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【2・made in 高天原―天津人たちがいる日常―】
5・何も出来ない「箱入り娘」(3)
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この歌劇団は本拠地の関西や東京にある劇場での定期公演の他に、毎年全国ツアー公演も興行している。
当時高校生だった姉の彗斗は地元の仙台で開催される公演のチケットを二枚知り合いから譲り受けていた。
はじめは友人と行こうと思っていたが、妹の茉莉花がミュージカルのアニメが好きだったので彗斗は彼女を連れて行くことにした。
会場は最寄りの地下鉄駅の近くにある音楽ホール。
彗斗と並んで客席に座り舞台を見ていた十歳の茉莉花は、その煌びやかな世界に圧倒された。
「王子様」が物語からそのまま現れたような花形の男役に心を射抜かれたが、それ以上に彼女の心を捕らえたのは「お姫様」そのもののような可憐な娘役だった。
ドレスの裾を鮮やかに翻して踊る姿や、芝居の中で見せるエレガントな所作。
カーテンコールで舞台の中央に凛と立ち、美しい声で独唱するエトワール。
茉莉花は彼女たちを「カッコいい」と思った。
可愛らしさや美しさにも「力強さ」が宿ると、彼女たちを通じて初めて知った。
帰りに物販ブースで買ってもらった公演のCDを毎日のように聴き、スターのスチール写真を部屋に飾り、寝る前に繰り返しパンフレットを眺めていた。
その年のクリスマスには公演のブルーレイをプレゼントしてもらい、お年玉でさらに過去の公演のものを自分で購入した。
そうしているうちに自分もドレスを身に纏い、舞台で歌い踊りたいと思うようになった。
茉莉花は人見知りだが、人前に立つことは平気な方だった。
音楽の授業での歌のテストや国語の授業での朗読。
昔からそれらが得意で当然緊張はするが褒められることが多く、それが自信に繋がっていた。
子供なりに入団する方法を調べると、まずは劇団が運営する養成学校に入学しなければならないと知った。
養成学校の入学試験は狭き門で、倍率的には東大に合格するよりも難しいと言われていた。
志願者は幼少期からバレエを習っていたり、養成学校の試験に対応する予備校的なスクールに通っている。
そのような背景もあってか志願者も合格者も中流階級以上の「お嬢様」が多いと言われていた。
バレエ教室に通うには、高額なレッスン料がかかることは茉莉花もわかっていた。
同級生でバレエをを習っている子が一人いたが、彼女の親が複数の会社を経営している「お金持ち」の娘――「お嬢様」だった。
思い立ったら強気で突っ走る茉莉花だが、金銭的なことを考えると父親に「バレエを習いたい」とは言い出せなかった。
企業の社長や開業医などの家には及ばないが、当時の高野原家は子供五人を養育しながらも何不自由なく暮らせるほどの収入はあった。
目に見えるような贅沢はしていない地味な暮らしぶりだったので本人の自覚はないが、茉莉花も他の子と比べれば「お嬢様」な方だった。
習いたいと言えば父親は「ちゃんと続けること」を条件にバレエ教室に通わせてくれただろう。
それでも茉莉花は、なんとなく後ろめたくて言い出せなかった。
加えてバレエを始めるには十歳では遅すぎるくらいだとも聞いた。
歌劇団に入ることは、そこで諦めた。
かわりに中学生になったら演劇部か合唱部に入りたいと思っていたが、その頃には人前で目立つ振る舞いをすることを禁止されていたのでそれも諦めた。
居間に戻った茉莉花は、再び鼻歌を口ずさみながら取り込んだ洗濯物を畳んでいた。
得意な歌もダンスも人前で披露することはない。
気晴らしに誰もいない家の中で、一人芝居に興じる日々がずっと続いている。
それでも幸運なことに何度か芸能事務所から声が掛かったことがあった。
歌やダンスを披露しなくても、彼女には天性の美貌がある。
地元の芸能事務所だけでなく複数の大手芸能事務所の関係者が何処で知ったのか、東京からわざわざ自宅まで訪ねて来たこともあった。
その際、双子の弟・咲也と「まとめて」スカウトされたこともある。
咲也は「俺ならいくら稼げんの?」などと返していたが、話を聞くだけ聞いて「俺、素行良くねぇから絶対炎上する」と断っていた。
茉莉花の方はと言うと、当然興味はあった。
バレエを習っていなくても、事務所に入って本格的な歌やダンスのレッスンを受ければミュージカルに出演できるチャンスが巡って来るかも知れない。
だが、声がかかるたびに彼女に代わって家族が全て断っていた。
娘は、妹は人見知りが激しいので人前に立つような仕事は出来ませんと。
それでも「気が変わったらいつでも連絡をして欲しい」と彼らは名刺と書類やパンフレットの束を置いて行った。
国民的若手女優の発掘。人気アイドルグループの新規メンバーの選考。
茉莉花は貰ったオーデションの書類を手に取り、一通り目を通していた。やはり未練はあった。
「運良く売れても、十八歳になったら辞めることになる」
ダイニングテーブルに置いた書類を見つめ俯いている茉莉花に対して真斗はそう言った。
普段は彼女の素行に厳しい真斗だが、チャンスは次から次へと来るにも関わらず諦めさせるのは心苦しかった。
「妹さんなら水着になったりしなくても売り出せます。グラビアなどの仕事は一切させません」と言う事務所もあり、そこなら茉莉花を任せても良いと思った。
正直、彼女なら女優として大成できるとも思っていた。
だがそれは茉莉花が「普通の女の子」だった場合で、現実はそうはいかなった。
「茉莉花の存在が多くの人間の目に留まったら、後々厄介なことになる。自分を守るためにも諦めるしかない」
そう言い聞かせる真斗の口調は普段より優しかった。
表情も眉間に皺がなく、慰撫するように穏やかな眼差しを彼女に向けていた。
「うん」
真斗の言葉に対し、茉莉花は静かに頷いた。
滅多に見せない、可憐な見た目通りの素直で従順な表情。
彼女の性格なら堅物の真斗に「どうしても女優になりたい」とごねて食い下がり、それでも駄目なら一人で新幹線に飛び乗って東京の事務所に駆け込むくらいのことはしただろう。
だがそれも彼女が「普通の女の子」だった場合だ。
黙って事を受け入れる茉莉花の姿は、まるで意思のない人形のようだった。
「――そうだよね」
はじめから興味はなかったかのような口振りでそう言うと、茉莉花は躊躇なく見ていた書類をテーブルの横に置かれたゴミ箱に捨てた。
当時高校生だった姉の彗斗は地元の仙台で開催される公演のチケットを二枚知り合いから譲り受けていた。
はじめは友人と行こうと思っていたが、妹の茉莉花がミュージカルのアニメが好きだったので彗斗は彼女を連れて行くことにした。
会場は最寄りの地下鉄駅の近くにある音楽ホール。
彗斗と並んで客席に座り舞台を見ていた十歳の茉莉花は、その煌びやかな世界に圧倒された。
「王子様」が物語からそのまま現れたような花形の男役に心を射抜かれたが、それ以上に彼女の心を捕らえたのは「お姫様」そのもののような可憐な娘役だった。
ドレスの裾を鮮やかに翻して踊る姿や、芝居の中で見せるエレガントな所作。
カーテンコールで舞台の中央に凛と立ち、美しい声で独唱するエトワール。
茉莉花は彼女たちを「カッコいい」と思った。
可愛らしさや美しさにも「力強さ」が宿ると、彼女たちを通じて初めて知った。
帰りに物販ブースで買ってもらった公演のCDを毎日のように聴き、スターのスチール写真を部屋に飾り、寝る前に繰り返しパンフレットを眺めていた。
その年のクリスマスには公演のブルーレイをプレゼントしてもらい、お年玉でさらに過去の公演のものを自分で購入した。
そうしているうちに自分もドレスを身に纏い、舞台で歌い踊りたいと思うようになった。
茉莉花は人見知りだが、人前に立つことは平気な方だった。
音楽の授業での歌のテストや国語の授業での朗読。
昔からそれらが得意で当然緊張はするが褒められることが多く、それが自信に繋がっていた。
子供なりに入団する方法を調べると、まずは劇団が運営する養成学校に入学しなければならないと知った。
養成学校の入学試験は狭き門で、倍率的には東大に合格するよりも難しいと言われていた。
志願者は幼少期からバレエを習っていたり、養成学校の試験に対応する予備校的なスクールに通っている。
そのような背景もあってか志願者も合格者も中流階級以上の「お嬢様」が多いと言われていた。
バレエ教室に通うには、高額なレッスン料がかかることは茉莉花もわかっていた。
同級生でバレエをを習っている子が一人いたが、彼女の親が複数の会社を経営している「お金持ち」の娘――「お嬢様」だった。
思い立ったら強気で突っ走る茉莉花だが、金銭的なことを考えると父親に「バレエを習いたい」とは言い出せなかった。
企業の社長や開業医などの家には及ばないが、当時の高野原家は子供五人を養育しながらも何不自由なく暮らせるほどの収入はあった。
目に見えるような贅沢はしていない地味な暮らしぶりだったので本人の自覚はないが、茉莉花も他の子と比べれば「お嬢様」な方だった。
習いたいと言えば父親は「ちゃんと続けること」を条件にバレエ教室に通わせてくれただろう。
それでも茉莉花は、なんとなく後ろめたくて言い出せなかった。
加えてバレエを始めるには十歳では遅すぎるくらいだとも聞いた。
歌劇団に入ることは、そこで諦めた。
かわりに中学生になったら演劇部か合唱部に入りたいと思っていたが、その頃には人前で目立つ振る舞いをすることを禁止されていたのでそれも諦めた。
居間に戻った茉莉花は、再び鼻歌を口ずさみながら取り込んだ洗濯物を畳んでいた。
得意な歌もダンスも人前で披露することはない。
気晴らしに誰もいない家の中で、一人芝居に興じる日々がずっと続いている。
それでも幸運なことに何度か芸能事務所から声が掛かったことがあった。
歌やダンスを披露しなくても、彼女には天性の美貌がある。
地元の芸能事務所だけでなく複数の大手芸能事務所の関係者が何処で知ったのか、東京からわざわざ自宅まで訪ねて来たこともあった。
その際、双子の弟・咲也と「まとめて」スカウトされたこともある。
咲也は「俺ならいくら稼げんの?」などと返していたが、話を聞くだけ聞いて「俺、素行良くねぇから絶対炎上する」と断っていた。
茉莉花の方はと言うと、当然興味はあった。
バレエを習っていなくても、事務所に入って本格的な歌やダンスのレッスンを受ければミュージカルに出演できるチャンスが巡って来るかも知れない。
だが、声がかかるたびに彼女に代わって家族が全て断っていた。
娘は、妹は人見知りが激しいので人前に立つような仕事は出来ませんと。
それでも「気が変わったらいつでも連絡をして欲しい」と彼らは名刺と書類やパンフレットの束を置いて行った。
国民的若手女優の発掘。人気アイドルグループの新規メンバーの選考。
茉莉花は貰ったオーデションの書類を手に取り、一通り目を通していた。やはり未練はあった。
「運良く売れても、十八歳になったら辞めることになる」
ダイニングテーブルに置いた書類を見つめ俯いている茉莉花に対して真斗はそう言った。
普段は彼女の素行に厳しい真斗だが、チャンスは次から次へと来るにも関わらず諦めさせるのは心苦しかった。
「妹さんなら水着になったりしなくても売り出せます。グラビアなどの仕事は一切させません」と言う事務所もあり、そこなら茉莉花を任せても良いと思った。
正直、彼女なら女優として大成できるとも思っていた。
だがそれは茉莉花が「普通の女の子」だった場合で、現実はそうはいかなった。
「茉莉花の存在が多くの人間の目に留まったら、後々厄介なことになる。自分を守るためにも諦めるしかない」
そう言い聞かせる真斗の口調は普段より優しかった。
表情も眉間に皺がなく、慰撫するように穏やかな眼差しを彼女に向けていた。
「うん」
真斗の言葉に対し、茉莉花は静かに頷いた。
滅多に見せない、可憐な見た目通りの素直で従順な表情。
彼女の性格なら堅物の真斗に「どうしても女優になりたい」とごねて食い下がり、それでも駄目なら一人で新幹線に飛び乗って東京の事務所に駆け込むくらいのことはしただろう。
だがそれも彼女が「普通の女の子」だった場合だ。
黙って事を受け入れる茉莉花の姿は、まるで意思のない人形のようだった。
「――そうだよね」
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