺めていたのだろう。
昨日の雨が作った水たまりに、青い空と真っ白な雲とが綺麗に映っていた。
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