ヴァージン・スキャンダラス・エンゲージ〜スパダリに処女と剣を献上しますが溺愛彼氏とは絶対に別れません〜

烏杜文庫

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【序・Scabbard  Maiden】

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高い天井から吊られた大きなシャンデリアの下に一人の少女が立っていた。

 光を受けて輝く琥珀色の瞳に雪のように白い肌、朝露に濡れた薄紅の花弁を思わせる唇を持つ花のように可憐な顔立ち。

 水色のパーティードレスを身に纏い栗色の柔らかい髪をリボンで纏め上げている。その姿は映画の中の「お姫様」のようだ。

 天井には数灯、同じ型のシャンデリアがあるが彼女を照らしている一灯以外は明かりを落としている。

 床には唐草模様が施された絨毯が敷かれており、天井の高さやシャンデリアがあることを踏まえるとここはホテルの大広間だと伺える。

 この広い空間にいるのは水色のドレスの少女だけ。
 他にあるのは彼女の向かいにある白いテーブルクロスが敷かれた円卓が一台。

 その円卓には剣の鞘が一本置かれており少女はそれと向き合うように立っていた。

 彼女が見つめるその鞘は濃いセピア色。薄い金色で花や草のの紋様が描かれている。

 薄紅色や水色の小さな真珠くらいの大きさの水晶玉を散りばめた金の透かし彫りの金具が鞘口と鞘尻、その間の三箇所に施されていた。

 一見西洋のアンティーク品のように見えたが装飾や紋様からこれは日本国内のかなり昔のものだと素人の彼女にもわかった。
 その長さは一メートルあるかないか。一般的な日本刀の物とは違い反りがなく、真っ直ぐなものだった。

 彼女はその華美な鞘に興味を持ったのか少し身を屈めキラキラとした装飾の水晶玉や花の紋様を見ていた。
 引き込まれるように彼女は置かれた鞘に右手を伸ばす。

 指先が薄紅色の水晶玉に触れそうになったその瞬間、鞘にひびが入った。
 彼女は驚いて手を引き戻し、鞘が置かれた円卓から離れる。

 ひびはあっという間に鞘全体に広がり、まるで花が枯れるように色褪せ朽ちてゆく。
 金具や水晶玉も色を失い崩れてゆき鞘はそのまま白い煙となって消えてしまった。

 自分が手を伸ばしたからこうなってしまったのではと彼女は身を震わせた。

『収める剣を待っていたのか、剣を収めるのを拒絶していたのか――どちらかはわからないがそうしているうちに「寿命」が来てしまったようだね』
 
 背後から男の声が聞こえた。

 驚いて体の震えは止まったがまた別の不安が胸に広がり彼女の体は氷ように固くなり動けなくなる。振り返る事は出来なかった。

『この鞘は君と同じ。君も早く剣を収めないとこうなる』

 男の声が自分のすぐ後ろから気配を伴って聞こえた。

 背後から男の大きな手で両肩を掴まれ彼女は慄き息を止めた。
 両肩をゆっくりと何度も撫でられたが、その舐めるような手つきが悍ましく彼女の体はますます固く強張っていく。

『早ければ早い方がいい。十八歳まで待つなんて遅すぎるくらいだ』

 背後にいる男は一人のはずなのに声は複数――乱れなく同じ抑揚で違う声が折り重なって聞こえた。はじめは気付かなかったが間近で聞くとその異様さがわかる。

 肩から男の手が離れ彼女は抑えていた息を吐く。体はまだ凍りついたままで動く事が出来ない。

 すると背中に男の指先が触れ彼女は再び息を呑んだ。
 背中のファスナーを下ろされ着ていたドレスが体から滑り足元に落ちる。

 下に着けていた白いビスチェも剥がれほぼ裸になり、ネックレスもイアリングも次々と外され髪を纏めていたリボンも解かれ栗色の長い髪が背中に乱れて落ちる。

『君はまだ「ヒメ」ではない』

 身ぐるみを剥がれた彼女はそれでも美しかったがその姿は着飾った「お姫様」ではなくただの「女」だった。

 まだ誰のものになっていない何も知らない無垢な玉の肌には、紅が淡く滲んだ様な痣が三つある。
 胸と鳩尾みぞおちと下腹部、体の中心線を取るように並ぶその痣は花の蕾ほどの大きさだ。

 彼女は足元に落ちたドレスや絨毯の上に投げ捨てられたイアリングを呆然と見ていた。

 誰かもわからぬ男からこんな辱めを受けて怒りは当然あった。だがそれ以上の恐怖で指一本動かす事が出来ない。

 背後から自分を覆うような生温い気配を感じ彼女は顔を上げる。同時に男の腕が身を縛るように体に絡み付いた。

 左手で右の乳房を掴まれ彼女は震えながら熱い息を漏らす。右手で下腹部を撫で回され激しくその内側が疼き出す。

 頭では拒絶しているが体は男の思うままに解けていく。

『忘れてはいないと思うけど君は「剣」を収める為の「鞘」だ』

 長い指が下腹部をつたい下着に差し入り彼女の中にある「鞘」の位置をなぞるように再び下腹部まで撫で上げる。

 彼女はその感触に震え上がり辛うじて体を支えていた足から力が抜け折れるように倒れそうになった。

 腕の中で操る糸が切れた人形のように項垂れる彼女を男はさらに強く身に引き寄せ胸の中に抱き込む。

『君が「ヒメ」になるのは、その身に「剣」を迎えた後』

 彼女は目元にかかった髪の間から自分の体を縛る男の腕を見た。

 その腕はよく見ると左右それぞれ別人のもののように違う形をしていた。腕の太さ、肌の色味、質感。見れば見るほど違う。

 複数人の声と腕。背後から彼女を抱く男の体はひとつだが、それは何人もの男たちがキメラのように合わさって形作られたもののように思えた。

『体はもう迎える準備が出来ているのに何故先伸ばす』

 耳元で低く囁く声は熱い息を伴って彼女を責める。

 たまらず声が漏れそうになったが彼女は歯を食いしばって耐えた。

 唇に張り付いた髪を吹いてよけ、彼女は声を振り絞りこう言った。

「あと少しくらい待てないの?お行儀の悪い「王子様」……がっついてみっともない……」

 精一杯、抵抗を示す。開かれた唇から出るのは絆されて漏れる甘い息ではなく怖気付いた心を奮い立たせるために吐く荒い息。湧き上がる怒りで目の奥が熱くなる。

 その怒りを一旦落ち着かせ彼女は息を整えてから男の胸にしなだれるように身を沈め、こう囁いた。

「――気に入った「剣」なら私の中にいれてあげる」

 その甘い声を聞いた男は少し腕の力を緩めた。

 次の瞬間、彼女は唯一自由に動かせる脚で後ろの男の脚を蹴る。長い髪を振り乱し男の腕から逃れようと激しく身を捩る。

「だから大人しく選ばれるのを待ってろ!」

 琥珀色の目を見開き彼女はありったけの声でそう叫んだ。

   ◆

 目に写ったのは見慣れた天井だった。
 左側にある窓のカーテンの隙間から薄明るい光が差し込んでいる。

 少女は自室のベッドに横たわっていた。
 何度か息を吐いてから先程まで身に起きていた事が全て夢だったと気付く。

 汗ばんだ額に張り付いた前髪を掻き上げながら自分の身なりを確かめる。
 半袖のシャツワンピース型のパジャマの裾は下腹部まで捲れ上がり、体に掛けていた薄手のタオルケットはベッドの下に落ちていた。

 寝苦しくて「自分で」捲って「自分で」蹴り飛ばしたんだ――彼女はそう思った。

 身を起こし床に落ちたタオルケットを拾い、ベッドの上に置く。捲れたパジャマの裾も伸ばして整えた。

 サイドテーブルに置いていたスマートフォンを手に取り時刻を確認する。午前四時三十分。

 アラームは午前七時にセットしている。予定より二時間以上早く目覚めてしまった。まだ薄っすら眠いので彼女は再びベッドに横たわる。

 夢の中で自分がされた事を思い出す。夢だとわかってからは恐怖は既になく、あの「男たち」に対する不快感だけが残っている。

 あの中に高校を卒業してから「自分の中に迎える」男がいるのだろうか。

 気持ち悪い。

「これ以上幻滅させないでよ「王子様」――ちゃんと待ってるから、もう夢に出てこないで」

 彼女は冷たく突き放すようにそう言い、枕に深く頭を沈めて目を閉じた。
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