ヴァージン・スキャンダラス・エンゲージ〜スパダリに処女と剣を献上しますが溺愛彼氏とは絶対に別れません〜

烏杜文庫

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【0・one summer day―不可思議な若者たち―】

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 墓石には「高野原家奥津城」と記されている。
「奥津城」は「おくつき」と読む。「~之墓」と似たような意味合いを持つ。

 神式の墓だ。形状も仏式と違っていて先端が少し尖った四角錐になっている。

 この墓地には仏式の墓の他にこのような神式――神道の墓やキリスト教の墓もいくつかある。

 お盆休みも今日で最終日。それでも墓地には墓参りをしている親族たちの姿が普段より多くあった。

 この「高野原家」の墓の前に四人の親族らしき若者がいた。

 一番目を引くのは墓石の前に並んで立っている少年と少女。

 琥珀色の瞳、夏の陽射しの中で輝く白い肌。形の良い薄紅色の唇。年齢は高校生くらいだろうか。

 二人とも栗色の柔らかい癖のある髪で軽く波打っている。
 少年はセンター分けでサイドを刈り上げたツーブロック、少女は白いレースのシュシュで低めに結った肩下くらいの長さのポニーテール。

 背丈もほぼ同じ一六〇センチほどで少年は着崩した淡いブルーのシャツ、少女は同じ色味のウエストをリボンで締めた膝下丈のワンピースを着ている。

 少年は左耳に小さなシルバーのリングピアスを付けているが、少女の方はまだピアスを開けていない。

 美しい番の人形のような男女の双子だ。

 手にはそれぞれ榊の束と供え物が入った紙袋を持っている。

「日傘持ってくれば良かった……」

 少女が手の甲で汗ばんだ額を抑えため息を吐く。
 この日の予想最高気温は三十四度。墓地には陽射しを遮るものがないので体感温度は既にそれを超えているだろう。

「少しくらいがまんしろ。すぐ終わるし」

 少年はそう言うと彼女が持っていた紙袋に手を入れ中から飲料水のペットボトルを引き抜く。

 彼は持っていた榊を脇に挟みペットボトルの蓋を開ける。未開封の容器に空気が入り手の中で少し膨らんだ。

 そのまま水を飲もうとしたら横にいた少女にペットボトルを持っている右腕を掴まれた。

「ちょっと……お供えの用のお水なのに何であんたが先に飲むの」
「喉が渇いた可愛い息子がひとくち飲むくらい許してくれるって」
「すぐ終わるからがまんしな。飲むならその後」

 彼女は少年からペットボトルと蓋を奪い呆れた表情で「まったく、油断も隙もありゃしない」と呟いた。

 蓋を閉めながら彼女は墓石の方を見る。

 黒いキャップを被り同じ色のポロシャツを着た大柄な男が柄杓ひしゃくで墓石に水をかけている。一通り汚れを拭き清め最後の仕上げ、と言ったところか。

 身長は一九〇センチ近くあるだろうか、墓石をゆうに見下ろす程高い。厚みのあるどっしりとしたプロ野球選手のような体付き。

 キャップを深く被っていて目元が鍔の影に隠れて見えないが真一文字にしまった口元と高く通った鼻筋、力強いあごの輪郭から精悍せいかんな顔立ちだとうかがえる。年齢は二十代後半か三十代前半あたりだろうか。

「供え物、置いていいぞ」

 彼は低い静かな声で並んで立つ双子たちに言った。
 少女は頷くと墓石の右側にいる人影に視線を移す。

「それ洗った?貸して」

 彼女は少し身を屈め墓石の横にしゃがんでいるもう一人の少年に声をかけた。

 彼は手桶の中で洗った布巾を絞っていた。少女の声を聞いた少年は顔を上げ彼女にそれを渡す。

 センター分けの黒髪で前髪と襟足が長い。しゃがんでる姿でも双子たちより背が高いのがわかる。年齢は彼女たちと同じくらいに見えた。

 褐色の肌に映える白いTシャツを着ている。帽子の男より細身だがしっかりした体つきで袖から伸びた腕はしなやかな筋肉に包まれていた。

 凛々しい顔立ちだがその目は黒目がちで賢い馬や犬を思わせる優しい目をしている。

 少女は受け取った布巾で水で濡れた花立やその周りを拭いた。

 駐車場がある方向から双子たちのもとに一人の女が歩いてきた。

 サングラスをかけて艶のある長い黒髪を派手に巻いている。リップはグラマラスなダークレッド。

 動くたびに裾から肌が覗く丈の短い黒のオフショルダーのトップスにダメージジーンズ、足元はスニーカー。日焼け対策なのか薄手の白いパーカーを羽織っていた。

 小さな顔で胸と腰の位置が高く遠目から見てもそのスタイルの良さがわかる。年齢は二十代半ばくらい。

「やっぱり座席の下に落ちてたわ」

 そう言って彼女は手に持っていた小さな日本酒の酒瓶を少女に見せる。

「足元に袋落とした時に出ちゃってたんだ。ごめんね取りに行ってもらって」

 少女は申し訳なさそうに女に言う。

「いいよ、墓周りの掃除仕上げてもらったし」

 女は特に気にしてはいないようだった。持っていた紙袋から水入れをもう一つ取り出し少女に渡し、続いて蝋燭が入った箱を取り出し彼女は言った。

「もうつけちゃっていい?」
「うん、お願い」

 少女は受け取った水入れにペットボトルの水を注ぎ入れた。
 墓石の前にある花立に双子の少年が持っていた榊をさす。

 その花立の間、仏式であればそこにあるのは線香を置く香炉こうろだが神道では線香を供えない。代わりに供え物を置く八尺台はっしゃくだいと呼ばれる石製の四角い台が設置されている。八尺台の下に蝋燭ろうそく立てが二つある。
 神式では線香の代わりに蝋燭を供える。

 サングラスの女は箱を開封し蝋燭を二本引き抜く。
 一本の先端に息を吹きかけると「火が灯った」。

「おい」

 その様子を見た帽子の男が低い声で咎める。

「誰も見てないからいいって」

 彼女はもう一本の蝋燭にも同じように息を吹き火を灯し蝋燭立てにさす。

 それを双子たちと褐色の少年も見ていたが特に気にも留めていない様子だった。

 少女は水を注いだ水入れを八尺台に置くと自分が持っていた紙袋から供え物を出して水と一緒に並べて行く。

 米と塩、サングラスの女が水入れに注いだ酒。
 そして花立の榊。
 それらは故人に供えるものではなく「神」に供えるもののように見える。

 空いたスペースに少女は贔屓の和菓子屋から買って来た饅頭とカットされた林檎が入ったタッパーを紙袋から取り出して置いた。

 それらが並んでようやく「墓前」らしくなった。
 彼女は立ち上がり後ろに下がって同じ顔をした少年の左隣に立つ。

 少年の右隣には白いTシャツを着た褐色の少年がいた。三人が並ぶと彼の身長は双子たちより二十センチ程高い事がわかる。

 サングラスをかけた女は彼らの後ろに控え、大柄な男が彼女の左隣に立つ。
 男が被っていたキャップを脱ぎ、女はサングラスを外し胸元にそれを挿す。

 隠れていた彼らの目元が露わになる。

 男は眉と目の間隔が狭く掘りが深い。三白眼だが目尻が下がっておりそれが「甘い」印象を与える。陽射しが眩しいのか眉間に皺を寄せて厳つい顔をしているが「色男」である。

 黒髪の短髪。前髪を軽く撫でつけている。帽子の下で汗ばんだせいか一房額に張り付いていた。

 サングラスを外した女の目元は隣の男のものとよく似ていた。長い睫毛でより色っぽく見える。華やかな顔立ちに似合った化粧。巻いた髪を掻き上げる仕草が様になる「いい女」だ。

 少女が墓石と向き合い立ったままそわそわと目を動かしていると斜め後ろに立つ大柄な男が身を屈める気配を感じたので同じように頭を下げる。

 隣に並ぶ二人の少年たちも彼女に続いて墓に一礼をした。
 五人はもう一礼し顔を上げると二回拍手をして目を閉じる。
 少し間をおいてからそれぞれのタイミングでまた一礼し顔を上げ目を開いた。

 ひとつ向こうの区画でその拍手の音を聞いた親子が不思議そうにその様子を見ている。
 この墓地には神式の墓が他にも数ヶ所あるが神式の墓参りの様子は初めて見たのであろう。

 二礼二拍手一礼―まるで神社の「参拝」だ。
 神道では死者は極楽浄土や天国のような所へ行くのではなくこの世にとどまり家の「守り神」になる。八百万の神のひとつ、その家の守り神となり残った家族を見守り続ける。

 神棚に置くような供え物や墓に向かい「参拝」する形式を取っているのはそれを踏まえてのものだ。

 一通り事を済ませた彼らは墓前でしばらく話をしてから供え物を片付ける。

 双子の少年が半分に減ったペットボトルに入った水を飲むと「いるか?」と褐色の少年に目配せをする。頷いて受け取ると彼は残った量を確認してからひと口飲んで隣に立つ少女にペットボトルを差し出す。

 彼女は別に飲みたいとは思ってはいなかった。だが彼はわざわざ気を遣って彼女が飲む分を残してくれたのだろう。何となく断るのは申し訳ない気がしたので少女は「ありがと」と言い受け取って最後のひと口を飲み干した。

 三人がふと顔を上げると巻き髪の女が酒瓶を摘んでそれを眺めている姿が目に入った。

 彼らは「飲むのか」と彼女をじっと見ている。

「さすがに炎天下でぬるい日本酒は無理」

 それに気付いた女はこう言って紙袋に酒瓶を入れた。
 双子の少年の前に手桶を持った大柄な男が歩いて来た。彼は少年に手桶を差し出して言った。

「これ、戻して来い」
「ええー?俺が?」

 少年は不服そうに声を上げた。
 男から無言の圧を感じ彼は渋々手桶を受け取る。

「坂の下だろ?めんどくせぇな……」

 彼は手桶棚がある方向を向く。舗装された坂道を下って行くよりも視線の先、並んだ墓石の向こう側にある柵を越えて崖下へ「飛び降りて行く」方が近い。

「――ああ、俺が行けば早いってことか」

 彼はその可憐な顔を歪ませ男を見上げニヤリと笑う。

「まぁ「飛べ」ばすぐだし」
「やめろ」

 大柄な男が語気を強めて言った。
 人目があってもこいつなら何の躊躇いもなくやる。

 二人のやり取りを見ていた少女も男と同じ事を思った。面倒な事になるくらいなら、と彼女は二人の間に入って言った。

「私が行くから……」

 少女が少年から手桶を奪い返却場所に向かおうとした時、背後から彼女を呼び止める声がした。
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