フォーチュン・リジェクト

キマリ

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第2話 残響(エコー)

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保健室には、夕陽が斜めに差し込んでいた。
 白いカーテンの隙間から光が伸び、室内をオレンジ色に染めている。
 風はない。
 時計の針の音と、三人の呼吸だけが、ゆっくりと空気を揺らしていた。

 ベッドの上に腰を下ろしたリシアは、まだ少し表情が硬い。
 手のひらを膝の上で握りしめ、視線は下に落ちている。
 銀髪が光を受けて淡く輝き、彼女の小柄な肩を包むように揺れた。

 朝倉先生は、彼女の正面に椅子を持ってきて腰かけると、
 いつもの柔らかい笑顔を少しだけ引き締めた。

 「お互い、自己紹介は済んだね……」
 細い指で眼鏡を上げ、静かな声で続ける。
 「じゃあ、ルシアちゃん……何があったのか、私たちに教えてくれない?」

 リシアは唇をかすかに開いたが、言葉は出てこない。
 その青い瞳の奥に、一瞬“恐れ”の影が差す。
 まるで、話した瞬間に誰かが現れるような――そんな怯え。

 「……」

 彼女はそっと目を伏せ、顔を横に向けた。
 言葉を出す代わりに、小さく首を振る。
 その仕草だけで、朝倉は何かを察した。

 保健室の空気が静かに凍る。
 時計の音が妙に大きく響き、沈黙が長く伸びた。

 朝倉は視線を陽へ向け、椅子を少し引いた。
 そして、小声で彼の耳元へ顔を寄せる。

 「ねぇ、どうすればいいのよっ」

 「ど、どうするって言われても……」

 「このまま何も知らないで“はいさよなら”なんてしたら、
  ルシアちゃん、またさっきみたいな目に遭うかもしれないでしょ?」

 彼女は眉を寄せ、声を潜めながらも焦りを隠せない。
 「少しでも事情を聞き出さないと、対策も立てられないのよ」

 陽は頬をかきながら、困ったように目を逸らす。
 「そ、そうですけど……どうすれば話してくれるんですかね……」

 「決まってるでしょ。あんたがルシアちゃんに聞き出すのよっ」

 「え? 俺が?」

 「他に誰がいるの。私は大人、あの子は明らかに警戒してる。
  なら同年代のあんたが話した方がいいに決まってるじゃない。」

 「……うーん。」
 陽はため息をつき、ゆっくりと振り返る。

 リシアはまだ、黙ったままだった。
 その視線は一点を見つめ、まるで思考を遠くへ飛ばしているようだった。
 額の汗がひとすじ、白い頬を伝う。

 そして――

 パチンッ。

 乾いた音が、静かな部屋に響いた。

 陽と朝倉は同時に振り向く。
 そこにいたはずのリシアの姿が――なかった。

 「!?」

 「先生! リシアが!?」

 朝倉は立ち上がり、即座に周囲を見回す。
 「……分かってるわ。今、確かに消えた。音の後で。」
 彼女は窓を確認する。鍵は閉まったまま。
 「逃げた? パチンッて音以外、何も聞こえなかった……。
  窓も開いてないし、気配もない……どういうこと?」

 陽も辺りを見渡すが、ベッドにもカーテンの影にも何もない。
 まるで最初から存在していなかったかのように。

 「この部屋に隠れてるとか、ないですかね?」

 「いや、気配は感じない。この部屋には……絶対いないわ。」

 陽の喉が小さく鳴る。
 「じゃあ、逃げたってこと……普通の人間では、こんなこと出来ませんよね?」

 朝倉は顎に指を当て、考え込む。
 「出来ない。出来るとしたら……ルシアちゃんは――」

 陽はハッとする。
 「まさか……能力者!」

 朝倉は小さく頷く。
 「かもしれない。この世界の七割の人間は能力を持ってる。
  全然おかしくない話よ。」

 陽は眉をしかめ、少し冷静に言った。
 「……今起きたことを考えると、瞬間移動……の類ですかね?」

 「それに似た何かね。」
 朝倉は肩を落とす。
 「まいったわ……これじゃ後を追えない。」

 彼女の嘆きを聞きながら、陽は思いついたようにベッドに近づく。
 「ここにリシアの髪の毛とか落ちていませんか?」

 「……あんた、何する気なの?」
 若干引き気味に問いかける。

 「ちょ、ちょっと誤解しないでください!」陽は慌てて手を振る。
 「ただDNAに関するものが欲しいだけです!」

 「DNA?」

 「そうです。俺のクラスに“探知系”の能力者がいるんですよ。
  でもDNAになる物がないと探せない。
  それがあれば確実にリシアを見つけられるはずです。」

 朝倉は目を細めて、少し考えた。
 「……あー、あの子なら可能かもね。
  でも、今の時間だといるかしら?」

 「多分、教室にいると思います。」
 陽は立ち上がり、拳を握る。
 「じゃ、見つけたら連れてきます! その時は頼みます!」

 言い終えるや否や、彼は勢いよく保健室を飛び出した。
 ドアが閉まる音が響き、再び静寂が戻る。

 朝倉は深く息をつき、
 「……ほんと、厄介な体質ね。幸村陽。」と呟いた。



 学院の廊下を、陽は走る。
 夕陽が傾き、窓から射す光がフロアを赤く染めていた。
 息を整えながら教室の前に立つ。

 「漣! いるか!?」

 勢いよく扉を開けると、静かな教室の中で、
 一人の男子生徒が机に肘をついて雑誌を読んでいた。

 「……あー、今月の新作も面白かったわー。」

 陽が声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げる。
 ハイトーンの金髪に灰緑の瞳。
 髪は柔らかく寝ぐせっぽく見えるが、整え方が自然で清潔感がある。
 制服はきっちり着こなしているのに、ネクタイだけゆるめており、
 気取らない余裕が漂っていた。

 「……? あ、陽じゃん。どした?」

 陽は扉の前で息を切らしながら言う。
 「頼みがある。……少し、探してほしい奴がいるんだ。」

 金髪の少年――**漣(れん)**は雑誌を閉じ、
 面白そうに口元をゆるめた。

 「ほう……探し物ね。DNAは?」

 陽はポケットの中から、小さく摘んだ銀髪を取り出した。
 「完璧に揃ってる。」

 「……話、詳しく聞かせてもらおうか。」
 漣の灰緑の瞳が、わずかに光を帯びた。

 ――その光が、世界のどこへ伸びていくのか。
 陽もまだ、知らない。

 つづく
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